3.端から見ればバカップル

 二人はリズベットの執務室へと通された。中はダークオークを主体とした木材通路の壁囲まれ、床には瀟洒な絨毯と、天井からは豪華なシャンデリアが下がっている。通路の薄汚さが嘘のようであった。


「全部ホログラムよ。私の趣味なの」


 リズベットは二人にソファーへ座るよう促した。二人が座ると間髪入れずに口を開いた。


「まずはランツクネヒトにようこそ。統合軍のパイロットがこの会社にアルバイト申請してきたのはこれで十五回目よ」

「じゃあ先輩パイロットの人がいるんですね?」

「いいえ。あなたたちしか採用してないわ」

「え?」

「犯罪歴が無かったからよ」


 執務机のコンソールを操作してリズベットはホログラムを呼び出した。


「今までのは例外無く公安局にマークされているやつらだった。物資の横流し、薬物売買、命令違反、強姦、その他諸々……。私は評判を気にするタイプなの。クリーンだったのはあなたたちしかいなかった。それだけよ」

「でも、他にパイロットはいるにはいるんでしょう?」

「まあね。けど此処には居ないわ。うちはほぼ全員が賞金稼ぎやトレジャー・ハンターを名乗ってる連中で構成されてる。どいつもこいつも勝手に銀河を飛び回ってて、繋がりがあるとすると連絡先を交換しているくらいね」

「それって……もし仕事中に死んだらどうするんです?」

「ただ『死亡した』と通知が来たのを確認して、後は何もしない。どうせ死んだって益も害も無い奴ばかりだから。……けど、あなたたちはちょっと違う」


 リズベットはいじっていた万年筆で二人を指した。


「あなたたちは正規の統合軍パイロット。しかも今のところお手々は真っ白。適当な仕事を回して死なせると私がヤバイの。わざわざ来てほしいと言ったのは、あなたたちの顔を覚えておく為。そしてこれからもあなたたちをサポートする為よ」

「サポート?」

「正確にはこの子がするの」


 先ほどのドローンが現れ、二人の前を行ったり来たり飛び始めた。


「サポートAIのCTー2340よ。仕事中はあなたたちを様々な面でサポートするわ」

「ヨロシクオ願イイタシマス」


 アルベルトとエリーゼは身体は動かさず視線だけを合わせた。予想を遥かに越えた厚待遇に二人とも戸惑っていたのである。


「どうしたの?」

「その……妙に良い待遇だなと」


 エリーゼの質問にリズベットはわずかに微笑んだ。


「汚職軍人相手ならともかく、記録に残されるような事をやらかしていないパイロットを優遇するのは、後々良い結果をもたらすものよ?」


 答えになっているようななっていないような言葉にエリーゼは眉をひそめた。アルベルトはリズベットが何かを隠しているのではと疑念を持った。それが何かは皆目見当がつかないが、何だか大きな事に巻き込まれてやしないかと不安になったのだ。

 不安になったのはエリーゼも同様であった。彼女は今更ながら、アルベルトの意思を無視し適当にランツクネヒトを選んだ事を後悔し始めていた。しかし、『民間軍事会社って検索して一番上に出た会社だったから決めたの!』と言えば怒りを買うのは必至である。その為この事実は自分だけの秘密にする事にした。絶対にアルベルトには言うまい。エリーゼは決意したのだった。


「とにかく、今日はもう良いわ。あなたたちの顔は見れたし。早速最初の仕事を探しておくから、それなりの心づもりはしておいてね」


 ランツクネヒトのCEOリズベットはどこか満足したような表情を浮かべて言った。促された二人はCTー2340に案内されるがままにビルから出ていった。




 ランツクネヒト本社ビルを出た二人は、最上層エリアにまで上がり、宿を探す事にした。

 わずかに暗くなり始めた空の下で、二人は自分たちが入った会社について話した。


「何かの面接かと思ったら、ただの顔合わせだったとはね。びっくりしちゃった」

「いや、絶対それだけじゃ無いだろ。なあ、一応聞いておくんだがホントに後ろ暗い事が無い会社なんだな? ちゃんと調べたんだよな?」

「もう、調べたに決まってるじゃない」

「……」

「何よ。そんな睨み付けて」

「検索して一番上に出た会社を選んだ訳じゃ無いよな?」

「えあっ? マッサカー、ソンナワケナイジャナイデスカー」


 アルベルトは拳を握りしめた。


「歯ァ食いしばれ」

「ちょっ! 女子を殴るなんて正気?!」

「俺は男女平等って理念の信奉者なんだ。だから馬鹿をやらかす奴は男女関係無くシバく。分かるな? 男女同権だろ?」

「ごめんなさい! 許してぇ!」

「テメェやっぱり適当に決めたな! マジでヤバい会社だったらどうすんだ?!」

「…………。──逃げるが勝ち! ホテルどっこだ~?!」

「おいっ! 逃げるな!」


 沈黙の後、反省する素振りも無く逃走したエリーゼをアルベルトは追いかける。パイロットの記章を付けた連邦軍人の男女が追いかけっこしているという光景を通りすがりの人々は好奇の目で見つめていた。


