11.第38独立特務作戦群
ワープ航法が確立されてから二百年後の三三〇〇年代、銀河に存在していた数ある星間国家が統合され、『銀河連邦』が成立した。それまで存在していた国家は全て解体され、全ての可住惑星には高度な自治権を有する
だが、時代が進み中央政府の力が増大していくにつれ各惑星の住人の中に不満を持つ者が現れ始めた。特に辺境領域やそれに近い位置に属する自治政府は、地球に置かれた中央政府に対し反抗的な態度を取るようになっていった。
対立はゆっくりと、しかし確実にエスカレートしていった。そして遂に西暦四一六五年、辺境領域のソルトーヌ星系第二惑星ルネスパニアを中心に結成された反連邦派勢力が『銀河自由同盟』を名乗り、連邦に対する武力反乱を起こした。
銀河は半世紀以上に渡って二分された。銀河連邦は正規軍の質においては銀河自由同盟に勝っていたものの、参加惑星の多さを強みに物量戦を仕掛ける同盟に劣勢を強いられた。最初の二十年間は同盟側が勝利を重ね、四一九○年代には地球進攻までもを視野に入れられる程勢力を拡大させていた。
しかし四二〇〇年代に入り、連邦が新型兵器『拡張戦闘機』──通称EFMを実戦に投入してから戦局は一変した。人の形を模し、各所に武装を装備出来る汎用性、宇宙空間であれば一秒で亜光速に到達する高性能スラスター、そして新素材『ジェルライト合金』を使用した装甲を持つEFMは同盟軍をことごとく撃ち破り、連邦は怒涛の勢いで反攻作戦を進めていった。
戦争は四二一六年に同盟の本拠地ルネスパニアに惑星破壊爆弾が投下された事で終結した。同盟側に参加していた自治政府は次々と降伏し、少しでも連邦に従わない意思を見せた惑星にはルネスパニアと同様に爆弾が投下された。結果戦争で連邦は一千億の人口と五つの可住惑星を失い、手酷い傷を癒す長い長い療養期間に入る事になる。
「……ですがかつて同盟に属していた脱走兵たち、もしくはその思想に共鳴する危険因子は戦争後も根強く残り続けました」
突如としてホログラフィックモニターに現れた公安局長官ベルンハルト・ハイドリヒは、アルベルトとエリーゼに挨拶を述べた後、いわゆる『アンチセクター』と呼ばれるテロリストたちの起源を説明し始めた。ハイドリヒからすればアルベルトとエリーゼは遥か下に位置する部下の一人に過ぎない存在であったが、ハイドリヒはあたかも対等であるかのような慇懃無礼さを全く感じさせない敬語で話していた。
「彼らは同盟が目指していた自治政府解体を叶えようと様々なアプローチを始めました。政治家を通じて民主的な方法で自治政府制に異議を唱える者。市民団体を創設してデモやポスター活動で啓蒙しようとする者。……或いは武力闘争によって無理やりに実現させようとする者」
アルベルトとエリーゼはベルンハルトが最後の言葉を発する時、わずかだが不愉快そうに唇が歪んだような気がした。
「特に悪影響が大きいのは最後の武力テロを起こす連中です。彼らは自らの主張に基づいた正義感に突き動かされて暴力行為に及びます。その根底にあるものは様々ですが、手段を選ぼうとしないという点で先ほど話した前者の二つより遥かに悪質なのです」
テロはほとんど日常茶飯事に起きていた。ニュースを見ればどこかの惑星で政治家が襲撃されたとか、政府施設で爆弾が炸裂したとか、治安部隊とテロリストが銃撃戦を行ったといった話題が一週間に一度はピックアップされていた。
「もはやテロは日常のものとなり、その事後対応だけでは被害をカバーしきれない。そんな考えを持つ人々によって組織されたのが、クロンティリスやシュタインドルフが所属している『第38独立特務作戦群』です」
「第38……?」
「そんな部隊聞いた事無いわ」
ベルンハルトの言葉に二人は首をひねる。
「聞いた事が無くて当然ですよ。何せ第38独立特務作戦群は非正規部隊なんですから」
「非正規……えっ」
「違法って事?」
「現行の統合軍法に基づけばそうです。この部隊の存在を知っているのは連邦首相と内務大臣、そして私を含めた一部の統合軍将官だけです」
「首相が存在を認知してる?」
「首相が創設したって事でしょ」
