17.作戦成功 part2
「ラタリアの反乱指導者はオットー隊によって捕縛され、予定通り処刑されました」
「予定通り、かね。恐ろしい事を当然のように言うね君は」
連邦内務大臣はベルンハルトの済ました表情に身震いしながら言った。
「ここ最近では一番大きい反乱だったからな。無論、市民にはそれと知られないよう報道の際にいろいろと脚色はしたが……」
「ご配慮に感謝を」
「だが、これ以上のペースであんな騒乱が起こっては対処のしようが無くなる。もっと根本的な部分で『改善』しないと……」
「それについて、少しお話ししておきたい事が」
その言葉を待っていたと言わんばかりの態度でベルンハルトは机の上のコンソールを操作する。
「ラタリアの反乱軍の装備に少々不審な点があり、調べてみたのですが……」
「不審な点?」
「自治政府軍の装備や兵器は、基本的に統合軍から払い下げられた物が主体ですが、それにしてはくすねた兵器が潤沢過ぎるのです」
「んー……つまり奪ったり隠しておいた割には性能が良い兵器を使っていた、という事か?」
「その通りです。着目するべきは反乱軍のEFMに、統合軍のコンペで落ちた追加パッケージが使用されていました」
「悪いが、兵器開発の面には明るくなくてな……」
「それはそうでしょう。コンペの内容は知るべき者にしか知らされませんから」
大臣の机の上の空いたスペースにホログラムが現れる。兵器の設計図などのデータだ。
「これは二年前のコンペで不採用とされた追加装甲パッケージです。従来のヘビーアーマーよりも厚く、更に軽量になった事で、重装甲でも通常状態のEFMと同じ運動性を維持出来る、という触れ込みでした」
「実際はどうだったのかね?」
「従来のヘビーアーマーよりも防御力が高いというのは事実でした。が、軽量という部分については求められたスペックを発揮出来ませんでした」
「──つまり、堅牢だがやっぱり重い装甲だったという事か?」
「ええ。ですが、動かなければEFMを固定砲台やトーチカのように利用する事が出来ます」
「はあ? まさかラタリアの反乱軍はこれを使ってEFMを砲台にしたと言うのか?!」
「はい。事実、自治政府軍はこれを装備したアベレージ部隊の撃破に手こずってルバノフを取り逃がしているのです」
「なるほどな」
「問題はここからです」
また別の資料がホログラムとして現れた。
「これは特殊兵器課の倉庫記録です。彼らの仕事は扱いの難しい兵器の保管と整備ですが、コンペに落ちた試作品の保存も業務の範疇にあります」
「ふむ」
「そしてこの部分」
ベルンハルトの言葉に合わせるように資料の一部分がハイライトされる。
「これは先ほど言った追加パッケージ──PAー40Cの保存状況です。……ここには『保存中』と記してありますが、実際には何者かによって持ち出され、空になっていました」
「そのコンペ落ちの試作品はどこで保存しているのだ?」
「ヴィナバ・ソス星系にあるステーションです。管理者である特殊兵器課の者たちも普段行かない場所である、と一応擁護しておきますが……装甲以外にも多くの試作品が盗まれていました」
大臣は難しい顔で丸眼鏡の位置を直す。
「回収出来たのかね?」
「ええ。ただ一つを除いて」
「君……」
「ご安心を。ろくに使える兵器ではありませんからね。仮にアンチセクターに渡っても使える者など……」
「そこまで言うならそういう事にしておこう。だが、肝心なのは実行犯では? どこの組織がやったのかね?」
「監視カメラには姿がモザイクになって写っていました。モザイクの除去を試みましたが、ウイルスが発動してデータが消え、結局何者かは……」
「何をやっているのだ! 公安局ともあろう君たちがそんな腑抜けていては、連邦の安全保障に関わる!」
大臣が僅かに語気を荒げたが、怒り慣れていないのかベルンハルトを恐れているのか、少し声が大きくなった程度にしか聞こえない。
「確かにこれは我々の失態です。兵器の行方は現在も調査中ですのでどうかご辛抱を」
「頼んだよ」
「お任せを。それでは今日はこれで」
通信が切断される。ベルンハルトは椅子にもたれかかりながら盗まれた兵器の情報を呼び出した。
