13.編入 part2

 ヒオリを連れ帰った一同は、待っていたオリヴィアに彼女を紹介した。部屋割りを決めた後、一同は各々に役割を分担して作業を始めた。

 エリーゼとクララがオリヴィアの指示を受けつつ夕食の用意の手伝いをしている間、アルベルトとヴィリは荷解きをしながらヒオリの対応に苦慮するルーファスを眺めていた。


「准尉? 夕食前だからあまりお菓子を食べるのは推奨出来ないというか、その……」


 設置したばかりのソファーに居座り、設置したばかりのテレビを見始めたヒオリからポテトチップスを取り上げたいルーファスは、必死に言葉を繕っていた。


「その大きめの袋の中身を全部食べるつもりなのか?」

「……」

「悪いことは言わないからもう止めなさい。──おい! ジュースの蓋を開けるな! 聞こえていないのか?!」


 意に介さずといった様子でコーラを飲み始めたヒオリにルーファスは声を荒らげる。が、すぐにハッとして咳払いをし、優しい口調で喋り始めた。


「食事前の間食は身体に悪い。女性なら……あー、スタイルにも影響が──」

「私の胃は人工胃で、いざとなれば一瞬で内容物を消化出来るから良いの」 


 そう言ってまたポテトチップスを食べ始めたヒオリを見てルーファスは頭を抱える。


「もう駄目だ……。どうすれば良いか分からん」


 アルベルトとヴィリは同情の念を禁じ得ないといった様子で互いの顔を見合わせた。


「男子どもー! 夕食の用意が出来たわよー!」

「ヒオリちゃーん? 夕食が出来たよー!」


 名前を呼ばれたヒオリはテーブルにポテトチップスを置き、手を拭いてクマのぬいぐるみを抱き寄せると、早足で女性組の方に向かった。


「な……?! 僕の時はほとんど無視だったのに……!」

「……もしかすると、名前で呼んでほしいのかもな」

「え?」

「いやだって今、名前を呼ばれた瞬間に手が止まったじゃないか」


 アルベルトの推察を聞いたルーファスは顎に手を当て考え始める。


「……これからやっていけるのか……?」 


 夕食は終始和やかな雰囲気で行われた。一口食べる度に「美味い!」と叫ぶヴィリをクララがたしなめ、アルベルトは両側に陣取った妹とパートナーに鶏肉を口に押し込まれ、ルーファスはヒオリにナイフとフォークの扱い方を懇切丁寧に教える構図が展開された。そうこうしているうちに壁面映像は夜になり、月が居住区を淡く照らす時間帯になった。

