3.愛国の徒
毎年一度行われる星間対テロ会議の会場は、史上初めて地球外生命体の痕跡が発見されたアキダリア平原に築かれた都市で行われる。
中央領域に属する自治惑星、スペースコロニー、都市併設ステーションなどから来た警察・公安関係者が一堂に会し、昨年の成果と目標を発表するのである。
反乱戦争が起こる前は辺境領域の惑星も参加していたが、今では惑星全土を統治出来ていると見なされた自治政府しか参加が認められておらず、連邦の力の衰えがここでもうかがえた。
連邦内務大臣のヒョードル・ホールデンは、公用車の中から会場であるグランド・アキダリア・ホテルを見上げていた。ホテルの上ではメディア各社のヘリコプターが飛び回り、ホテル周辺の道路は会議の出席者の車が通る為に交通規制が敷かれていた。
「心なしか顔がひきつっていますが、大丈夫ですか?」
ヒョードルは同乗者の声にビクッと肩を震わせた。
「いやあ。だって、ホテルに爆破予告が届いたって言うんだから……」
「いつものイタズラですよ。発信者は既に追跡して逮捕しましたから」
ベルンハルト・ハイドリヒ公安局長官は赤ワインの入ったグラスを片手に言った。沿道には各惑星やスペースコロニーからやって来たメディア関係者がカメラを向け、会場に向かう車列を撮影していた。
「大臣の安全は我々公安局が保証します。だから車から降りるまでにはそのひきつけを治しておいてください」
そう言いながらベルンハルトはクーラーボックスからウイスキーを取り出し、アイスボールの入ったグラスに注ぐ。ヒョードルはそれを受け取り一口飲んだ。
「大臣に就任してからは毎年のように参加しているのです。そこまで緊張しなくても良いのでは?」
「有能な人物の後任というのは気が引けるよ。お飾りだとか言われてね。……まあ、別に私はそう言われてもしょうがない経歴だが」
ヒョードルは世襲議員で、これまで内実があるとは言えない名誉職ばかりについていた。そんなヒョードルが銀河を統べる連邦の内務大臣になっているのは、他の省庁のみならず身内の役人たちからも可笑しい話だと嗤われているのだった。
「いえいえ、大臣は重要な役割を担っていますよ。我々の活動に邪魔が入らないよう、様々な便宜を図ってくださっている」
「
「連邦制の維持の為には、ですね?」
「今の連邦が崩壊したら、私はどうなることか。いや、私はともかくせめて姪っ子が生きているうちはこの連邦を維持しておきたいのだよ」
「姪……。数年前に引き取ったという遠縁の?」
「ああ。アンチエイジングを受けたいと会うたびにせがまれてるよ」
車が止まる。爆発物探知機を持った警官が近づいてきた。
「もうホテルの前か。……ん」
ヒョードルは沿道や歩行者天国となっている道路にデモ隊が溢れている事に気がついた。自治政府制に反対するデモだ。
「アンチセクターか。ああいうのが正統な連中なのだろ?」
「本来の意味でのアンチセクターは、彼らのように自治政府制に反対する市民団体や政治結社の事を指しますね。今はテロリスト全般を指すような意味合いに変わっていますが」
「出来る事ならああいう平和的なデモだけをやっていてほしいね」
「ええ。そうしてくれると我々の仕事も無くなって助かります」
「おいおい、仕事が無くなったら生活出来ないんじゃないか?」
アルコールが入った影響か、ヒョードルの声量は大きくなっていた。しかしそんな調子に乗ったヒョードルを、ベルンハルトは冷ややかな目で見つめた。
「私の理想は、万民が理性的に生きる事ですよ。それが出来ない連中は排除しなければ」
ヒョードルは肝を握られたような気持ちで目をしばたたいた。
「あ……そうだな……」
車列がホテルの前に停まり、二人は車内から外に出た。メディアの小型ドローンが近づいてきて、矢継ぎ早に質問を浴びせ始めた。
「面倒だなぁ……」
「時間はありますし、少し相手をしても良いでしょう」
「ハイドリヒ?」
「会議は午後からです。ここで時間を潰しても大丈夫でしょう」
腕時計を見ながらベルンハルトは言った。
「では、そちらから」
そうしてヒョードルそっちのけで取材を受け初めてしまうのであった。
会議が始まる一時間前、オットーは他の部隊と共に都市上空へメンズーアを配置した。
