16.後始末

 アルベルトたちが一時の休養を楽しんでいる頃、連邦内務大臣ヒョードル・ホールデンは連邦政府首相と面談していた。


「……これが連中の『本拠地』かね?」

「ハイドリヒはそう言っております。ですが、正体が何であるにせよ我々連邦の所有物を違法に占有している事は事実です」

「先日、コロニー管理局長官の報告書を読んだよ。「我々が確認している限り、廃棄コロニー一つとして違法利用されているものはありません」だと。働き者を部下に持って助かってるよ、私は」


 連邦首相エラルド・トラントゥールは軍事要塞化されたコロニーの写真が載っているプラスチックペーパーを半月形の執務机の上に放り出し、皮肉を言った。

 エラルド・トラントゥールは現在六十三歳。歴代首相の中では比較的高齢の部類に入るが、政治家としての経験は意外にも浅く、政界に転ずる四十九歳までは戦史家として一定の知名度を誇っていた。首相となって四年。先例尊重主義で精細を欠き、人気も特段あるわけではないトラントゥールが首班の政権など持って一年だろうというのが大方の見方だった。だが、政敵の不祥事や急死といった出来事に助けられ、また「やるべき事だけはやる」という運営姿勢が一定の支持を集め、完璧ではないにせよ安定した政権を維持できていた。

 老眼鏡を掛け、プラスチックペーパーに記された小さな文字列を黙読しながらトラントゥールはヒョードルに訊ねた。


「で、どの部隊がこのコロニーの『接収』に向かうのかね?」

「それは言わずとも分かっておいででしょう」

第38独立特務作戦群ランツクネヒトか。そうだろうとは思っていたが……」


 トラントゥールの顔に陰りを見たヒョードルは遠慮せず問いかけた。


「何か?」

「いや。不満とかそういうものは無い。彼らはよくやってくれていると思っている。思っているがな……」


 歯切れの悪いトラントゥールにヒョードルは彼が何を言いたいのか察しがついた。


「やり方が過激すぎると申し上げたいので?」


 図星だったのか、トラントゥールはひじ掛け椅子にもたれ掛かった。シガレットケースから生分解性プラスチックのシートで巻かれたを取り出す。ヒョードルに断りもせず火を点けると、天頂方向から見た銀河連邦の星図がホログラム投影されている天井に向かって煙を吐いた。


「時にはが必要な事態もある事は承知している。どれだけ法整備を進めても、それは冷静な論理や道徳的思考に裏打ちされた規則でしかなく、それが通じないような相手になると一切の効力を失うというのは、歴史上よくある事だ。だからこそランツクネヒトのような部隊がいなくてはいけないというのはよく解っている。解っているがな……」


 トラントゥールは苛立たしげにタバコを灰皿に押し付けた。


「彼らは少々残虐に過ぎるのではないか? いや彼らだけではない。公安局全体がだ。秩序の維持を目的にテロリストの拠点を襲撃するのはまあ良い。善良な市民がそれで死なずに済むならな。だが彼らは周囲の環境など無視しているではないか。公安局主導の摘発作戦がある度に『コラテラルダメージ』を補う補償費というものが出るというのは君も知っているな? 更には当事者テロリスト遺族の処遇を決める時も金が要る。私も始めは必要経費だと思ってその都度工面していたがな、あまりにも多すぎるよ。少しは武力行使に頼らない方法でテロリストを摘発してほしいものだ」

「全体として見れば武力行使によるテロリスト鎮圧は少ないように思いますが……」

「ホールデン君、『塵も積もれば山となる』ということわざを知っているかな? 一度に必要な経費は確かに微々たるものだ。このくらいなら出してやろうと思えるくらいのな。だがトータルで見てみると頭が痛くなるんだよ。財政に困っているという訳ではないが、彼らにはもう少しプロらしい活躍を期待したい」

「プロらしい?」

「破壊や虐殺というのは誰でもできる。テロリストでなくてもな」


 ならば彼らは破壊と虐殺、いや虐殺ではなく殺戮のプロだな。ヒョードルは首相執務室を出てから小声でそうひとりごちた。公安局彼らとて作戦時に自分たちが原因の被害が出ている事は百も承知だろう。いざ実戦となると、テロリスト以外が目に映らなくなってしまうのだ。テロリストから市民を守る事が彼らの存在意義だが、そのために市民に被害が出るとは皮肉かな。ヒョードルは意地悪く笑った。