 交代でシャワーを浴び、明日の準備をしているうちに就寝時間がやって来た。一同は各々の部屋に入り──アルベルトはオリヴィアを寝かしつけてから──眠りについた。




 機体の試運転は翌日の午後から行われた。午前中はルーファスがイザイア博士のいう『調整』を受けていたからである。

 片手で頭を押さえながら更衣室に入ってきたルーファスを見て、パイロットスーツに着替えていたアルベルトは声を掛けた。


「来たか。大丈夫か?」

「……予想してたよりは平気だ……」

「全然そうには見えないぞ?」


 ヴィリが甲斐甲斐しく肩を支える。


「よく分からないナノマシンを入れられて……ちょっと気持ち悪いだけだ……」

「聞く限りヤバいんだが?」

「──あっ、ルーファス間に合ったの。大丈夫?」


 着替え終わった女性陣がやって来た。震える手でシャツを脱ごうとしているルーファスを見てエリーゼは少し驚きつつも訊ねた。


「大丈夫。多分……」


 ルーファスは軽くえずきながらも答えた。そんな彼の様子を見てアルベルトはロッカーから錠剤を取り出した。


「酔い止め分けてやるよ」


 各々がメンズーアに乗った事を確認したオットーは司令室から一同に通信を行った。


「さて、今日からメンズーアの習熟訓練にあたってもらうぞ。お前たちの神経接続時のデータはトデスキーニ博士が取る。本番の時により完璧に近い連携が取れるようにな」

「私とアルベルトはいつでも完璧な連携が取れますよ。ね、アルベルト?」

「……」

「ねえ!」

「上は火器管制で、下が操縦関係ってとこか……」

「正しく完璧な連携が必要な機体ね。継戦能力と火力の向上ばかりに目を向けたせいで処理が複雑になるだなんて、本末転倒ではないですか?」


 操作系統のチェックを念入りに行うヴィリを見上げながらクララがイザイアに指摘した。博士は気まずそうな顔で弁明した。


「いや、まあ、そこはパートナーと息を合わせてもらうという事で……。必要に応じて調整もするから……」

「ルーファスと同じ目には遭いたくないな。真面目にやるか」


 調整、という言葉を聞いてルーファスの姿が脳裏に浮かんだアルベルトはそう言ってコックピット内に入る。


「じゃあ私が操縦ね。アルベルトは火器管制で!」


 アルベルトを押し退けエリーゼが下の座席に座った。


「大丈夫か? お前、操縦荒いだろ」

「女の子らしく繊細な操縦をしてあげるわ」

「どの口が……」

「雑談はそこまでだ。発進デッキに移動を開始しろ。……調子はどうだ、ルーファス少尉」

「絶好調です。それはもう」


 白い顔をしながらもルーファスは気丈に応える。


「なら良い。今回は付近の小惑星帯で武装の試射もしてもらう」


 三機のメンズーアがエレベーターを上がっていく。大きな音を立てて停止すると、果てなく広がる銀河世界への入口に到着していた。


「この発進直前のドキドキ感がたまらないのよね」


 髪をなびかせながらエリーゼが呟いた。髪を留めてヘルメットを被ると、発進準備オーケーの意でカメラにピースサインした。


「メンズーア・アイン(アルベルト、エリーゼ機)、ツヴァイ(ヴィリ、クララ機)、ドライ(ルーファス、ヒオリ機)の順で発進せよ」

「了解」

「了解! ──計器正常、各種武装安全装置の解除を確認。メンズーア・アイン、発進!」


 スラスターに火が点き、EFMは大海へと飛び出した。


「メンズーア・ツヴァイ発進」

「メンズーア・ドライ発進」


 残りの二機も次々と発進し、合流した三機は小惑星帯へと入った。


「エリーゼ! もうちょっと気を使って操縦桿を動かしてくれないか?」

「操作入力のレスポンスがアベレージよりも速くて……きゃあ!」


 アルベルトとエリーゼの乗ったメンズーアは間一髪で巨大な小惑星を回避した。


「確かに。ちょっと傾けただけでも敏感に反応するわね」

「慣れるのには時間が掛かるな……」


 操縦席に座っているクララとルーファスもエリーゼの言葉に同意する。


「だそうだ、博士」

「訓練後すぐに調整します」

「よし。もうすぐターゲットビーコンを付けた岩石が見えてくるはずだ。今日はそれをライフルで狙撃してもらう」


 小惑星に付いたビーコンが赤く発光し、自分の居場所を知らせていた。それらを発見した三機は停止し、すぐに射撃体勢に入った。


「誰から?」

「じゃあまずは私たちから。アルベルト!」

「はいはい」


 アルベルトは小惑星のビーコンに照準をロックし、操縦桿の引き金を引いた。

 エネルギーライフルから強力なプラズマが発射される。一秒も経たない速さで小惑星に着弾し、大爆発を起こした。


「すごい! 小惑星が粉微塵よ!」

「威力高くないか……?」

「ヴィリ、私たちも」

「おうよ!」


 ヴィリもすかさず引き金を引く。同様に巨大な岩石を撃ち砕き、エネルギーライフルはその破壊力を見せつけた。


「……」


 ヒオリも無言ながらヴィリに続いて射撃した。それから三機はオットーの指示の下、様々な大きさの岩石を的に射撃した。

 ターゲットビーコンの付いた小惑星が全て消滅すると、今度は自動操縦のEFMが相手の模擬戦闘に移った。


「ちなみに、敵のライフルの威力は実戦のと同じ出力にしているから、当たれば普通に死ぬぞ」

「ええっ?! こういう時は威力を下げておくのでは……?」


 オットーの取って付けたような警告にルーファスは動揺する。


「なあに、ルーファス? 怖いの?」

「……っ! 舐めるな金髪!」

「ルーファスを煽るな。当たって死ぬのは俺たちも同じだぞ」

「は~い」

「対EFM戦の操縦訓練には持ってこいね。行くわよ、ヴィリ!」


 メンズーア・ツヴァイが小惑星の陰から現れた自動操縦EFMに向かって突撃する。


「マジかよ!」


 パートナーの猪突猛進ぶりに驚きながらもヴィリは冷静に照準を定めた。


「食らえ!」


 メンズーア・ツヴァイの放った青白いプラズマは一機のEFMに見事命中し、EFMは爆散した。すぐ近くにいた別のEFMも掠めたプラズマで腕が千切れ、そのまま爆発した。


「掠めただけで……すごすぎるわ! こんな威力ならどんな敵でも一発ね!」

「そうだな……」


 はしゃぐエリーゼに上の空で答えながらアルベルトは一瞬考えた。──対テロ用の兵装にしてはやけに威力が高くないか? 仮にコロニーやステーションなどで撃てば確実に外壁に大穴が空くだろう。味方への誤射にも注意しなければならない。もし当たれば……。……正確無比な射撃を心掛けねば。


