6.露骨に怪しいCEO

 都市型艦ノイエ・ベルリンの総合病院。そこでは一人の少女が義体メンテナンスを受けていた。


「右脚の動作ソフトは異常無し。……なるほど」


 義体医師は円形のホログラム投影機に映し出された少女の立体レントゲンを指揮棒で指しながら軍の制服を着ている青年に説明を始めた。


「妹さんの栄養不良の原因はまさしくこの部分にあります。どうやら人工胃に栄養吸収効率化器の栄養選択ソフトが干渉して、上手く消化出来ていないようです」

「治す方法は?」

「不調の原因がメーカーの違う人工臓器を使っている事にあるので、胃と効率化器を同一メーカーの物にすれば治ります」

「では、すぐに」

「ああ、でも、ハルトヴィヒさんの生活保証プランですと、指定の臓器が届くのに一月は待たないと──」

「安心しろ。一週間ほど前、プランを最上級のものにした」


 アルベルトは胸ポケットからシックなゴールドカードを取り出した。


「えっ。あ、えと、それなら一週間も待たずに交換が可能になります……」

「なら早くしろ」


 アルベルトは命令するように義体医師に向かって言った。


「一週間で新しい人工臓器が来るって本当ですか?」


 病院からの帰り、オリヴィアはアルベルトに訊ねた。


「ああ。『副業』で金銭的な余裕が出たからな」

「すごいですね……。一回のお仕事でそんなに沢山お金がもらえるんですか?」

「危険だが、それに見合う程の高給だな」

「……。やっぱり危険なんですか……?」


 「危険」という言葉にオリヴィアは反応する。両親のいないオリヴィアにとって、兄のアルベルトは唯一の肉親で、唯一自分を無条件で守ってくれる存在である。オリヴィアは兄を失う事を何よりも恐れているのだ。

 憂鬱な表情で自分を見上げるオリヴィアにアルベルトは慌てながら言い訳をする。


「いや、まあ、EFMのパイロットである以上、仕事には常に危険が伴うからさ……」

「でも……」

「……ごめん、オリヴィア。言い訳だな、これは。お父さんとお母さんがいなくなって、衣食住を確保する為にパイロットになったとはいえ、いつもお前を一人家に残してる状態だしな……」

「……! いいえ! お兄さんがいつも私の為を思ってくれてる事は分かってます! このお仕事だって、私が不自由無く生活出来る為にしてくださってるんですもの!」

「オリヴィア……。分かってくれるのかい?」

「無理を言ってお兄さんが大変な事になるのは、嫌です……」


 抱きついてきたオリヴィアをアルベルトは優しく抱きしめ返した。


「……ありがとう、オリヴィア。お兄ちゃん、仕事頑張るからな」

「家で待ってますからね?」

「オリヴィアも学校頑張るんだぞ」

「大丈夫です。お兄さんが心配する程じゃありません」

「そうか。じゃあ、行ってくるよ」

「はい。行ってらっしゃい」


 十字路についたアルベルトはオリヴィアの通う学校とは反対の道へ行く。オリヴィアは仕事に向かう兄の背を見つめ、その姿が見えなくなるまで手を振り続けるのだった。




 一時間後、アルベルトはノイエ・ベルリンのリゾート区画に居た。無論遊ぶ為ではなく、パートナーを探しに来たのである。


「多分シーサイドエリアの何処かにいると思うよ。自由なもんだね、お嬢様ってのは」

「保安部長も少しはエリーゼに言ってやってください」

「私? そう言われてもねえ……」


 保安部長のオットーはアルベルトの携帯端末の画面の向こうで威厳を全く感じさせない態度を露にした。


「……分かりました。一人で探すので」

「そうかい」


 アルベルトは保安部長オットーとの連絡を切ってリゾート施設に入った。

 ノイエ・ベルリンは都市型艦の中では古い部類に入るが、三百万人が生存出来る程度の生活システムが完備されている。特にノイエ・ベルリンは都市型艦が積極的に建造された時期のタイプであり、娯楽施設が充実している。

