17.後始末 part2

 銀河連邦の人々は全員テラフォーミングされた惑星にしか居住している訳ではない。むしろ、人類発祥の地である地球がまだ緑に覆われていた時代の環境を忠実に再現したコロニーやドーム型都市に住んでいる人の方が多い。

 中央政府や自治政府が運営するコロニー公社は、宇宙空間に無数に存在する小惑星を利用し、内包されている金属資源でスペースコロニーを建造していた。

 コロニーは単に居住するためだけの物もあれば、特定の環境を再現し、特定の目的のために利用する物もある。例えばリゾートコロニーなどは、南国やウエスタンといった環境に設定し、ロールプレイアンドロイドを適宜配置してまだ地球が都市に覆われていなかった時代の特定の環境を再現して観光客を呼び込んでいた。

 そのコロニーは、公式の記録に残されている限りではただの居住用コロニーであった。およそ二百万人が居住可能な比較的小さいタイプ──大きいタイプは数千万人が居住可能──で、壁面にこれ見よがしにペイントされている『R』の字は、くすんで消えかかっていた。


「このコロニーは反乱戦争の初期に反乱勢力である銀河自由同盟の攻撃から逃れるために住民が疎開して以降無人だった。それが戦争終結後から無法者や反乱勢力の残党が寄り合い所帯的に集まって、一つのコミュニティを形成しているようだな」


 ブリーフィングルームにて、オットーはプラスチックペーパーの内容を一部抜粋して集まったパイロットたちに伝えていた。今回の任務は公安局執行部隊の艦が二隻参加しており、アルベルトたちの乗るメンズーアシリーズを指揮官機としてEFM部隊が編成されていた。


「あれ、疎開した住民はどうしたんですか?」


 ヴィリが当然の疑問を挟む。オットーはペーパーをめくって答えを探した。


「……どうやら住民は移送時に攻撃を受けてほとんどが死んでしまったようだな。生き残った者もコロニーを離れて中央領域に移り住んだようだ」


 パイロットたちはぎょっとして息を飲んだ。戦禍の歴史が残るコロニーに自分たちは殴り込みに行こうとしている。死者たちはどう思うのだろうか。アルベルトは未だ無念が残留しているかもしれない外の宇宙空間に思いを馳せた。西暦四千年を数えても人類は宗教的概念を払拭する事は無く、死者を敬い無残に扱う事を忌避する思想は残っていた。それを科学的に実践しようという考えがいわば管理的民主主義の萌芽ほうがだったのだが。

 テーブルの上に投影されていたコロニーの立体モデルが巨大化し、全員がそれを見上げる形になる。


「見れば分かると思うが、外壁にはこのように複数のレーザー砲塔が設置されている。当然、どこの政府の許可も取っていない違法な設置だ」


 そこでオットーは言葉を切り、別のホログラムを出した。


「我々はこの違法な砲塔設置を理由に当コロニーを『接収』する。その間に陸戦部隊が愛国軍人党のリーダーであるこのハーギル・リーターを捕らえる訳だ」

「よろしくな」


 陸戦部隊代表として出席しているアリュが飄々とした態度でパイロットたちに手を振った。


「接収と言うからには当然、事が終わった後はコロニー管理局にコイツを引き渡す。内部の住人は管理局の管轄になるだろうから、我々の仕事はハーギル・リーターの逮捕一点である。最初は平和的に、それが駄目だったら直接コロニーに乗り込む。──質問は?」

「はい! コロニーの住人が攻撃してきた場合は敵対行為と見なして対応しても良いでしょうか?!」


 エリーゼが手を挙げた。事前に配布されていた予想敵勢力の資料は、ハーギルと共に逃げた愛国軍人党の残党が保有しているであろう兵力しか記載されていなかった。無法者の多い辺境領域近くのコロニーなのだから、当然公安局に楯突く者がいるに違いないと思っての質問だった。

 オットーもその辺の考えは承知していた。彼の故郷は辺境領域に近いコロニーで、治安最悪の場所だった。官警などクソ食らえと叫ぶギャングで溢れていた環境で育ったオットーには、わざわざ廃コロニーなどに住むような連中の素性が嫌でも分かってしまうのだ。


