18.コロニー壊滅
デブリが漂う中を十人乗りの小型偵察挺が航行している。彼らはコルノ・グランデと公安局所属の執行艦二艦に先行してコロニーの周囲を偵察する任務が与えられていた。
シートに座った船長は頭上のモニターに映し出される周辺環境の分析結果を注視していた。
「異常無し。デブリに偽装した偵察衛星及び迎撃衛星は検知されません」
アンドロイドのオペレーターが船長に報告する。かくいう船長もアンドロイドである。仮に敵対勢力に発見され偵察挺が撃沈されても、人間の被害は出ない。
「コルノ・グランデに通信」
船長が無機質な声で指示を出した。
コルノ・グランデの艦橋にいるオペレーターガイノイドの一体に通信が届く。
「偵察挺Dー27より通信。敵性物体及び敵対的勢力の存在は認められず」
「よし、このまま直進。コロニーに最接近する」
「本当に大丈夫なんですか? コロニーの実質的首長と取引したとはいえ……」
「指名手配解除というこちらの提案に乗ったんだ。通してもらわんと困る」
リズベットの懸念にオットーはシートにもたれ掛かりながら答えた。公安局はハーギル・リーターが逃げ込んだ廃コロニーを実質的に支配している犯罪者集団のリーダーと司法取引を行っていた。指名手配解除と十年間の連邦市民権付与を引き換えにハーギル・リーターを受け渡すよう求めたのである。
犯罪者集団のリーダーは取引に応じ、ハーギルを引き渡す事を約束した。予定が狂っていなければ、今頃ハーギルは拘束され、公安局が来るのを縛られながら待っているはずである。
「これは後始末なんだ。少しは予定通りに進んでも良いだろ……」
オットーのそのぼやきは彼の願望を端的に表したものだった。
格納庫ではパイロットスーツに着替え終わったアルベルトたちがそれぞれの乗機に乗って待機していた。
「ねえ、向こうはこっちの言うこと聞くと思う?」
スーツの状態をチェックしながらエリーゼがパートナーに訊ねた。
「中佐が言うには話を通しているんだろ? なら聞くに決まってるさ。市民権を貰ってお尋ね者の身分から解放されるんだから、テロリストの一人や二人差し出すさ」
「私としては別に話を聞いてくれなくても良いんだけどね……」
言いながらエリーゼはいかにも性悪な笑みを浮かべた。アルベルトはエリーゼがコロニーの犯罪者を一掃する事を望んでいるのを知っていた。正義感からではなく、クララのスコアに追いつきたいというゲーマー的思考からだが。だが、アルベルトはエリーゼを完全に非難できなかった。テロリストや犯罪者といった存在を軽視するエリーゼの考え方は生来の性格に養成学校での思想教育が上乗せされている。ヴィリやルーファス、クララも同様だが。特にクララはテロ攻撃で士官学校の同期生を失っているので、テロリストを同じ人間と思っているかも怪しい……。
とにかく、統合軍への志願者は人間は大なり小なりテロリストへの反感を抱くように教育される。その影響はアルベルトも受けていたが、彼の場合は妹であるオリヴィアの存在が大きい。彼にとってオリヴィアを脅かす存在が敵であり、そこにテロリストや民間人といった区別は無い。オリヴィアを侵すなら、味方でも殺せる自身がアルベルトにはあった。
「スーツのチェック終わり。……あ~、暇。まだ予定座標到達まで時間があるじゃない」
ウィンドウに表示された時計を見て、エリーゼがぼやいた。おもむろにアルベルトの座るシートに上がる。エリーゼの長い金髪が揺れ、甘い匂いがアルベルトの鼻腔をくすぐった。
「どうした」
「暇でしょう?」
「だから?」
「つれないんだから。私がこうやって来たら……分かるでしょ? ヴィリとは違って鈍感じゃないでしょ?」
「……」
エリーゼの見透かすような目にアルベルトは何か敗北感に近い感覚を覚えたが、結局彼女の望み通り唇を合わせる事にした。
