[第二章終了]銀河世界のランツクネヒト~アルバイト先のPMCが非正規特殊部隊だった件~

不知火 慎

第一章 広く暗い銀河世界

1.暇人パイロット

 銀河統合軍所属のパイロット、アルベルトとエリーゼは上司の保安部長から渡された書類の内容を読んで驚愕した。


「実績証明書?」

「実績って何です?」

「出撃回数の事だよ」


 保安部長はあくびを漏らしながら続けた。


「統合軍に所属する全ての拡張戦闘機EFMパイロットは、その出撃回数を報告せよとお達しがあった」

「何でそんな事を……」

「大方、アベール大将のアイデアだろうな。あの人は極端な実力主義者だから、出撃もしないヤツは要らないって考えなんだろう」


 保安部長の言葉にアルベルトとエリーゼは顔を見合わせた。


「まあ、スペアの君たちまでもカウントされるのはちょっと変だって事は向こうも分かっているだろうさ。ただ、こちらから異議を申し立てて受理されるかどうかを待つ間に、君たち干されちゃうかもね」

「ええっ?!」

「メチャクチャですよ!」

「落ち着いて」


 保安部長は動揺する二人を根気強くなだめた。


「私の方でも何か方法が無いか探すから、そちらでも考えておいて」

「はあ……」


 部屋を出た二人は、一様に深刻そうな顔で呟いた。


「どうしよう……」

「大変な事になった……」




 人類の居住圏が銀河にあまねく広がった未来世界。繁栄を続ける人類だったが、管理的民主主義を標榜し抑圧的な支配を行う連邦政府に対し、中央から離れた辺境惑星や軍の不満分子が一斉蜂起を起こした。

 二十年に渡る戦いで銀河統合軍は反乱軍を討伐し、銀河に一応の安寧をもたらした。しかし長い戦いで銀河は荒廃し、宇宙海賊や無法者が幅を利かせるようになってしまっていた。傷ついた軍の回復を早める為、銀河連邦政府は軍人の徴用年齢を下げ、十代の少年少女にも門戸を開く事で人員の補充を図った。アルベルトとエリーゼもそんな若年兵の一員であったが、諸々の事情が重なり現在は都市型艦『ノイエ・ベルリン』防衛隊の保安部におり、部隊に欠員が出た場合のスペアとして扱われ戦闘には出ていなかった。


「これって何もしなかったらやっぱり役立たず扱いされて軍を追い出されるのかな?」

「そうなったら市民税が払えなくなっちゃうじゃない!」

「君ってアルバイトとかしてないの?」

「え? めんどくさいじゃない。それにパイロットの月給で市民税が払えたから……」


 アルベルトはこめかみを押さえて溜め息をついた。


「いくらスペアだからって、普段何もしてないの?」

「ゲームとか? あとお風呂に入ったりお化粧直ししたり──」

「うん、分かった。暇人としての生活を謳歌してるってことがよーく分かったよ」

「何よ、アルバイトしてるくらいで」

「俺は妹の分も市民税を払わないといけないんだ! 企業の令嬢であるお前とは違う一般庶民なんだよ」

「オリヴィアちゃんね。貴方には勿体無いくらい可愛い子よね」

「やかましい」


 エリーゼの軽口をあしらったアルベルトは近くのベンチに腰かけた。


「とにかく、何とかして出撃回数を稼がないと。社長令嬢のお前はともかく俺は少しの金を握らされて放り出される羽目になる」

「部長の言った通り異議申し立てが通るのを待てば良いじゃない。私たちはスペア。部隊に欠員が出た場合の代替なのよ?」

「だから異議申し立てが通る前に干される可能性もあるって部長は言ってただろうが。あの石頭でアホなアベール大将だ。筋が通ってなくてもきっとやるぞ」

「理不尽よね。実績がそんなに重要かしら」

「軍隊で実績は大事だよ。けどその発言はちょっと問題じゃないか?」

「私たちシミュレータでは結構良い成績なのよね。めんどくさいな~」


 エリーゼは顎に手を当てしばらく考え込む。


「……待って。ちょっと天才的な事思い付いちゃったかも」


 満面の笑みを浮かばせてエリーゼは呟いた。


「何?」

「PMCに入るってのはどう?!」

「…………はあ?」


 PMC。すなわち民間軍事会社private military company。甚大な被害を被りながらも反乱軍を撃ち破った連邦だったが、その強大さ故にダメージの回復も鈍重で、半世紀が経った現在でも中心部から遠く離れたまさしく辺境とも言うべき領域やノイエ・ベルリンのように一定のルートを通りながら宇宙を漂う都市型艦には十分な兵力が行き渡らず、宇宙海賊やそれに類する無法者の標的とされる事が多かった。そのため銀河連邦は本来自分たちが行うべき警察活動を民間軍事会社に『業務委託』する事で手が届かない部分をカバーしていた。


