7.スパイごっこ

 ベッファは、他に比べ比較的中央領域に近く、反連邦的な感情も薄い惑星である。

 しかしながら、全員が全員同じ考えを持っている訳ではない。ベッファにも少数派ながら、反連邦組織というものが存在していた。


「リーバス・オルジャーニは『ベッファ独立派』という組織の構成員で、幹部クラスの人物らしい」

「そんな人物がどうして公安局におもねるのかしら?」


 アルベルトとエリーゼはベッファの寂れた街を歩いていた。首都から数百キロは離れた場所にある鉱山都市で、オパールの巨大な鉱床があるという事だった。


「オルジャーニは組織の中では一番って言って良い程の穏健派で、過激化している組織に嫌気がさして抜けたがっているってこのファイルには書いてるな」

「何よそれ。怖くて逃げたくなったって事じゃない」

「一口に反体制派って言ってもいろいろあるからな。市民団体もいれば政治家を担いでアプローチする連中もいるし、オルジャーニのいる組織みたいに過激なテロに走るのもいるって事さ」

「じゃあオルジャーニは組織の体質が合わなくて抜けたがってるのね」

「そういう事だな。まあこの組織はオルジャーニが抜けた後公安局が壊滅させる筋書きになってるが」

「え?」

「──「尚、対象の確保が確認された後、当該組織は執行部隊による処理を行う」って最後に書いてある」


 アルベルトは携帯端末に映し出されたファイルをエリーゼに見せつけた。


「……へえ~。まあ私たちには関係無いわね」

「お前ってホント興味無い事には冷たいよな」

「私は道徳論者じゃないわ。それに反体制派に同情するなんてもっての他よ。私は体制側の人間なんだから。っていうか、貴方もバリバリ体制の人間でしょうに」

「……」


 アルベルトはその問いには答えず、指定されているレストランの屋外席に座った。店のスタッフが二人に近づいてくる。二人は飲み物を注文し、件の男がやって来るのを待った。

 男がやって来たのは二人の飲み物が残り僅かになった頃であった。帽子を深く被ったオルジャーニは人混みの中から現れ、ごく自然な動作を装ってアルベルトとエリーゼが空けている三つ目の席に座った。


「オルジャーニ?」


 エリーゼがそう呟くと、オルジャーニは何か安心したように溜め息をついた。


「……良かった。罠かと思った」

「年齢を見て言ってるなら安心なさい。私たちはしっかりと公安局の人間よ」


 エリーゼは公安局のバッジを見せた。それは公安局に所属する人間なら誰でも持っている、いわば警察バッジのような代物である。だがむやみやたらに一般人に見せる事は推奨されていない為、公安局員であるという事を示す一種の身分証として機能するのだった。


「……! 本物らしいな。ようし」

「組織から抜けたいらしいな」

「ああ」

「それは組織の方針が過激になったから?」


 二人の質問にオルジャーニは指を組んで話し始めた。


「──元々組織は真っ当なデモなんかで貧困層の生活向上を求めていた。俺が立ち上げた時はそうだった。……だが、弟が入ってからは俺のように真面目にポスター活動をするような奴は完全な少数派になっちまった」

