12.編入
中央・辺境に関係無く、銀河連邦には放棄された人工天体やステーションが数多く存在する。第38独立特務作戦群『ランツクネヒト』は、その一つを拠点としていた。
灰色の艦が、表向き放棄されたリゾート衛星の港に近づいている。艦は衛星と比べると遥かに小さく見えた。
「この衛星はおよそ半世紀前までは活気に満ちていたんだが、反乱戦争の折に反連邦派のテロで生命維持装置が破壊されてからずっと放置されていたんだ」
ガイド役を務めるのはオットー・シュタインドルフ中佐である。彼の後ろに控えていた集団の一人が金髪をなびかせながら手を挙げた。
「はーい質問。リゾート施設としての機能はどの程度残ってるんですか~?」
エリーゼだった。パートナーの無遠慮にアルベルトは眉をひそめる。
「おい。中佐が話してる途中だぞ」
「良いさ。そうだな、半分程度が修復されてて、プールや劇場ホールなんかがあるぞ」
「本当?! ねえねえ、一緒にプール入ろ! 良いでしょ?」
「……全く、他所でやってくれないか」
うんざりしたような口振りで言ったのはルーファスであった。人差し指で眼鏡の位置を調整しながら溜め息をつく。
「エリート部隊の仲間入りが出来たと思ったら、うるさいお嬢様がおまけに付いてきたんだから……」
「何よ、別に良いじゃない。私とアルベルトはいっつもこんな感じだもんね?」
「話を振らないでくれ」
「ちょっと! そこはフォローする所でしょ?」
「相変わらずラブラブだな」
「まさか戦場でもこんなイチャイチャしてたって言うんじゃないでしょうね」
囃し立てるヴィリに対しクララは疑いの目をアルベルトに向けた。ヴィリ、クララ、ルーファスもアルベルトとエリーゼ同様ランツクネヒトに転属されていた。五人ともがランツクネヒトの補充兵リストに名前が記されていたのである。ランツクネヒトの存在をオットーから語られた三人は当初動揺したものの、反連邦派や無法者に対し攻性に対処するエリート部隊だと知った三人はすぐに転属を受諾した。三人とも連邦市民を守るという目的を持ってEFMパイロットになった為、断る理由は無かったのである。
「皆さん仲がよろしいようで羨ましいですわ」
五人の喧騒を眺めていたアルベルトの妹オリヴィアが呟いた。オリヴィアは民間人だったが、オットーの取りなしで特別に艦橋に上がっていた。
「オリヴィアちゃんもこっちに来たら良いのに。ほら、もうすぐ港に入るわよ」
クララがオリヴィアの手を取って正面の窓の近くにまで連れていく。一同は無骨な艦ドックの威容に圧倒された。アルベルトたち五人はノイエ・ベルリンのEFM格納庫などを見ていたが、オリヴィアは初めて見るEFMや艦船に目を奪われていた。
「あれがお兄さんも乗ってるEFMですか?!」
「そうだよ。あれがEFMの武装類だな。右からプラズマライフルにミサイル、腕部バルカン砲弾薬、エネルギーサーベル……」
「優しいお兄ちゃんじゃない」
オリヴィアの指さす物を優しく教えるアルベルトの後ろ姿を見ながらクララが言った。
「下の弟妹に優しくするのは当然だろう」
「妹も弟もいないクセに偉そうね」
「僕は一般論を言っただけだ!」
「お互い突っかかんなって。オリヴィアちゃんはアルベルト唯一の家族なんだから、大切にしたいよな……」
「……ふん」
「おいルーファス」
不意にアルベルトがルーファスを呼び掛けた。予想外の声かけにルーファスはあからさまに動揺した。
「えっ、あっ、何?」
「オリヴィアが可変速ライフルの説明をしてほしいんだってさ」
「はあ? そんなのお前でも出来るだろうが」
「こういうのは実際に使ってるやつの方が詳しいだろ」
「少し気になるんです」
自分を見つめるオリヴィアの純真な瞳にルーファスは耐えていたが、遂に観念してアルベルトの隣に立って説明を始めた。