「正確には前の首相が創設メンバーの一人となっているのですよ、エリーゼ・ブライトクロイツ少尉」
(普通にエリーゼのフルネームを……。何もかもお見通しって訳か)
アルベルトは自分の予感が的中した事を悲しんだ。勿論表情には出さなかったが、後悔と苛立ちが彼の心中で渦巻いていた。後悔はPMC活動を始めた事であり、苛立ちはそんな活動に自分を誘ったエリーゼに向けられていた。しかしこれまでの道程を精査すると、責任の所在がエリーゼだけにある訳では無いというのは明白である。やがてアルベルトの心中には行き場の無い後悔の念だけが残った。
「それで、そんな部隊が私たちに何の用なんです?」
エリーゼとて馬鹿ではない。モニターの中の人物が自分とアルベルトに何を求めているかは分かりきっていたが、この一方的な状況に屈辱感を覚えて反抗心が出てしまったのである。
「おや、分かっていない訳では無いのでしょう?」
「……我々に独立特務作戦群の一員になれ、と?」
「ご名答。しかし正式名称は長く形式ばっていて言いにくいですね。ここからは通称で部隊名を言う事にしましょう。──『ランツクネヒト』と」
ベルンハルトの言葉にアルベルトは小さく溜め息をついた。
「……なるほど。という事はこの会社に『従業員』なるものは存在していないのですね」
「その通り。前に私が言ってた傭兵は架空の存在。ここは非正規部隊ランツクネヒトに入隊する為に幾つか設けられた窓口の一つってとこかしら」
アルベルトに訊かれたリズベットは愉快そうに答えた。
「……その、一応聞きたいんですけど、拒否権なんてものはあるんですか?」
「…………はい?」
アルベルトはエリーゼの質問がベルンハルトの逆鱗に触れたのかどうかは分からなかったが、明らかに声音が一層冷たくなった事に気がついた。
「それは冗談ですか? それとも本気で言った質問ですか?」
「え……? あ……その……」
ベルンハルトの冷たい詰問と刺すような視線に蟻走感を覚えた。
「……冗談じゃ、無いです……」
「そうですか。それならよろしい」
ベルンハルトは態度を軟化させたが、二人はこの男を怒らせたら大変な事になるという事を肌で感じ取った。
(拒否権ないの? 私一応大企業の令嬢なんだけど……)
(有無を言わせるつもり無しか……)
二人は目配せして互いの意思を確認した。自分たちに選択肢が無い事、拒否したらどうなるか分かったものではない事、何より自分たちと近しい者に危害が加わる可能性がある事を二人は知悉していた。そもそも公安局のトップがわざわざ姿を見せている時点で「入隊は決定事項だからな?」と言っているようなものである。二人は覚悟を決めた。
「……分かりました。私たちは軍人です。命令とあらば従わざるを得ません」
アルベルトが言うとベルンハルトはわずかにリクライニングチェアを動かした。
「よろしい。懸命な判断です」
「でも、一つ条件が」
一歩前に進んだアルベルトにエリーゼは動揺する。
「ちょっと、ここに来て変な事口走ったら──」
「妹の……オリヴィアの身の安全を保証して頂きたいのです。でなければ入隊しません」
「アルベルト!」
「駄目なら私はここで中佐と少佐を殺して逃亡します。どんなに非合理的な事だってやってやります」
アルベルトの言動に我慢ならなくなったリズベットが立ち上がって拳銃を抜いた。
「貴方、それは長官の命令に対する反抗よ?」
「ヒッ」
「これだけは譲る気はありません。撃ちたければどうぞ」
「待って! 私は?! これ確実も私も一緒に撃ち殺されるわよね?!」
白銀の拳銃を突きつけられエリーゼはパニックに陥っていた。しかしそんなエリーゼなど些事だと言わんばかりに話は進む。
「……そうなると、妹さんはどうするのです? 確実に総合養育センター行きですよ? あそこの環境は理解していると思いますが」
「大丈夫です。私の養育権を引き継ぐ人物がいますから」
「……」
ベルンハルトは一瞬何かを考え込むように顔をもたげると、片手を上げてリズベットに命令した。
「銃を下ろしなさい」
リズベットは即座に命令に従う。オットーが安堵したように静かに口笛を吹いた。