「じゃあ私たちも!」


 敵機の銃撃の中にメンズーア・アインが突っ込む。


「指定されたアルゴリズムで動くEFMなんか!」


 華麗にプラズマを避けながらメンズーア・アインはシールドを構えた敵機にエネルギーサーベルを振り上げた。

 サーベルはシールドを縦方向に切り裂く。エリーゼはマニピュレータを回転させ逆手持ちの形にすると、がら空きになった右側にサーベルを突き刺した。


「サーベルのパワーも量産機とは比べ物にならないわ!」


 メンズーア・ドライを操縦するルーファスも他の二機に負けまいとプラズマをかいくぐっていた。

 ドライに狙いを定めていた敵機は、ライフル攻撃が有効ではないと判断して肩に搭載したミサイルコンテナから短距離ミサイルを発射した。


「准尉……ヒオリ、腕部エネルギーバルカンで迎撃するんだ!」


 昨日のアルベルトの言葉を思い出したルーファスは途中でヒオリの呼び方を変えた。するとヒオリは僅かに頷いて腕部バルカン砲に武装を切り替え、やってくるミサイル群を次々と墜としていく。そしてそのまま青白い粒子を敵機に降り注がせる。敵機は穴だらけになってから爆発し、デブリの一部となった。


「……。やっぱり名前で呼ばれたいのか」


 ルーファスが訊ねると、ヒオリはルーファスを見ながら小さく頷いた。


「むむ。ヒオリとこんな短期間で打ち解けるとは……。調整は本格的なものではなかったのに……」

「これ以上は御免被る。僕は現状のままでヒオリとの連帯を目指します」


 ルーファスはきっぱりと言い切って次の敵機へと操縦桿を傾けた。


「そんな……。調整した方が効率良いのに」

「本人が言っているのならそうさせましょう」


 不満げなイザイアを見つつオットーは言った。


「残りの敵機も全てスクラップにしてしまえ」

「了解!」


 六人はそれぞれのパートナーと共に標的を定め突貫する。静かな廃棄衛星のすぐ近くで、星の瞬きとは違う光が宇宙を照らしていた。




 六度に渡って行われた大戦争で、地球環境は破壊され、多くの人々が宇宙へと旅立っていった。辛うじて戦火を逃れた美術品や歴史的建築物にしかかつての地球文明の痕跡を見出だせないこの惑星ほしは、複合硬化セラミック製のビルに覆われたエキュメノポリスとなっていた。


「アベール大将が提案した『出撃証明書』は破棄されました」

「書類を用意する費用を大将が横領していたとはね。歴戦の軍人でも薄給には勝てなかったという事か」


 ベルンハルトの言葉に丸眼鏡を掛けた小太りの男がホログラムモニターの向こうで重い口を開いた。ベルンハルトは地球にある公安局本部で連邦内務大臣と話していた。丸眼鏡を丁寧に拭きながら、大臣は更に訊ねる。


「それで?」

「大将はいわゆる『旗頭』として利用されていたようです。大将におもねっていた身の程知らずどもは既に拘束済みです。明日のトップニュースになるでしょう」

「相変わらず苛烈だな君は」

為すべき事を為しているに過ぎません」

「君が羨ましいよ。その『自分は絶対的に正しい』と思い込む精神力が」

「この件に関しては私が正しいでしょう」

「まあ、そうだな」


 眼鏡を掛け、位置を調整しながら大臣は言った。


「……で、『取引』の事だが」


 大臣は若干前のめりになってモニターの向こうに居るベルンハルトに言った。


「要求通り、ボルーダ中将とイーガン准将はで好きにしたまえ。我々が欲しいのは主犯格のカユフキ中将だからな。二人は『他の将官』と呼んで発表する」

「感謝します」

「ランツクネヒト、だったか。彼らが辛い思いをしたのは重々承知しているが、熱くなりすぎないようにな」

「彼らが感情を表に出すことはありませんよ」

「……。そうだと良いがな」


 モニターが消えた。ベルンハルトは椅子にもたれ掛かり、肘掛けを指でつつきながらしばらく目を閉じていた。

 ややあってベルンハルトは机の引き出しからオルゴール型の録音装置を取り出した。去りし日の地球にあった物を、せめてその見た目だけでも残そうという活動の一環で作られた代物である……とベルンハルトは聞いていた。