ややあってアルベルトはエリーゼを『お姫様抱っこ』しながら彼女とキスしていた。任務の前に我ながら随分とたるんでいるな。アルベルトは自分を恥じたが、パートナーの方はそう思っていないようだった。
「んっ……。元気出た?」
「……出ないと言ったら嘘になる」
「良かった。──任務が終わったら……ね?」
舌なめずりするエリーゼの視線を避けるようにアルベルトは顔をそらした。
「ちょっと! 何で? 顔そらさないで。貴方は私の──」
艦内放送が二人の注意を引いた。
「間も無く予定座標に到着。総員、第二種戦闘配置を維持しつつ待機せよ」
「あら、意外と早かったわね」
「お前がキスに夢中になってただけだろ」
「王子様とのキスに夢中にならない訳ないでしょ」
王子様とはアルベルトの事である。あまりに気恥ずかしい台詞を恥じらいも無く言うので、アルベルトはエリーゼの羞恥心を疑った。
「目標座標に到達。クレ・ド・ラ・ネージュとトーレ・セレードは偽装ホログラムをまとって所定の位置につきました」
オペレーターガイノイドがオットーに報告する。コルノ・グランデはコロニーを囲んでいるスペースデブリの中に停止した。
「コロニー側とコンタクトを取れ」
オットーが頬杖をつきながら指示を出した。オペレーターがコロニー側に回線を開き、あらかじめ決められていた周波数に合わせた。
「彼らはこのコロニーを何と呼んでいるんだったか?」
「ポロージンです」
「二百年前に活躍していた宇宙海賊の名前か? 似合わんな」
「まさしく先輩の言う通りです」
リズベットが敬愛する上官に頷いた。同時に、過去の大犯罪者の名前を自分たちの住まいに付けるなんて非文化的この上ないと心の中で軽蔑していた。
「ランツクネヒトよりポロージン。『積み荷』と『乗客』の回収に来た。応答せよ」
返答は無い。スピーカーからは何の音も聞こえない。オットーは同じフレーズを繰り返したが、だんまりを決め込まれてしまった。
「先輩……」
「まあ待て。向こうにも事情はある」
「ですけど、すぐに答えないっていうのは……」
突如、艦橋内にレーザー照射を受けている事を警告するアラームが響き渡った。
「中佐、レーザー砲塔からロックオンされています」
「先輩!」
リズベットが切羽詰まった表情を浮かべたのに対し、オットーは溜め息が漏れないように口を固く閉じて瞑目した。
レーザー砲塔から赤い光線が発射された。周囲のデブリに命中して爆散し、花火のように煌めく。
人工衛星の残骸や小惑星に当たり、その破片がまた小さなデブリとなってコルノ・グランデに降り注いだ。
衝突するデブリによって艦内が揺れ、アルベルトたちは事態を察した。
「攻撃してきた?!」とヴィリ。
「自殺行為だ。馬鹿なのか?」
ルーファスが信じられないといった様子で言った。
「テロリストに知性なんか期待する方がおかしいのよ」
クララが明らかな侮蔑の感情を込めて吐き捨てた。
(ちょっとは予定通りに行かないのか……)
アルベルトは面倒くさそうに舌打ちをした。手はず通りに先方がリーターを大人しく引き渡せば、早くオリヴィアの元へ帰れたというのに。
「これで穏やかな交渉はご破算だな」
「本気で私たちとやる気なのかしら?」
エリーゼはコロニー側の暴挙に疑問を呈した。クララとスコアについて騒いでいたのはいわばおふざけのようなもので、交渉が成立している以上自分たちの出番は無いと頭の中では理解していたのである。
「中佐、クレ・ド・ラ・ネージュとトーレ・セレードが指示を求めています」
オペレーターガイノイドの一体がオットーの方を向いて言った。今作戦の指揮権は彼にあるのだ。
「駄目だ! まだ攻撃は許可できん! 用意していた専用回線ではなく、コロニー側が使用している通商用回線を開け」
「先輩、連中は私たちに攻撃してきたんですよ?」
「確認したい事がある。良いから早く開け!」
(このコロニーが、俺の住んでいた場所と同じような場所だったら……!)