「それくらいの条件なら飲んであげましょう。何より貴方も我々と同類ですしね。……我々と同じく、アンチセクターに大切な人たちを奪われた者だ」
アルベルトの唇が一瞬だけひきつった。
「前中央政府内務大臣、ジェラルド・ハルトヴィヒの遺児。アンチセクターへの報復の為に結成されたランツクネヒトにふさわしいと思いませんか?」
「……つまり何です? 私が復讐を望んでいると思っているのですか?」
エリーゼはパートナーの表情に陰鬱な影が差している事に気づいた。
「そうとは言っていません。ですが、分割相続の名目で親族から両親の財産を取られ、妹さんの養育権を押し付けられて生まれた家を追い出された貴方の心中は察するに余りあるというものです」
「……」
「そこで忘れてほしくない事があるのです。我々はアンチセクター殲滅の為に結成された部隊です。ですが、アンチセクター殲滅を大義名分に無関係な市民を巻き込む事は許されません」
「要するに任務遂行の為と言って無駄な犠牲を出すのは認められないという事ですね?」
「そういう事です。ランツクネヒトは非正規部隊ですが、所属しているのは統合軍の軍人です。連邦市民の盾となる理念は忘れてはいけません。その事を肝に命じていただきたい」
この言葉にアルベルトはまるで侮辱されたかのような感覚を覚えた。
「私は復讐鬼などではありません! 長官は私がアンチセクターに復讐したいが為に軍に入ったと仰るので?!」
「そうとは思っていませんよ。ですがそこまで言うなら私も安心出来るというものです。中にはアンチセクターへの憎悪に支配される者もいますからね。……さて、私はここでお
「三人……?」
「それってまさか──」
ベルンハルトは答える事なくホログラフィックモニターから消えた。照明が点き、部屋が元の明るさに戻ると、リズベットはゆっくりと執務椅子に座った。
「全く。どうなるかと思った」
「それはこっちの台詞ですよ」
「ごめんなさいね」
「ところで、仲の良い三人というのは……」
エリーゼの言葉にオットーが頷く。
「まあ、そういう事だ。お前たちの同期であるヴィリとクララとルーファスもランツクネヒトに編入される」
「それは私たちの事を慮った人事なんです?」
「あ、いや、元々お前たちはランツクネヒトの補充要員としてリストに登録されていたんだ」
「リスト?」
「ランツクネヒトに損失が生じた時にすぐ新しい人員を送れるようにするためのな。一定の実力を持ち、思想的に問題無い軍人を長官自らが選定してる」
「じゃあ私たちは長官のお眼鏡にかなう人材ってわけですね!」
「EFMを乗りこなして、更にスパイの真似事も出来るなら……まあ有用な人材だと言えるだろうな」
「いえ~い」
ハイタッチしようとするエリーゼをあしらい、アルベルトはオットーに訊ねた。
「それで、オリヴィアの事なんですが……」
「ん? ああ、安心しろって。長官は何でもかんでも覚えてるタイプだから。約束を反故にするなんて事はしないよ」
「そうですか……」
胸を撫で下ろすアルベルトにリズベットがからかうように言った。
「そんなに妹ちゃんが好きなのね。シスコンってやつ?」
「シスコンどころじゃ無いですよ。きっとオリヴィアちゃんが死んだらその後を追うに違いないわ」
「それはさすがに……」
「ああ。葬儀の後に拳銃自殺するよ」
エリーゼの冗談を笑おうとしたオットーを遮ってアルベルトが断言した。
「え……ヤバ……」
「……そうか。……何て言うか、愛が重いな……」
「そうですかね? 普通だと思いますが」
「普通じゃないわよ。ほら、目がキマッちゃってるじゃない。さっさと正気に戻って」
アルベルトの頬をエリーゼが叩く。
「痛っ?! 何すんだ!」
「もうちょっと私にも注目しなさいよね。全く、油断も隙も無いんだから……」
「仲が良くて何よりだ」
「ええ。これならあの機体が任せられます」
二人がイチャイチャしている様子を見てオットーとリズベットは頷いた。そしてオットーは窓の外の喧騒を眺めながら遠い目で呟くのだった。
「また忙しくなるなあ……」
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