「このコロニーは公的には廃棄されている。つまりそこに何の許可も無く居着いているやつらは不法居住者という事になるな。そんな場所に俺たちが行ったら……」


 後は解るな? と言いたげにオットーは言葉を切った。エリーゼは上官の意思を汲み取り、少し離れた場所に座っているクララの方を向いた。クララも顔は動かさず視線だけをエリーゼに向けていた。


「おい、最初は友好的に振る舞うんだぞ。いきなり撃つのは無しだ」

「分かってるわよ。でも、棄てられたコロニーなんかに居る連中よ。撃ってくるに決まってるわ」


 アルベルトはエリーゼの言葉に表向き不快感を示したが、内心ではエリーゼの言葉に同調していた。そもそもアルベルトは幼い頃に父親から「テロリストや犯罪者は社会の腫瘍なのだ」という確固たる価値観を植え付けられて育てられ、他のパイロットたちも養成学校で「良いテロリストは死んだテロリストだけ」といった思想教育まがいの内容が盛り込まれたカリキュラムを受けて卒業したため、基本的に犯罪に加担する人間を手にかける抵抗感は薄かった。アルベルト自身、ただエリーゼやクララのように敵をポイント扱いしてゲームのように撃墜数を競うのが嫌なだけで、「降伏しない限り敵は容赦無く葬るべき」という考えは根底に持っている。

 そんな訳で、廃コロニーに居着いている不法居住者を撃つ羽目になっても、アルベルトは撃てる自信があった。といってもアルベルトは物事を判断する際は常にオリヴィアを一つの要素として入れており、妹を守るためなら味方すら撃ってしまうだろう。

 ブリーフィングを終えたアルベルトたちは真っ先にガンルームへ向かった。それぞれ飲み物を注文すると、オットーの言葉を元に『競争』のルールを細かく決め始めた。


「不法居住者の持ってる兵器もカウントしましょう。民生品のEFMなんかもちゃんと一機として数えて、テクニカルトラックなんかは戦車やヘリと同じ数え方ね」

「テロリストや不法居住者は?」

「数えるのも面倒だし、いつもみたいに数えないで良いんじゃない?」


 ピクニックに行くような雰囲気でルール作りに励むエリーゼとクララを横目にヴィリが肩をすくめた。


「ったくよう、遊びじゃねえんだぜ?」

「今に始まった事じゃないだろ」

「そうやって甘やかすからいけないんだ。もう少し真面目に任務に取り組むのが──」

「……私も、二人に負けたくない」


 ぼそりとヒオリが呟く。一同は物憂げに砂時計を眺める黒髪の少女の方を向いた。


「二人に影響されたか」


 そう言ったアルベルトにルーファスはにらむような視線を向けた。


「ヒオリ、コイツらのやってる事はどちらかと言うと不適切なんだよ。こんな事まで勉強しなくても──」

「やだ」

「やだぁ?!」


 コントのような受け答えにアルベルトたちは笑いをこらえる。


「私もやる。競争する」

「いや、別に勝っても特に何か良い事があるわけじゃないんだよ? 単純に二人のプライドの問題なんだ。この二人は養成学校の時代から何かと競いあって来たから」


 エリーゼとクララが互いに挑むような視線を投げかけ火花を散らす中、ヒオリはいつものゆっくりとした口調でなおも言った。


「……私もパイロットとしてもっと強くなりたい。もっと功績を立てたら、ルーファスは喜ばない?」

「僕? 何で僕の事を考えて……」

「あれって完全に気があるよな」

「いや、まだ特別関心がある相手って段階かも……」


 アルベルトとヴィリは困惑の表情を浮かべるルーファスを見ながら囁きあった。


「何だよ」

「何でもない。ヒオリがそう言ってるんだから参加させてやったらどうだ?」

「けど、こんな遊び感覚でやってるような事……」

「はあ? 私とクララの勝負が遊びだって言うの?」

「聞き捨てならないわね。これはどっちの方が能力が高くて部隊に貢献しているかを測るためでもあるのよ!」

「そうなのか?」

「単純にクララの鼻をあかしたいだけかと……」


 憤然とする女性陣に対し男性陣は呑気だった。

 結局、ヒオリも『競争』に参加する事になった。ルーファスは功績のために無茶するなよと一応注意はしたが、件のパートナーはあまり聞いていないように見えた。




 長距離ワープを合計三回、短距離ワープを一回重ね、コルノ・グランデは廃コロニーのあるF17宙域に到達した。

 そこは半世紀前に破壊されたスペースコロニーや、宇宙船の残骸が死体のように残留していた。反乱戦争初期、この宙域にあった資源衛星群とそれを掘削する工業エンジニア八十万人とその家族百二十万人とが一つのスペースコロニーで暮らしていた。戦火を逃れるため二百万の人々を満載した巨大宇宙船は、連邦に対し反乱を起こした銀河自由同盟によって破壊されてしまった……。

