2.火星での会議 part2

 昼食後、すぐにオットーから任務の内容が通達された。


「任務と言っても簡単なものだ。明日、グランド・アキダリア・ホテルで行われる星間対テロ会議において、上空でメンズーアを使った監視を行う。会議の終了までアキダリアの上にいろ。終了後はポイントBに指定された航空基地に行け。それで任務は完了だ」

「……絶対暇ね。お菓子とか持ち込もう」

「任務だっつってんだろ」


 冗談を飛ばすエリーゼにアルベルトが真面目に咎めた。


「確かに暇かもしれんが、飲食の類は当然禁止だぞ」

「分かってますって」

「本当に分かってるのか……?」

「警備任務という事ですが、私たちのメンズーアを人目に晒して大丈夫なんでしょうか?」


 クララが模範的軍人の態度でモニターの向こう側にいるオットーに質問する。


「機密部隊である以上、当然の疑問だな。しかしそこは考慮しなくても良いというハイドリヒ長官直々のお達しが来た。メンズーアはあくまで試験機体の改修機なのだから、だとさ。それに、選挙が近いからというのも理由の一つだ」

「選挙?」

「そういえばこの星間対テロ会議の一月後って中央政府の選挙の時期ですね。まあ、百年近く政党連合以外が与党になった事は無いけど……。この時期になると各省庁が慌ただしくなるんだったか」


 ヴィリの疑問にルーファスが推測を述べた。


「公安宣伝って事ね。でも、別に私たちがやらなくても……」

「公安局は独自に強力な戦力を持っていると暗に示すのが長官の目的のようだ。治安維持の要は我々であるとな」


 エリーゼのぼやきにオットーが肩をすくめながら言った。自分たちが公安局の宣伝塔という役割を与えられた事に、一同は喜ぶべきか落胆すべきか分からず互いの顔を見合った。

 その夜、アルベルトは妹のオリヴィアと三日ぶりに通話を行った。


「三日間も顔を見せなくてごめんな」

「元気なお顔が見られて何よりです。火星はどうですか?」

「緑豊かで綺麗な所だよ。今度はお前を連れていきたいな」

「その時は二人っきりで行きましょうね」

「え? ああ。ところで、俺たちが居ない間に何か変わった事は無かったか?」

「何も」

「通信教育になったせいで、友達ができなくて寂しくないか?」

「大丈夫ですよ。お兄さんがいればそれで良いですから」

「そうかい? でも、オリヴィアだって気になるタイプとか──」

「お兄さんがタイプです」

「そう……?」


 その頃エリーゼはクララたちと共にホテルのバルコニーで夜風に当たっていた。


「何だか機嫌の悪そうな顔ね、お嬢様」


 景観を楽しまずワイングラスをゆっくりと回しているエリーゼにクララが皮肉っぽく言った。


「大方、アルベルトがオリヴィアちゃんと仲良く通話しているのが気に入らないってんでしょ?」

「ふん」


 エリーゼはクララの言葉には反応せず白ワインを一気に飲み干した。


「大好きな彼の前ではお転婆なクセに、他の子といる時はすーぐ湿度高めになるんだから」

「貴女だって養成学校の頃ヴィリに彼女がいるって噂があった時はあいつに冷たく当たってたじゃない」

「過去は過去。昔の事を話しても私には一切効かないから」

「何の話だ?」


 ヴィリがワイングラスを皿に載せてやって来た。


「昔、ヴィリに彼女がいるんじゃないかって噂になった時のクララの様子について話してたの」

「ちょっと! わざわざ全部言うことないじゃない!」

「あら~? 過去の話をされても一切効かないんじゃないの? それとも想い人に聞かれるのはイヤ?」

「はあ? 全然嫌じゃないし。遠慮無く話せば?」

「じゃあ、噂を知った時の貴女の動揺っぷりについて話しましょうか」

「やっぱりやめて!」

「……これ、開かない」

「ヒオリ、ワインオープナーを使うんだ」


 コルクの抜き方が分からず振ったり上下逆さまにしていたヒオリからボトルを受けとると、ルーファスは器用な手つきでワインオープナーを使ってコルクを抜いた。


「器用ね。さすがはお坊っちゃま」

「資産面でそう言ってるなら、お前の方がずっと金持ちだと思うんだが?」

「そう? 開発惑星と興行向けの人工衛星を何個か持ってるだけじゃない」

「うざ。庶民は惑星も人工衛星も持ってないわよ」


 エリーゼの自慢にクララがすかさず反応する。


「貴女だってそこそこ古い軍人家系で、プライベートシップを持ってるくらいのお金持ちじゃない」

「貴女の家は経済規模が段違いでしょ。貴女個人で動かせるプライベートシップ何隻持ってるの」

「う~ん、四隻くらい?」

「頭おかしいわ……」

「エリーゼって、お金持ち?」

「ああ、大企業スペース・パシフィック・グループのご令嬢だからな」


 首をかしげるヒオリにヴィリが答える。


「そうよ~。今見えてるビル群だって簡単に買えちゃう程度にはお金持ちよ~」

「これが冗談じゃなくて本当なんだから恐ろしい」


 ルーファスは呆れるように肩をすくめ、ワインを口にする。


「足りない物なんて何も無い、か。後は旦那だけだな」

「アルベルトがいるからその点はとっくにクリアされてるわ」

「その点で言えばアルベルトの家柄もふさわしいな。政治家を輩出してきた由緒正しい一家だ」

「……貴方のその思考、王族が先祖なだけはあるわ」

「王族?」


 クララの言葉にまたヒオリが首をかしげる。


「ルーファスの家は連邦が出来る前、星間国家時代にあったの血を引いてるのよ」


 地球から宇宙に飛び出した人類は、居住可能な惑星を見つけてはテラフォーミングし、そこに根付いてはまた宇宙に飛び出る、という方法でその居住圏を広げていった。年月が経つにつれ地球の管理能力は低下し、遠く離れた惑星はそれぞれに独立を宣言して国家を樹立した。それが星間国家時代である。国家によって政体や支配者の様相は様々であったが、中には自らを「王族」と称して君臨する者が統治する君主制国家も存在していた。


「もう何世紀も前の話じゃないか」

「でも、先祖が貴族や王族だったっていうのはすごくない?」

「そうかもしれないけど……」

「こんな所で歴史の話か?」


 そこにオリヴィアとの通話を終えたアルベルトがやって来た。


「アルベルト!」


 エリーゼはすかさずアルベルトに抱きつき、上目遣いで彼を見上げた。


「話は終わったの?」

「ああ」

「じゃあ、今度は私と二人っきりで話しましょ?」

「いや、明日は任務があるし、寝た方が……」

「なぁんで! 私とイチャイチャしたくないの?!」

「けど、明日は……」

「ヤダー!」

「見なさいヒオリちゃん。あれがバカップルというものよ」

「へえ……」

「バカップルっていうか、エリーゼがアルベルトに迫ってるだけなんじゃ……」

「いいえ。分かってないわねヴィリ。アルベルトの顔をよく見なさい」


 そう言ってクララはアルベルトの顔を指さした。


「あのまんざらでも無いって気持ちを押し潰したような表情、エリーゼのかまってアピールが可愛くてしばらく見ていたいって思ってるのよ!」

「なるほど!」

「なるほど、じゃないが?! 何を勝手に俺の表情を見て適当な事を──」

「え? 私、可愛くない?」


 アルベルトの言葉を聞き、エリーゼが動きを止める。


「可愛くないの? 昼間着てたワンピースだって、アルベルトが気に入ると思って……」

「いや、聞いてくれエリーゼ。お前は美人といった方が正しいから、その、可愛いというのは…………。……あああ! 人前でこんな恥ずかしい事を!」

「クララの言う通りだ。バカップルだな」

「バカップル……」


 ルーファスの言葉に同調するようにヒオリが頷いた。




「今日はいっぱい楽しみましょうね、先輩♡」


 その頃、部隊指揮官オットーは副指揮官のリズベットに連れられ、高級レストランにて夕食を取っていた。

 三十代前半の男性と、ゴシックロリータの衣装を身にまとった少女(実年齢は二十代後半)という組み合わせはやはり奇特なようで、周囲の客は特にオットーに対して何とも言えない視線を寄せていた。


(そりゃ俺だってこんな見た目少女な女性を連れた野郎が来たらちょっと変だなって思うよ。何でこんな目に……)

「先輩どうしたんですか?」

「何でもないさ」


 二人は個室に通された。豪奢なインテリアがそこかしこに置かれ、天井にはシャンデリアが吊るされている。オットーは少し派手過ぎではないかと思いながら席についた。

 

「しかし良いのかね。公費でこんな豪華な外食なんて……」

「大尉たちは歓楽街に出て遊んでるらしいですよ? だから私たちも今日くらいはゆっくりしても良いんです」

「子どもの頃はこんな公費で外食するような連中を恨んでたが、人の事を言えなくなってしまったな」


 オットーの出身は辺境領域に程近いスペースコロニーである。治安はお世辞にも良い場所とは言えず、警察の力も弱く、オットーの住んでいた地区は地元のマフィアが治安維持を担っていた。政府はまともに治安の向上に努める事は無く、政権が変わっても犯罪組織と癒着して至福を肥やすのは少しも変わらなかった。