「いやいや、俺たちは一応軍人なんだぞ」

「大丈夫よ。軍規には『EFMパイロットにおいては自主防衛及び警察的行動の内容が含まれる活動を許可する』って項目があるわ」

「えっ、マジ?」


 アルベルトはエリーゼが映し出したホログラムを繰り返し読んで吟味した。


「いやこれ絶対PMC活動を想定して書いてないだろ。自主防衛及び警察活動って善意の活動だろ? 金銭目的でする事じゃ……」

「清廉潔白ねえ。もうちょっと図太くても良いじゃない。私たちは暇な時間に辺境領域や他の都市型艦を襲う連中を駆逐して管理的民主主義を守る活動をしようって言ってるの。そこにちょっとだけ金銭的恩恵が来るってだけじゃない」

「とんでもなく口が回るね。屁理屈だって事分かってる?」

「屁理屈だろうが理屈は理屈でしょ? それに辺境領域のパイロットたちは公然とPMC活動に参加してるって言うじゃない。これは黙認された行為なのよ」

「大丈夫かなあ……。もっと他に良い方法が無いのかな?」

「そんなに言うなら探せば? 私はどんなPMCがあるか調べておくから。それじゃあね~」


 金の糸を思わせる滑らかな長髪をなびかせ、背中越しに片手を振ってさせてエリーゼは去っていった。残されたアルベルトは考えた。出撃回数を稼ぐという点では確かに有効な方法かもしれない。要は戦闘や偵察の名目でEFMを駆って出れば数にカウントされるのだ。


(でも、あんまり良い予感はしないな……)


 アルベルトはPMCについての悪い噂を懸念していた。PMCとて企業であり、連邦の就労法に基づいた業務を行わなければならない。しかし中には法律を曲解し『必要最低限』と称して劣悪な環境で働かせたり、法の定めた最低賃金しか支給せず捨て駒のように扱う会社もあるらしい。さすがのエリーゼもそんな会社を探し当てる訳は無いと思いたいが……。


 そんな事を考えながら歩いていたアルベルトは、後ろから声を掛けられ振り返った。


「随分と辛気臭い顔してんな」 


 同期のヴィリだった。防衛隊のエースとしてノイエ・ベルリンを襲撃する反乱軍の残党や無法者たちと戦い、その撃墜数は隊内で二番目という実力者である。清潔感のある茶髪と、人当たりの良い笑顔が隊内の女子に人気だった。


「実は……」

「────ああ、あの実績証明書ってやつ? やっぱりお前やエリーゼにも配られたのか」

「保安部長は異議申し立てをしてくれるって言ってたけど、それが通る前に役立たず認定される可能性が高いって言ってた」

「なっ、そりゃ無いぜ! お前とエリーゼが出撃してないのは人員配置の問題だろ?!」

「それはそうなんだけど、ノイエ・ベルリンみたいにEFMパイロットに余裕がある都市型艦って稀らしいんだよね。最近は無法者の襲来が増えてるし、皆が頑張ってる時に暇を持て余してる奴は害悪って論理なんだろうな」

「じゃあ、もし本当に役立たずって認定されたら?」

「さあね。懲罰部隊みたいな所に編入されて、特攻を命じられるんじゃない?」


 冗談のつもりで言ったアルベルトだったが、ヴィリは心底ショックを受けたような表情を浮かべた。


「嫌だぜ、俺は。お前は同期の中でも優秀だったじゃないか。保安部に置かれてるのも俺ら攻撃隊に万が一の欠員が出てもすぐに優秀な奴が補充出来るようにするためじゃないか!」


 アルベルトはヴィリの優しさに感動した。隊のエースとして活躍しているにも関わらず、決しておごらず、自分のように穀潰しや無駄飯喰らい呼ばわりされている者にも気さくに話し掛ける。アルベルトは自分の性格が悪いとは思っていなかったが、ここまでの人格者にはなれないと確信はしていた。


「落ち着けって。一応対策は考えてあるから」

「え? そりゃ一体?」

「まあ、今の時点ではまだ一つの手段として考えてるようなもんだな。まだこれで行こうと決めた訳じゃない」

「そうなのか。……いや、とにかく何か困ったら相談してくれ。俺に出来る事なら何でもするから」


 そう言ってヴィリは格納庫の方向へ向かった。定期偵察の時間が迫っていたのだ。アルベルトはヴィリの背中に尊敬の眼差しを向けながら手を振って見送った後、再び憂鬱な表情に戻ってひとりごちた。


