21.作戦停止

「トーレ・セレード、発生した火災の消化が完了しました。修復ポッドによる応急処置が行われています」


 オペレーターガイノイドの報告を聞きながらオットーは即断した。


「我が艦とクレ・ド・ラ・ネージュをトーレ・セレードの前に移動させろ! 艦隊戦には距離が近すぎる。エネルギー攪乱幕撃て!」


 コルノ・グランデとクレ・ド・ラ・ネージュから発射されたエネルギー攪乱幕がトーレ・セレードを包み、敵の砲撃を間一髪で無効化する。


「敵艦よりEFMの発艦を確認」

「待機させていたEFMを出撃させろ。……メンズーア・アインも出させろ!」

「えっ、出撃?!」


 オットーからの指令にエリーゼはあからさまな不満を顔に浮かべた。


「文句は聞かないわよ。高火力機はあなたたちのメンズーアだけなの。休暇がほしいなら敵を倒しなさい!」

「──ったく、ちょっとは労ってくれても良いじゃない」


 シャワーを浴びる暇もなくコックピットに戻ったエリーゼは疲労回復剤を無痛注射して倦怠感を和らげた。


「向こうに戦闘の意思がある内はこっちも応戦しないと」

「貴方って真面目ね。ライフルの長距離狙撃で全部倒しちゃってね」


 推進剤を補給し終えたメンズーアの状態をチェックしているアルベルトにエリーゼは皮肉っぽく言った。


「元よりそのつもりさ。随伴機無しで近距離戦なんてゾッとしない」


 一時間も経たずに再出撃したアルベルトとエリーゼは、勇んで突撃してくる敵機を狙撃できる位置を探した。

 ちょうど良い大きさの岩石を発見したエリーゼは、射線を確保できるように機体をうつ伏せに接地させ、アルベルトはライフルを狙撃モードに切り替えた。

 既に味方機は先行してきた敵との戦闘状態に入っていた。スペースデブリや小惑星に当たったプラズマが爆発し、無数の光が現れては消えていく。アルベルトは光学照準で百キロ先の敵艦を捉えた。


「あれが敵艦か」

「まだ乗組員が居たなんて。全部大尉が捕まえたんじゃないの?」

「ひょっとしたらコロニーの住民が強奪したのかもな」

「そうだとしたら私たちに手を出さず逃げれば良かったのに」


 髪を指で鋤きながら言うエリーゼの言葉には疲労が滲んでいた。

 アルベルトは敵艦から発艦していくEFMに照準を定めた。


「まだ味方と接敵していないやつを……!」


 隊列も組まずただ固まっている敵EFMの集団にアルベルトは引き金を引いた。チャージされて威力が増強されたプラズマの矢が二機同時にEFMを撃破した。


「ナイスショット」


 エリーゼが慌てて散開する敵機を見ながら呟いた。

 EFMの遠距離武器は照準に戦闘AIの補正がかかり、命中率の底上げを図っている。アルベルトもCTー2340によって自動的にハイライトされ「見やすくなった」敵を次々撃ち抜いていく。例えデブリや小惑星の陰に隠れても、CTが隠れている敵の姿を高精度で透過し輪郭を表示してくれる。そのためアルベルトは何の苦労も無く敵機を撃破していった。


「今回の任務で一番敵をやったのはアルベルトかもね」

「別に俺は競争なんてしてないけどな」

「特別手当の量は上がるかもね」

「それはあるかもな」


 言いながらアルベルトは最後の一機を狙撃した。どれも統一性の無いオリジナリティ溢れるカスタム機ばかりだった。やはり愛国軍人党の構成員ではなくコロニーの住民だったのか。罪悪感が湧いたが、オットーがこんな寂れたコロニーに居るのは犯罪者くらいだろうと言っていた事を思い出し、結果的に将来被害を受けるであろう市民を守れたと納得する事ができた。

 敵EFMを殲滅したランツクネヒトは、次の攻撃準備に移っていた。オットーは艦橋で砲撃戦の準備をするようオペレーターガイノイドたちに指示を出していた。

 突然、副指揮官席の通信機からコール音が鳴った。格納庫から艦橋に戻っていたリズベットは、それがランツクネヒト本部からの通信であると気付き、怪訝に思いながらも応答した。


「こちらオットー隊……はい、中佐は今指揮を……。……は、え?」


 リズベットはすぐさまオットーに声を掛けた。


「先輩、本部から第一級命令です。すぐさま戦闘を停止せよと」

「何?」


 艦橋のモニターにある人物が現れた。それは今ここにいるランツクネヒト構成員の上司で、絶対に反抗できない相手だった。


「ハイドリヒ長官……」

「お疲れ様です、中佐。命令は来ているはずですね。すぐに部隊を率いて本部に撤収してください」


 ベルンハルト・ハイドリヒ公安局長官は現れるなり有無を言わせぬいつもの口調で言い切った。


「長官、それは……」

「既に目標は確保しているのでしょう? しかも生きたまま。十二分な成果です。これ以上の戦闘が無益だという事も分かっていますね」

「ですが、こちらはEFM部隊のエースをやられて……!」

にやられるとは、確かにあなたたちらしくない失態です。ですが、日頃の働きと今回の任務の成功に免じて何も問わない事にします。そもそも私とて優秀な人材を切り捨てる愚は犯したくない」

