5.やり手な二人
「聞いたぜ! 初めての仕事で七機のEFMを撃墜したって!」
数日後、ノイエ・ベルリンに戻った二人は昼食の席でヴィリに声をかけられた。後ろにはクララとルーファスもいる。
「EFMって言っても旧式だよ。ほとんど骨董品って言って良いレベルの」
「それでも七機だぜ?! しかもEFM以外にも敵はいたんだろ?」
「まあね」
「それに最後の一機は懸賞金の掛かった奴だったんでしょ? やったじゃない。私の不安は杞憂だったみたいね」
「そうね……」
アルベルトとエリーゼは焦りに焦って鎮静剤を打たれまくったり、最後の賞金首は怒りに任せて撃破した事は黙っておいた。実戦慣れしている三人と比較すると、何だか情けないように聞こえるからである。
「次の仕事は決まってるのか?」
「いいや。リズベットCEOが仕事を探してる」
「そのCEOとやら、大昔の衣装を着てるって言ってなかったか? 確か……ゴスロリとかって言う……」
「この人?」
エリーゼは携帯端末の写真フォルダからリズベットの姿を撮した写真を表示した。
「いつの間に……」
「部屋を出る時こっそり撮ったの」
驚くアルベルトにエリーゼがウインクする。
「ふーん。この人がPMCのCEO……?」
「俺たちとほとんど年齢が変わらなそうに見えるな」
「これがゴスロリというのか。歴史書に書いてあった通りだ」
「変な人ね。懐古趣味者で傭兵のボスだなんて」
「でも結構似合ってると思うな? 特にこのストレートに下ろした銀髪と──っ?!」
何気なく言ったアルベルトの脇腹をエリーゼは思い切りつついた。
「私の前で他の女を褒めないで!」
「何でだよ!」
「私がいない時もダメよ!」
「めんどくさい女だな!」
口論を始めた二人の様子を見て途端にクララが肩をすくめた。
「……隙を見せるとすぐイチャつき始める」
「今まで暇過ぎてイチャつくぐらいしかやる事が無かったんだからな」
「それは言い過ぎじゃ……」
「────何よ?! 貴方は私の事が嫌いなの?!」
「そんな事言ってないだろ!」
「そう?! いっつもオリヴィアちゃんの事ばっかり話してるじゃない! プロレギアに行った時もオリヴィアちゃんにしかお土産買わなかったじゃない!」
「何で同行したお前の分の土産を買わなきゃならん!」
「パートナーでしょ?! ちょっとは気を利かせてよ!」
「…………チッ。ああ! じゃあ次の仕事で行った惑星で何か買ってやる!」
「ホント? ────大好き!」
「…………キッツ」
会話の結論を聞いたクララは本心を隠す事なくさらけ出した。
「昔のアルベルトはこんなわがまま女を好きになるなんて事は無かったのに……」
「しかもまんざらでも無い顔をしている。理解出来んな」
「……女の趣味は擁護出来ねえや」
その時、アルベルトの携帯端末が鳴った。
「メールだ」
「あら、噂をすればCEOからだわ」
メールには、二日後に惑星プロレギアに来る事、そこで仕事の詳細を話すという旨が書かれていた。
「次はどんな仕事かしら。ちょっとワクワクしてるのよね」
「ほら、そうやって浮き足立ってると足をすくわれるぞ」
「大丈夫よ。貴方に助けてもらうから」
「……お似合いよ。本当にあなたたちは」
アルベルトの腕に抱きついたエリーゼを見て、クララは溜め息交じりに呟いた。
「記念すべき二回目の仕事は脱獄犯の始末よ」
ランツクネヒト本社ビルにやって来たアルベルトとエリーゼに会うなりリズベットはそう口火を切った。
「依頼主は惑星ペルフの保安当局。彼らは惑星ペルフがある星系に建造していた監獄衛星にとある囚人を護送していたんだけど、護送艦内で反乱が発生して音信不通になり、制御下から離れてしまったと言ってる」
ホログラムモニターにオレンジ色のつなぎを着た眼鏡の男の写真が映し出された。
「この男はパム・バンデラ。惑星ペルフの麻薬密売組織の中心人物で、保安当局は十年近くコイツの行方を追っていたそうよ。彼らは法の下で彼を裁きたいと思ってたんでしょうけど、他の惑星に逃げられたらそれも難しくなる。やむを得ず私たちに泣きついてきたって訳」
「質問よろしいでしょうか?」
「何かしら?」
「標的は、この男のみに限定されるのでしょうか? 護送艦には他の囚人や保安要員が乗っているはずですが……」
