20.強敵

 アリュ率いる陸戦部隊は、EFM部隊が突入してすぐにコロニー内に侵入した。人員を分け、あらかじめ割り振っていたブロックごとにハーギル・リーターを捜索するのである。

 手のひらサイズのドローンが収納ケースから飛び出していく。逮捕者リストに登録された愛国軍人党の構成員を見つけ出すために各ブロックに飛んでいく。鳥の群れのようなドローンを見上げつつアリュは部下たちに指示していた。


「各ブロックごとに捜索を開始しろ。逮捕者の生死は問わない。とにかく見つけて連れてくるのが重要だ!」


 部下たちの応じる声が聞こえなくなった後、アリュは襟に付いているマイクを指で覆って発言が聞こえないようにしてからぼやいた。


「つっても絶賛空気漏れ中のこのコロニーで見つかるかっての。仕事でなきゃやらねえぜ」


 副隊長のエトナが近づいて言った。


「隊長、EFM部隊に損害が出ているようです。あろうことかメンズーア・ツヴァイとドライが戦闘不能に追い込まれたそうで」

「何ぃ?」


 にわかには信じられない報告にアリュは眉をしかめた。


「ボウズどもや嬢ちゃんたちは大丈夫なのか?」

「負傷していますが無事だそうです」

「頑丈にできてるもんだねえ。にしても、高性能機を二機もやっちまうヤツがいるこの状況下で自動小銃と装甲車しか武装がないってのはヤバくないか? 安月給でやらせる仕事じゃねえぜ……」


 そこまで喋ったアリュは、このままでは喉が潰れるまで愚痴を言わないと気が済まなくなると思い、分厚い唇を閉じ、仕事に専念する事を決めたのだった。


(残ってるのはアルベルトとエリーゼか。間違っても死ぬなよ……)


 そのアルベルトとエリーゼは、思わぬ強敵に対して苦戦を強いられていた。

 不規則かつ俊敏な動きで自分たちを撹乱し、反撃の隙を突いてくるカスタムアベレージに二人は防戦一方だった。


「プラズマ弾が当たらん! CT! 敵の動作パターン分析はどうなってる?!」


 第38独立特務作戦群ランツクネヒトの補助AIであるCTー2340は、メンズーアにも搭載されている。敵機の分析や状況の変化を逐次パイロットに伝え、戦闘を補助する役目が与えられていた。


「アトランダムニ動作パターンヲ変エテイマス。既ニ十七パターンモ動キガ変化シテイマス」

「何でそんな事ができるの?!」

「不明デス」


 エリーゼの怒声にCTは無機質に答えた。


「そもそもあんな滅茶苦茶な動きをぶっ続けでやって平気なのか?!」

「コックピット内ニ人間ト同ジ生体反応ガ検出サレテイマス」

「薬でもやってんの……」


 エリーゼが呟く中、アルベルトはモニターに表示されている時刻を一瞥した。ヴィリたちがやられてから一時間が経過しようとしている。みんな無事コルノ・グランデに運ばれたのだろうか。大尉アリュたちはハーギルを見つけたのか。様々な考えが頭の中に浮かんでは消えていく。アルベルトは自分が疲労感を覚えている事に突然気がついた。長時間戦っている訳でもないのに何故? 仲間がやられた事に同様してか? 相手が今まで戦った事の無いタイプの強敵だからか? 


「……!」


 アルベルトはエリーゼが機体を上昇させるのに合わせ、腕部バルカン砲で相手を牽制した。二人とも敵の少ないクセを見抜いていた。それは執拗に『隙』を狙おうとするクセである。メンズーア・ツヴァイもドライも隙を突かれてやられていた。他のアベレージ・ベフェールも同様に、一秒にも満たない動揺や無駄な動きが原因でやられているとCTー2340の分析結果には出ていた。本能的に有効な一撃を与える瞬間が分かるのだろう。そんな相手と戦うならば、対処法は一つしかない。


「絶対に近付かれるなよ!」

「分かってるから!」


 メンズーア・アインは常に赤白のカスタムアベレージと一定の距離を保っていた。アベレージ・シビリアンは民生品。例えどんな改良を加えても、まともに戦闘ができる状態を維持したまま軍用EFM以上の性能を引き出す事は不可能である。仮に軍用EFMよりも戦闘力が上になるようなカスタマイズを施しても機体が耐えられない。意図的にそう作られているのだ。