 平日にも関わらず施設内は来場者でごった返していた。高さ十五メートルのウォータースライダーが売りで、それはEFMの頭頂高とほぼ同じ高さであった。

 ウォータースライダーに並ぶ人の列を過ぎ、アルベルトはシーサイドエリアに入った。

 シーサイドエリアは人工の波が一定の間隔でおしよせ、サーフィンも可能である。室温も高く設定されており、艦の中とは思えない程の常夏状態を作り出していた。

 ほとんどの者が水着姿であるため軍の制服を着込んだアルベルトは特に浮いていた。しかも公安局所属である事を示す灰色の腕章を着けている為、尚更注目を集めている。


「別に捜査はしないよ……」


 視線にいたたまれなくなりアルベルトは思わず呟いた。しばらく歩くと、目的の人物を見つける事が出来た。

 エリーゼは水着姿でグラビア撮影に興じていた。軍とは全く関係の無い事のように見えるが、実はれっきとした軍の広報活動の一環なのだ。

 カメラに向かって笑顔を見せ、砂浜の上で様々なポーズを取るエリーゼの周囲には彼女のファンが集まっていた。みなエリーゼのしなやかな白いからだに見惚れている。

 アルベルトが近づくと広報部の下士官が彼に寄ってきた。


「彼女のパートナーだ。撮影はいつ終わる?」

「はあ。もう少しだと思いますが……」

「そうか? 予定では一時間以上前に終わっているはずでは無いのか?」

「それは──」

「保安部だって一応は公安局のいち部署なんだからな。広報ポスターの撮影スケジュールくらい『捜査』の名目で閲覧出来る」


 灰色の腕章を指さしながらアルベルトは言った。下士官はアルベルトの横暴に一瞬辟易へきえきするような表情を浮かべたが、冷たい視線に背筋を震わせすぐに頭を下げた。


「すいません!」


 アルベルトは頭を下げたままの下士官をおいて撮影現場に入った。スタッフたちは灰色の腕章に怯えたようすを見せた。


「別に捜査しに来た訳では無い」

「──あっ、アルベルト!」


 エリーゼはアルベルトの姿を見るなり撮影中である事を忘れて手を振った。規制テープの向こう側でエリーゼの姿を目に焼き付けていたファンたちは、自分たちのアイドルがまるで天使のような笑顔を向ける男がいる事に身の焦がれる嫉妬を覚え、どんな面をしているのかと一斉に嫉視をアルベルトに注いだ。


「……チッ」


 能天気なファンたちにアルベルトは思わず舌打ちをした。スタッフたちは何か怒らせてしまったのかと戦々恐々とした様子で公安局所属パイロットの顔色を窺った。


「もう。そんな怖い顔しない」


 ジャンパーを羽織り、ジュースを持ったエリーゼはしかめっ面のアルベルトを見て笑った。


「遅れるならそう言え」

「ごめんなさいね。急にインタビューが入ったの。ギャラクシー・パシフィック・グループの御令嬢としてのね」

「そうかい」

「撮影現場に来るなんて……。そんなに私に会いたかったの?」

「保安部長と男二人で一向に来ない保安部の紅一点を待つのに耐えきれなかったからな」

「やっぱり私に会いたかったからなのね」


 エリーゼは嬉しそうにアルベルトに抱きついた。それを見たファンの数人が悲痛な叫びを上げた。


「ああああ!」

「エリーゼたんに男がああぁ!!」

「くぁwせdrftgyふじこlp」

「……おい、離れろ。お前のファンからの視線が痛い」

「私別にグラビアアイドルじゃないもの」

「軍の広報誌で水着姿晒してるクセに何言ってんだ」

「でも~、貴方には水着姿よりもすごい姿見せてるもんね?」

「……」


 アルベルトはエリーゼの言葉を無視して彼女の手を引く。


「もう良いか?」


 スタッフに声を掛けると、スタッフたちは腫れ物に触れるかのようにアルベルトに会釈して去っていく。数人のファンが近づいてきた事に気づいたアルベルトは、ストローに口をつけたエリーゼを引っ張ってシーサイドエリアを出た。


「アルベルト! 急に引っ張らないで。口切っちゃったらどうするのよ」

「早く制服に着替えろ。お前の厄介ファンに絡まれる前にここを出たい」

「私を独占したいの? アルベルトは嫉妬深いんだから」

「仕事だからだ。忘れた訳じゃ無いだろうな」

「面白くないんだから。ちゃんと覚えてるわ」


 頬を膨らませながらエリーゼは更衣室に入る。エリーゼが着替えている間、アルベルトは更衣室から背を向けていたが、時折カーテンの隙間を一瞥していた。いくらシスコンの彼とて、誰もが羨む美少女に好意を向けられる光栄に優越感を感じない訳では無い。ましてや積極的なボディタッチによるアプローチばかりされていては、さすがに昂るものがあった。