「頼む。頼むから一晩潰してPMCを探すのはやめてくれよ、エリーゼ」




「見て見て! 良い感じの会社見つけちゃった!」


 翌日、エリーゼは自分に会うため食堂にやって来たアルベルトに駆け寄り人目も憚らず叫んだ。


「へ? 何を?」

「何って私たちが入るPMCに決まってるでしょ!」


 食堂中の視線が集まるのを感じながらアルベルトは改めてエリーゼの軽薄さを思い知らされた。


「お前?! まさかPMCで出撃回数を稼ぐって魂胆じゃ無いだろうな?!」


 アルベルトの隣で朝食を食べていたヴィリが驚いて立ち上がった。


「いや、違う。まだ俺はやると決めた訳では──」

「条件だってピッタリよ! EFMパイロットのライセンスと、一定のシミュレータ成績があれば即採用だって! しかも銀河統合軍と業務提携してるから出向の名目で行けるわよ!」

「だから俺はまだ決めてないって言ってるだろ!」

「無駄飯喰らいが居なくなるのは結構だ」


 テーブルの向こうから嫌味な声が響いた。三人が顔を向けると、いかにも神経質そうな眼鏡を掛けた青年が立っていた。


「あらルーファス」

「僕たちが日々反乱軍の残党や無法者どもを相手に戦っている間に惰眠を貪ってる奴らが居なくなるのは大いに結構な事だな」

「相変わらず言い回しがキツいな。まあだいたい合ってるから何も言い返せないけど」

「自覚があるのは良いな。後はさっさと荷物を纏めて出ていってくれればなお良いが」

「おい! そういう言い方は無いだろ! アルベルトとエリーゼは俺たちに欠員が出た場合の代わりになってくれる存在だぞ!」


 ヴィリが抗議するように大声を上げた。それに対してルーファスは全く意に介さずといった態度で応じた。


「ふん。所詮シミュレータでの戦闘経験しか無い奴らに僕らの代わりが務まる訳無いじゃないか」

「そのシミュレータで私たちに勝った事が無いクセによく偉そうな事が言えるわね」

「実戦に出ていないお前たちよりはマシだ!」

「え~。いっつもヴィリやクララに美味しい所持っていかれるクセに~。モニターで見てるんだから」

「んぐっ。そ、それはこいつやクララがでしゃばるから──」

「私がなんですって?」


 燃えるような赤い髪をツインテールにした少女は、ルビーのように煌びやかな瞳でルーファスを睨み付けた。


「うっ。いや、別に……」

「何かみんなで話してたの?」

「私とアルベルトで空いてる時間にPMCでアルバイトしようって話してたの?」

「エリーゼ!」


 それを聞いたクララは途端に眉をひそめた。


「それ、本気なの?」

「まだ決めてない。ただ、アベール大将が寄越してきた実積証明書に数字を載せないと……」

「あんな滅茶苦茶なモノ無視しなさいよ。前線を離れて久しい将軍が考えそうなものよ。戦って敵を倒すだけが軍人じゃないって事を思い出すべきだわ」

「でも無視すると冗談抜きで軍を追い出されるからね。取りあえず異議申し立てが通るまでは従わないと」


 軍隊において命令は絶対である。それがどんなに理不尽でも、命令されれば遂行しなければならない。本来常に待機していなければならないスペアのパイロットであっても、敵を倒せと命令されれば何とかしてそれを遂行せねばならぬ。たとえそれが銀河全体に広まった巨大な組織故の管理不行き届きな命令だとしても、有効である事に変わりは無いのだった。


「でも、やっぱりダメよ。PMCは悪い噂が多いわ。私たちのシフトに入って回数を稼げば良いじゃない」

「それはダメだ。急にシフトを変更するのはみんなに迷惑がかかるだろ」


 クララの提案をルーファスはすぐさま否定した。それを聞いたクララはルーファスを見て溜め息をついた。


「いい加減シミュレータで二人に一度も勝てなかったっていう理由で嫌がらせをするのはやめなさい」

「なっ、別に僕は──」

「少しは大人になりなさい。ノイエ・ベルリンの市民に受けが悪いでしょ。自分を守ってくれる兵士が、同期をいびって喜んでる奴だって知った気分を考えて」


 抗弁を許さず捲し立てられたルーファスは歯ぎしりをしてアルベルトとエリーゼを一瞥すると、そのまま食堂を出ていってしまった。ルーファスがアルベルトとエリーゼにシミュレータで一度も勝った事が無いというのはパイロットの全員が知っていた。そしてそれをずっと根に持っているということも。


