第13話 いきなりモブの惨めさを味わうことに
士官学園の二日目は、いきなり剣術の授業からだった。
なんと教官は、あのマヌエル君。
生徒の制服と似たようなデザインの服を着ているけれど、肩や袖口に豪華な飾りが付いている。そして襟の幅も広く、その色は青だった。
マヌエル君が小柄だからと馬鹿にされなければいいなあ、と保護者のような気持ちで見守っていたけれど、心配いらなかった。
どうやら貴族の子息の間では、知らぬ者がいないくらいの有名人だったみたい。
「うわっ。青団長だ」
「……あれが百年に一人と言われた天才か」
広い演習場の端に大きな朝礼台のようなものがあり、マヌエル君はその上に立っていた。
マヌエル君を前にざわついている生徒たちを、彼はひと睨みして黙らせると、よく通る声で言った。
「今日は、それぞれの力量を見極めて班分けを行う。ここにある剣を持って、俺の前に一列に並べ」
わかりやすく緊張が走った。
マヌエル君が、自ら手合わせをして力量を測ると言っているのだ。
自信のある者は、剣を交える機会を与えられたことに歓喜し、そうでない者は顔面を蒼白にして縮み上がっている。
もちろん私は後者だ。怖いに決まっている。
女、子ども相手でも、絶対に容赦しないと見た!
「なんだ。模造剣か」
「俺様が最初だー」と息巻いた生徒が、手に取った剣を掲げてぼやいた。
真剣の方がよかったと言いたげな態度に、他のみんなもちょっと引いている。
男子が取り終わって、私とナタリアちゃんが残りの剣を取った。
模造剣って何だろうと思って手に取ってみると、金属製の、剣を形取ったものだった。
なんというか、型に流し込んで作ったような。
みんなが軽々と手に取って並ぶから、私もつい片手で取っちゃったけど、重いったらありゃしない。
危うく、ぐにゃりと腕が変な方向に曲がるところだった。
これでは実力を発揮できないんですけど?
剣を持って、マヌエル君にそう瞳で訴えかけたけど無視された。
「ねえナタリア、これ――」
ナタリアちゃんに、「重くない?」と話しかけようとしたら、彼女は他の男子と同じように、感触を確かめるようにブンブンと振っていた。
「は?」
「少し違和感があるけど、これくらいなら問題なく扱えそう」
そうなの?
ここにいるみんな――みんな、そうなの?
新入生の大半はモブのはずなのに。モブキャラの中でも私は最下位ってこと?
ショック! これは堪える。かなり堪える。
「よしっ。全員持ったな。そこの女子も早く並べ」
私はナタリアちゃんに隠れるように最後尾に並んだ。
「では、早速始める」
マヌエル君はそう言うと、ぴょんと台から降りて、剣を斜め下に構えた。
「先頭のお前! 俺を殺す気でかかってこい!」
「はいっ」
こ、殺す気だなんて、言う方も言う方だけど、嬉々として返事をする方もどうかと思う。
先頭にいた黄色い髪の大柄な生徒は、剣を思いっきり振り上げた状態でマヌエル君に向かって行った。
――と思ったら、派手にすっ転んだ。
え? 何が起こったの? 勢い余って転んだの? マヌエル君は動いていないよね?
魔法? 魔法なのかな?
「……すごい。あんなスピードで剣を振るう人がいるなんて」
ナタリアちゃんがうっとりとした表情でマヌエル君を見ている。
「え? ちょっ、待って。ナタリア。見えたの? マヌエルく――団長、剣を振った?」
「うん。噂には聞いていたけど、あそこまでとは思わなかった。虫を払うくらうの力だと思う。全然本気じゃない」
ひぇー!!
目に見えないほどの速さで剣を振って、相手を吹っ飛ばしたマヌエル君もすごいけど、それが見えたナタリアちゃんもすごい。
可哀想なのは地面に転がっている男子だ。
何が起こったのかわかっていなさそう。よかった。そこは私と同じモブ並みの能力なんだ。
……まあ、そうだよね。
この世界は、ナタリアちゃんと攻略対象者のためにある世界だもんね。
うわあ。力を貸そうなんて、私、おこがましかったわ。
……それにしても。
「格好いい」
「おお」と感心したようなどよめきの中、押し殺したようにつぶやくのが精一杯だった。
よかった。
前世の私なら、「きゃー素敵! 格好いい!」なんて声を上げていたかも。
危なっ。
あのマヌエル君の厳しい表情。手を抜かない感じ。
ちょっとでも浮ついていようものなら、即、退学になるかもしれない。
マヌエル君なら進言しかねない。
「俺の動きを全然見ていなかったぞ。闇雲に突っ込んでどうする! 次っ!」
「はいっ」
二人目の生徒もマヌエル君信者のようで、さっきの黄色髪と同じように目を輝かせている。
同じ失敗をしないようにと、ゆっくりマヌエル君に近づいて間合いを取ると、剣を両手でしっかりと持ち、構えた。
剣道でいうところの中段の構えだ。
今度こそ、打ち合いが見られると思ったのに、やっぱり気がつけば生徒が地面に這いつくばっていた。
「なんで? ねえねえ。ナタリア。今の見えた?」
「……うん。マヌエル団長が、下から生徒の剣をポンと弾いて、剣が上に跳ね上がったところをすかさず右斜め下に叩いていた。生徒の剣を持つ手が離れる前の早技だったから、剣と一緒に団長の力を受けて転んじゃったみたい」
「え? それが一瞬の出来事なの?」
「うん」
もう、私は最下位でいいので棄権したいです。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます