10.ランツクネヒトの正体
追っ手を排除して数時間後、高速道路を下りたアルベルト一行の乗る車は森林へと続く道路を走っていた。
「……ベッファ各地で公安局と自治政府軍による反連邦派の壊滅作戦が行われています。半年前の自治政府内務大臣暗殺事件から噂されていた壊滅作戦ですが、自治政府主導の治安活動ではなく、公安局主導の作戦であった事は人々も予想だにしておらず……」
「やっぱりこの仕事PMCのやる事じゃ無いわね」
ラジオの放送を聞いていたエリーゼが呟いた。
「最初から怪しいって言ってただろうが」
「そうだけど、貴方は「やっぱりやめよう」とは言わなかったじゃない」
「それは間違いだったと認めよう。この仕事が終わったら、あそこを辞めて別の会社を見つけるか」
「え~? すごく給料良いじゃない?」
「最初はオリヴィアに何でも買ってあげられると思って喜んだが、よく考えるとおかしい額だもんな。調べてみれば他の会社の給金はランツクネヒトよりも低かった。俺が調べた会社はな」
「好きな物買えなくなっちゃう」
「お前は親に頼めばいくらでも買ってもらえるだろ。元々出撃回数を稼ぐ為に入った所だが、どうやらあの忌々しい実績証明書とやらは破棄されるって話だ。今までの生活にまた戻れるぞ」
「EFMを乗り回すのは面白かったけど……」
不満げなエリーゼと違ってアルベルトはランツクネヒトを抜ける事を決心していた。PMCの事を調べてランツクネヒトの存在自体が胡散臭くなったというのが一番の理由だが、何か大きな事に巻き込まれそうになっているのではというえもいわれぬ不安感に襲われていたのも理由の一つであった。
車は森林の更に深い場所にまで入っていった。舗装されてから一度も整備されていなさそうな古びた道路を走り、奥へ奥へと進んでいく。
「こういう森って大抵ファンタジー小説だと化物なんかが居るわよね」
「くだらんな。実在する化物といったらコズミックモーフくらいだ。中央に近いこの
「コズミックモーフでなくても原生生物が居るでしょ。テラフォーミングの影響で変異した原生生物とかが私たちを待ち構えてたりして……」
「お前ってホントそういう話が好きだよな。一人で廃墟とかに行ってもずっと楽しんでいられそうな──」
突然エリーゼの携帯端末がけたたましい音を発した。持ち主のエリーゼもアルベルトも、そしてずっとうつむいて黙っていたオルジャーニも思わず顔を上げた。
「何?!」
「……回収部隊を示すビーコンの音だ。近くに居るぞ」
アルベルトは道路の途中で車を停め、車外に出た。懐中電灯で辺りを照らすと、石で舗装された小道があった。
「方向としてはこの道の先か……。オルジャーニ、降りろ。回収部隊の所に行くぞ」
二人はオルジャーニを真ん中に置いて一列になって歩いた。三人とも鬱蒼と繁った暗い森の道を黙って進んだ。風でなびく葉の音以外はほとんど無音なのが三人の焦燥感をひたすらに煽った。
「おい、ホントに迎えの連中は居るんだろうな?」
「安心しろ」
(と言いつつ本当は俺もエリーゼもちゃんと居るかは把握してないんだけど……。これ騙されてたら全員死ぬんじゃ……)
そんな事を考えているうちに、道の切れ目が前方に見え始めた。そこは森林を切り開いて作ったと見られる木材工場の跡地で、ヘリと特殊部隊員が三人を待っていた。
茂みから飛び出したアルベルトに、特殊部隊の持つアサルトライフルの銃口が向けられる。アルベルトが公安局のバッジを見せると、隊員たちは一斉に銃を下ろした。
「おっ。ちゃんと時間通りに来たな。時間を守るヤツは好きだぜ?」
浅黒い肌の特殊部隊員が三人に近づく。周囲の隊員の反応を見て、この男が指揮官なのだとアルベルトとエリーゼは察した。
「そいつがオルジャーニだな? 無傷で連れて来たとは、大したもんだ」
妙にフレンドリーな態度で接してくる指揮官の男にエリーゼは警戒感を覚え、思わずアルベルトの背に隠れた。
「おっとこいつは驚かせちまったか? 仲の良さそうなカップルだな。じゃ、オルジャーニは連れてくぜ。ついでに乗ってくか?」
「え、あ、いや、車があるので……」
「そうかい。彼女に土産物でも買ってやるんだな。──それじゃまたな!」
ヘリが上昇していく間も浅黒い肌の男は人当たりの良い笑顔でアルベルトとエリーゼに手を振り続けた。ヘリが飛び去った後、静寂に包まれた森で二人は安堵の溜め息をついた。
「後は用済み、って言われて撃たれる事は無かったか……」
「銃を向けられた時はヒヤッとしたわ。もうこんなのはこりごりよ」
「だからこそあの会社を辞めるんだ。やっぱりPMCなんてするもんじゃないな」
「えー、お小遣い……」
「だからお前は親からいくらでも貰える身分だろうが。こんな危ない橋ばかり渡る事なんかやめて、スペア要員として暮らそうぜ」
「また暇な日々の始まりかぁ……」
「大尉。ベッファ全土のアンチセクターはあらかた殲滅されました」
パッドの画面に金髪の青年が映っている。背後にはぐしゃりと潰れた建物があった。
「そうか。マッセンは?」
「排除しました」
その言葉に外をボーッと眺めていたオルジャーニは思わず浅黒い肌の指揮官に向き直った。
「今、何て?」
「そうか。後は自治政府軍の部隊に任せてお前たちは撤収しろ。ここからは彼らの仕事だ」
「了解しました」
通信を切った浅黒い肌の男は茫然としているオルジャーニの方を向いた。
「あんたが組織を売った結果だよ。後悔してるのか?」
「…………」
オルジャーニは瞑目して顔を足下に向けるが、ややあって涙を静かに流しながら答えた。
「……いや、良いんだ。俺の知ってるマッセンは、もうずっと前に死んじまってたんだ……」
惑星ベッファで
「かの組織の創設者であるオルジャーニ氏は我々との司法取引に応じた」
ホログラムスクリーンの中で金髪碧眼の
「氏は確かに連邦の体制に反対する組織を立ち上げ、その構成員たちは暴力の破壊の限りを尽くした。だが、氏は善良な連邦市民を巻き込む事に疑問を持つ良心をその胸中に残していた。我々に組織の『解体』を申し出たのがその証左である」
その男は無表情だったが、朗々とした口調で堂々と話すので、記者たちは無意識のうちに男の話に耳を傾けていた。
「氏の所業は確かに許されるものではない。しかし氏は我々に対し誓いを立てた。いかなる罰も受ける覚悟があると。……我々は氏の誠意に対し、正当な法の裁きによってそれに報いる事にする。これが我々の正義であり、管理的民主主義の正義であるからである。差別も理不尽も無い、公正な法により──」
リズベットがボタンを押すと、ホログラムスクリーンがかき消えた。
「……お仕事お疲れ様。といっても、あなたたちは何やら話したい事があるそうだけど」
眉をひそめる二人を見上げながらリズベットは余裕たっぷりといった様子で頬杖をつく。
「はい。本当に申し訳ない事だと思っていますが、この会社での活動を辞めさせていただきたいのです」
リズベットは何も答えずただ頷いて話を続けるよう促した。
「こう言っては何ですが、明らかに今回の仕事内容はPMCの活動範囲を逸脱しているように思えるのです。テロ組織のトップを、たった二人で確保するというのは……。それに、我々は実績証明書に記載出来る『成果』を作る為にここに入った訳で──」
「つまり、「思っていたのと違う」って言いたいのね?」
心中を見透かされていた二人は一瞬だけ動揺を顔に浮かべた。
「ええと、その……」
「……先輩の言う通りだったわね」
「は? 今何と──」
「悪いけど、あなたたちを辞めさせる訳にはいかないわ。何せ、テストに合格したんですもの」
リズベットのその言葉と、今まで見たことも無いような不気味な笑顔にアルベルトとエリーゼは不信感を一気に募らせた。
「こんな都市伝説を知ってる?」
二人の様子など気にしていないかのようにリズベットは口を開く。
「公安局内には反連邦主義者や独立を図る惑星政府を抹殺対象とする非正規の特殊部隊がある、っていう」
「知っています。どこでも話されているような与太話ですね」
