8.援軍 part2
指定された地点に向かう道中の車内はこれ以上無い程静寂に包まれていた。雑談ができる程に簡単な任務ではないという認識が一同に緊張感を与えていたからである。
エトナがハンドルを握る車両を先頭に、一行は三台の装甲車にそれぞれ乗っていた。灯りが一切消えてしまった街は真っ暗闇で、更に道路には乗り捨てられた車が無造作に停められていたせいでスムーズな移動はできず、また暴徒の生き残りにも警戒しなければいけない関係で三台の装甲車は低速で移動していた。
アルベルトは拳銃のチャンバーチェックをしながら車内を見渡した。アルベルトたちはEFMパイロットであったが、ランツクネヒトでの扱いは『総合警務官』というものだった。これは公安局独自の役職で、いわば何でも屋のような存在である。諜報、潜入、破壊工作、暗殺、そしてEFMの操縦……。当然、このような味方との合流任務にも付き合わされる。アルベルトはこんな激務に殉じる為に軍人になった訳ではなかったが、長い間何の仕事も与えられなかった時期を経験している人間としてはやる事があるという感覚自体が活力の元のようになっていて、彼のモチベーション維持に繋がっていた。一方エリーゼはアルベルトと一緒にいる為に軍人になったようなものなので、内心では何故パイロットの自分が出張らなくてはいけないのかと愚痴をこぼしていた。
拳銃が正しく動作する事を確認したアルベルトはそれをホルスターに納め、向かい側に座っているイザイアを見やった。イザイアは確かにランツクネヒトの一員だが、この中では場違いな人物ではないのかとアルベルトは訝しんだ。イザイアは技術将校で、軍事には疎い方である。一応、銃の扱いは知っているようだが、試しに持たせてみた時はとても背中を任せられるものではなかった。だがイザイアが任務に参加する事はブリーフィングでは語られず、出発直前にオットーから同行するよう言われたと慌ててやって来たのである。……謎の金属製手提げケースを携えて。
ケースは学生用カバンと同じくらいのサイズで、大した厚さもなく何かしらの機械類が入りそうな物ではなかった。機械ではないと仮定するとして、一体何が入っているのか。アルベルトは数分前にこの考えが浮かんでからずっと気になって落ち着かなかった。
装甲車が揺れる。目的地に到着したのだ。アリュ率いる陸戦隊が音も無く下車していく。そのプロフェッショナルな動きにアルベルトたちは感嘆しつつ続いた。
「ここが指定された地点だよな?」
アリュは周囲を見渡した。そこは高速道路の入り口部分で、 車やトラックが停まっているだけで何の音沙汰も無い場所だった。
「隊長!」
隊員の一人がアリュに声を掛ける。声の方を向くと、トラックに寄り掛かって死んでいる暴徒がいた。
「おっと」
「他にも死体を見つけました。どれも死んでから間も無い。仲間割れで殺し合った訳でもなさそうです」
その言葉を聞いたアルベルトたちは不安に駆られた。得体の知れない何かが近くにいるのだ。辺りを見渡して様子を伺うが、何の気配も無い。
「どうした」
通信機越しにオットーが状況の報告を求めた。アリュがそれに応答する。
「暴徒どもの死体です。まだ暖かいやつ」
「なるほど。騒ぎを起こさないという配慮は無い訳か。誰が来るかこれで確信したぞ」
「は?」
「あら、私が来ると分かっていてくださったの?」
どこからともなく統合軍の制服を着た女が現れた。アルベルトたちは一様にぎょっとしながら銃を向けた。
「一体どこに?!」
「あら。彼の部下って聞いていたからもっと紳士的だと思っていたのだけど」
「おら、動くな!」
アルベルトが声のした方を向くと、軽機関銃の銃口が自分に突きつけられている事に驚愕する。その持ち主はアルベルトやエリーゼたちパイロット組とほぼ同い年程度の少女だった。