(魔性の女だよ、お前は。……広報誌が売られたら買おう)


 不意にカーテンが横に揺れる。制服に着替えたエリーゼが髪をなびかせて出てきた。


「じゃ、行きましょ?」


 愛らしい笑みを浮かべるエリーゼはアルベルトに肩を寄せる。アルベルトは彼女の腰に手を添え紳士のようにエスコートしながら仕事に向かうのだった。




「今回の仕事ではスパイの真似事をしてもらうわ」


 リズベットはアルベルトとエリーゼが来るなり二人に二枚のデータチップを渡した。


「安心して。ウイルスとかじゃないから」


 顔を見合わせた二人を見てリズベットが言う。二人が躊躇いがちにチップを取ると、またリズベットが口を開く。


「自分の携帯に挿して。データが中に入ってる」


 言われるがままチップを携帯端末のコネクタに挿しこむ。

 公安局の記章であり、二人の制服の腕章にもついている逆三角に包まれた十字の図形が出た後、『要度D:人物確保』と題されたファイルが画面に表示された。


「それで依頼主は分かったと思うけど、依頼内容はちゃんと話しておくわ。──統合軍公安局は日々連邦を害する可能性のある人物や組織の動向に目を光らせ、必要な時はその始末も厭わない。でも今回の場合はちょっと違う」


 画面をスクロールし、二人は髭面でスキンヘッドの男の写真に注目した。


「彼の名前はリーバス・オルジャーニ。惑星ベッファの反連邦的組織に所属している。かれを生きたまま保護して、公安局に引き渡すのが今回の仕事よ」

「要人の確保?」

「そういうのって傭兵にやらせるような仕事なんですか?」


 二人は当然の疑問を口にした。傭兵がスパイをするなど聞いた事が無い。専門の部署があるのでは無いだろうか。

 そんな質問にリズベットはいつもの微笑を浮かべて答えた。


「ファイルの『要度D』という部分に注目して。これは公安局内での秘密作戦のの指標なの。Dは下から二番目。仮に失敗しても大きな影響は無い、簡単な任務って事」

「優先度が低くて失敗しても良いから、傭兵にやらせるって言うんですか?」

「滅多に無いけど……あるにはある、と言っておこうかしら。まあ仕事を回すのはの経験がある人物に限るけど」

「俺たちはの経験はありませんよ」

「あら、公安局の腕章を着けてるじゃない」

「私たちは窓際部署なので……」


 二人を黙らせるようにリズベットはかぶりを振った。


「かなり良い報酬額なの。さすがは政府の組織」

「でも……無理ですって。スパイ任務の訓練は受けてません」

「大丈夫。そんな事ぐらい私だって分かってる。けど、断ると大金を逃す事になるのよ」


 エリーゼはリズベットの言動に不信感を抱いた。何がなんでもこの仕事をやってもらうと言わんばかりの態度に、エリーゼは別の意図を感じていた。

 アルベルトも同様にかなり強引に話を進めるリズベットの真意を測りかねていた。二人は事前に「EFMを乗り回す仕事には慣れただろうから」という前置きを言われた上でこの話を持ちかけられていた。明らかに毛色が違いすぎるこの仕事。果たして本当に他の傭兵も受けた事があるのだろうか……?

 そんな心中を知ってか知らずか、黙りこくった二人に対しリズベットはまた別の物を取り出した。


「自身の戦闘技能に不安があるって言うなら、このソフトを使うと良いわ。プロ級の工作員の動きを模倣トレース出来る。戦闘用ナノマシンは体に入ってるんでしょ? 銃の照準補正もかなり正確にやってくれるわよ」