 とはいえ、首相の言う事にも一理ある。証拠さえ揃えば──或いは証拠が無くとも──すぐに武力に訴えるという方策をヒョードル自身好いていない。反乱戦争から半世紀。武力闘争などではなく法整備でテロ組織を無力化していく事が建設的かもしれない。そうでなくとも公安局は市民の反感を大いに買っているのだ。彼らは市民の盾でありながら、その市民に背中を刺される危険性があるという事に気づいているのかな。ヒョードルはそんな事を考えながら公用車から見える首相官邸近くの並木通りを眺めていた。


(そうだ、なら今回は首相の要望通り殲滅は無しにしよう。ハイドリヒにそれとなく伝えておくか……)


 ヒョードルは首相の言う『プロフェッショナル』な任務になるような算段を頭の中で組み立て始めた。




 アルベルトは妹のオリヴィアを抱きしめ、白く美しい頭髪を優しく撫でていた。


「すぐに帰ってくるからね」

「はい……」

「残った仕事を片付けるだけだから、前よりも早く終わるよ」


 寂しそうな顔のオリヴィアを優しく諭すアルベルトを他のパイロットたちは微笑ましげに見守っていた。エリーゼも嫉妬心がわき上がったが、不快だとは思わなかった。アルベルトとオリヴィアはお互いが唯一心を許せる肉親なのだ。親戚筋は二人の親の財産を分割相続の名の下に奪い取り、オリヴィアの養育権をアルベルトに押し付けて放逐してしまった。胸糞悪い話だ。エリーゼはこの話を思い出す度に我が事のように気分が悪くなった。

 もっと頼ってほしい。アルベルトだけでなく、オリヴィアも。エリーゼは妹に対するアルベルトの愛情の深さに常日頃嫉妬していたが、敵愾てきがい心は抱いていなかった。むしろこんな可愛い女の子が義理の妹になったら嬉しいことこの上ないと思っている。そもそも自分がEFMのパイロットになったのはアルベルトと一緒にいるためだ。そのアルベルトが大事にしているのなら自分もそれに倣うべきだ。エリーゼはそう考えていた。

 一同は宇宙港に向かうモノレールの中で雑談を交わした。

 まずはヒオリが拾った猫の話。アキダリアで出会った黒猫は調査の結果野良猫だと判明し、正式にヒオリが引き取ることとなった。そんな猫は野生でなくなってまだ数日しか経っていなかったが、ヒオリの代わりにルーファスが用意したペットフードを貪り、ぷくぷくと太ましい体型に成長していた。だらしない格好にエリーゼやクララは冷酷にも『デブ』と呼んでいたが、保護者であるヒオリは重たい飼い猫を愛おしそうに抱きしめていた。ヒオリを兵士化した張本人であるイザイア博士から感情の発露がないか報告するよう言われているルーファスは、ヒオリが動物に興味を示したのは良い事だと認めていたが、その代償として猫に自室を良いように占有されてしまっていた。

 猫の名前についてひとしきり案を出しあった後、話題は自然と任務の内容へと移っていった。


「廃コロニーの接収っつてもさ、上手く行くと思うか? テロリストを匿ってるような連中が俺らの言う事を聞くかよ?」


 ヴィリが栄養ドリンク片手にアルベルトに言った。


「だからって何の宣告も無しに攻撃すると、後でいろいろと問題になるからな。非正規でも軍の部隊だし、建前は必要だろ?」

「面倒くせえなぁ……」

「僕たちは軍人なんだぞ。テロリストみたいに理由も無く暴力を振るう訳にはいかないんだ」


 溜め息をつくヴィリにルーファスが忠告するような視線を向けた。有害無益でしかないアンチセクターのようなテロリストを排除する事が存在意義のランツクネヒトにとって、実力行使に訴える口実というのは大事なのだ。


