第41話 愛され主人公のように変身させられてしまった

 迷路のように廊下が交差する宮殿を、ランゲーロ夫人は静々と歩いていく。

 私は黙ってその後をついて行った。


 宮殿って、無駄にいっぱい部屋があるよね。



 似たような部屋が並ぶ中、何の目印もないのに、夫人は迷うことなく自身の部屋のドアを開けた。

 ドアが開いた途端、どこか懐かしいフレーバーティーの香りに鼻をくすぐられた。



 三人の侍女が、声を揃えて「お帰りなさいませ」と夫人を迎えた。

 私のことも聞いているようで、「お嬢様はこちらへどうぞ」と、そのうちの一人が案内してくれた。



 部屋の奥にもう一つドアがあり、その中へ入るようにと促される。

 私が入ると、侍女が二人続いて入ってきた。

 どうやらこの二人が私の支度をするらしい。



 「こちらにお掛けください」と椅子を引かれ、ドレッサーの前に座らされた。


 心臓がトクンと鳴る。

 今でもドレッサーの鏡を見ると、体が反応しちゃうんだよね。


 でも目の前のドレッサーは、さすがに宮殿にあるだけあって、とても美しい装飾がされていた。

 足の部分や鏡の枠の白地には、草花をモチーフにしたような模様が金色で描かれている。



 侍女たちは、ドレッサーから櫛やピンを取り出すと、鏡の私に向かって、「では始めますね」と声をかけてくれた。


 若い方の――といっても二十代後半ぐらい? ――侍女が私の髪を丁寧にとかしながら、あらあらという顔で苦笑した。


「それにしても短くお切りになられていらっしゃいますね」


 もう一人の四十代くらいの侍女は、はっきりと苦言を呈した。


「お嬢様。成人されたからには、いつパーティにお招きされてもいいように、髪の毛はちゃんと伸ばしておかなければなりませんよ」


 そう優しく諭してくれたけれど、四ヶ月前に会っていたら、なんて言われていただろう。


 侍女たちには少し切り過ぎに見えたこの髪だけど、これでも四、五センチ伸びたところだからね。

 肩にかかる程度だった髪も、今や鎖骨の下まで伸びている。

 でもアップにするには、さすがに長さも毛量も足りない。


 そんな私の考えを読み取ったように、「大丈夫ですよ」と、年上の侍女がニッコリ笑った。



 侍女たちは少し話し合った後、方針が決まったようで、年上侍女の指示に従って、年下侍女が手を動かす。


 最初にトップの髪をピンでまとめると、残りの髪を二つの房に分け、二人が左右から白いリボンを器用に編み込んでいった。

 そして編み込んだ髪を一つにまとめると(グイッとピンをさされた)、トップの髪を櫛で逆立ててから、ふんわりとポンパドールっぽくまとめてくれた。


 正面を向いている私には、後ろの状態が見えないけれど、襟足が見えるようになっただけで正装感が出た。


 出来上がりかと思ったら、花瓶に生けてあった白いダリアの茎を、年上侍女が短く切り始めた。

 え? と思っているうちに、二人はダリアを私の髪に挿していった。

 まさかの大きなダリアでのカサ増し!



「さあ、出来ましたよ」


 年上侍女がそう言って、私にも見えるように三面鏡の角度を調整してくれた。


 ……きれい。

 どうしよう。ものすごく素敵なんですけど!


 ああ、ナタリアちゃん。ごめん。本当にごめん!

 私も女子なので、これには参る。

 完全に私がヒロインのお株を奪っているけど、今だけは許して。




 続いてドレスに着替えさせられると、二人は全体のフィット感を確認していく。

 ドレスは私には少しだけ大きかったので、二人がかりで要所要所をつまんで縫ってくれた。



「お待たせいたしました。これで完成です。とても素敵ですよ」


 年上侍女のその言葉に、年下侍女もうなずいている。



 ドレッサーの横の姿見に全身を映すと、つい、ため息が出た。

 自分に見惚れちゃうなんて……。

 シンデレラもこんな気持ちだったのかな……。

 ドレスに魔法をかけられてしまったみたい。



「では奥様に最終確認をしていただきましょう」


 年上侍女にそう言われて、私はランゲーロ夫人の前に連れていかれた。



「あら! とっても綺麗よ。これならどこの令嬢にも負けないわ」



 ……ええと。

 その類の勝負なら、ダフネが連続優勝記録を更新中だと思うけど。


 ――なんてことを思いながら、侍女の案内で舞踏会の会場へと向かった。




 ぼーっと歩いていた私は、実行委員の仕事のことなどすっかり忘れていた。

 自分にはダンスの相手などいないということも。

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