 つまり、赤白のカスタムアベレージはパイロットによって無理矢理に動かされている。滅茶苦茶な操作に耐えきれず自壊する可能性が高いのだ。アルベルトとエリーゼはその事を知っていた。ヴィリたちの復讐のチャンスはそこにあった。

 そしてメリットはアルベルトたち以外にもある。アルベルトたちが強敵を引き付けている間は他の部隊が動きやすいのだ。アリュ率いる陸戦部隊のテロリスト捜索も幾ばくかは楽になる。軍事において時間は宝石よりも貴重という説は地球時代から存在している。他の部隊の時間を稼ぐ。これ以上無い貢献であった。


(目の前の相手しか見えていないヤツで良かった。これで状況変化にも聡いようなヤツだったら、こっちが不利になる……)


 とはいえギリギリの戦いである事に変わりはなかった。アルベルトがエネルギーライフルを適宜発砲して怯ませ、それに合わせてエリーゼが後方にブースターを噴かす。まるで猛獣に追いかけられているようだ。スリリングで、全く楽しくない。


「どんなにカスタマイズしたところで、金をかけた高性能機には追いつけないわよ!」


 エリーゼは精緻なレバーさばきでバック飛行を実現していた。センサーとモニターに注意を払い、突然現れる障害物にも対応する。上昇と下降を繰り返し、突進をかわす。至難の技だが、彼女は額に汗をにじませつつも落ち着いた表情を浮かべていた。


「伊達にEFM操縦A+じゃないんだから!」


 スピードを上げ、メンズーア・アインはビル街に入った。わざと建物にぶつかる寸前でそれを避け、赤白のカスタムアベレージに激突させようとしたのだ。

 試みは成功した。エリーゼは巨大なネオン看板が付いた鉄骨むき出しの建物に突っ込むと見せかけ、ぶつかる直前で上昇した。カスタムアベレージは減速する素振りを見せたが、やはり急には止まれず頭から建物に突っ込んだ。


「さすがだな」

「もっと褒めても良いのよ?」


 建物が崩れていく。粉塵がスモークのようにカスタムアベレージの姿を隠すが、メンズーア・アインはしっかりと動体反応をレーダーに検知していた。


「まだ動くみたいだ」

「あらそう。でももう終わりね。トドメを刺しちゃえば?」

「だが、俺たちをここまで追い詰めたパイロットだ。捕まえた方が……」

「捕まえてどうするのよ? イザイア博士の研究材料として差し出すの?」

「そこまでは分からないが……」

「今ここで殺った方が後のためよ。それにクララたちをやったヤツだし」

(普段は喧嘩ばかりしているクセに……)


 アルベルトはエリーゼの素直ではない部分に好感を抱きつつ、トドメの一撃をカスタムアベレージに加えようとした。


「何?」


 突然レーダー内に数機のEFMが現れた。全てが敵対行動を取っている。エリーゼは飛んできた小型ミサイルを避けるために崩れた建物から機体を離さなくてはいけなかった。


「今さらになって!」 

「仲間がいたのか?!」


 一機のカスタムEFMがエネルギーサーベルを振るう。エリーゼはシールドで防御するが、陰から手足のちぎれた赤白のカスタムアベレージが運ばれていく様子を目撃して焦燥感に駆られた。


「逃がすもんですか!」


 エリーゼはメンズーア・アインを地面に固定させ、背部の推力偏向スラスターを正面に向けた。スラスターの噴射が白地に青いラインの走るカスタムEFMのエネルギーサーベルを吹き飛ばす。カスタムEFMがたまらず両腕で上半身を覆うような防御姿勢を取った瞬間、エリーゼは起動したサーベルを両腕の隙間からコックピットに突き刺した。