(EFMーT18……)
仕様書と題された資料には、アルベルトたちが乗っているメンズーアとそっくりなEFMの画像が載せられていた。背面のブースターの形状と、その他の細かいデザイン以外に相違点は見られない。
(まさか盗まれたEFMが彼らの使っているメンズーアの改良前モデルとは……)
EFMーT18は、『単機による敵勢力殲滅』というコンセプトの下、研究開発された機体である。エースパイロットの搭乗を前提条件とし、機動性と運動性そして出力の面で過剰ともいえる理論値を示すこの機体の開発には多くの者が疑問の声を上げたが、反対意見の多さに反比例して開発資金は提供され続け、何事も無く一機目がロールアウトした。
しかし問題が発生したのは実用試験からだった。やはり理論値は理論値。機体の高性能ぶりにパイロット側が追いつかないのである。専用に開発された武装は満点に近い性能だったが、機体には問題が山積していた。遂には試験中にパイロットが情報処理に耐えきれず死亡してしまう事故が起き、開発にストップが掛かった。開発者たちは一様に反発したが、開発主任がテロによって死亡した事でチームは解散。EFMーT18は機体名すら与えられないまま倉庫の奥に仕舞い込まれた。
そんな不遇の機体を再利用しようとしたのが
チーム内でイザイアは機体ではなくパイロットの方を調整する役割を担っていたが、その分機体がパイロットに与える負荷に詳しかった。イザイアはEFMー18の大きさを生かし、コックピットを複座式にする事を考案した。情報処理を二人で分担し、更にAIの補助を付け加えて徹底的に負担を軽減するという案である。死亡したT18の開発主任は、人間が操縦する事にこだわってAIの介入を許さなかった。イザイアまず、実行不可能な計画を実行困難な計画に上方修正する事から始めたのである。
かくして試みは成功した。情報処理の分担は、パイロットの負担軽減に大きく寄与した。だが、新たに二人のパイロット間の連携が求められるようになった。これがアベレージなどの他のEFMで複座式が採用されない理由である。いわば以心伝心に限りなく近い二人組のパイロットを見つける必要があるのだ。最も手っ取り早いのは、恋愛感情などで互いへの嫌悪感がほぼ皆無な状態の二人。だがそんな都合の良いパイロットなど居る訳が無く、行き詰まったT18はまたもや倉庫に仕舞われたのである。
(しかしそんな都合の良いパイロットが、現れた……)
すなわちアルベルトとエリーゼである。アンチセクターの活動が沈静化していた頃、ランツクネヒトは補充要員を探す活動に従事していた。統合軍と自治政府軍の中から思想的に連邦への反抗心が無く、能力的に優れている人材を見つけ、リストアップするのである。アルベルトとエリーゼは元々政府関係者としてかねてより公安局から比較的重要度の低い要観察対象に指定されていたが、補充要員として注目されたのはエリーゼが民間軍事会社ランツクネヒトに応募した時であった。
リズベットは当初いつものように追い返すつもりでいたが、そこに待ったをかけたのがイザイア博士であった。博士はランツクネヒトに応募してくる者たちのデータを寄越すようリズベットに声を掛けていた。義務的に渡した二人のデータをシミュレーションにかけたイザイアは、二人とメンズーアの親和性の高さに目を付け、リズベットに『雇用』するよう働きかけたのである。
対応に困ったリズベットは上官のオットーを通してベルンハルト公安局長官に判断を仰いだ。対してベルンハルトは幾つか仕事を与え、任務に堪えうる人材かどうかテストせよとの命令を与えた。リズベットは要観察対象を死なせる訳にはいかない為、敢えて難易度の高い仕事を与えて二人が自ずと身を引くよう仕向けた。
果たせるかな、二人は多数の敵を打ち破り、任務を完遂し続け、無意識にその適性を示したのである。この結果にベルンハルトは満足し、身辺調査で同じくメンズーアとの親和性アリとされていたヴィリたちも含めてランツクネヒトに編入するよう命じた。
(よりにもよって最初に建造されたメンズーアを盗まれるとは。だが、解析は出来ても実際に運用出来る者などそうそういまい。早く盗っ人の正体を明かさなければ……)