「可変速ライフルはその名の通り発射体であるプラズマの発射速度を変えられるライフルだ。発射速度を変える目的としてはその威力を調整するという意図があり……」
丁寧な解説をするルーファスを見てエリーゼは思わず唇を緩めた。
「これってツンデレってやつ?」
「ま、ルーファスも悪いやつじゃねえしな」
「異様に負けず嫌いな所が玉に瑕だけど」
「おい、そこ! 全部聞こえてるからな!」
艦が港にドッキングされる。タラップから降りる一同をリズベットが待ち構えていた。
「一週間の長旅ご苦労様。この場所を知られる訳にはいかないから、ワープ回数を極力減らした航行だったの。──あっ、お帰りなさい、先輩」
アルベルトたちに冷たい口調で説明したリズベットだが、オットーの姿を認めた途端に頬を赤らめた。
「先輩の部屋はちゃんと私が掃除してましたよ?」
「えっ? 別に頼んでないが……」
「もう~、頼んでなくてもやりますよ♡」
「……」
オットーは一瞬溜め息をつきそうな仕草をしたが、すぐに改まって口を開いた。
「……ああ、ありがとう」
「どういたしまして。──ちょっと。何ボーッとしてるのよ。さっさと荷物を置いてEFM格納庫に集合なさい」
オットーにデレデレな自分を見て呆気にとられているアルベルト一行にリズベットは冷たい声音で命令した。一行は静電気を浴びたように身体を震わせて驚くと、そそくさとその場を後にした。
「アルベルトの言ってた通りだな。中佐にだけ優しいってのは」
「しかもあんなヒラヒラしたドレスを身につけて……。僕のご先祖様のようだ」
「でもあのドレス、よく見ると階級を表す肩章が付いてたわ。制服の規定が明確じゃない部隊だから、自由にカスタマイズする事が許可されてるんじゃない?」
「え、何? まさかクララ、ドレスみたいな制服にしたいの?」
「そういう訳じゃ……」
「お、あんときの二人じゃねえか!」
突然浅黒い肌の男が金髪の好青年を引き連れて五人の前に現れた。
「貴方はあの時の……!」
「え? 誰だっけ?」
「おい! オルジャーニを公安に引き渡す仕事で会った回収部隊の指揮官だろ! 記憶力どうなってんだ。あれからまだ一月も経ってないぞ!」
「ハハハ! ツッコミにキレがあるねえ。あの時は自己紹介してなかったからな。俺はアリュ・ムエンダ。シュタインドルフ中佐麾下の陸戦部隊で隊長をやってる大尉だ。で後ろにいるコイツはエトナ・アントワーヌ。中尉で部隊の副隊長だ」
二人の階級を聞いた五人は即座に敬礼し、アリュもエトナも返礼する。
「任務で一緒になる事もあるだろう。これからよろしくな」
「よろしく」
陽気に手を振って立ち去るアリュたちに敬礼しつつルーファスが言った。
「陽気な特殊部隊員というのはあの人の事か……」
「良い人ばっかじゃねえか! ちょっと緊張してたのがバカみたいだぜ」
「そう? 昨晩は「怖い士官が居ないか不安で眠れねえ……!」って言ってたクセに……」
クララがルビーのように美しい髪を指で梳かしながらヴィリに言った。
「それは言わない約束だろ!」
五人は雑談を交わしながら共に住むシェアハウスに向かった。そこでは先に到着していたオリヴィアがキッチンでアルベルトを待っていた。
「お兄さん! 前のお家よりも性能の良い調理器具がいっぱいです!」
「良かったね。美味しい料理を沢山作ってくれ」
「はい!」
「オリヴィアちゃんの料理ってどうなの?」
「そこらのレストランに行くよりはオリヴィアちゃんのを食べた方がずっと良いわね?」
ヴィリに訊かれたエリーゼはまるで我が事のように胸を張った。
「そうね。オリヴィアちゃんの料理を食べるとそこらのレストランでの料理を食べる時物足りなく感じちゃうもの」
「それは同感だな」
「えっ? 何でお前らさも食べた事がある体で喋ってんの?」
エリーゼの言葉を首肯するクララとルーファスにヴィリは戸惑う。
