第31話 アナザーストーリーが本編と交差しようとしている

 マヌエル君とカストさんから解放されて部屋に戻っても、どこか夢現ゆめうつつな状態で、ナタリアちゃんに話しかけられても、ろくに返事ができなかった。


「ごめん。ちょっと横にならせて」


 昨日の今日なので、ナタリアちゃんは気を利かせて、何も言わずに部屋を出て行ってくれた。



 ――聖女学園との交流会。



 その言葉がカストさんの口から発せられた時、文字通り心臓が一瞬止まった。

 目の前が真っ暗になるという例えを実体験した。

 本当に目の前からカストさんとマヌエル君の姿が消えた。



 私の全身から拒否感だか絶望感だかが出ていたと思うけれど、カストさんとマヌエル君には、みんなが嫌がる仕事を押し付けられて、嫌がっているようにしか見えなかったのかもしれない。


 カストさんは穏やかな表情で、立候補することが停学処分を免れる交換条件だと、暗に脅してきた。

 それを聞いた途端、カストさんの神々しさが一遍に吹っ飛んでしまったよ。


 ……あれ?

 他にもなんか言っていたような気もするけど。なんだっけ?



 それにしても何なの交流会って。

 男子校と女子校の交流会みたいな感じ? 知らないけど。

 実行委員って何すんの?!







「実行委員は、とにかく調整して決めていくのが仕事だ。イベントごとの詳細なスケジュール、参加者や招待客、それらの案内、当日の進行。どれも聖女学園の代表と打ち合わせをして決めていかなければならないんだ」


 ……へえ。


「その聖女学園との打ち合わせっていうのが曲者なんだ。向こうは常に上からだからな。こっちを従者くらいにしか見ていない。だからみんな嫌がるんだ」


 ……なるほど。


 シルヴァーノとロレンツォが、代わる代わる説明してくれている。





 マヌエル君の手荒い取り調べを受けて帰った後、一時間ほどで、再びの男子来寮となった。

 私は体と心に鞭打って、ナタリアちゃんに支えられながら談話室へと赴いた。


 マヌエル君は尋問部屋を出たその足で、ロレンツォとシルヴァーノを捕まえて交流会の実行委員の話をしたらしい。

 そりゃあ、家柄的に交流会についての予備知識がある二人に話をする方が早いもんね。

 その場で私たち一班が立候補することが決まったらしい。





「――で、だ。大きなイベントは二つ。御前試合と舞踏会。ひとまず、担当を割り振りたいと思うんだが」


 シルヴァーノはすっかりリーダーが板についたようで、私とナタリアちゃんに説明しながらも、テキパキと決めていってくれる。

 うーん。楽ぅー。



「オレは御前試合を担当したい。舞踏会の方は――特にダンスは、経験とのあるロレンツォに、軽食等をカッサンドラとナタリアに頼みたいと思うが、どうだろう?」


「実績ぃ?」

「実績って?」


 私とナタリアちゃんがそこに食いつくと、ロレンツォは一瞬だけむくれた表情を見せて、すぐに黙って目を伏せた。

 この角度が一番表情を読めないんだよね。

 絶対にわかっててやっているよね!



「ん? ああ。中等部の卒業パーティーじゃ、コイツを巡って争奪戦が繰り広げられたからな。お淑やかに振る舞いながら、目つきだけが異様にギラついていて……。あの女子たちの恐ろしさと言ったらなかった」


 くぅー。このイケメンヤロー! 色男めっ!


 でもその情報だと、私たちと同じ歳の中には、ロレンツォ以外に攻略対象はいなさそうだな。

 他は年上だったり年下だったりするんだ。



「……でも。それじゃあロレンツォだと、聖女学園の皆さんに取り囲まれて、仕事らしい仕事はできないのでは?」


 ナタリアちゃんが聖女のような意見でロレンツォを気遣った――けど。

 ……さて。これはどっちが正解なんだ? 



 ロレンツォが他の女子たちに囲まれているのを見たら、さすがのナタリアちゃんも嫉妬したりするかな?

 いや、それとも私がダンスを担当して、軽食の方をロレンツォとナタリアちゃんに担当してもらい、「いつしか二人は……」的なパターンを期待するか。



「ううぅ」

「なんだカッサンドラ。不満か? 意見があるなら聞こう!」


 いやシルヴァーノ。違うから。ちょっと黙ってて。



「……はあ。あの生き物の生態は、カッサンドラが一番よく知っているだろ。序列でしか物事を考えられない奴らだ。カッサンドラやナタリアがダンスの担当になったら、どんな目に遭わされるかわかったもんじゃない。俺でいい」


 きゃー! 嘘でしょう? 何、その自己犠牲の精神は!

 あれ? でも、「あの」って。

 もしかして、ロレンツォって女嫌いっていう設定なの?


 ムズい。これはムズい。どうするナタリアちゃん?



「それもそうだな。カッサンドラ、それでいいか?」


 全く違うことを考えていた私は、シルヴァーノに聞かれて、とりあえず首を縦に振っておいた。



「大まかな流れは前年と同じでいいだろう。男子寮の閲覧室に過去の資料があるらしい。それを見て踏襲すれば問題ないはずだ。ただ、マヌエル団長もおっしゃっていたが、今年は未来の王妃候補がいらっしゃるからな」


 また出たっ!

 ダフネこのヤロー!

 全ての問題や懸念事項はダフネに通ずる。


 こうなったら、シナリオライターとの勝負だ。

 私というイレギュラーな存在までは操れないよね?



「さっきのロレンツォの意見を聞く限り、聖女学園との窓口は、消去法でオレがよさそうだな。打ち合わせの日程は任せてもらえるか?」


「ああ」

「お願いっ!」

「よろしくお願いします」


 ここは三人とも異議なし。





 ……結局。

 どう足掻いても本編に関わらざるを得ないのなら、受けて立とうじゃないの!

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