「ヤク中の息子にしてはとんでもない出世だよ、ホント」


 オットーが軍に入ったきっかけは、父が麻薬所持で逮捕された事だった。オットーの住んでいたコロニーではいくらでも誤魔化しが利いたが、麻薬が発見されたのが出稼ぎに行っていた開拓惑星で、オットーの父はすぐさま治療という名目で収容所行きとなった。

 残されたオットー含めた家族は「要注意人物」として連邦当局にマークされ、学業や就職面でのペナルティを受ける羽目になった。オットーの家は困窮している訳では無かったが、当局にマークされているという事実は様々な場所でオットーたちの足を引っ張った。

 最も手っ取り早い名誉回復の道は、軍人となって奉職する事であった。元々軍隊に興味を持ち、学校の成績も悪くなかったオットーが士官学校に入るのに時間は掛からなかった。


「お父様は今どうされてるんです?」

「収容所を出て介護施設にいる。元々労働法に違反した条件での開拓事業だったからな。企業から奪い取った賠償金で薬で抜いて正気に戻したってオチだ。……完全な放心状態になって全く反応しなくなってしまったが」

「それは……」

「良いのさ。親父が自分でやってくれと言った事だ。それに財産はしっかり残してくれたから母さんも不自由してないし。──そんな事より、今日はせっかくのディナーなんだ。暗い話は無しにしよう」


 二人は次々と運ばれてくるコース料理を堪能した。見栄え重視で味は良くない料理を出すホテルが多いのに対し、火星の料理人のプロ意識に二人は感心するしかなかった。

 デザートのレモンケーキを食べながら、オットーとリズベットは明日に控えた星間対テロ会議についての話を始めた。


「御定まりの会議だが、中央と各惑星間が密接に繋がっているという事をアピールするには必要な行事だな」

「というより、アピールの為だけに行っていますからね」

「半世紀前の反乱戦争以来、各惑星に対する中央の影響力は明らかに弱まっているからな。未だに管理しきれているというのはすごい事だと思わないか?」

「しかし分離独立を主張するテロリストの数は年々増え続けている……。いっそのこと、幾つかの惑星を独立させてしまっても良いんじゃないかって思いますけど」

「その分アンチセクターが減るかもしれないからか?」

「ええ。私のような目に遭う人が減ると思いますよ。もはやこの時代、テロリストは本気でイデオロギーに殉じる少数派か、ただ暴力を振り撒きたい多数派のどちらかしかありませんし。まずは少数派を比較的穏健な方法で片付けるというのはどうです?」

「先に話が通じる方を、か。で、その後に無法者を始末すると?」

「私はアンチセクターの撲滅が目的ですから。そいつらがいなくなるなら自治政府制が揺らいでも良いと思ってます」


 二人は国家体制を脅かすテロリスト等を取り締まる公安局に所属してはいるが、連邦に対する愛国心や忠誠心のようなものは薄かった。そもそも公安局は「愛国的な」軍人ばかりを選り好みして採用している訳ではない。レオミュール思考素子プリンター等の脳内思考解析機器によって捜査権限などの特権を悪用しないと診断された者が選別され、局員の候補としてリストアップされている。無論、局員としての権限を悪用した者は問答無用でポール式走査型記憶出力機や前述の思考素子プリンター等では診断に掛けられる。記憶や思考の仕組みが解明されたこの時代では、モラルが重要視されているのだ。

 特に公安局は市民の保護に重きを置いており、テロを防ぎ連邦市民を守る事に血道を上げる者が多く所属している。オットーやリズベットはどちらかというと個人的な事情で公安局に所属しているが、それでも「善き市民」に犠牲を強いる事は忌避する性分であった。


「ところで、彼らのメンズーアの為に持ってきた新しい武装ですが……」

「イザイア博士が持ち込んだ武器の事だろ? 無用な心配を呼ぶからやめろと止めはしたが、結局装備させてしまったらしい」

「もしテロリストが襲撃してきたら、絶大な威力を振るう事になりますね」

「不謹慎な。ホントに襲撃してきたら笑えないぞ」

「その為に我々が動員されているんでしょう?」

「それはそうだが……」

「とにかく、明日は無事に会議が終わる事を祈りましょう」


 そう言ってリズベットはグラスを持ち上げた。


「どうします? 祈願の意味を込めて乾杯しますか?」

「そういう願掛けはあんまり信じないたちだが、せっかく火星に来たんだしな」

「素直に「そうしよう」って言えば良いんですよ」


 そうして二人は互いの杯を軽く触れ合わせ、最後の一杯を飲み干したのだった。





 






 








 

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