「言ってなかったっけ? 前に貴方が戦闘で負傷してノイエ・ベルリンの病院に軟禁されてた時に、オリヴィアちゃんの料理をご馳走してもらったって」
「聞いてないんだが?!」
「スーパーで手に入るような食材と調味料で作られたとは思えないクオリティ……。基地の食事がどんなに不味いかを痛感させられたよ」
「そんなに?! なら教えろよ!」
「そうか。あの時はあまりに美味しすぎてヴィリには内緒にしておこうという話になったんだったか」
「差別! それ普通に差別だろ! 俺が医者を説得していた時にお前たちは幸福な時間を共有してたってのか?!」
「そもそも脚を複雑骨折してるのに平気な顔して腹筋トレーニングをしようとした貴方がおかしいんでしょ。お医者様は貴方を拘束具で動けないようにしたって聞いたけど、正しい選択だわ」
「ぐぬぬ……オリヴィアちゃん! 今日の夕食は肉料理にしてくれ!」
「えっ? ああ、はい。じゃあ鶏肉のオリーブ煮はどうでしょうか?」
「それで決まりだ!」
ヴィリは目を輝かせてピースサインした。
「歓談中ノトコロ失礼シマス。クロンティリス少佐ガEFM格納庫デオ待チデス」
ずっと沈黙を守ってついてきていたCTー2340が唐突に口を開いた。六人の頭上を小型ドローンになって飛び回っている。
「ちゃんと行くから急かすなよ」
「でも何で格納庫に行かなきゃ駄目なのかしら」
さりげなくアルベルトの腕に抱きつきながらエリーゼは疑問を口にした。
「……! ひょっとして、僕らの乗るEFMを披露する為じゃ……」
「は? 俺たちが乗るのはアベレージだろ」
「そういう事じゃなくて、もしかして別のEFMが用意されてるのではと……」
「別のEFM?」
「ハッ! つまり俺ら専用機って事か!」
「え~? ランツクネヒト仕様のアベレージを紹介するってだけなんじゃ……」
ヴィリの予想は概ね当たっていた。ただ一点だけが間違っていたのである。
「あなたたちに来てもらったのは他でも無いわ。ノってもらうEFMを見てもらおうと思ってね。……複座式の」
ライトの光が三機のEFMを照らす。アベレージは直線的で硬質なデザインだが、この三機は鋭角的でスタイリッシュな印象を五人に抱かせた。
「EFMーT18R『メンズーア』。技術試験機を改修して建造された強襲型EFM。全高は十八メートル。標準武装としてエネルギーサーベルを二基搭載していて、脚部には隠し刃も付いてるわ。牽制用に装備されている腕部バルカン砲の弾はケースレス弾じゃなくてエネルギー弾。最悪手持ちの武装を破壊されても戦えはするわね」
ある種の禍々しさを感じるほどにシャープなその機体は、量産機体には無い機能美があった。金色のエングレービングでかたどられた公安局のマークが付いた胴体部分が鋭利に突き出し、その姿は一同に鷲や鷹を想起させ、畏怖の感情を与えた。
「ちなみに左腕シールドは実体とエネルギーの二種類が付いてるわ。実体シールドの下にエネルギーシールド発生装置があるの。機動性は既存EFMの三十パーセント上。補助機能でしかなかった反重力ユニットを全面的に採用して、重力下で制止する際は推力剤を消費しないようになったわ」
「すげえ……」
ヴィリがそう言ったきり、五人はしばらく黙って機体を眺めていた。今まで自分たちが乗っていたアベレージとかけ離れた見た目を受け止めるのに時間が掛かったのである。
頃合いを見計らい、リズベットは咳払いをして話を続けた。
「さて、そんなメンズーアだけど、その高性能が災いして一人の神経接続では情報が処理出来ず、脳がオーバーヒートしちゃうの」
「だから複座に?」
「そうよ。計算上、一・八人分の演算処理が必要だから、二人同時に接続すれば良いって寸法よ」
「はあ……」
「あなたたちには二人一組でこのメンズーアに搭乗してもらって、そしてアンチセクターと戦ってもらうわ!」
アルベルトたちは顔を見合わせた。ここにいるのはリズベットを除くと五人しかおらず、一人足りない。