ベルンハルトは椅子から立ち上がる。窓の外から超高層ビル群を眺め、高速道路を行き交う車を見つめた。
「……何がなんでもアンチセクターは殲滅しなければ……」
プラスチックペーパーでニュースを流し読みしていたアルベルトは、喉の渇きを感じてテーブルの上にあったスパークリングワインのボトルを手に取った。
グラスに注ぎ、ボトルを置いた所で白く細い手がそのグラスを奪った。バスローブに身を包んだエリーゼが微笑を浮かべてアルベルトを見下ろしていた。
「ありがと」
アルベルトは乱暴な手つきで別のグラスを取った。
「もう、怒らないで。短気なんだから……」
「黙れ」
「許して、ごめんね。……ううん! これ美味しいわね。帰る時に買って行きましょう」
「俺はいい。自分で買え」
「つれないわね……」
エリーゼはワインを一気に飲み干し、唇を舐めた。
「何見てるの?」
「この
「私たちが追ってるやつ?」
「違う。俺たちの任務とは関係が無いな。ここら辺は辺境領域に近いから犯罪もかなり多いんだな」
「物騒ね。このホテルの入口にも武装した警備員がいたし。大丈夫かしら?」
「もし強盗かテロリストが襲って来たら、俺たちは公安局員の義務として応戦しなきゃいけないんだぞ」
「面倒臭いわね」
「二日後にアンチセクターに資金提供してる議員を暗殺する予定の人間が言う台詞じゃないな」
「それはそれ、これはこれ。慈善活動は余裕ある人間がする事よ」
「俺たちは余裕ある人間に含まれているんだがな……」
ワインを飲みきったアルベルトは、ソファーから立ち上がってベッドの上に置いていたバッグからガンケースを取り出した。
「ちょっと。こんな早くから準備しなくても……」
「ただの点検だ。いざって時に動作不良が起きない為のな」
そう言って拳銃のチェックを始めたアルベルトの背中にエリーゼが抱きつく。
「おい」
「最上階にダンスホールがあるんですって。一緒に行かない?」
「完全に観光客気分だな」
「仕事に取りかかるまでは観光客と同じようなものでしょ? それに今日はもう満足したし」
エリーゼはシートがしわくちゃになった自分のベッドを一瞥した。
「お前、疲れってものを知らないのか?」
「少なくともホールで騒ぐ体力は残ってるわね」
「どうなってんだか……」
「ねえ、行くの? 行かないの?」
「……。……行くよ」
アルベルトの答えにエリーゼは目に見えて喜んだ。
「じゃあとっておきのドレスにしなきゃね。貴方は私のパートナーだって事が一目で分かるようにびしっとしたスーツ姿になって。それで私をホールまでエスコートするの」
「……ホテルに入る時もお前を丁寧にエスコートしたつもりだが」
「私が他の男に色目を使われても良いの?」
「養成学校で周囲に色目を使いまくってた女がよく言う」
「だって貴方が構ってくれないから……。まあでも一番は貴方だし、他の男はいわばスナックみたいなものよね」
「全く、最低な女だ」
「彼女が他の男と寝てたって知っても素知らぬ顔してた貴方が言えた事じゃないわよ。あの時はホントに私の事何とも思ってないんじゃないかって心配したのよ?」
「いや、何かあっても遠隔身体操作キーでお前の事をどうとでも出来たからな。あの時もそう言ったはずだ」
「……ホントに一般人を装うのが得意な異常者ね、貴方は」
「それはお前も同じだ。何にせよ、俺にとっちゃお前以外に良い女が見つからないからな。手放したくない」
そう言い残したアルベルトは洗面所に向かった。
「あれ、ここに置いておいたタオルはどこに……?」
顔を洗い始めた音を聞きながらエリーゼは旅行鞄を開く。畳んでいたドレスを姿見の前で広げながら心の中で呟いた。
(私だって貴方以外に良い男が見つからないもの。放してたまるもんですか)
エリーゼはダンスホールでの自分たちの姿を想像して微笑む。与えられた任務の事は、しばし忘れよう。今は大好きなパートナーと楽しむ時間だ。
少女は嬉しそうにハミングしながらドレスに着替え始める。夜の街が、ネオンとビルの明かりで星空のように煌めいていた。
(第一章 終)
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