「なぜ貴方の弟は武闘派に?」

「もう何年も昔の事だが、弟の妻子が連邦部隊のマフィア摘発での銃撃戦に巻き込まれて死んでるんだ」

「当ててあげましょう。連邦部隊の流れ弾に当たったんでしょ」

「おい。ふざけるのはやめろ」


 おちゃらけるエリーゼをアルベルトはたしなめる。


「……それなんだが、実の所、あいつの妻子はマフィア側の銃弾に当たったんだ」

「どうしてそれが?」

「誰にだって分かるさ。連邦部隊は炸裂弾を使ってた。組織を皆殺しにするつもりだったんだよ」

「なるほど。二人の遺体はじゃなかったと」


 オルジャーニは頷く。


「そうなると道理が通らないじゃない。恨むなら連邦じゃなくてマフィアを恨むべきよ」

「さあな。俺には解らん。ひょっとすると、ただ八つ当たりの相手が欲しいだけなのかも……」


 重い空気が流れる。話が詰まった事を察したアルベルトは軽く咳払いをしてオルジャーニに右手を差し出した。


「雑談も良いが、そろそろ組織を捨てるを見せてもらいたいな」

「ああ……」


 オルジャーニはデータチップをアルベルトに渡す。アルベルトは携帯端末にチップを挿しこむ。予定では組織の拠点やセーフハウスなどの情報が入っているはずであった。

 端末に次々と拠点とセーフハウス、そしてオルジャーニ以外の幹部の情報などが表示される。


「……」


 黙って画面を見続けるアルベルトをオルジャーニは固唾を飲んで見つめた。


「……要求通りの情報が入っているな。よし、協力どうも。次連絡する時はこちらからする。絶対にそちらから連絡してこないように」


 アルベルトはそう言って立ち上がった。


「え、あ……」

「また会いましょうね」


 エリーゼはウインクをした後アルベルトについていった。




「ねえ、私って結構スパイ向きじゃない?」


 オルジャーニから姿が見えなくなった辺りでエリーゼはいつもの様子に戻り、アルベルトに寄りかかった。


「本物はあんな風に雑談なんかしないよ。会ってすぐに情報をもらってすぐに帰る。これだろ」

「ええ~? テンション上がってる事を隠すのに結構骨が折れたわ。貴方って映画とか見ないの?」

「オリヴィアが見たがる時ぐらいだな」

「……シスコン」


 妹の名前を口にしたアルベルトにエリーゼは途端に唇を尖らせた。


「別に良いだろ。家族を大事にするのは美徳だろうが」

「美徳だろうが何だろうが、一緒にいる時に自分以外の女の話をされて嬉しい女はいないわよ?」

「お前……オリヴィアが嫌いなのか?」

「嫌いじゃないわよ。嫉妬してるの。そうやって貴方に愛情捧げられてるのが!」

「俺に愛されたいっていうのか?」

「その女として見てないような態度をするなって言ってるの。──何よ、私で童貞捨てたクセに」


 そっぽを向いてエリーゼはアルベルトを置いていく。


(別に女として見ていない訳じゃないんだが……)


 しかし直接「お前を女と見ている」と言うのは気恥ずかしかった。アルベルトにも羞恥心はあるのだ。


「待て、エリーゼ」

「オリヴィアちゃんに買うお土産でも探せば?」

「……っ。エリーゼ!」


 なんとか話を聞いてもらおうとエリーゼの手を引こうとしたその時、アルベルトは不意に刺すような視線を感じ取った。

 不自然な立ち止まり方をしたアルベルトに気付き、エリーゼは振り返った。


「何? どうしたの?」

「……尾行されてる」

「え……?」

「お前もリズベットCEOから貰ったソフトをダウンロードしてるから分かるだろ。三人の目線が俺とお前に行ってる」

「……あ」


 アルベルトはエリーゼの手を取り早足で路地に隠れた。


「……やっぱり。あの野郎、尾行くらい撒いてから来いっての」

「どうするの? ホテルまで尾けられたら……」

「勿論撒くさ。でないとゆっくり寝られないからな。──まあ最悪は、人気の無い場所に誘導してコイツを使う」


 アルベルトは胸のホルスターに収められている拳銃に手をかけた。


「作戦は?」

「──この先の十字路までは一緒に行こう。そこからは二手に分かれてホテルに帰るんだ」


 携帯端末のマップを見ながらアルベルトは言った。


「CTにサポートさせる」

「でも、大丈夫なの? もし貴方に何かあったら──」

「俺より自分の心配をしろ。俺なら大丈夫だ。これでも養成学校での射撃成績は上位三位だったんだ」

「アルベルト……」

「だから安心しろ。……帰ったら、、な?」


 アルベルトの言葉にエリーゼはたまらず胸をときめかせた。好きな男からの夜の誘いである。エリーゼは俄然やる気を出した。


「じゃ、行くぞ」


 アルベルトの言葉にエリーゼは彼の手を強く握りしめる事で応えた。スパイ映画さながらのおいかけっこの開始である。

 アルベルトとエリーゼは十字路に差し掛かると、合図も無く突如として二手に分かれた。慎重に尾いていた追跡者たちは尾行がバレた事を悟り、それぞれの方向に走り出した二人を追いかけ始めた。

 二人の追跡者を引き受ける事になったのは、アルベルトであった。


(俺の方に二人かよ?! まあ、なんとしても逃げ切るがな……)


 アルベルトのはエリーゼのそれと違いかなり大回りしてホテルに着くルートであった。ホテルがある商業地区を出て、鉱山地区の中を通ってまた商業地区に戻る。距離もかかる時間もエリーゼと比べると倍以上だが、パートナーをなるべく無事に帰らせたいアルベルトは敢えてこのルートを選んだのである。


「百メートル先、右ガ鉱山地区ヘノ入口デス」


 アルベルトにだけ聞こえる指向音声でCTー2340がナビゲートを行う。早足を維持しながらアルベルトは鉱山地区へ入っていった。


(そういえば、わざわざ二人揃って出向く必要は無かったな……。片方をホテルに置いてモニターしておけば、こんなトラブルが起きても容易に対処出来てた気がする……)


 そんな事を考えながらアルベルトは追っ手をやり過ごせそうな場所を探す。鉱山地区は街の中心部にあり、巨大なオパール鉱床を中心として建物が広がっていた。鉱山労働者たちがレーザードリルと鉱物探知機を持ってエレベータに乗り、下へと降りていく。翻って見ると下からオパールの遊色効果が見られる岩石を満載したカゴが上がって来て、それをレールに載せてそのまま研磨師たちが待つ工房へ運ばれていくのが分かった。

 周囲を見渡しながら歩いていると、突然武装した男たちにアルベルトは呼び止められた。


「おい。ここから先は一般人立ち入り禁止だ。撮影ならあっちに行け」


 オパール盗難を防ぐ為の警備員たちであった。気づけば観光客の人混みから離れてしまっている。振り返ると、観光客を押し退けながらやって来る二人組が見えた。


(まずい……)