「わざわざメンズーアを三機全部出さなくても良いじゃない。どうせ何も起きないんだし」
やる気の起きないエリーゼは、コックピットに紙パックのジュースを持ち込んでいた。トマトジュースを口に含み、舌で転がして味わいながら螺旋状のホテルを見下ろす。
「命令は命令だ。会議の出席者を守る任務なんだからな」
アルベルトも警備任務中は暇である事と予想していたが、さすがにエリーゼのように飲食物を持ち込む程の不真面目ではなかった。
「アルベルトの言う通り。これは名誉な事よ。だからコンソールの上に脚を投げ出すのはやめなさい」
メンズーア・アインのコックピット内映像を確認したクララが顔をしかめながら苦言を呈した。
「っていうか、パートナーを注意するのは貴方の仕事でしょう! 彼女だからって甘やかしすぎ!」
「俺?!」
突然話を振られたアルベルトはオーバーに驚く素振りを見せた。
「当たり前でしょ! クールぶってる余裕があるならパートナーの非行を補導したら?」
「さっすが軍人家系……」
厳しい教師のような物言いにヴィリが思わず呟く。そんな呟きはクララの耳には入っておらず、長い小言が始まった。
「だいたい、どうやってジュースなんか持ち込んだのよ。そもそも貴女は軍人としての態度が──
「またこれか……」
スピーカーから聞こえるクララの長い長い説教を聞き流しながらルーファスは嘆息した。
「何?」
「クララのお小言だ。一度始まるとしばらく終わらないぞ」
「ふーん」
ヒオリは興味無さげに言うと、どこからともなく携帯ゲーム機を取り出した。
「……ヒオリ? それはなんだい?」
「ゲーム」
「今は任務中だぞ? エリーゼの真似事なんかやめて真面目に任務を──」
「私がやりたいだけ」
ヒオリはそう言い切ってゲーム機の画面に集中し始めた。
「勘弁してくれ……」
オットーやリズベットから叱責を受けるのではと思いつつ、ルーファスは任務に戻るのだった。
ヴィリが窘める形でクララの説教が終わった後、しばらく誰も通信回線を開かず、無言の時間が続いた。そんな中、アルベルトは昨日街で言われた言葉を思い出していた。
「こうあんのひとって、ひとごろしなの!」
無邪気と言うには耳心地の悪い言葉だ、とアルベルトは思い返した。確かにそう見えるかもしれない。公安局は高圧的で、どこからともなく現れては家族や隣人を思想犯や病理思考者として逮捕してしまうのだから。何もあの子が公安局に悪い印象を抱いているという訳ではないのだろう。きっと話の通り父親がいろいろと吹き込んでいるのだ。民主国家の銀河連邦では言論の自由が敷かれている為、公安局に対する批判だってある程度は許される。だが面と向かって言われるのは……
「……アルベルト?」
ハッとしてアルベルトが声のする方を向くと、エリーゼが彼を見上げていた。
「どうしたの? 目の焦点が合ってないわよ? ……もしかしてだけど、昨日の女の子に言われた事を考えてたの?」
「……」
「隠さなくても良いのに。私たちは身も心も繋がってるでしょ?」
「……そういう事を声に出して言うのは──」
「あんまり気にしないの。大昔と違って思考リーディング技術が発達した今じゃ、冤罪なんてモノはほぼ無くなってるんだから。私たちを批判するのは似非科学にかぶれた陰謀論者くらいよ。だから気にしないで自分の仕事をしなさいって」
それはそれであの女の子と母親が心配になる。アルベルトはそう思った。どんなに科学力が発展してもオカルトやスピリチュアルに踊らされる人々はいなくならない。毎年のように数百の新興宗教が現れては消えていき、似非理論に基づいた健康食品による被害は増え続けている。三千億も人がいればそんな人々も現れると思うべきか、それとも由々しき事だと捉えるべきか。
いや、そんな事を考える必要はないだろう。アルベルトは思い直した。妹が、オリヴィアが幸せにいられる為の力を手にする目的で軍に入ったのではなかったか。テロリストでも陰謀論者でも何でも関係無い。オリヴィアの敵になるなら排除するのみだ。オリヴィアを害そうとするなら、それだけでアルベルトにとっては悪なのだ。
その頃、火星軌道上にある防衛司令部ステーションは、会場がある都市アキダリアの状況をモニターしていた。
