第40話 私、ダンスなんてしませんけど?
「王族を舐めてもらっちゃ困ります」
は?
いや舐めてなんかいませんけど?
それに、ミケーレさんは王族じゃないですよね?
「ドレスの一着や二着、すぐに用意させてみせましょう」
「いや、あの。私、別にダンスをしたい訳じゃありませんから」
「あなたにそのつもりがなくても、ダンスをしてもらわなくては困ります」
「……は?」
私のつれない反応が、ミケーレさんには、「どうせできやしないでしょう?」と、煽っているように見えたらしい。
「こんな部屋に隔離された私たちに何ができるのだと疑っていますね? ふふふ。できるのですよ!」
大袈裟に見栄を切るミケーレさんを見て、コルラード殿下がやっと重い腰を上げた。
――といっても、実際には視線を投げかけただけだけど。
「彼女を困らせているのがわからないのか?」と
キュン!
「ミケーレが暴走してしまい申し訳ない。日頃から好きにさせている私のせいだ。もう少し手綱を締めておくべきだった。野放しにするとすぐにこれだ」
ひゃー。王子様から直々に声をかけられてしまった。
「もー。たまに口を開けば私に対する文句ばかりですねー」
こらこら。
王子に向かって、そんな言い方はないでしょう。
こっちが冷や汗をかいてしまう。
「……あ、あの。ミケーレさん――様は、随分と砕けた口調でお話しされていらっしゃいますけど。その。コルラード殿下とそれほど気安く接しておられるということは――」
「ただの私の従者だ。貴族には違いないが、君が臆するような身分ではないので、気遣いは無用だ」
私の言わんとするところを汲んで、コルラード殿下がすかさず否定してくれた。
「何だか随分な言われようですが。まあそういうことです。殿下とは幼馴染なのでね。ああ、もちろん、私はちゃんと礼節をわきまえた行動ができる人間なのですよ。今みたいな会話は、二人きりの時だけですからね」
二人きりって――。
「あの。私がいますけど?」
「あっはっはっ。うん。うん。なので、このことは秘密にしてくださいね」
軽っ!
いいの? 王子の従者がそんなんでいいの?
「呆れるのも無理はない。私が許してしまったせいなのだ。それよりも話を戻すが、せっかくの交流会だ。実行委員としての職務を大切に思う気持ちはわかるが、開催までに相当準備をしたのであろう? 今日のこの滞りなく進んでいる様子を見ればわかる」
嬉しい。そんな風に見ていてくれた人もいるんだ。報われるわー。
「ここまでの準備を整えた時点で、もう十分にその責務を果たしていると思うが。もし人手が必要ならば、君の代理としてミケーレが喜んで働くと言っているのだ。彼の厚意を無にしないでほしい」
「え?」
「は?」
いや、そんな風には言っていなかった気がするけど。
ミケーレさんのあの目つきは、訂正を求めていますよ。
「ミケーレの言う通り、君のドレスを用意することくらいわけない。そうだろミケーレ?」
「何だか今日はやけに饒舌ですね。今すぐ訂正しておいた方がよいところがありますが、まあ、こちらが先ですかね」
ミケーレさんは渋い表情をしながらも命令には従うらしく、「では」と、私に軽く会釈して部屋を出ていった。
ミケーレさんが出ていってしまうと、超絶イケメンのコルラード殿下と二人っきりになってしまった。
イケメンには見慣れたと思っていたのに、「王子」という属性が付加されたせいなのか、まともに顔を見られない。
――というか。
その王子に自分が見られているのだと思っただけで、恥ずかしいっ!
心臓もバクバクと暴れ出したし、尋常でないくらい汗が噴き出ている。
もう、なんか、気絶して楽になりたい。
ミケーレさーん! 早く帰ってきてくださーい!
「何のもてなしも出来ず申し訳ない。給仕の者が来ないというのは本当なのだ」
ぎゃあー!!
話しかけられたから見ちゃったー!!
そんな優しそうな微笑みを浮かべた顔で――やめてっ!!
死ぬ!! 死ぬからーっ!!
もう心臓が大爆音で、加減もわからずに血液を全身に放出しているんですけど。
死因:血管膨張破裂とかなんとか
「い、いえっ」
ああもう。そりゃあ声も裏返るというものでしょう。
私が息も絶え絶えに喘いでいたら、ミケーレさんが戻ってきた。
意外に早かった。
ああ見えて、彼も出来る男だったんだ。
「ほらっ! こちらなんかどうです? あなたには、この色のドレスが似合うと思ったんですよー」
そう言うミケーレさんは、お姫様抱っこをする格好で黄色のドレスを持っている。
「ほう。お前の髪の色に似た黄色がか?」
「ええ! 私の髪の色のドレスがよくお似合いですよ。きっと!」
コルラード殿下の冷気を発するような声を、ミケーレさんは満面の笑みで受け流した。
……うわあ。
王子の顔が引き攣っているように見えるんですけど、気のせい?
「その方ならば、どのようなドレスをお召しになっても、きっとお美しいことでしょう」
……え? 誰?
「ランゲーロ侯爵夫人ではありませんか。いらっしゃっていたのですか」
ミケーレさんはドレスだけでなく、女性も連れて戻ってきたらしい。
コルラード殿下から親しげに声をかけられて嬉しそうにしている女性は、うーん、五十代くらいかな?
品の良いご婦人って感じ。
ああ、侯爵夫人って言ってたもんね。そりゃそうか。
「ええ。久しぶりに覗いてみたのですが。まさか殿下にお会いできるとは……。息災なご様子で安心いたしました。こちらの方のお支度は承りますが、殿下の方のお支度は大丈夫ですか? どなたか呼んで参りましょうか?」
またしてもミケーレさんがニヤニヤ顔を発動した。
「ああお構いなく。私が慣れておりますので。今日みたいに急に心変わりされても、慣れておりますので」
「急に? ではダンスのご予定はなかったのですか?」
「そうなのです。たった今お決めになられたのです」
「まあ。それでは急ぎ知らせませんと」
……あ! そっか。
ロレンツォのリストに追加しなきゃいけないんだね。
「それでしたら私にお任せください。友人がリストを持っているので、急ぎ知らせて殿下のお名前を書き加えてまいります。それで――お相手はどなたをご希望ですか? お約束がなくても大丈夫だと思います(もう王子って時点で大丈夫だと思います)。王族方が臨席される場で、コルラード殿下のお相手として名前を呼び上げられて、登場されない方などいらっしゃるはずがありません」
「いや、私は――」
コルラード殿下が否定しかけたようだけど、またしてもミケーレさんが主人の言葉を遮った。
「そうですよねー! そんな方はいらっしゃいませんよねー! ですが、リストの件は私にお任せください。あなたはほら、支度を急いで。ランゲーロ侯爵夫人。よろしくお願いしますね。私たちは舞踏会の会場でお待ちしています」
「ささ、早く早く」とミケーレさんに急かされて、私とランゲーロ夫人は、部屋から送り出された。
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