「エリーゼ落ち着け!」

「でも!」


 その時、通信回線に報告が届いた。


「ハーギル・リーターを確保! 対象の生命反応あり!」


 陸戦部隊の分隊が、工業地帯の倉庫に放り込まれていたハーギル・リーターを発見したのだ。


「でかした! これで帰れる!」


 報告を聞いたアリュは手を叩いて喜んだ。


「良かった。これでコロニーに用が無くなる」


 オットーは肩の荷が降りたように安堵した。


「全部隊に次ぐ。優先目標の確保に成功。戦闘状態を維持しつつ速やかに母艦へ帰投せよ。繰り返す。優先目標の確保に成功。戦闘状態を維持しつつ速やかに──」

「エリーゼ! 帰るぞ!」

「まだアイツをやってない!」


 コルノ・グランデからの指令をかき消すような大声でエリーゼが言った。


「少しは冷静になれ。俺たちの仕事は終わった。戦いは終わりだ!」

「でも……!」

「幾らでも愚痴を聞いてやる。だから帰るぞ」


 辛抱強くアルベルトは説得した。訴えかけるようなパートナーの声音にエリーゼは理性を取り戻したようだった。


「……分かった。次は逃がさない」

「次があればな」


 アルベルトはもう会うことは無いだろうと思っていた。この広い宇宙では連絡先でも交換していない限り、家族でも友人でもない人間と再会するのは不可能だと考えているからだ。こんな苦戦するような相手と再戦する事態には遭いたくないという願望も含まれているが。

 メンズーア・アインは猛スピードでコロニーの穴から宇宙空間に出た。中からでは分からなかったが、コロニーは既に崩壊を始めているようだった。


(何人住んでいたのかは知らないが、惨い事をしたな)


 戦闘が終わり、興奮状態から脱したアルベルトはコロニーの周囲を飛び回るシャトルを見ながら冷静に自分たちのした事を省みていた。テロリストを確保するためにコロニーを一つ潰したのだ。市民権すら持たず犯罪を生業としている連中だからと理屈をねても、結局は数千人のホームレスを生み出し、それに倍する数の死人を出した事に変わりは無い。自分たちの持つ力の強大さにアルベルトは不意に恐ろしさを感じた。オリヴィアはこんな力を持つ自分をどう思うだろうか。不意に妹の顔が浮かび、アルベルトの顔に影が差す。

 メンズーア・アインがコルノ・グランデに戻ると、無事に還ってきた事を喜ぶように整備員たちが寄ってきた。


「怪我無いかー?!」

「無事で良かったぜ~」


 アルベルトたちがランツクネヒトに配属されて以降、誰も敵にやられる事は無かった。事情を知ったコルノ・グランデのクルーたちはみな一様に信じられない事だと負傷したヴィリたちの身を案じた。

 コックピットから降りた二人は、リズベットに出迎えられた。


「お疲れ様。二人ともよく無事でいてくれたわね。先輩もホッとしていたわよ」

「ヴィリたちは?」

「怪我してるけど、無事よ。今はみんな意識を取り戻して安静にしてるわ」

「そうですか……」


 そこまで大事ではない事に二人は心底から安堵した。もし命に危険があったら……。そう考えると恐ろしい。一般人よりも人の死が身近で、なおかつ自分でも他人の命を奪う軍人でも、身近な人間の死には堪えるものがあった。


「どんな状況でやられたか詳細な報告を聞きたいところだけど、今は休む事が大事ね。しばらくは任務も無いだろうし、妹ちゃんとゆっくりできるかもね」

「あ……」


 そうか、とアルベルトは気づいた。メンズーア・ツヴァイとドライは修繕しなければならない。EFMの修繕はかなり時間が掛かる。そしてメンズーア・アインも、他の二機ほどではないとはいえかなり酷使してしまった。メンテナンスにはそれなりの労を要するだろう。久しぶりにオリヴィアの傍にいてやれるかもしれない……。


「久しぶりに実家にでも帰ろうかしら」


 既に休暇モードのエリーゼが鼻歌でも歌いそうな勢いで言った時、空気を揺らす大きな音がコルノ・グランデ内に響き渡った。


「何?」

「また何か始まったか……」


 艦橋ではいち早く事態を把握していた。


「宇宙港から脱した愛国軍人党の改造艦が攻撃してきました」


 オペレーターガイノイドの無機質な報告にオットーは顔をしかめた。


「次から次へとトラブルか! 反撃しろ! 全艦応射!」


 オットーの号令に三艦が一斉にレーザー砲を発射した。しかし周囲のデブリがレーザーを防御し、命中しても外殻を貫通せず有効な一撃を与えられないでいた。

 改造艦が反撃してきた。矢面に立っていたトーレ・セレードの右側面に砲撃が命中し、空いた穴からクルーが宇宙空間に吸い出されていく。


「トーレ・セレードの第六通路に損傷。第十七ブロックを中心に隣接ブロックで多数の被害が確認されています」

「やる気なのか……?! たった一艦で?!」


 オットーは改造艦を映したモニターの映像を見ながら驚愕の表情を浮かべた。

 









 






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