第32話 私が学年代表ですって?!

 私の平凡な日常の前に、極悪シナリオライターの残酷イベントが立ち塞がってしまった。


 聖女学園との交流会。

 なんという破壊的なインパクトを与える言葉だろう。


 この身を破滅させるような匂いのする凶悪で最悪で無慈悲で残忍な――他にも言葉ないかな――イベント。





 シルヴァーノから、聖女学園との最初の打ち合わせが次の週末と聞かされたせいだろう。

 剣術の授業に身が入らないのはいつものことだけど、今日はいつにも増してやる気が出ない。




 班分けの日に、うっかりマヌエル君の剣を受けてしまったため、あれからずっと私は苦境に立たされている。

 それ以降の授業での、立ち位置の取り方が激ムズなんですけど。



 とりあえず、あれはまぐれだったんだ――と、みんなにわかってほしくて、適当に手を抜いていたらマヌエル君に見つかって、こっぴどく叱られた。


「そういえば、お前は、『入学前に自主的に練習していた』とか言っていたな。ちゃんとした教師をつけずに自己流で練習していたせいで、おかしな型の癖がついている。俺が徹底的に矯正してやろう」


 それからというもの、私の変な癖を直すという名目で個別指導まで開始される始末。

 でもマヌエル君てば、試験でちょろっと言ったことをよく覚えていたな。





 そうして気がつけば、「あの青団長が直々に指導するほどの」という冠とともに、今じゃすっかり私が首席扱いされている。

 首席って、どうやったら交代できるの?



 もうどうしていいかわからない。

 エンディングを迎えるためには、首席はナタリアちゃんかロレンツォじゃなきゃ駄目だと思う。

 なんなら、二人が首席争いをしながら徐々にいい雰囲気になっていく――っていう筋書きでもいいのに。






 交流会の日程が正式に発表されると、生徒たちだけでなく教官たちまでもが、わかりやすくソワソワし始めた。

 御前試合はマヌエル君の担当らしく、あまりの熱の入れように、私はちょっと引き気味だ。




 マヌエル君は、口を開けば、「御前試合」を引き合いに出すようになった。


試合の意味がわかっているのか? 国王陛下が臨席されるのだぞ。士官学園の恥を晒す訳にはいかないだろうが!」


「御前試合はたったの二試合だ。この十六人の中から選ばれた四人が国王陛下の前で試合を行うのだ。陛下だけではない。会場で警護している近衛騎士団のメンバーにも見られるということを、よーく覚えておけ! 死に物狂いでその座を勝ち取れ!」


 それはつまり――。

 二年後の就活のことも頭に入れて頑張れよ、ってこと?



 


 マヌエル君のやる気は、授業だけでなく個別指導にまで及んだ。

 ほんと、いい迷惑。


「御前試合まで、もう二ヶ月を切った。これまでは週に一回だけだったが、これからは二回に増やす」


 は? 私の都合は?

 ちょっと勝手すぎやしませんか?



「お前は素質はあるのに、怠け癖のせいで伸び悩んでいる」


 伸び悩んでいるので。

 そこんとこ、お間違え無く。

 ナタリアちゃんたちが追い抜いてくれるのを待っているんです!



「お前の相手を誰にするかはまだ決めていないが、稀に見る御前試合となるよう、この俺が徹底的に鍛え上げてやるつもりだ。覚悟はいいな?」


 いや、よくない。

 みんなには、「四名に選ばれるように頑張れ」って言っておきながら、既に一枠は私で決まっているなんて、そんなの駄目でしょう。



「ちょ、ちょっと待ってください。四名の代表ってどうやって決められるのですか? 公明正大に代表選考会とかをやる必要があると思うのですが」


 試合だと何が起こるかわからないから、私にも色々負けようがあると思うんだよね。



「必要ない。十六名の実力は既に把握している。あと二ヶ月弱で誰がどこまで伸びるかはわからんが、直前に最強の四名を選ぶまでだ」


 はあっ!?


「お前はそんなこと気にしなくていい。とにかく、俺と本気で打ち合えるくらいになって、観客たちの度肝を抜いてやれ」


 いやいやいやいやいやいや。

 そこはモブに徹したいのですよ。


 目立つとろくなことがないので。

 出る杭は打たれるって決まっているので。

 目立っても平気なのは、メインキャラの皆さんだけなので。


 

「ええと。私は本番に弱いので、万が一代表に選ばれても、ガチガチに緊張して、剣を一振りもできず恥を晒して終わる気がします。ちゃんと緊張せずに試合ができる人を選ばれた方がいいと思います」


 私を選んじゃうと、マヌエル君が恥をかくよーんと、脅してみる。



「そうか。今わかってよかった。ならば、衆人環視の元での練習も必要ということだな」

「は? ご冗談を」


 そんな発想あり? 

 いやいやいやいやいやいや。

 ご冗談を。



「この俺が冗談を言うと思うのか」


 メラり。

 マヌエル君のオーラが青い炎のようにゆらめいた。

 完全に感情に支配されている!



「お、思いません。滅相もございません。ち、ちなみに……。辞退とか――」

「はあん?」

「――する奴なんていませんよねー」


 これはアナザーストーリーによる強制力なのかもしれない。






「ここでやっていると聞いたが、本当にマヌエル団長が個別指導をしていたのだな」


 ほわんとする耳馴染みのいい声が聞こえて振り向くと、カストさんがニコニコと笑っていた。


 わーん。カストさーん。助けてくださーい。



「何かご用ですか? 今のこいつには一分一秒が惜しいんです」


 マヌエル君が珍しく上官に楯突いている。



「ははは。そうか。……ふむ。彼女にあの時の君を再現をさせるつもりなのだな」

「別にそんなんじゃ……」


 え? マヌエル君。何その顔。まさか図星? 

 ――で、再現とは?



「マヌエル団長も四年前に御前試合で華々しくデビューしたのだよ。国王陛下から直々にお褒めの言葉を賜ったほどだ。以降、彼は称賛される対象となり、陰口を叩く者はいなくなった。騎士は、その実力のみで評価されるのだ。年齢も身長も関係ない。――もちろん、家柄も性別もね」


 ……え?

 ちょっと待って。家柄と性別?

 それって――。

 じゃ、じゃあ、マヌエル君は私のことを思って……?



「俺は、一年生の中で代表に相応しい者を選抜して、鍛え上げるだけです」

「そうか。まあ、それなら今年の交流会も安心だな。君も頑張りたまえ」

「は、はい」


 カストさんはそれだけ言うと、穏やかな眼差しを私に向けて立ち去った。


 え? カストさん、マジで何しに来たの?



「ほらっ。ぼけっとすんな。続きをやるぞ!」

「はい!」



 マヌエル君の優しさを知ってしまったせいで、私はなんだか抗えなくなった。

 真面目に練習することは、シナリオに絡め取られるような行為だと思うのだけど。





 結局、マヌエル君の特訓によって、私は魔法をかける匙加減も、魔法をかけた後の剣術の腕も、格段に上達したのだった。

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