16.作戦成功

「あと二機!」


 群青色の機体を駆るクララは高機動で敵機を翻弄する。敵機はデブリの間を縫うように突き進むメンズーア・ツヴァイに追従出来ていなかった。


「駄目だ、速すぎる! 機体性能が違い過ぎるぞ!」

「そんな事分かってる!」


 ルバノフが繰り出したEFM部隊は既に二機しか残っていなかった。言うまでもなく壊滅状態である。


「敵EFMは残り二機か。もう良い。あの二機に降伏を勧告しろ」

「先輩? 敵はテロリストですよ?」


 オットーの言葉にリズベットが眉をひそめる。


「連邦の秩序を乱した反逆者共ですよ? どうして容赦するんです?」

「お前が……いや、このランツクネヒトに所属する人員のほとんどがルバノフみたいな手合いを憎んでいるのは解るが、憎しみだけでしてもらっては困るな。俺たちは軍人であってテロリストではないし、やってるのはテロではなく治安活動だ」

「ですが──」

「それにあんな少数の軍勢で革命なんかやろうとしたイカレ大佐と一緒に未開拓領域への片道切符旅行がしたいヤツなんていないだろ」


 オットーはリズベットの言葉を遮って続ける。


「……そうかもしれませんが……」

「テロリスト殲滅はまた今度な。実のところ何匹かは捕虜にせよという指令が長官から下ってる。降伏勧告は任務の範疇だ」


 指揮官席にひじ掛けにあるコンソールを操作し、オットーは包囲されている二機のアベレージに降伏勧告文を送った。


「──んっ? 敵から一方通信?!」

「『降伏せよ。未開拓領域で衰弱死するか、収容所で強制労働に殉じるか選べ』だって?!」

「──何? 中佐が降伏勧告文を送ったの? 殺しちゃえば良いのに」


 勧告文を読んだエリーゼはフンと鼻を鳴らして髪をなびかせた。


「俺たちは治安維持部隊だ。処刑部隊じゃない」

「どっちも同じようなもんよ」


 自分を咎めるアルベルトにエリーゼは不満げに答える。

 突然二機のアベレージが武装をパージし、オープン回線で通信を開いた。


「降伏だ、降伏する! 俺たちは命令に従ってただけだ!」


 これを聞いたオットーはどこか満足げに微笑して三機のメンズーアに通信回線を開いた。


「ツヴァイとドライ、二機を拘束して牽引してこい。アイン、そろそろ大尉の部隊が人質を確保するはずだ。移送の護衛を頼む」

「了解」

「了解しました」

「まあ、同じ軍人を殺すのは好きじゃ無いしね」

「そうなのか、クララ? さっきまではあんなに楽しそうにしてたのに……」


 先ほどまでテンションを上げっぱなしだったクララの冷静な一言にヴィリは困惑気味に訊ねた。


「この速い機体を動かすのが楽しいだけよ。どっかの金髪お嬢様と同じにしないで頂戴」

「誰ぇ? 今余計な事言ったのは?」


 エリーゼはサーベルの発生装置を取り出してメンズーア・ツヴァイの方を向いた。


「あら、やろうっての?」

「その無粋な口の聞き方を修正してあげましょうか~?」

「エリーゼ! 何言ってる!」

「よせってクララ!」


 アルベルトとヴィリはヒートアップしていくパートナーの口喧嘩を止めようとするが、エリーゼとクララは笑顔を顔に張り付けじりじりと機体を近づけていく。


「いい加減にしろ」


 オットーが校則違反を犯した生徒を見つけた教師のように厳しい口調で二人を咎めた。


「そういう事はシミュレータでやれ。さもないとミサイルの雨を降らせるぞ」

「ちょ、俺たちも巻き添えですか?!」

「片方を抑えるのもパートナーの仕事だろう。分かったならさっさと仕事をしろ」


 その頃、エトナはブリッジの目の前で敵の猛攻を受けていた。ルバノフはアンドロイドに武器を持たせ、携帯型バリケードを床に展開し壁としているエトナたちに突撃させていた。

 アンドロイドはプラスチックで出来ており、銃弾で簡単に破壊する事が出来るのだが、問題は数であった。既にアンドロイドのは数える余裕が無い程の数になっており、隊員の何人かはアンドロイドを積み重ねてバリケードとしていた。


(──! 弾が……)