「ま、どうせ連中がこっちの要請に応じる訳がないし、いつものように敵は殲滅って流れになるでしょうね」


 爪の手入れをしながらクララは何の事でもないように呟いた。


「でも写真を見る限りあそこに居るのは愛国なんとか党の生き残りだけじゃない気がするんだけど」

「確かに。廃コロニーを改造して維持しているってなると、明らかに保守管理をしている連中が居るはずだな」


 エリーゼの推測に言われてみればそうだとアルベルトは顎に右手を当てた。


「不法占拠者ならなおさら私たちが捕まえるべき相手じゃない。ついでにそいつらも獲物にしちゃえば良いのよ」


 クララの口振りはまるで狩りに向かう貴族のようだった。

 宇宙港に着いた一同はコルノ・グランデに乗艦し、すぐにブリーフィングルームへ呼び出された。


「乗艦してすぐだが、任務の詳細を伝える」


 オットーがホログラムのスイッチを入れると、部屋の中心にあるテーブルの上に廃コロニーの立体モデルが表示された。


「我々の任務は公安局執行部隊によるコロニー接収の援護だ。……そう、接収は建前じゃない。コロニーを丸ごと破壊するなんて蛮行はしないぞ」

「ホールデン内務大臣の要請で、愛国軍人党のリーダーであるハーギル・リーターは逮捕して裁判にかける事が決まったわ」


 リズベットがオットーから説明役を引き継ぐ。


「中央領域の中心というべき場所で起きた大規模テロの首謀者だから、秘密裏に処理していつの間にか死んでいましたなんて事では済まされないっていうのは道理よ。だから作戦の要はコロニー内に乗り込んでリーターを探す陸戦部隊ね」

「我々はその援護という事ですか?」

「その通りよ、アルベルト少尉。まあ抵抗はそれなりにあるだろうから、貴方たちが暇になるって事は無いと思うわ」

「じゃあまた競争しましょう。どっちが多く墜とせるか」

「エリーゼ……」

「どうせまた私とヴィリが勝つから無駄よ」


 クララが優雅にツインテールをなびかせる。


「はあ? 前は私たちの方が撃墜数多かったでしょ?」

「今のところ私たちが勝ち越してるけど?」

「この任務で同点にしてあげる!」

「お前ら、そういう話は部屋を出てからにしろ」


 オットーが子を叱る保護者のように見つめ合うエリーゼとクララに注意した。オットーは彼らが任務の度に撃墜数を競い合っている事を知っていたが、止めはしなかった。撃墜数を『かさ増し』するために無関係の物を破壊する事はしないし、仲間割れレベルの喧嘩を戦闘中にしなければ、一種のスポーツ感覚で任務に臨んでいてもオットーは一向に構わなかった。任務中、常に命の危険があるという事を頭の片隅に置いている方が精神衛生に悪い。要は必要な時に必要な対応ができるようにすれば良いのだ。

 ブリーフィングルームから追い出された後もエリーゼとクララはこれまでの任務での功績について激論を交わした。アルベルトたちはアキダリアの件以外でも様々な任務に従事していた。全員揃って出撃する事もあれば、いずれかのメンズーアを指揮官機とし、ランツクネヒトに所属するアベレージ・ベフェールの部隊を引き連れて作戦に臨む事もあった。

 エリーゼとクララはお互いを嫌っている訳では無かったが、パイロットとしての不可思議な意地が二人の対抗心を掻き立てていた。パートナーである男たちは任務で競争ごっこに興じるのには抵抗感があったが、結果としておびただしい戦果と出撃手当を得る事ができるので強くは言わなかった。


「……予想敵勢力に戦闘ヘリと戦車があるわ。ヘリと戦車それぞれ二機撃墜したらEFM一機分ってカウントしましょう」


 食堂にて、エリーゼがプラスチックペーパーをテーブルに叩きつけた。そのペーパーには作戦の概要が記されていた。


「別に良いわよ。レーザーキャノンで一網打尽にしてあげるんだから」


 余裕の笑みを浮かべるクララに隣でコーンフレークを食べていたヴィリは困惑の表情を浮かべた。


「おい、火器管制は俺の担当だぞ?」

「そうよ。だからヘマしないでね」

「こっちこそ。アルベルト、いつも以上に頑張ってね」

「何で勝手に俺やヴィリも巻き込まれてるんだよ」

「何を今さら。私たちペアでの撃墜数を競ってるのよ?」

「それは分かってるよ。けど任務の度にアレを撃てコレを狙えだの言われる側にもなってほしいな」

「クララの鼻をあかすためよ」

「こっちこそ、貴女の悔しそうな顔を拝むために頑張るわ」

「頼むから仲良くしてくれ……」


 椅子から立ち上がってにらみあうエリーゼとクララを見上げながらルーファスが迷惑そうに呟く。その隣ではヒオリが黙々とパンを頬張っていた。

 

 





 


 

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