第38話 毒見をしないといけませんね

「今の音はなんです!」


 またうるさいイケメン騎士が部屋に入ってきた。



「あー。すみません。うっかりぶつかっちゃって、差し入れのお菓子が床に落ちちゃいました」


 誤魔化せたかな?

 ちょっと下手だったかな?


 とにかく、私がこの護衛騎士を納得させないと、目の前で怯えているモブ令嬢の命が失われてしまう。



「騒がしいのは誰のせいですかね。護衛騎士が聞いて呆れます。ここはいつから出入り自由な部屋になったのでしょう。ホイホイ人を通しておいて、どの口が言うのですか」


 嫌味ったらしいミケーレさんに、騎士は傷ついた様子で答えた。


「……そ、それは。誠に申し訳ございません。ただ、事前にダフネ様の侍女から人を遣わせる旨の伝言をいただいておりましたので」

「おや? そのような報告は受けていませんよ」


 ミケーレさんが目を釣り上げている。

 本気なのか茶目っ気でやっているポーズなのかわからない。



「そ、それが。ダフネ様がご兄弟の仲を取り持ちたいと仰せとのことで、コルラード殿下を驚かせたいので秘密にするようにと――」

「ふん! 見え見えの嘘ですね。勝手に名前を使われたフランコ殿下がお気の毒です」


 騎士は、「ええ! そんな!」とでも言いたげに目を見開いている。

 ミケーレさんは、床に散らばっているチョコに視線を移して続けた。


「でもまあ。なるほど。はここまであからさまな行動に出てきた訳ですね。事が露見したところで、犯人などトカゲの尻尾切り。嫌がらせが出来ただけで十分だとでも考えたのですかね。となると――。当然、このチョコはかなり怪しいですねー」


 ミケーレさんは、にっこりと笑みを浮かべて騎士に言った。


「では、責任をとってあなたが食べてみてください」


 ええっ!

 マジで言ってる?

 床に落ちたチョコの毒見をしろって言ってるの?



「ミケーレ。いいい加減にしないか。冗談でもそのようなことを言うものではない」


 コルラード殿下が、ほとんど表情を変えずに従者をたしなめた。


「そりゃあ冗談ですけど。これくらい言いたくなるじゃありませんか。とはいえ、毒見をした方がいいのは確かですから。じゃ。罰として、地下でネズミでも捕まえてきてください。迂闊に人に食べさせて万が一ってことになれば、後の処理が面倒ですからね」


 「あまり大袈裟にしたくないので」と、ミケーレさんに笑いかけられても困る。

 なんて返事をしたらいいの?


 いや、それにしても。

 この世界って、地下にネズミがいるの?

 キラキラのピカピカの世界だと思っていたのに。 

 違う。違う。そこじゃない。



 「」って言っていた。

 ……この二人。

 きっと、ある程度、見越していたんだ。


 敵がどう動くのか見極めたくて放置していたのかな?

 え? 私、余計なことしちゃった?

 


 ……それにしても。

 このメインキャラの王子様――最後どうなるんだろ……?

 


 私は王子の顔をじーっと見つめていたようで、ミケーレさんに大きな咳払いをされてしまった。



「うーん。そこまで見惚れてしまわれる方も珍しいですが。見られている方も恥ずかしいものですよ。ねえ?」

「……」


 コルラード殿下は無言のまま僅かに目を伏せた。

 ええと。その反応はどう解釈したらよいのでしょう?

 それにしてもイケメンて、やけに目を伏せるよねー。





 モブ少女そっちのけで私たち三人だけの世界に浸っていたら、護衛騎士が本当にネズミを捕まえてきた。


 ネズミいるんだねっ! こわっ!




 予想通り、騎士が捕まえてきたネズミは、チョコをかじった途端、ひっくり返ってピクピク痙攣した後、泡を吹いて動かなくなった。


 それを見た少女は、「ひい」っと悲鳴をあげて口元を押さえ、逃げるように壁際へ後ずさった。


 誰も何も言っていないのにパニックになった少女は、救いを求めるように、コルラード殿下やミケーレさんを見た後、私に目を留めた。



「……お、思い出した。あなた。確かにあなた、カッサンドラだわ。本当はあなたの役目だったのに。でもあなたは、『もう駄目になった』って。ダフネ様はそうおっしゃっていたのに、どうして――」


 ……え?



「私はダフネ様のグループとはちゃんと距離をとっていたのに。あなたがいなくなったばっかりに私は――」


 

 ……待って。ちょっと待って!

 愚痴は後で聞いてあげるから、さっきの『駄目になった』について聞かせて。

 どう言う意味なの?

 聞き捨てならないんだけど!



「それは聞き捨てなりませんね」


 そーっ!

 ミケーレさん! よくぞ言ってくれました!

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