 エトナは今装填したマガジンが自分の手持ちの最後である事に気がついた。


「どれだけロボットを積んでるんだこの艦は……!」


 エトナは自動小銃をセミオートに切り替え、なるべく一、二発で敵を仕留めるように狙い始めた。

 隊員は既に三人がやられていた。作戦中に仲間が死んでしまうというのは今に始まった事ではないが、物言わぬ同志が傍らにいる状態で戦うというのは百戦錬磨の彼らとて辛い事だった。しかし彼らは自分たちが対テロ戦の最前線に立つエリートであるという自負と、非中毒性感情抑制剤によって仲間の死に鈍感になり、目の前の敵に集中出来ていた。

 後ろから複数の足音。振り返ると見慣れた浅黒い肌の男がとてつもないスピードで走って来ていた。


「大尉!」

「待たせた!」


 アリュはEMPグレネードを投げてアンドロイドたちを無力化させると、間髪入れずに煙幕グレネードをブリッジの扉の隙間に滑り込ませた。

 ブリッジ内に煙が充満する。アリュを先頭に隊員たちが突入し、煙が目に滲みるのも気にせず敵戦闘員を排除していく。


「アンドロイドの制御を奪取しろ!」


 煙の中襲いかかるアンドロイドに対処しながらアリュが叫んだ。

 エトナは事前に手に入れていた情報を元に指揮官席に向かった。

 襲いくるアンドロイドを避け、エトナがひじ掛けの制御盤に触れようとすると、何者かに腕を掴まれる。

 ルバノフだった。拳銃をエトナの額に突きつけようとするが、エトナは咄嗟にルバノフの手首を掴んで銃口を上向きにし、一発目を回避した。お互いマズルフラッシュで目が眩むが、最初に動いたのはエトナであった。ルバノフの鼻っ面に拳を叩き込み、指揮官席から弾き飛ばす。そのまま流れるようにウイルスソフト注入器を指揮官席の挿入口に差し込んだ。

 数秒後、突如としてアンドロイドが動きを止めた。首を締め付けられていたアリュはアンドロイドの手をどかし、目を回しているルバノフに近づいた。


「諦めな。逃避行もここまでだ」


 ルバノフの額に銃口を突きつけ、アリュは静かに言った。


「ぐ……」


 反乱者の手には拳銃が握られていた。エトナに殴られてもしっかりと保持していたのである。


「やめとけよ」


 アリュは諭すように言った。ルバノフは屈辱を受けたと言わんばかりの表情でアリュを見つめていたが、やがて諦めたように憔悴した顔色に変化していった。


「腐った政府を倒すはずが……」

「その腐った政府とやらの実力を見誤ったな」


 アリュは笑ってルバノフの肩を掴む。そして無理やり立ち上がらせて手錠をかけた。


「目標確保!」


 それを聞いたエトナがオットーに通知する。


「中佐、ルバノフを捕らえました」

「やはりプロに限るな。アルベルトとエリーゼが護衛に向かう。早急に退艦してくれ」

「了解です」


 通信を終えたエトナはアリュに向かって頷く。


「簡易身体検査が終わりました。体内には爆発物などの危険な物はありません」


 隊員の報告を聞いたアリュは「よし」と言って隊員たちを見渡した。


「皆よくやった。……後は後続の連中が戻れなくなったやつらを運び出してくれるから、俺たちは堂々と凱旋するぞ!」


 隊員たちはアリュに敬礼する。陽気な雰囲気は一切無い。感情が抑制されていても仲間が死んだ事は辛いのである。




 ランツクネヒトによる人質奪還並びに反乱首謀者捕縛作戦は成功した。表向きには統合軍と提携している民間軍事会社の行った作戦として発表され、オットー率いる部隊の事は一切触れられなかった。メディアやネットでは統合軍が作戦にあたるべきだったという意見が氾濫したが、このような事態はなので、数日のうちに下火となった。

 反乱の首謀者ルバノフ大佐はラタリア自治政府の法廷で死刑を言い渡され、即日執行された。捕らえられた他の反乱参加者たち──降伏したEFMパイロットや乗組員の生き残り──はポール式走査型記憶出力機を用いた尋問を受け、意図的もしくは恣意的に民間人を殺害したと判明した者は即刻処刑された。そうでない者たちはレオミュール思考素子プリンターによって思想チェックを施され、危険思想──連邦の基準で──を持っていると診断された者は再教育センター送り、最後に残ったいわゆる者たちは適性ごとの強制労働に二十年従事する事となり、反乱は完全に終結したのだった。



 数日後、アルベルトの妹オリヴィアはシェアハウスのリビングでテレビを見ていた。ラタリアの反乱鎮圧に兄が一枚噛んでいる事はオリヴィアも知っており、彼女はオットーから箝口令を受けていた。だがオリヴィアは、人知れず連邦の秩序を守る兄を誇らしく思う気持ちでいっぱいであった。