「確かに入ってますけど……。あの、ホントのホントにやらせる気ですか?」


 信じられないといった表情で訊ねるアルベルトに対し、リズベットは一環して主張を曲げなかった。


「他のヤツにやらせたら、捕まった時に所属を吐いちゃう可能性があるでしょ?」

「わ、私、対尋問訓練なんかやってません!」

「それは俺も同じだ!」

「そう? まあでもたとえ捕まっても専用の機器や薬でどうこうされるって事は無いと思うわ」

「そういう事を聞いてるのでは……!」

「とにかく、そのファイルとこの特殊作戦用ソフトのダウンロードは早めに済ませておいてね。ベッファ行きの定期運行船シャトルは一週間後だから」

「な……!」


 二人はリズベットの言葉に唖然とした。最初から二人に拒否権は無かったのである。

 横暴な振る舞いとは裏腹な笑顔を浮かべて民間軍事会社のCEOは言う。


「良い? ターゲットは生きたままよ? そうでないと報酬は無しだからね?」




「なあ、やっぱりあの会社おかしくないか?」


 その帰り、付近の露店で麺料理を啜りながらアルベルトはエリーゼに言った。


「明らかに傭兵の仕事とは思えない事を押し付けてきたぞ。俺たち、何かヤバい事に巻き込まれてるんじゃ……」

「考えすぎじゃない?」

「お前は考えなさすぎなんだよ!」


 呑気に味気の無い麺を作業的に食べるエリーゼにアルベルトはツッコミを入れた。


「だってしょうがないでしょ。仕事って言われたならやらなきゃ」

「なんでそんなやる気が出てるんだ。さっきの狼狽ぶりは嘘だったとでも?」

「確かにさっきのは本当にビビってたけど、よく考えたら私、結構スパイとかに憧れてたのよね」

「正気か?! これはごっこ遊びじゃない! マジで失敗したら死ぬ可能性だってあるぞ!」

「それは今まででもそうだったでしょ。貰ったソフトをダウンロードすれば大丈夫よ。それに、私たちに元々入ってる戦闘ソフトには感情調整機能も付いてる。唯一の不安要素といったら射撃のセンスくらいね。私射撃だけはダメなのよね」

「もう失敗する予感がしてきた……」


 アルベルトは頭を抱えてテーブルに顔を突っ伏した。


「ご馳走さまでした。……よくこんな物食べられるわね。栄養だけじゃなく味も重視すべきよ」

「はあ……オットー部長に調査を頼むか……?」

「何? まだ悩んでるの? もう何でもやるタイプの会社って事で良いじゃない」

「良くない。せめて俺たち以外の『社員』が本当に居るかどうかを確認せねば」

「やるにしてもオットー部長はやめておきなさいって。あの人、顔が良いだけの怠け者じゃない」


 都市型艦ノイエ・ベルリン防衛隊の保安部長、オットー・シュタインドルフは、若くして中佐というそれなりの能力を期待させるような地位にいるのだが、その期待に反し全くやる気が見られない人物であるというのが彼を知る人々の共通認識であった。ノイエ・ベルリンの住民の中にでさえ、「顔は良いが全く仕事をしない軍人がいる」と、彼の事を言っているような噂を囁く者がいるくらいである。


「お前な……仮にも自分の上官だろうが」

「だってあの人いっつもデスクのパソコンでゲームしてるじゃない。一体どうやって中佐になったんだか……」


 古びた金属椅子からエリーゼは立ち上がる。スカートをはたいて埃を払った後、アルベルトの腕を引っ張った。


「ねえねえ。まだ時間あるし中央エリアの娯楽施設に行かない?」

「ホント遊ぶ事しか考えてないな。人生楽しそうで良いな」

「まあね。パイロットなんかしなくても一生遊んでいける身分ではあるわね」

「生活に困窮してる人が聞いたら殺意が湧くようなセリフだな」

「それでテロに走るとか? 私に言わせれば、革命やる時間を使って生活費を稼いだら良いわ」

「それ以上はやめとけ。お前は反連邦主義の連中にとっちゃ誘拐相手として最良過ぎるからな」

「フン。返り討ちにしてやるんだから。それより、さっさと娯楽施設に行きましょ。ノイエ・ベルリンより大きなウォータースライダーがあるの。私滑ってみたい!」

「はあ……?! どうりで妙に大きい鞄を持ってきた訳だ……。俺はやらないからな」

「え? 怖いの?」

「水着を持ってきていないからな。お前一人で遊んでろ」


 素っ気ない態度のアルベルトにエリーゼは不満たらたらの様子であった。エリーゼはパートナーの背中を叩きながら上層エリアへと向かうのだった。










  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る