 決断を迫られたアルベルトは、咄嗟にでまかせを口にした。


「すいません。ちょっとトイレが何処なのか分からなくて……」

「何だそういう事か。一番近いトイレはあっちだ」


 警備員の一人が土産物店を指さす。アルベルトは軽く会釈して土産物店に向かった。


「敵ガ安全範囲内ニ入ッテイマス」

「大丈夫だ。向こうだってこんな人の多い所で銃でも抜いたらどうなるか理解してるはずだ」


 CTの警告に応じながらアルベルトは土産物店に入る。店に入ってすぐに、未研磨のオパール石が売られている棚が目に入った。アルベルトは真っ先にトイレに向かうと、そのまま鍵を閉めて外が見える窓を開ける。


(ギリギリ通れるか……)


 アルベルトは外に誰も居ない事を確認すると、トイレを踏み台にして足から窓を出た。


(これでしばらくは時間を稼げる)


 アルベルトはしめしめと思いながら意気揚々と商業地区へ駆けていった。

 が、追跡劇はそこで終わりでは無かった。商業地区に入った途端、別の視線がまたアルベルトを追いかけ始めたからである。


(しまった! 他に仲間がいる可能性を考慮してなかった!)


 アルベルトはそこでエリーゼが惑星ベッファに到着する前、尾行は何人も交代要員を用意して行うものだと自慢げに話していた事を思い出した。それはアドバイスというよりも自分の知っている知識をひけらかしたい欲求からの話で、アルベルトは適当に聞き流していたのである。


(もうちょっと真面目に聞いておけば良かったかも……)


 アルベルトは少し後悔しつつも新たな追跡者との距離を開ける事に専念した。だが、宿泊先が知れればどんな事態に発展するか分かったものではない。撒いてからホテルに戻らなければ。


(それにしても、こんなの絶対PMCの仕事じゃないだろ。終わったらあのCEOを問い詰めてやる……)


 そんな事を考えつつ、アルベルトはエリーゼに連絡した。勿論盗聴されないように専用の回線を通して。

 数回のコール音の後、エリーゼが応答する。


「あっ、もしもし? どうしたの?」

「追っ手がしつこい。時間通りに帰るのはちょっと無理かもしれない」

「ホント? そういう事ならちょっとこっちも──」


 その瞬間くぐもった銃声がアルベルトの耳に入った。一拍程置いて別の銃声が響く。聞こえた距離感から逆算すると、発砲したのは十中八九エリーゼであった。


「おい」

「わ、私じゃないもん! 向こうが先に撃ってきたのよ!」


 端末の向こう側では人々の悲鳴があちこちから聞こえている。アルベルトは周囲を見渡した。騒ぎのようなものは無く、人々はいつも通りの日常を過ごしているように見えた。


「今どこにいる?」

「こういうのって何て言うの……スラム街? 明らかに違法建築な鉄骨の建物ばっかり建ってる所よ」


 アルベルトはエリーゼの言葉の意味を汲み取り、頭に叩き込んだ街の地図から該当するような地区を数秒で割り出した。


「お前まさか……旧市街の方面に居るのか?!」

「やっぱり? ここ古い建物ばっかで──」

「何でそんな所に居る?! あそこは鉱山地区とは反対側だぞ!」

「あ、何? 助けに行けないとか?」

「ああ、かなり時間がかかる。なんとか一人で切り抜けてそこから脱出しろ」

「え~?」

「じゃあな。こっちも結構ヤバくなってきた」


 電話を切り、アルベルトは背後を一瞥する。新しく追跡を始めた二人組の男たちが全く忍ぶ事無く近づいてきている。


(明らかに素人……。つまりじゃなく、反オルジャーニの組織の構成員って事だな……)


 あまりにも杜撰過ぎる追跡方法で近づく尾行者たちの正体を推測しながらアルベルトは確保対象の身を案じた。オルジャーニが渡してきた情報には、拠点やセーフハウスだけでなく、組織のシンパや支援者パトロンとして密かに活動しているベッファの政治家や地元企業の経営者の名前までもが丁寧にリストアップされて載っていた。オルジャーニは自分が立ち上げた組織を完膚なきまでに潰そうとしていたのである。


(あんなに沢山の情報を漏らした事がバレたら、オルジャーニは間違いなく殺される……。アイツ、ちゃんとしたセーフハウスなんかに居るんだろうな?!)


 オルジャーニ本人の前ではかなりカッコつけていたアルベルトだったが、実際の心中は焦燥感で満ち溢れていた。恐らくエリーゼは「まるでスパイ映画みたい!」とワクワクしながら追跡劇を繰り広げているのだろう。アルベルトはそんな事を考えて思わず静かに吹き出した。


(……いや、笑ってる場合じゃないな。本気で撒かないと。クソ、初日でこんなマズい事になるとは……)


 自分の不甲斐なさに無能感を感じながらアルベルトは緊迫のおいかけっこを続けるのだった。


 




 


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