「……」

「まだ納得がいっていないようですね。ではこちらの事情を申し上げましょう。……政治家たちが早くテロの首謀者を公開処刑にしたいとうるさいのです。彼らは存外に忍耐力の無い人種でしてね。痺れを切らしているんです。復讐がしたいなら、またの機会にしてください」


 では、と言葉を残してベルンハルトは消えた。オットーは苦虫を噛み潰したような表情で指揮官席に座ったが、ややあってリズベットの方を向いて言った。


「撤収だ」


 コルノ・グランデから送られた帰投命令にアルベルトとエリーゼは面食らった。


「何よ、あの艦を沈めるんじゃないの?」

「長官が命令してきたのかもしれない」

「長官って、ハイドリヒ長官?」

「直属の上司だからな。上の方で何かあったのかも」

「まあ良いわ。今はリラックスしたい気分だし」


 メンズーア・アインは敵EFMを狙撃できるだけしてコルノ・グランデに帰投した。敵前で回頭するという危険極まりない行為をオットーは命令したが、愛国軍人党の艦は何故か攻撃してこなかった。事態の変化を察したのか、或いは向こうでも何かあったのか、どちらにせよランツクネヒト率いる公安局部隊は一艦も欠ける事無く撤収したのだった。




 一週間後、アルベルトはオリヴィアを連れてリゾート惑星にいた。表面の約九十パーセントが海に覆われているという惑星ほしである。潮風を感じながら、少女たちが水をかけあう様子を眺めていた。


「何見とれてんだよ。ほら」


 特産のソーダの瓶を両手に持ったヴィリがやって来た。彼をはじめとするツヴァイとドライのパイロットは、負傷したもののコックピットブロックを守る三重構造の内殻によって命は落とさなかった。負傷もナノマシンレーザー投射による治癒促成技術で二日と経たずに完治し、任務終了から三日後には何の後遺症も無く退院していた。


「あの時は完全に死んだと思ったぜ。これも機体の性能と自分の成果に慢心してたって事なんだろうな」


 ヴィリはEFM戦闘の第一人者といわれるジャン・ストリンガーの言葉を引用した。「EFMは旧来の兵器を凌駕している。故にその性能と自身の成果に慢心している者から死んでいく」というものである。他者よりも圧倒的優位が取れるEFMという兵器を操る者ほど油断するなという意味で、アルベルトたちはこの言葉を養成学校で嫌になるほど教えられた。結局、彼らはその言葉の真髄をその身に叩き込まれたと言えよう。


「民生品のカスタムだからってバカにしていたという点では俺たちに非があるな。けど……」


 そこでアルベルトは言葉を切り、ヴィリから受け取ったソーダの瓶を開封した。



「けど?」


 若干の塩味があるソーダで喉を潤したアルベルトは、腕で口元を拭って続けた。


「負け惜しみのようだが、やっぱり俺たちを苦戦させたアイツは異常だった」

「アイツってあの……」


 二人が思い浮かべているのは同じEFM。 赤白のカスタムアベレージだ。


「他の連中が素人だったなんて理由は意味が無い。訓練された訳じゃ無さそうだが、動きもセンスも明らかにおかしかった。しかも民生品であれだ。もはや脅威と言う他無い」


 オリヴィアがエリーゼとクララと共に駆け回っている。兄が視界に入ったのか、オリヴィアはアルベルトの方に手を振った。アルベルトはそれに笑顔で応えると、また真剣な顔つきに戻って会話を再開した。


「しかも俺とエリーゼはアイツをやり損ねた。あの後の足取りも不明だし、あの戦闘で怪我を負わせられたとしてももう復活してるだろう」

「テロリストの艦もどっかに行っちゃったしな」


 愛国軍人党の改造艦はその後行方知れずになった。アリュの陸戦部隊が取り付けたはずの追跡装置が破壊されてしまったようで、途中で足取りが途絶えてしまったのだ。今のところ目撃情報は無く、乗組員たちがどこで何をしているのかは全くもって不明である。


「作戦は成功したって長官は言うけどさ、こっちは結構な被害を食らったぜ? こうやって休暇をくれるのは嬉しいけど、しばらく任務は無いかもなー」

「そんなにワーカホリックだったか、お前?」

「いや、メンズーアに乗れないのが残念って事」

「軍用機をスポーツカーか何かだと思ってるのか?」

「俺にとっちゃEFMはスポーツカーみたいなもんだ。そうだ! ここのEFMをレンタルして飛び回らないか?」

「時間があればな」


 陽気なヴィリに対して、アルベルトはあまり休暇を楽しめていなかった。ある事がずっと脳裏の一角を占め、彼に警告するように存在感を示していたからだ。

 それは任務が終わり、本部に戻ってからの事だった。

 損傷したメンズーア・ツヴァイ、ドライの修復に音を上げる整備員たちを尻目に、アルベルトとエリーゼは戦闘中の映像を見返していた。相手の動きをもう一度冷静に分析したかったのだ。他の四人を打ち負かした相手が、一体どんな動きをしていたのかと。