オットーはある推測を脳裏に浮かべながらコロニー側に呼び掛けた。
「こちらは統合軍公安局第38独立特務作戦群だ。コロニー責任者のバスコ・バドを出せ」
ややあってコロニー側から返答が帰ってきた。
「──バスコ・バドは死んだ! アウトローズの風上にも置けない臆病者は、俺たちデッキー・ジャンカーズがぶっ殺してやった!」
「……へ?」
コロニー側の返答にリズベットは一瞬だけ思考停止した。オットーはひじ掛けを強く握りしめながら落ち着いた声音で言った。
「そうか。ではお前たちに勧告する。今すぐテロリストのハーギル・リーターを連れて来い。そうすればさっきの攻撃は無かった事に──」
「るせえ! 偉そうに命令すんな宇宙モグラ! 地球とかいうカスみてえな
思考停止から脱したリズベットはあまりの無礼に身体を震わせていた。笑顔のまま口をひきつらせている。一方のオットーも穏やかな笑みを浮かべていた。
「残念だ。こんな恐るべき馬鹿共がこの宇宙に存在していたとは驚きだ」
「ああッ?! テメエ何様のつもり──」
オットーは回線を断ち切った。
「俺の予想通りだ。頭がすげ変わったんだ」
中佐は今度は隠しもせず大きな溜め息をついた。
「相手と交渉できたと言うことで、俺も上層部もちょっと浮かれていたようだ」
彼はおもむろに立ち上がると、決意したように指令を発した。
「全部隊に告ぐ。交渉は決裂した。オペレーションをAからBに移行。──コロニー『ポロージン』を壊滅せよ!」
待ってましたと言わんばかりに二隻の公安局所属艦がホログラムを解除し、姿を現した。巨大な小惑星が突如として戦闘母艦に変貌した事にコロニー側は動揺して有効打を打たなかった。
二隻の戦闘母艦が一斉にレーザー砲を放った。赤いレーザーは一瞬でコロニーの外壁に到達し、その脆い板を吹き飛ばす。次いでミサイルがレーザーによってできた傷を大穴に変えていく。コロニー『ポロージン』の外壁に巨大な穴が出来上がった。
「EFM部隊は穴からコロニー内に侵入しろ。第一、第二中隊が露払い役だ」
「了解!」
第一中隊の指揮官機がメンズーア・アイン。第二中隊をメンズーア・ツヴァイが指揮する。四人のパイロットはオットーとリズベットに敬礼した後順次発進していった。
「第三中隊は宇宙港を押さえろ。間違っても連中が宇宙に逃げ出さないようにするんだ」
「了解しました」
第三中隊指揮官機のメンズーア・ドライは先の二機より少し遅れて出撃した。
コロニー内に侵入したアルベルトたちは内部の様子に目をみはった。廃墟同然と思っていた中は、旧式ながらも人工太陽で照らされ、雲が存在していたからだ。
人々の住居はバラックが細く積み重なった歪なビル街だった。辺境領域の貧しい惑星やコロニーではよく見られる銀河世界特有の建築様式である。
「大尉たちが侵入出来るように掃除するぞ。第一中隊は各小隊に分かれて市街を掃討する」
「じゃあ俺たちは……」
「工業地帯側よ。ルーファス! 宇宙港までのお守りは要らないでしょうね」
クララの問いかけにルーファスはどもりつつ答えた。
「あ、当たり前だろ。なあヒオリ」
「……ルーファス、緊張してる……」
「んなッ?!」
「ぷぷぷ。初めての部隊指揮でミスするんじゃないわよ~」
「うるさい金髪! やってやるさ!」
エリーゼの煽りにルーファスはムキになって通信を切った。
「おい、あまり仲間を馬鹿にするな」
「励ましてあげただけよ。さあ私たちも仕事に取りかかりましょ」
両手で髪をなびかせエリーゼは微笑んだ。
ポロージンの『市街』に降り立ったEFM部隊は迎え撃ってきた敵に対し攻撃を開始した。あるアベレージ・ベフェールは自分に対して銃撃してきたハーフトラックを容赦無く踏み潰し、頭部カメラを狙おうと建物の屋上に登ってランチャーを発射し終えた敵の集団をサーベルで溶解した。また別のアベレージ・ベフェールは戦力差を悟って逃げ出した敵に対し、周囲の人々ごと腕部バルカン砲の銃撃を加えた。小を切り捨て大を救う事を求められる公安局のパイロットたちは、善良な市民を結果的に守れるならコロニーの一個や二個壊滅させる事に抵抗は無かった。ただ命令の完遂を目的に邁進するのだ。
各小隊がスラム街で戦闘を行っている最中、アルベルトたちは上空で静止し部隊を督戦していた。
「EFMはまだ出てこないか」
「っていうか出てくるの?」
「愛国軍人党の残党が出てくるならな」
「でも、愛国なんとか党の戦艦は宇宙港にあって、ルーファスたちが押さえに行ってるんでしょ? ──もしかして私たちの出番って無いんじゃ……」
エリーゼは急にやる気を失ったようだった。シートにもたれ掛かり、官給品の栄養ジュースを飲み始めた。
アルベルトはパートナーの勝手気ままな態度に呆れたが、実のところ暇ではあるので彼もオリヴィアの事を考えて作戦への関心を横に置いていった。
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