「あら、「一人いないじゃないか」って顔してるわね。安心なさい。六人目はこっちで用意してるから」
リズベットの背後に二人の人物が現れた。一人は初老の男性で、丁寧にアイロンがかけられたとおぼしき綺麗な白衣を着ている。だがその顔はどこかやつれていて、白色が混じったその髪がいっそう『寂れた人物』という五人の印象を際立たせた。もう一人は濡れたように艶やかな黒髪の少女で、ゴシックロリータ衣装に身を包んでいる。ボタンを目に見立てたクマのぬいぐるみを抱きしめ、金色の瞳は眠そうにまどろんでいる。わずかに首を傾げると、サイドテールにしている紫がかった黒髪がわずか揺れた。
「白衣の人はイザイア・トデスキーニ博士。ランツクネヒトの技術研究主任よ。でこっちの可愛い女の子はヒオリ・ハリアン。准尉でEFMのパイロットよ」
「よろしく」
「ん……」
疲れた笑みを浮かべるイザイアに対し、ヒオリはわずかに声を出しただけだった。
「貴方にヒオリのパートナーを務めてもらうわね」
リズベットはルーファスを指さし、ルーファスもまた自分を指さして驚愕した。
「僕っ……自分ですか?!」
「いや、この機体は二者の神経接続だから相性ってものがあるんだけど、五人の中でヒオリと相性が一番良いのは君なんだ。まあ一番といっても潜在思考疎通率は七十四パーセントだから、少し調整する必要はあるけど……」
「は? ちょ、調整ですか? すごく不穏な響きなんですけど、安全ですよね?」
「…………。……明日の十時までに来てくれ。それまでに機材の準備を済ませておくから」
絶妙に長い沈黙。イザイア博士はルーファスに明日の予定を伝えると、質問は受け付けないと言わんばかりの早歩きで立ち去った。
「いや、博士?! せめて概要だけでも──!」
「……ご愁傷様。取りあえず死なないように祈ってるわ」
愉悦で唇を歪めたエリーゼがルーファスの肩に手を置き励ました。
「ふざけるな! 何で僕だけ明らかにヤバい目に遭わなきゃならんのだ!」
「しょうがないじゃないか。俺たちはヒオリちゃんと相性が悪いんだから」
肩をすくめながらアルベルトが言った。
「私たち相性ピッタリなんだって♪ 嬉しいわね、アルベルト」
「……」
「もう! 顔を背けないで!」
「まあ……その、何だ。……頑張れよ!」
イチャイチャし始めたアルベルトとエリーゼをよそに、何を言っても励ましにならないだろうと悟ったヴィリは取りあえずといった様子でピースサインした。
「クソ……少しでも痛みを感じたら人権侵害で訴えてやる……」
「まあ、痛いだろうけど死ぬような処置じゃないから安心なさい。じゃ、五人ともヒオリと仲良くしてね。同じシェアハウスに住むんだからね」
「痛い? 今痛いって言いました? 少佐?」
リズベットは優雅に手を振って去っていった。残された五人とヒオリの間に微妙な空気が漂う。アルベルトはルーファスの肩を小突き、「お前のパートナーだぞ」と無言の圧力を掛けた。
「僕……?」
他の三人も「お前が先に挨拶しろと」目で訴える。観念したルーファスは意を決して不思議な雰囲気を漂わせる少女に話し掛けた。
「……。あー、僕はルーファス。ルーファス・ボーン・フリンツァーだ」
手を差し出したルーファスを、ヒオリはしばらく観察していた。博士の時のような沈黙が流れた後、ヒオリはボソリと呟いた。
「…………地味」
ルーファスの愛想笑いが崩れた。差し出した手を握り拳に変えて振り上げた彼をヴィリが抑える。
「友好的に接したのにその態度は何だ?! どんな教育を受けたんだ?!」
「落ち着け!」
「これは毎日が楽しくなるわね」
「お前ホント良い性格してるよ」
キレ散らかすルーファスを眺めながら笑みを浮かべるエリーゼを見て、アルベルトは
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