「別にあそこまで言う事無いんじゃ……。一応同期の中では優等生なんだし」

「優等生なのは良い事よ。ただ私はいつまでも同じ事を根に持って嫌味を言う奴が嫌いってだけよ。──貴方も少しは言い返しなさい。そうやって受け止めてるから増長するのよ」

「す、すいません……」


 気弱さを指摘されたアルベルトはすぐさま謝った。隣でエリーゼがわざとらしく含み笑いを漏らす。


「ぷぷぷ。軟弱者~」

「やかましい」

「で、どうすんだ? PMCに入るのか?」


 話が一段落ついたのを見計らってヴィリがアルベルトに訊ねた。


「やめなさいって。貴方にはオリヴィアちゃんがいるじゃない。何かあって死んだらオリヴィアちゃんは間違いなく総合養育センター行きよ。あそこの環境は貴方だって知ってる通りでしょ」

「それはそうだけど……。でも、仮にパイロットを干されたらオリヴィアの学費と義体のメンテナンス費を払えなくなるからな~」


 腕を組んで悩み始めたアルベルトをエリーゼがここぞとばかりにそそのかす。


「ほらほら。やっぱりPMCに入って沢山お仕事した方が撃墜数もお金も稼げるじゃない。海賊やテロリストを倒して、統合軍兵士としての本懐を果たすのよ」

「でも……」

「貴方のやってる『アルバイト』だって私が昨日見せた軍規をいろいろ解釈してやってるようなものでしょ? 艦の保守点検の護衛なんて、私たちパイロットの業務かしら?」

「……何が言いたいんだ?」

「査察が来る度誤魔化す羽目になる規則違反ギリギリのアルバイトより、軍が唯一認めてる副業をした方が良いって言ってるの」

「そう言う貴女は別にパイロットでなくなっても生活していけるじゃない。大企業の御令嬢なんだから」

「だってお小遣い欲しいし、何より一度も実戦を経験せずにパイロットを辞めるなんて嫌だもの」

「……完全に舐め腐ってる……」


 有閑階級特有の余裕を遺憾無く見せつけるエリーゼにクララは頭を抱えた。


「ほら見なさい。貴方の今のアルバイト代より、こっちの方がずっと高いわよ? オリヴィアちゃんに好きな物を何でも買ってあげられるかもよ~?」

「……!」


 広告のコピーを見せつけられたアルベルトは目を見張った。自分の給料と合わせれば、二人分の市民税など簡単に払える上に、贅沢品を買っても家計が火の車にならない程の高給であった。


「……」

「アルベルト?」

「やる」

「へ?」

「やるぞ、この仕事! このランツクネヒトって会社はどこにある?!」

「えっ? ええと、プロレギアって惑星よ……」


 散々拒絶していたにも関わらず、給与の数字を見た途端に目の色を変えたアルベルトにエリーゼは動揺した。


「そうか……。よし、今すぐに行くぞ。保安部長に外出許可申請してくる!」

「ちょ、待ちなさい!」


 朝食を放り出して立ち上がったアルベルトの肩をクララが掴んだ。


「止めるな! オリヴィアにいっぱい好きな物買ってやるんだ!」

「シスコンを発動させない! 一旦落ち着いて業務内容を確認しなさいよ」

「んなもん依頼人が指定した奴をぶっ殺せば終わりだろ! 余裕だ!」

「IQと倫理観を同時にマイナスにしないで!」


 必死にツッコミを入れるクララをよそにエリーゼは携帯端末をいじり何かを検索していた。


「──あっ、ホームページから応募出来るじゃない!」

「はあ?!」

「何ッ?!」


 エリーゼの携帯端末の画面にはランツクネヒトのホームページが映っていた。一番下に『こちらからでも募集可能』と記された項目があった。


「良いじゃないか! 早く応募するぞ!」

「ちょっと。少しは書いてある内容を読んだ方が良いんじゃないの?」

「大丈夫だって。もし劣悪な労働環境だったら連邦就労法違反で警察権を発動させるから。それで何もかもぶっ壊してやるよ」

「……ホントにオリヴィアちゃんが絡むとサイコ野郎になるのね。自分が言ってる事分かってる?」

「悪いのはいつも法を犯す側だろ? 議論は終わらせて早く行こうぜ!」

「じゃあ、まずは保安部長に外出許可を求めなさい。無許可でアベレージを動かしたら営倉送りよ」


 アルベルトの様子を見て全ては無駄だと感じたクララは諦めたように言った。オリヴィアの事になると一変するアルベルトにヴィリは肩をすくめた。


「シスコンって怖いなあ……」












 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る