一同はいつの間にか自分たちが謎の部隊に包囲されている事に気づいた。『部隊』だと思ったのは、銃口を向ける少女たちが公安局の腕章を着用し、かなり私的にカスタマイズされた統合軍の制服を着ていたからである。
「大尉、多分中佐の言ってた増援ですよ」
「えっ、こいつらが?!」
「こいつらだなんて下品ですね。この襟章が見えないのかしら?」
女性将校が中佐である事を示す階級章を見せつける。
「その声、やはりラピスだな?」
「シンシアと呼んでくださっても構わないのですよ?」
「断る」
エトナの胸に付いているホログラム投影機が起動し、不機嫌そうな表情のオットーの姿を投影した。
「お久しぶりです。ゼレドロニアの時は少佐共々どうも」
「ゼレドロニア?」
「観光コロニーだよ。休暇に向かった先でこの麗人の任務に巻き込まれたのさ」
「人手が足りなかったのですからしょうがないじゃないですか。それにああして同じ部署にいる私たちが巡り会ったのは運命でしょう?」
「そういうのは信じてないんだ。今は現実の話をしよう」
「相変わらず淡白な人」
冷淡な態度を取るオットーに対し、シンシアはそれが面白い事だと言わんばかりに微笑んだ。
装甲車の中で待つよう言われていたイザイアは、敵の襲撃がないか怯えながら待っていた。
突然後部ハッチが開き、何事かとイザイアが後ずさると、毛布を被った女性が入ってきた。
「援軍が待っている間に助けた市民だそうです」
アルベルトは装甲車の中に入るなりイザイアに言った。
「援軍……。味方が来たのは本当だったのか」
「あっ、博士じゃん! おひさー」
栗毛の少女がアルベルトを押し退けるように入り、イザイアに手を振った。
「エリカだよー。憶えてる?」
「憶えているよ。私が施術したんだからね」
「そっかそっかー」
「ハッチの前で立ち往生しないで。邪魔なんだけど」
群青色のストレートヘアの少女がエリカを後ろから小突く。
「テレーザか。それにミオンも」
テレーザの後ろに黒髪シニヨンのミオンが現れた。イザイアに礼儀正しくお辞儀をして空いた席に座る。
「貴方イケメンね。彼女とかいる?」
「え? ああ……」
「私が彼女よ」
いつの間にかエリーゼがエリカの背後に立っていた。
「あら失礼」
「そうよ、失礼よ」
エリーゼはアルベルトの隣に座るとその腕に抱きつき、頬をすり寄せ甘え声を上げた。
装甲車が走り出す。ユリカがイザイアの持っているケースに気づいて指を差す。
「あっ、それアンプルでしょ! ちょうだい!」
イザイアは一瞬肩を震わせ驚くが、特に拒絶する事も無くケースを開けた。そこには透明な液体の入ったアンプルが三本収納されていた。
「やっぱり!」
ユリカは何の断りも無く一本取り出すと、アンプルの首を折って内容物を一気に飲み込んだ。
「ユリカ!」
テレーザが注意するが、ユリカは全く意に介さない。ミオンが溜め息をついて肩をすくめる。
「何ですか、それは」
「生体ナノマシン活性剤だよ。彼女たちのようにナノマシンが生体機能を維持している人間には必要不可欠な物だ。…………そうか、中佐が私を送ったのはこれの為か」
アルベルトの質問にイザイアが答える。その後イザイアは独り言をぶつぶつと呟いた。
「ナノマシンで機能を維持してるって事は……貴女たち、強化人間?」
「そうよ!」
「私たちは第二段階の強化人間です。主に潜入や白兵戦向けの調整が施されています」
エリーゼの問いかけにユリカが元気よく答え、次いでテレーザが詳しい説明をする。
「私たちは手足が人工筋肉で、ユリカは右目が各種機能のついた義眼に置き換えられています。ミオンの腕にはブレードが……」
テレーザの言葉に合わせミオンが両手のブレードを発動する。腕が変形し、カマキリの鎌のような鋭い刃が現れた。エリーゼはそれに驚きアルベルトを勢いよく抱き締めた。
「このように内蔵されています」
「確かに暗殺には向いているかもな」
「といってもこれらは犯罪組織や警察も使っている物です。博士の凄い所は、こういった改造を何の拒否反応も起こさず行える事なんです」