 録音装置は木目調の塗装が所々で剥がれ、それが本来は銀色の容器である事が分かった。

 ゆっくりと蓋を開けると、櫛歯が回り始めた。しかし流れ出したのは音楽ではなく少女の声であった。


「……ベルンハルト……」


 ベルンハルトの無表情が僅かに変化したが、一瞬で元に戻った。オルゴール型の録音装置を置き、ベルンハルトはまた目を閉じて少女の声に耳を傾けた。


「……その、あんな酷い事を言っておいて、こんな事を言う権利は無いのかもしれないけど……。……ご免なさい。一番余裕が無いのは貴方なのに、私ったら自分勝手で……。……全部謝りたいの。許してほしいなんて言わない。ずっと嫌いなままでも良いの。けど……。だけど、やっぱり面と向かって謝りたい。ちゃんと貴方と話したいの。……私の自己満足かもしれない……。この録音装置にこうやって喋っているのも、ただ自分の心を落ち着かせたいだけだって事も分かってる。だけど、こうでもしないと一生後悔する。そんな気がする……」


 ベルンハルトは何の言葉も発さず、表情に一切の感情を出していなかったが、心の内では煮えたぎる憎悪と嫌悪感が渦巻いていた。


「ここから逃げ出したら、すぐに貴方の所へ行きたい。貴方と一緒に居たい。どんなに拒絶されても、ほんの一瞬だけでも良いから……。……最後に、あの時は言えなかった。────誕生日おめでとう」


 音声はそこで終了した。ベルンハルトは深呼吸をしてから蓋を閉じ、丁重に引き出しの中に入れた。


「……さて」


 ベルンハルトはコンソールを操作し、またホログラムモニターを呼び出した。今度は柱に縛り付けられた二人の男と、それを正面から見据える一団が映っていた。


「長官」


 ゴシックロリータの衣装に身を包んだリズベットがベルンハルトに気づいて敬礼した。周囲のランツクネヒト隊員たちもリズベットに続いて敬礼する。


「申し訳ありません。遅れてしまいました」

「ハ、ハイドリヒ長官?!」


 柱に縛り付けられている男の一人が叫んだ。


「こんばんは、イーガン准将。地球はどうですか? 火星が第二の地球セカンドアースと呼ばれる所以がお分かりになったでしょう」

「ハイドリヒ長官! これは何の真似だ?! 我々をどうするつもりだ!」

「これはこれはボルーダ中将。確かに戦闘経験は貴方の方が多いですが、仮にも上官に対してそのような口の聞き方はいけませんね」

「抜かせ! これは明らかな人権侵害だぞ! 貴様ら全員を訴えてやる!」

「……おや? どうも未だに状況が掴めていないようですね」


 ベルンハルトがそう言うと、リズベットが縛られた二人を軽蔑するような目で見ながら嗤った。


「何……?」

「貴方がたはアンチセクターへのテロ幇助の罪で今から処刑されるのですよ」


 何の事でもないように発された言葉にボルーダ中将とイーガン准将は絶句した。


「え……」

「馬鹿な! 一体何の証拠があって?!」

「しらばっくれても無駄ですよ。貴方がたが二年前、惑星フルスメンでのテロでアンチセクターが使用したプラスチック爆弾を提供した事は分かっていますよ」

「……!」

「そうやってすぐ顔に出ては面白くありませんね」

「待て! 待ってくれ! 説明出来る! あれは元々当地の自治政府軍が──」

「いえ、弁明を聞くつもりはありません。貴方がたは既に統合軍軍人としての資格を失い、正式にアンチセクターの一員として公安局のデータベースに追加されています」

「嘘だ……」


 イーガンは顔を真っ青にして項垂れる。ボルーダは諦めずに未だ自己弁護を続けようとしていた。


「説明……説明出来るんだ! 頼むからこれを解いてくれ!」

「これ以上は無駄でしょう。少佐、執行してください」

「仰せのままに」


 カーテシーで了承の意を示したリズベットは、これから起こる出来事に胸踊らせて腕を振り上げた。


「射撃用意!」


 ボルーダとイーガンが発狂したかのように命乞いを始める。しかしベルンハルトはもはや二人には興味が無いかのように溜め息をつくのだった。

 

 






 


 


 


 





 



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