 オリヴィアは一人用のソファーに腰かけているアルベルトをちらと見やった。エリーゼをはじめとするパイロットたちは各々の用事で外出しており、シェアハウスにはオリヴィアとアルベルトしか居なかった。

 テレビで流れているバラエティ番組には目もくれず、プラスチックシートに流れる文字を読んでいるアルベルトにオリヴィアはしばし見惚れていた。はしばみ色の髪の青年との相違点である白い髪をいじりながら。オリヴィアの白い髪は体内に入れられた生体ナノマシンの影響によるものだった。決して有害なものではないが、学校では奇異の目で見られ、苛めにもあった。だが、すぐには兄に報告しなかった。悪口を言われるだけではアルベルトに言いつけず、ひたすらに耐えた。そして相手が調子に乗って実害になるような──例えば靴を隠したりテキストパッドの液晶画面を割る──迷惑行為に及んだ瞬間、アルベルトに泣きついた。

 妹が大切なアルベルトは、その度に公安局所属という肩書を存分に利用し報復した。苛めっ子たちに器物破損や窃盗罪の疑いをかけて学校に乗り込み、灰色の腕章をちらつかせて教員たちを黙らせ、苛めっ子たちに携帯型の記憶出力機で無理やりに記憶を。アルベルトの行いは横暴そのものであったが、脳内力学に裏打ちされた機器を使った科学的根拠に満ち満ちた告発だった為に誰も文句は言えず、更に教師たちは灰色の腕章に怯え、警察関係者も公安局のやる事には介入出来ない為、助けを求める苛めっ子たちを傍観するしかなかったのである。

 転校の度にクラスメート数人を再教育センター送りにし、その度に多くのクラスメートからやり過ぎだと非難されたが、オリヴィア本人は思考に『病的な』部分がある同級生に『治療する』きっかけを与えてやっているのだと滔々とうとうと周囲に説いた。悪いのは自分を苛めていた者たちであり、記憶や思考を正確に抽出する技術が確立されている時代に苛めなど行う方が異常だと。しかしそれは表向きの方便であり、実際は自分の為だけに無慈悲にクラスメートをセンター送りにするアルベルトが見たいという願望があってこその行動であった。アルベルトが自分を庇い、優しく抱き締めてくれる度にオリヴィアは麻薬を打ったような悦楽に浸った。自分を傷つけた者たちが無骨な護送車に乗せられているのを見る度にえもいわれぬ優越感を覚えた。両親が死に、その遺産を何の断りも無く奪って自分たちを捨て置いた親族たちを見て、世界が考えているよりも優しいものではないという事を知った少女の心は歪んでしまったのであった。


「どうした?」


 思索に耽っていたオリヴィアはアルベルトに声をかけられ現実に引き戻された。


「どこか具合が悪いのか?」


 無条件に自分を心配してくれるアルベルトにオリヴィアは胸が熱くなる。


「いえ……。ただお兄さんを顔を見ていただけで……」

「俺の顔に何かついていたか?」

「ただ見てただけです」


 オリヴィアの言葉に心配そうにしていたアルベルトは顔をほころばせた。 


「そうか。ならずっと見てても良いんだぞ」

「本当? ……エリーゼさんが帰ってきても?」

「うん? まあ、その時は……その時で……」


 恥ずかしそうに視線を反らすアルベルトを見てオリヴィアは笑顔のままだったが、その心中は決して穏やかではなかった。 


「さすがに恥ずかしいですか?」

「ん? ううむ……」

「ふふっ。冗談ですよ。そろそろ皆さんが帰ってきますし、夕食の準備をしないと」

「そうか」


 オリヴィアは立ち上がり、キッチンに入って夕食を作り始めた。キャベツを切りながらエリーゼの名を出した時のアルベルトの表情を思い出す。アルベルトとエリーゼが交際していて、更に肉体関係にある事は知っていた。他でもないエリーゼが示唆したのである。オリヴィアも表面的には二人の交際を認めていたが、それ以来のオリヴィアの心中は更に複雑なものになっていた。


「やっぱり恥ずかしい、ですか……」


 不意にオリヴィアはキャベツを切る手を止める。包丁の刃に写る自分の顔を見て、皮肉るように笑った。


「でも、嫉妬しちゃいますね……」


 オリヴィアは再びキャベツを切り始めた。心なしか強く包丁を握りながら。

 



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