アルベルトの質問にリズベットは微笑みながら答えた。
「そうね。当該護送艦には当然ながら他の囚人も乗ってる。いや、囚人とパムの仲間しか乗っていないっていうのが正しいかしら」
「というと?」
「護送艦との連絡が途絶えた後、保安当局はパムの腹心の部下を一人締め上げて言質を取ったらしいわ。「護衛艦の警備員の一人にパムの仲間がいる」ってね」
「確かに、警備側に仲間がいなきゃ脱獄なんて叶いませんものね」
エリーゼが護衛艦の情報を流し読みしながら言った。
「手引きした保安要員以外の乗組員のバイタルサインはロストしてる。……つまり皆殺しにされたって事ね」
「なんて残酷な……」
「他の囚人も強盗殺人や武器密輸、人身売買なんかで逮捕された筋金入りの犯罪者たちよ。ごっそり死んでも世の中に悪影響は出ないわ」
「良かった。一人でもまともな人がいたら罪悪感を持っちゃうから。……ねえアルベルト?」
「俺に振るな」
「通信を傍受したところパムは別の星系の組織と連絡を取ってる。惑星ペルフのある星系はここから連続ワープすれば二時間程で着く距離にあるから至急行ってもらうわ」
「今からですか……」
「そうよ。不服?」
「いいえ」
「あっ、そうそう。仕事が終わったらペルフに降りても良いですか?」
エリーゼの言葉にリズベットは怪訝な表情を浮かべた。
「アルベルトがお土産買ってくれるって言ったので~」
自分の胸元に飛び込んだエリーゼを見ながらアルベルトは控え気味に言った。
「すいません。本当の事で……」
「仲の良いことで」
うんざりしたように細目でアルベルトを見ながらリズベットは思案した。
「……まあ良いわ。ただし、降りた後に何かあってもこっちはバックアップ出来ないからね」
「やった! 前の仕事でもらったお金で遊びましょ!」
「ホント享楽的だな……」
その艦は星系外へと進路を取り、ひたすら突き進んでいた。
艦のリーダーはパム・バンデラ。惑星ペルフの麻薬密売組織のトップとして十年間君臨し続けた男である。
「どうだ? 星系外の連中とは連絡が取れたか?」
艦橋にはパムと、パムに買収された警備員がいた。警備員は通信機器を操作して自分たちを受け入れてくれる予定の組織と通信を確立させていた。
「ああ。連中は星系外縁の廃ステーションにまで艦を持ってこいって言ってる。そこでシャトルに乗り換えてこの星系からおさらばするって訳だな」
「なるほど」
「だが、他の囚人どもはどうする?」
「シャトルに全員は乗れねえよ。俺とお前でいっぱいになる」
パムは警備員に笑いかけた。自分の脱獄に協力した囚人たちを簡単に切り捨てるパムの冷酷さに警備員は感心と畏怖の入り交じった笑みを返した。
しかし二人の表情は突如として鳴り響いた警報によって茫然たる顔へと変わった。
「何だ?!」
「EFM反応だと?!」
「クソポリども、もう追ってを差し向けて来たのか?!」
艦橋の正面窓の前に現れた二機のアベレージを見てパムは驚愕した。
「灰色?! 公安局じゃねえか!」
「連中本気で俺たちを消すつもりだぞ!」
警備員が狼狽している中、パムは艦内放送のマイクを引っ掴んで叫んだ。
「おめえら! EFMのお出ましだっ! 死にたくなきゃとっとと持ち場につけ!」
「────私たちの機体の色って世間では恐れられているのかしら?」
通信を傍受したエリーゼが間の抜けた声でアルベルトに訊ねた。
「あのなあ。俺たちの所属してる保安部は窓際だけど、腐っても公安局管轄の部署だ。公安局は犯罪者にとっては恐怖の対象なのさ」
「私たちには好都合って事ね。……さあ、本物の宇宙での戦闘。ワクワクしちゃうわ!」
エリーゼは意気揚々と護衛艦に突撃していった。
艦内はパニックに陥っていた。
「何でEFMが来るんだよ?!」
「知らねえ! 早く持ち場につけよ!」
「もうダメなんだぁ! 俺たち死ぬんだぁ!」
「────そうよ。あなたたちはここでおしまい」
艦内通信を傍受したエリーゼはほくそ笑みながらエネルギーライフルを撃った。プラズマは装甲を貫き艦内で爆発を起こさせた。だが被害は小規模なもので、一区画に穴が開いた程度であった。
「あら、結構頑丈なのね」
「当たり前だ。これは囚人を護送する艦だぞ。襲撃に備えて装甲は厚くなってる」
「じゃあ壊れるまで撃てば良いだけよ!」
エリーゼは次々とプラズマを放った。囚人たちは艦に備え付けられた火器で応戦するが、機動力を誇るEFMには到底追い付けない。
二機のアベレージ・ベフェールによる執拗な攻撃により艦は着実にダメージを受けていった。
至る所で誘爆が起き、開いた穴から囚人たちが宇宙空間へと吸い込まれていく。隔壁の封鎖すら間に合わず、酸素も漏れだしていた。
「ヤバい! このままじゃ艦が自壊しちまう! 生命維持機能もイカれる!」
「まだ指定座標には着かねえのか?!」
「あと少しだ! あと少し耐えられれば……!」
パムと警備員は必死に艦の状態をモニターしながら取引した組織の待つ廃ステーションへの進路を維持していた。
「ねえ、レーダーが空間歪曲と熱反応を示してるんだけど」
「何?」
「所属不明ノEFMガ複数接近中デス」
CTー2340の警告通り、EFMが次々とワープアウトし、護衛艦に急速接近していた。
「見ろ! 連中のEFMだ!」
「助かった……! あれだけいれば公安局だろうが何だろうがイチコロだ!」
「────機体情報ヲ分析。現行アベレージヨリ一世代前ノ仕様。民間ニ下ロサレタモノデス」
「旧世代の機体なんてどれも同じでしょう?」
「だが十年前までは現役だったアベレージの前世代機だ。そんな事言って油断してると食われるぞ!」
アルベルトは一団の中心部分にいる機体を狙い撃った。プラズマは見事に命中し、機体は爆発して周囲に新たなデブリを撒き散らした。
一団が散開する。エリーゼは機体の数と動きを見た。
(機体は今アルベルトが一機やって残りは……八機。前より多い……。でも散開状態では基本の二機一組になってのフォーメーションを取ってないわね。ってことは……)
「……そうか、こいつらEFMに乗れるだけの素人ね!」
エリーゼは一機にわざとシールドで防がれるようプラズマを撃って牽制した後、エネルギーサーベルを抜きながら急接近した。
「二機目っ!」
プラズマをシールドで防ぎ視界が塞がれていたギャングのアベレージはエリーゼ機の急接近に対応出来ず両断された。大きくブレードを振るい隙を見せたエリーゼ機を別の敵機が狙おうとしたが、カバーに回っていたアルベルト機の腕部バルカン砲で妨害された。
「チクショウ! なんで数で押しきれないんだ?!」
「こいつら、パムを迎えに来た組織か」
「ターゲットには入ってないんでしょうね」
「デスガ、任務達成ノ明確ナ障壁トナッテイマス」
「なら、全部墜とす!」
今度は二機がかりで旧式アベレージがエネルギーサーベルを振り上げアルベルトの機体に襲い掛かった。しかしアルベルトはこれが連携ではなく偶然同じ攻撃が重なったものと瞬時に判断し、片方より一瞬早く近づいた右側の旧式アベレージを蹴飛ばし、返す刀で左側から来た機体のコックピット部分にパンチを食らわせ、至近距離で腕部バルカン砲を叩き込んだ。
「これで三機! あとは六機だ!」
数に勝っているにも関わらず一方的な戦いになっているのを見て、艦橋にいたパムは半ば恐慌状態になっていた。
「これじゃあ全滅じゃないか! せめて俺がシャトルに乗る時間を稼げよ!」
「おい、待て! まだ外は危険だぞ!」
警備員は突然艦橋から走り去ったパムを止めようと後ろを振り返り、エリーゼが撃破したギャングの旧式アベレージが艦橋部分に激突しようとしている事に直前まで気づかなかった。
「むっ? ────あっ?! うわああああっ!!」
「これで四機目!! ついでに
爆発する艦橋を機体のマニピュレーターで指差しながらエリーゼは微笑んだ。
「もう護衛艦は勝手に崩壊する。放っておいて良いから残りのEFMを始末するぞ」
アルベルトの言う通り、度重なる爆発によって接合部にダメージを受けた護衛艦は自壊し始めた。重力発生装置が機能停止し、まだ中にいた囚人たちは床から足が浮き何も出来ない状態となっていた。
「ああクソ! どっちが床だ?!」
「脱出ポッド、脱出ポッドは何処だよ?!」
「もうやめてくれえ! 大人しく檻に入るからぁ!」
囚人たちの叫びも空しく護衛艦は遂に致命的な大爆発を起こした。ジェネレーター部分が熱暴走し、後部が大きくえぐれる爆発が起きたのである。もはや艦は推進力を持たず、宇宙を彷徨うデブリの仲間入りを果たした。
その間にもアルベルトとエリーゼはギャングのアベレージと戦闘を繰り広げていた。
実のところ、連邦にはびこるギャングのような犯罪組織が運用するEFMを操縦するのはそのほとんどが問題行動を起こして正規軍を追い出された元パイロットたちなのだが、その気質故か仲間意識というものが無く、エリーゼが素人と勘違いするくらいには連携感が皆無なのであった。
「おい、お前ら! どっちでも良いから相手の一機を引き離せ! これじゃあ各個撃破出来ない!」
「ああ?! じゃあてめえが囮をやれ! 背中から撃たれるのはまっぴらだ!」
「何だとクソがぁ?! ──んっ? ぐあああっ!!」
アルベルトは口論に熱が入ったパイロットの乗った旧式アベレージの一機を狙撃して撃墜した。
「五機目……。こいつら一般回線で通信してるって気づいてないのかな?」
「そもそもギャング専用の回線とかあるの? まあ、それはそれとしてうるさいのは確かだけどね……」
「──へっ。バーカ! ざまあねえな! ……って、いつの間に?!」
「何戦闘中にボーッとしてんの!」
エリーゼは容赦無くエネルギーサーベルでコックピットを貫いた。
「これで六機!」
「クソッ。ダメだ! 俺らじゃ敵わねえ!」
「何言ってんだ! ここまで来てやられっぱなしでいられるかよ!」
「おい!」
血気盛んな一機が突撃する。その機体は勢いに任せて防御を選択したアルベルトのアベレージにタックルを食らわせた。
「うっ?!」
「ほらな! こうやって崩しちまえば──」
「ぐっ……舐めるな!」
アルベルトは足裏部分のスラスターを最大噴射し、脚部のバーニアを微調整してタックルを受けた状態から宙返りする事で相手から距離を取った。
「なっ?!」
向き直ったアルベルトのアベレージは流れるようにエネルギーライフルを構え即座に発射した。
「危なかった……。これであと二機!」
「……やべえ!」
「こっ、降伏だ! 降伏する!」
「俺たちはパムってヤツをこのシャトルで連れて来いって言われただけだ!」
残された二機が口々に叫びながら武器を放棄し、後ろの小型シャトルを指差した。
「てめえら! 俺を売る気か!」
「?!」
その声にアルベルトとエリーゼの機体が振り返ると、崩壊した護衛艦から脱出したパムの乗ったポッドが小さなスラスターを吹かしながらギャングの旧式アベレージの方に向かっていた。
「あら? ターゲットってまだ生きてたのね」
「早急ナ排除ヲ推奨シマス」
「おい! 武器を放棄しないでこの俺を守りやが──」
パムの乗ったポッドはサポートAIの言葉を聞いたエリーゼ機の放った一発のプラズマで爆散した。
「対象ノ生体反応喪失ヲ確認」
「ターゲットは殺ったわね」
「何だ、パムは死んだのか?」
「な、なら良いだろ? 頼むよ。こっちに戦う気は無いんだって」
ギャングの二機はにわかに撤退しようとする様子を見せていた。
「どうするの?」
「……正直、撃ってきた相手を逃がすのは癪だが、武器を棄ててる以上、非武装の相手を撃つのは道理に反してる」
「道徳論者ね。まあ良いわ。別にターゲットじゃないしね。それより早く
アルベルトとエリーゼはギャングのアベレージを逃がす事にした。残った二機を放置し、リズベットとの通信を試みながら背を向けた瞬間だった。
「────へへっ」
「引っ掛かったな!」
後部バックパックに付けていた小型エネルギーライフルを掴み、二機のギャング・アベレージはアルベルト機とエリーゼ機を狙った。
「ここまでやられて帰ったら、ボスに殺されるっての────」
「……救いようの無いバカどもね」
予想していたアルベルトとエリーゼは即座に機体を振り向かせ、シールドで相手のプラズマを防ぎながらカウンターショットをお見舞いした。二機のギャング・アベレージは見事に爆散し、結局二人は今回も全ての敵機を殲滅したのだった。
「毎回こんなやつらが相手なの?」
「やっぱりこの副業大変だな……」
二人はぶつぶつと文句を垂れながら予定通り惑星ペルフへと向かうのだった。
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