政治家と繋がった官僚たちのおためごかしな会議とはいえ、何か事件が起これば自分たちが責任を負わされる為、ステーションの職員たちは真面目に職務に取り組んでいた。
その内の一人、アキダリアを中心としたレーダーを見ていたオペレーターは、「UNKNOWN」と表示された謎の一団が突如として出現し、都市に急接近している事に気づいた。
「えっ?!」
オペレーターは雑誌に掲載されているクロスワードパズルに興じていた防衛司令官に向かって叫んだ。
「アキダリアにアンノウン接近!」
司令官は鉛筆と雑誌を放り投げ、モニターに表示された概略図に正体不明勢力を示すアイコンが次々と増えていくのを見て目を丸くした。
「テロリスト?! 一体どこから来ている!」
「アキダリアより南に八二六キロの軌道上で微弱な時空震を多数検知。EFMがワープアウトしている模様!」
「防衛部隊に連絡しろ! 不明勢力接近! 数は──」
その時、司令官の背後にあったスライドドアが開き、武装集団が雪崩れ込んできた。
「馬鹿な! 警備は何を?!」
「職員はそのまま。何もせず、我々の指示に従ってくれれば命は取らない。……このステーションの司令官とお見受けする。そのまま椅子に座ってじっとしていてもらうとありがたい」
右目に引っ掛かれたような傷痕を持った初老の男が、司令官に拳銃を突きつけた。
「はあ? アンノウン?」
「まさかテロリスト?」
「警備は万全って話じゃなかったのかよ?」
エリーゼ、アルベルト、ヴィリが続けざまに不明勢力の来訪に反応する中、一番都市の端に近い位置にいたメンズーア・ドライが
「見つけた……」
「こいつら……見たこと無いマークだな……」
「撃つ?」
「待て。警告が先だ」
ルーファスがヒオリを制止すると、その言葉を待っていたかのようなタイミングで不明勢力に対する警告が広域放送で流れた。
「こちらはアキダリア。接近中の勢力に警告する。直ちに停止せよ。所属を明らかにし、武装を解除せよ!」
すると警告が聞こえたのか、オープン回線で何者かが喋り始めた。だが、その発信源を見てアルベルトたちは驚愕する。
「これ……火星防衛ステーションの回線だぞ!」
「乗っ取られたって事?!」
「……我々は、「愛国軍人党」……」
威厳ある声がオープン回線で流れる。一同は不明勢力の名前とおぼしき単語に面食らった。
「愛国軍人党?!」
「正気?」
「極右か……?」
「我々は、真に連邦の未来を憂う愛国の徒である! 半世紀前の反乱戦争。あの戦いで連邦は忌々しい分離主義者に正義の鉄槌を下した。だが、この平和な時代で体制は腐り、アンチセクターを標榜する分離主義者の亡霊共との闘争はその勢いを衰えさせている!」
会場にいたベルンハルトもヒョードルも、そして会議の出席者たちも謎の人物の演説を呆気に取られながら聴いていた。
「まさか……。こんな中央の中央にテロリストが……」
「……恐るべき馬鹿共」
「もはや体制に正義は無い! 清き管理民主主義の理念を汚す情弱者共を粛清し、秩序を打ち立てるには、武力革命しか無い! その先鋒を為すのは我ら愛国軍人党である!」
演説を聞いたアルベルトたちは即座に武装の安全装置を解除した。次の瞬間には職業軍人然とした固い表情のオットーを映したモニターが現れた。
「中佐」
「事実は小説より奇なりとは言ったものだ。馬鹿らしいアクション映画ばりの事態が発生してしまったな」
「ご指示を」
「少し待て。攻撃は許可されない」
「明らかにヤバい連中ですけど……」
「相手が完全に近づいてきて、かつ攻撃の意思を見せたら許可を与える。……どちらにせよ都市の上空で戦闘を行う事になったら、被害は計り知れん」
「……奮起せよ! 腐敗政治を浄化し、人々に真実と正義をもたらす時が来た!」
男の言葉に呼応するようにアルベルトたちが乗っているコックピット内に警告音が響く。都市に近づくEFMが自分たちの機体をロックオンしている事を示しているのだ。
「あいつら、やる気だ!」
「必ずや我々は勝利する! 神は我らに勝利をもたらしたもう!」
回線が切れる。それと同時に愛国軍人党のEFMからミサイルが放たれた。
「撃った!」
「迎撃しろ!」
オットーの命令に従い、三機は敵機の中へと突っ込んだ。
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