「……義体に関しては基本的な事しか知らないんだけど」
「あっ、すいません。──博士、説明してあげて下さい」
「えっ、私が?」
運転席側に顔を向けていたイザイアが戸惑ったように言った。
「私たちに施術したのは博士でしょう」
「そうよ! 専門家が説明するべきよ!」
ミオンとユリカが急かす。イザイアはモノクルの位置を調整し、顎に手を当ててしばらく思案する。やがて納得したように軽く頷くと、アルベルトとエリーゼの方を向いた。
「そうだな……私が開発したのは、簡単に言うと百パーセントDNA由来の生体素材で作った臓器だ。内臓だけではなく、筋肉や眼球すらも再現できる」
「出回ってる人工筋肉は自然由来なんでしょ?」
「あれは品種改良を重ねたクジラから取れる物だ。私のは一つの単細胞から作り出す技術なのだよ」
「細胞から臓器を培養するんですか?」
「その通り。といってもこの技術は地球時代の頃からずっと研究されていたものだよ。機械技術に基づく臓器や義手の方が早く発展した影響で注目されなかっただけで」
「地球時代って二千年代の事ですよね。そんな昔からあるのに、どうして今頃になって博士の手で確立されたんです?」
アルベルトの詰問にイザイアはモノクルの位置を調整しながら答えた。
「いや、嘘はつけないな。正しくは技術を復元したと言うべきだな。信じられないだろうが、人工臓器やインプラントといった義体技術は、地球時代の方がずっと進んでいたのだよ」
「廃れたって事?」
「六度も大戦があれば、失われる技術だってあるのさ。培養技術は費用が高くてね。比較的安い値段で済むシリコンで作られた臓器が主流になったんだ。確か君の妹は義体だったね?」
イザイアはアルベルトに水を向けた。
「はい。定期的なメンテナンスが必要になっています」
「今の義体は定期的に交換しないといけないが、私のは三~四年に一度のメンテナンスで済むのだよ。まあ、本来であれば一生メンテナンスしなくても良いはずなんだが、こればかりは技術が失われているからね」
「では、技術が復活すれば一度交換しただけで後は普通の生活が送れるようになるんですか?」
「それが実現すればの話だがね。技術の『発掘』は遅々として進んでいないから、私が生きているうちには無理かもなぁ」
「え~っ! 生きてるうちに全部復元して! 私たちの身体も全部それで完璧にしてよ~」
「難しいものは難しいのだ。それに必要以上に生身の部分をいじるのは良くない」
自分の肩を揺らすユリカの腕を掴みながらイザイアは言った。
「そんな事言って、私たちの身体をさんざんいじくり回したクセに~」
「ユリカ!」
テレーザが怒鳴り、ユリカの頬をつねる。
「博士に向かって失礼でしょう! 私たちの命の恩人に向かってその口の聞き方は何?!」
「痛い、痛い! ごめんなさい、テレーザ。だから──痛いっ!」
「博士って凄い人なのね。いつもよれよれの白衣着てるから結構地味に見えてたけど」
「お前も失礼だぞ!」
「あの……」
そこで誰でもない第三の声が車内に響く。声のした方を向くと、毛布にくるまって縮こまっている女性がいた。エリカたちが所属するシンシアの部隊が救助した女性である。
「この車って、軍のですよね? その、あんまり軍隊っぽく無いから……」
「あ、いや、すいません! ちゃんと避難所へ向かっているので大丈夫ですよ」
アルベルトが慌てて説明する。そしてアルベルトは運転席にいるアリュの部下以外にまともな軍服を着ているのが自分だけだという事に今更ながら気がついた。
「私、そんなに軍人に見えなかったかしら?」
「ミニスカートにガーターベルトを履いた軍人がいるか?」
「クララだって履いてるわ!」
「そういう事じゃ無くてね?」
行きと違い、帰りの車内は大騒ぎであった。
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