二人がその『都市伝説』を知ったのはパイロット養成学校にいた頃である。ノイエ・ベルリン防衛隊組の中でも群を抜いて社交的なヴィリは、アルベルトたちとの話のネタを探していつも校内を駆け回っていた。『公安局内に存在するといわれる非正規特殊部隊』という話もヴィリが仕入れた話の一つであり、荒唐無稽と思いつつ、「高圧的な公安局ならありそう」と冗談を飛ばして笑い合っていた事をアルベルトは思い出した。
「それがどうしたって言うんです?」
エリーゼの棘を隠さぬ物言いにも動じずリズベットは続けた。
「もしもだけど、そんな都市伝説紛いの部隊が存在してて、実際に活動しているとしたら……そしてそんな部隊の一員に選ばれたとしたら、あなたたちはどうする?」
「ちょっと、ふざけてるんですか?」
笑みを絶やさないどころか、ますます不気味に微笑むリズベットにエリーゼは恐怖を覚える。笑顔の圧に押され、思わずアルベルトの腕に抱きついた。
「あら、私が怖いの? いつも彼にわがままな事ばかり言っている貴女にも怖いものがあるのね」
「……っ。何で……」
「何で知ってるかって? ……そりゃあなたたちの事をずっと監視していたもの」
リズベットが机の上のボタンを押すと、アルベルトとエリーゼの動向を写した写真が次々と現れた。二人が地球で観光している様子や、エリーゼがベッファ独立派の追っ手と銃撃戦を行っている一部始終、更には二人がベッドの上で行為に及んでいる写真までもがあった。
「?!」
「まあこれだけじゃ脅しの材料としては弱いのよね。だから、あなたたちの親類についてもいろいろ調べさせてもらったわ。……ねえアルベルト君、妹ちゃんは元気かしら?」
一秒もかからないスピードでアルベルトは拳銃を抜いた。リズベットの額に突きつけ、あと少し力を加えれば銃弾が発射される程にまで引き金を引き、怒りに目を見開かせながら言葉を紡いだ。
「お前……オリヴィアに指一本でも触れたら……」
「お前? ──ふふっ、上官に向かって随分と生意気な物言いね」
突如アルベルトとエリーゼの背後のドアが開き、一人の人物が入ってきた。その人物を一目見た二人は思わず息を飲んだ。
「え……?」
「アルベルト、その辺にしておけ」
そこに居たのは、アルベルトとエリーゼの上司であるオットー・シュタインドルフ保安部長だった。やる気が無く、あくびをこらえているようなくたびれた表情が嘘のように、その青い瞳は鋭く二人を捉えていた。
「何で……」
「フフッ……アハハッ! 二人とも、とっても良い顔してるわね。その顔大好きよ」
「そうやって人を嗤うのは好かんな」
「もう~、そんな顔しないで下さい先輩。冗談ですって」
どこか冷たい印象を与えていたのが嘘のようにリズベットが頬を赤らめたのを見てアルベルトとエリーゼは更に驚く。
「先輩……?」
「リズベットは私の一年後輩だ。士官学校でのな」
「士官学校……」
言葉の意味を飲み込んだアルベルトは、先ほどのリズベットの発言を思い出した。
──上官に向かって随分と生意気な物言いね
「え。まさか」
「あ、私一応連邦軍少佐だから」
自分を指さし意地の悪い笑みを浮かべてリズベットは言った。
「少佐?!」
「ホントに上官なの?!」
「そうよ」
「何でこんな場所でPMCなんかを……」
「あら、これはいわゆる隠れ蓑ってやつよ。本当の所属を隠す為のね」
「本当の所属……。まさか、さっきの都市伝説の──」
アルベルトがそう言いかけた瞬間、部屋の灯りが消え、完全な暗闇に包まれた。
「えっ?」
「ちょっと何?! アルベルト?!」
アルベルトとエリーゼが動揺し抱き合うと、リズベットの背後にホログラフィックモニターが現れた。巨大なモニターには黒革のリクライニングチェアに座った男が映っている。
二人はその男の姿を見て驚愕する。撫で付けた金髪にサファイアの輝きの如き眼光を放つ瞳。彫刻のように整った目鼻立ちと、頬をほんのわずかに上げる笑みは幼気な少女から妙齢の貴婦人までもを魅了するに違いない。その人物こそ、連邦軍公安局長官、ベルンハルト・ハイドリヒ大将であった。
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