 そこにたまたま通りかかったのがイザイアであった。ランツクネヒトの技術研究主任であり人体強化技術の権威でもある彼は、その時ヒオリの状態を見るため医務室に向かおうとしているところだった。

 アルベルトとエリーゼを発見したイザイアはヒオリの友人である二人に話しかけようとしたところで、彼らの見ている映像に気付いたのだった。

 背中の曲がった研究者に最初に気づいたのはアルベルトだった。彼は自分たちの後ろに立っていたイザイアに、この映像は今回の任務で戦った敵の一人を撮影したものだと簡単に説明した。


「強化人間の動きだな」


 アルベルトの説明に対するイザイアの応答であった。エリーゼがどういう事なのかと訊くと、イザイアはこの赤白の機体に乗っているパイロットは、きっとEFMの戦闘に特化した強化改造を受けた人間に違いないと断言したのだ。

 確かに、落ち着いて見てみると異常な動きだった。地面スレスレを飛びながら背中に降り注ぐプラズマを避けるのは勿論の事、攻撃に対する反応が異様なまでに。自分を攻撃した相手に突進し、確実に葬る。ヴィリとクララ率いる第二中隊のアベレージ・ベフェールは、必ずコックピットの攻撃を受けて無力化されていた。対EFM戦で最も有効な倒し方である「パイロットを狙う」を野性味溢れる動きで機械的に行っていたのだ。


「きっとこのパイロットは、いち早く戦闘を終わらせる手段としてパイロットの無力化を狙うよう『教育』されたんだろう。効率的だが冷酷だね」


 その時アルベルトはこう反論した。


「強化人間の技術は軍だけのものですよね?」


 対してイザイアは、まるで些細なミスを犯した優等生を諭すように言った。

 実のところ、強化人間の製造技術は裏社会ではありきたりなモノとして出回っており、技量もピンからキリまで様々な技師が無数にいるという。赤白アベレージのパイロットも違法な改造手術を受けた一人なのだろうとイザイアは推測したのだ。

 だとしたら、やはりあの時完全に排除するべきではなかったのか。オリヴィアがソーダを美味しそうに飲む姿を見ながらアルベルトは考えた。この広い宇宙で顔も知らない誰かと『再会』する確率などそれこそ天文学的数値に上るが、それでも不安感は拭えない。


「どうしたんですか?」


 浮かない顔の兄にオリヴィアは怪訝そうに訊ねた。


「なあに、日射病?」


 同じ情報を共有しているはずのエリーゼがからかうようにアルベルトの肩をつついた。


「このソーダ塩分が取れるわよ。もう一本飲んだら?」

「ありがとう、クララ。でも大丈夫。ちょっと考え事を……」


 ルーファスの叫び声が一同の背筋を伸ばした。


「ヒオリ! その甲殻類から離れるんだ!」

「……大人しいよ?」

「そんなデカいハサミを持ってるヤツをつつくんじゃない!」


 少し離れた場所で釣りをしていたルーファスとヒオリは、惑星特有の生物に出会ったようだった。一メートルサイズのヤドカリである。ヒオリは小枝でヤドカリをつついていた。


「何あれ! 面白そう!」

「へえ……」

「写真撮ろうぜ!」

「お前たちは何でそんなに楽しそうなんだ! 巨大ヤドカリだぞ!」

「だからでしょ? 一緒に写真撮りましょ。オリヴィアちゃん」

「はい。お兄さんは?」

「勿論撮るよ」


 砂の中の何かを夢中で掘り返しているヤドカリを挟むように一同は並んだ。ドローンが撮影のカウントダウンをしている間、アルベルトは白髪の可憐な妹を見ていた。


(オリヴィア……。俺はお前を守ると約束した。何を犠牲にしてでもお前を守る。だから、お前はずっと笑顔でいてくれ……)


 ドローンがカウントダウンを終えた瞬間、ヤドカリが何かを掘り出した。それは砂中に潜むナマズのような生物だった。


「何だ?!」

「おい! シャッタータイミング!」


 カメラは一同が飛び跳ねるナマズに驚く瞬間を捉えた。驚愕の表情、悲鳴を上げている表情、少年少女たちの幸福な思い出。その一瞬が写真には納められていた。

 

(第二章 終)


 



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[第二章終了]銀河世界のランツクネヒト~アルバイト先のPMCが非正規特殊部隊だった件~ 不知火 慎 @shirnui007

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