 今、アルベルトたちは件の宇宙船をコルノ・グランデの観覧デッキから眺めていた。中央部に巨大な穴が空き、そこから船体は真っ二つに割れてしまっている。記録によれば、船長の待避命令によって約二千人のみがなんとか脱出ポッドに乗り、緊急ワープで当宙域を抜け出した。その内無事に統合軍に救助されたのは、三百人程度だったという……。


「コルノ・グランデよりもでっかいな」

「一気に数百万人を輸送するため反乱戦争直前に考案されたベタンクール級航行船。食糧、酸素、医療、娯楽の四要素が完備された生命維持システムが存在し、人々は少なくとも二百年は内部で生活ができる……」

「それ、養成学校の宇宙艦船学の講義で聞いた事があるわね」


 クララが懐かしむように言う。パイロット養成学校は何もEFMの操縦だけを学ぶのではない。EFM並びに艦船や兵器についての知識、宇宙空間と重力圏内での戦闘方法の違い、緊急時の対応法に戦史や基礎教養等々…………とにかく多くの事を学ぶ。特にアルベルトたちは部隊指揮官となる事を前提とした士官パイロットコースだったため、座学の量も並大抵ではなかった。


「フルスト教官だっけ? 戦艦の艦長やってたって人」


 エリーゼの言葉で、ヒオリ以外の者たちの脳裏に神経質そうな顔つきをした白髪の教官の姿が浮かび上がった。統合軍において戦艦の艦長を三十年勤め上げ、反乱戦争も戦い抜いたベテランという事で他の教官たちは敬意を表していたが、アルベルトたち生徒からはいつも大量に宿題を出すという事で不人気だった。現在は脳卒中の後遺症を癒すため、故郷の惑星にある退役軍人用サナトリウムで余生を過ごしているとアルベルトたちは卒業後に聞いていた。


「いろいろとあったわね」

「そうだな。お前のおかげで養成学校では暇しなかったよ」

「何よ、怒ってるの?」

「呆れてるだけだ」 


 エリーゼの髪に優しく触れながらアルベルトはぼやいた。彼女の奔放さが原因で起きた数々の騒動にはアルベルトもクララもヴィリもルーファスも振り回されたのだ。もっとも、全て笑い話に変換できるような騒動ばかりだったが。


「……」


 アルベルトたちの会話を、ヒオリは黙って聞いていた。

 ヒオリにはランツクネヒト入隊以前の記憶が無い。出身地、親の顔、そしてこれまでの人生。全てが霧消している。唯一、「ヒオリ」という名だけは本名だという。アルベルトたちは彼女の境遇を不幸だと言ったが、本人はさほど問題だとは思っておらず、保護者であり彼女の記憶を消した張本人であるイザイア博士の言いつけをよく守っていた。

 ルーファスはじっと自分たちを見つめるヒオリに気づいた。その視線を見てルーファスは自分たちの思い出話に思う所があるのだと勘違いした。


「あっ、ヒオリ……」


 アルベルトたちにも気まずい空気が走る。


「? なに?」

「いや、ヒオリの前でこういう話は……と思って」

「……?」


 ヒオリは何がまずいのか全く解らなかった。思い出話などいくらでもすれば良いのに。彼女には疎外感という情緒が欠けていたのだ。


「やっぱりヒオリちゃんの事はわからないな」


 夢の中にいるような表情で首をかしげているヒオリを見て、ヴィリが肩をすくめた。

 艦内放送が一同の視線を上方に誘導した。


「あと二時間で目標座標に到着。戦闘要員は至急第二種戦闘配置につけ。繰り返す、戦闘要員は至急第二種戦闘配置に──」

「もう?」

「待ちくたびれたぜ」


 空き時間の捉え方の違うエリーゼとヴィリがそれぞれ異なる感想を口にする。艦内は急速に慌ただしくなっていく。アルベルトたちもパイロットスーツに着替え、メンズーアの機内でその時を待った。



 


 




 


 

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