「何だアレ?」

「バカップルがイチャついてるんだろ」

「ままー! あの人たち鬼ごっこしてるー!」

「しっ! あんなもの見ちゃいけません!」

「エリーゼ!」

「わーい、捕まえてみろ~!」

「このっ、めんどくさい女がぁ~!」




 二人はしばらく統合軍の評判にわずかな傷を付けそうな奇行をプロレギア市民に晒した後、正気に戻って手頃なホテルを探す事にした。


「このホテル安いじゃない。カップルなら二割引ですって」

「そもそも割引とか気にする必要無いだろ。お前のポケットマネーを使えば」

「女の子にお金使わせる男なんてかっこわるーい」

「あ? そういう女は嫌いだ。帰る」

「待ってっ! 払う、払うから!」


 冷めた表情で背を向けるアルベルトの腕をエリーゼは掴んだ。背中に抱きつき必死に訴える。


「ごめんなさい、ねえ」

「……」

「許して。…………エッチしてあげるから!」

「おまっ?!」


 エリーゼの言葉に二人の様子を何となく眺めていた人々は目を見張った。周囲の視線──特に同性からの嫉視──を避ける為、アルベルトはエリーゼを引っ張ってホテルに入った。


「わざと大きな声で言ったろ!」

「あら~? そんなに顔を赤くしてどうしたのかしら。……どうせ男なんてセックス以外に考えてる事なんて無いもんね」

「いやっ、それは偏見だろうが。っていうか、羞恥心という概念が無いのかお前は?」

「あるもん。じゃあ、泊まりましょうね」

 

 アルベルトの腕に抱きついたままエリーゼはホテルの受付に向かい部屋を取った。勿論カップル割を利用して。




 夜、ランツクネヒト本社ビル内の執務室でリズベットは音声通信を行っていた。


「要望通り、パイロットの調達に成功しました」

「よろしい。指示を出してからまだ一週間。貴女はいつも仕事が早くて助かります。しかも二人は公安局と関係性がある。完璧です」 


 敬語で話す男の声に、リズベットは緊張しながら答えた。ホログラムモニターに相手の顔は映っておらず、『SOUND-ONLY』の文字だけが表示されている。


「ありがとうございます。ですが、二人はまだ戦闘経験がありません。シミュレータの成績はパイロットの中でも上級ですが、不測の事態に対応出来るかどうかは……」

「しばらくはの仕事をやらせなさい。二人がと分かれば私からの仕事をやらせましょう」

「了解しました」

「引き続き二人の動向は監視しておきなさい。周辺の人物もね。こちらも別の人員を使って二人の情報を集めています。それではまた」


 通信が切れ、ホログラムが消えると部屋の中は一挙に暗くなった。リズベットは革張りの椅子にもたれ掛かって溜め息をついた。


(通信越しでも恐ろしい……)


 リズベットは立ち上がり、棚の上に置かれていたウイスキーのボトルを手に取った。グラスの半分ほど注ぎ、水のように一息で飲み切った。


(二人の能力は未知数だけど、もし『使える人材』だったら、何とかして繋ぎ止めないと……)


 コンソールを操作してリズベットはアルベルトとエリーゼを追跡させている蚊型のドローンの映像をホログラムモニターに映し出した。映像にはホテルの土産物店で買った酒を飲み、酔っぱらっているエリーゼとそれをなだめるアルベルトが映っていた。


「……。振る舞いは年相応か……」


 モニターを消したリズベットはすぐに二人の情報を検索し始めた。その中には、軍でも一部の人間しかアクセス出来ないような情報も含まれていた。


「さて、あなたたちが遊んでる隙にフックとなりそうなネタが無いか見せてもらうわよ」




 広大な銀河連邦を統治するのは一筋縄ではいかない。ワープ航法の開発によって理論上無限にその勢力を拡張出来るようになった人類は、今や人口五千億を越え、二百以上の惑星で独自の文化を育んでいた。

 連邦は主に三つの領域に分ける事が出来る。一つは中央領域。範囲は連邦首都である太陽系第三惑星地球から約二千光年である。開発が進んだ惑星が多く、安定した宙域である。

 中央領域の端から更に二千光年までの領域は、通常『辺境領域』と呼称される。これは正確には公称ではないのだが、現在では連邦の公文書などでも使われている。開拓の名目で様々な企業がテラフォーミングを行った惑星が多く点在するが、テラフォーミングの成功で繁栄を極める惑星はほんの一握りであり、そのほとんどが経済的利益の少なさを理由に企業が撤退し、宇宙海賊などの無法者や犯罪組織の拠点として利用されている。

 そんな辺境領域の更に先は、一般的に『未開拓領域』と呼ばれる。現在のワープ技術では飛び越えられない程に広大な重力異常域や小惑星の密集帯などが実質的に人類圏の拡大を阻んでおり、挙げ句の果てには『コズミックモーフ』と分類される摩訶不思議な宇宙生物たちがそれらを住処にしている。向かう者と言えば命知らずのトレジャーハンターか探求心に突き動かされる生物学者くらいであり、惑星自治政府も企業も、果ては連邦政府ですら寄りつかない全く未知の領域であった。

 そんな超広大な銀河連邦の中心地である地球は、一面が都市に覆われたエキュメノポリスである。人類進化を見守ってきた大自然は各大陸ごとにある保護区でしか見る事は出来ず、それ以外は海も山脈もジャングルもサバンナも何もかもがメガストラクチャーに置き換えられている。

 都市の上層に住んでいるのは連邦の政治家一家やごく一部の超富裕層と呼ばれる人々である。彼らは生まれた時から全てを手に入れており、指を鳴らすだけで欲しい物が手に入る。「超富裕層の清掃係になったら末代まで語れる栄誉となる」というあまりにも下らないジョークが存在する程度には一般庶民にとって遠い存在が住むその都市は、清潔感という言葉を体現しているように輝き、不自由な事など何一つとして無く、アンチエイジング技術によって若々しい身体を保った富裕層たちは日々娯楽に興じていた。

 そんな超富裕層たちの娯楽の一つに、『遺跡見学』というものがあった。まだ人類が地球にしか居なかった頃、世界遺産と呼ばれ保護されていた建造物や自然物を鑑賞するのである。


「へえ~。これが六度の大戦を凌いだ『キンカク』って建物か~」


 少女が呟くと、小柄な案内役は説明を始めた。


「金閣寺は十四世紀に建てられた寺院でして、一九九四年に世界遺産として認定されました。四度目の大戦でニホンが崩壊してからは、我々のような資産家や保護活動家が状態の維持・復元を繰り返して来たのです……」

「確か、六度目の大戦では衛星軌道からのレーザー攻撃を防いだそうですが」

「地球連盟から卸されたバリア兵器で防ぎました。この方法で防がれたのが今も残っている『文明遺産』という事です」


 空には青空が広がっていたが、それはホログラムであり、部屋は戦艦にも使われるジェルライト合金製の壁に覆われていた。観光客たちは半ば奇異の目で連邦軍の士官二人を遠巻きから見つめていた。


「公安局の士官がこんな場所に……」

「捜査?」

「普通に観光だろう?」

「人類発祥の惑星ほしにふさわしい遺産ね。──今日はありがとう。良い休暇になったわ」

「……それではこれで」


 その二人は案内役に会釈して文明遺跡『金閣寺』の展示コーナーから出ていった。

 地球時代の遺産を多く保存する博物館から出たアルベルトは、ご機嫌なエリーゼに訊ねた。


「なあ、何でこのタイミングで地球に来てるんだ?」

「この博物館のチケットを貰ったの。二人分ね。だから一緒に行こうと思ったの」

「こんな時にデートなんかしてる暇は無いだろ」

「良いでしょ。私たちはこの地球に降り立つ事が出来る数少ない市民なのよ? 少しは光栄だって思わないの?」

「思うが、皆がいる手前な……」


 遠慮するアルベルトにエリーゼは頬を膨らませる。


「む~。せっかく誘ってあげたのに~」


 エリーゼは地団駄を踏んでわめき始めた。駄々っ子のように騒ぐエリーゼにアルベルトは周囲の視線が気になり、彼女の手を取り宿泊先のホテルに向かった。


「エリーゼ。その思い通りに行かないと子どもみたいにわめく癖をなんとかしてくれないか」

「嫌! 素っ気ない態度の貴方が悪いの!」


 そう言いつつもエリーゼはアルベルトを拒否する事は無く、むしろ彼の手を強く握って離さない。やはりバカップルである。

 アルベルトはわがまま気ままなエリーゼに辟易したが、そんな部分に惹かれている部分がある事も自覚していた。でなければこんなにめんどくさい女に付き合ってはいられない。そう、この自分本位な態度が何故か可愛らしく思えてしまうのだ。単純に美少女でスタイル抜群だからという事もあるが、自分だけに甘えてくれているという感覚が自身をどうにかしてしまっている。それは確かであった。


「……どうしたの?」

「何でもない。とにかく、今日はもうホテルに戻るぞ」

「う~。傭兵としての仕事が始まるから今のうちに遊んでおきたいと思ってたのに……」

「またそんな事言って……」


 アルベルトは深く溜め息をついた。口を尖らせるエリーゼを見て、不意に愛おしさが込み上げる。


「……しょうがないな。じゃあ明日は一日中遊んでやるから。今日は帰ろうな」

「……! 本当?!」

「本当だよ。ほら、帰るぞ」


「……はあ?」


 二人の動向を監視していたリズベットは二人のイチャつきを見て怒りを露にした。


「なんなのよこのリア充ども。衆人環視でイチャイチャしやがって……。クッソ~、絶対!」


 リズベットは意味深な言葉で決意を表明すると、二人の個人情報をまた検索し始めた。小型ドローンで好きに飛び回っていたCTー2340は、そんな主人の姿を見て呟いた。


「……コレデハ……彼氏ハ、デキナイ……」



 

 



 



 


 


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