第39話 だから私がカッサンドラになったのか
「この方が、――ああ、カッサンドラでしたね。カッサンドラが駄目になったから、あなたにその役が回ってきたとはどういう意味ですか?」
「わ、私はただ――」
少女はうっかり口を滑らしたことで、更に窮地に陥ったことを察して口を閉じようとしたが、ミケーレさんが許さなかった。
イケメンが威圧すると何倍にも凄みが増す。
「さっさと知っていることをしゃべってください。あなたは今、自分の命が誰の手に握られているのか、わかっているのですか? あなたにできることは、洗いざらいしゃべって慈悲を乞うことだけなのですよ?」
ちょっと可哀想な気もするけれど、知っていることをしゃべってもらいたいので、私もミケーレさん側だぞと、心を鬼にして彼女を睨んでみる。
「そ、それはその。中等部を卒業してすぐに、カッサンドラが病死したという噂が広がって……。その直前に、彼女がダフネ様からチョコを渡されて、家に帰ってから食べるよう指示されていたのを見ていた人がいて――。だからチョコを食べたせいで死んだんじゃないかって、みんなが――」
……何なのそれ。
毒入りのチョコを私に食べさせたの?
……え?
つまり――どれくらい効き目があるのかを確認するために?
「ダフネ様も、『カッサンドラが駄目になった。失敗だった』と漏らされていたから――」
……なんてこと!
ダフネがそんな人でなしの感想をつぶやいていた頃、毒入りのチョコを食べさせられたカッサンドラちゃんは、生死の境を彷徨って――。
多分、口にしてすぐに毒に蝕まれ、もがき苦しんでドレッサーにぶつかっちゃったんだ。
それでも生きようと必死にもがいたに違いない。
二日間抵抗を続けたけど、健闘むなしく命を奪われてしまったんだ。
そして――。
きっと同じ頃、居酒屋の鏡に頭をぶつけた私も昇天しちゃったのね。
何がどうなったのかわからないけれど、魂が抜けたカッサンドラちゃんの体に迷い込んじゃったのかもしれない。
可哀想なカッサンドラちゃん。
たとえゲーム世界の中だって、そんな風に命を奪われていいはずがない。
おのれダフネめ!
「で、ですが、ただの噂であって、ダフネ様が『駄目になった』とおっしゃった意味はわかりません。わ、私が勝手に邪推しただけで、だ、ダフネ様は――」
どもりながら話す少女を、ミケーレさんがうんざりした顔で止めた。
「あーもういいです。わかりました。さて。あなたをどうしたものですかね? ねえ?」
ミケーレさんは、少女の処遇について私に尋ねるように話しかけてきた。
「……」
迂闊なことは言えないし、なんとなくミケーレさんはもう決めているみたいだから、無言のままミケーレさんを見返した。
ミケーレさんは私に微笑してから少女を一瞥した。
「うん。そうですね。この部屋に死体が転がるのも嫌ですしねー。それを片付けるのはもっと面倒ですし。まあ、帰っていただくとしましょうか。あなたは、『従者に手渡した』とだけ報告しなさい。余計なことを喋ったら、どうなるかわかりますね?」
ミケーレさんの目がギランと光った。
少女は、「ひっ」と、恐怖に震えてうなずくことしかできない。
「じゃあ、さっさと出ていってください。私の気が変わるかもしれませんよ」
「し、失礼致します」
少女が逃げるように部屋を出ていくと、ミケーレさんがやるせなさそうにつぶやいた。
「あの者に証言させたところで、首謀者に『知らぬ』と言われればそれまでですからね。まあ、そのような状況になれば、証言などさせないでしょうけど」
くぅー。
犯人はわかっているのに。
それなのに何もできないなんて。
「さて――と。これからどうしますかね?」
ミケーレさんが、悪戯にでも誘うような目つきで、コルラード殿下に尋ねた。
「この後のスケジュールなら決まっているだろう」
「ああそうでした。確か、次は舞踏会でしたね!」
一連の出来事などなかったかのように答えるコルラード殿下の平常心ぶりがすごい。
嬉しそうに呼応するミケーレさんは、何かを企んでいるようでちょっと怖い。
ニンマリしていたミケーレさんが、私に目を止めると、ハッとして目を瞬いた。
「あなた。こんなところで油を売っていていいのですか? 準備があるでしょう?」
そうだった!!
うわー!! ヤバーい。
ナタリアちゃんに任せっきりになっているよ。
どーしよー!!
「そ、そうでした! 私は実行委員なのです。舞踏会の軽食担当なので、急いで準備状況を確認しに――」
「え? 何を馬鹿なことを言っているのです? 違うでしょう?」
真面目な顔のミケーレさんに遮られてしまった。
何も違わないんですけど。
「この後はダンスですよ。あなたもダンスをするのです。軽食の準備なんか確認しなくてもできているに決まっています。さっ。早く着替えて準備をしてください」
……は?
そっちこそ何を言っているの?
「私たち実行委員は進行役も務めるので、ダンスをしないのです」
そうなのだ。
まさかのロレンツォがダンスをしないと聞いた時の(正確にはシルヴァーノがそう通達した後の)、聖女学園の反応は凄まじかった。
どういうつもりなのかと猛抗議を受け、シルヴァーノが聖女学園に出向いて
ロレンツォは、
舞踏会では、誰と誰がペアになってダンスをするのか、進行役が名前を呼び上げる決まりがあるらしい。
そのマッチング自体も、ものすごく大変だったみたいだけど。
人気者には希望が殺到するだろうし、家柄の釣り合いとかも考える必要があるものね。
「生徒が主役の交流会において、ダンスをしない生徒がいるなど、とても容認できませんね!」
「許しがたい」と大袈裟に怒ってみせるミケーレさんを、コルラード殿下は何も言わず放置している。
ええっ?
でも例年通りのはずですよ。
ずっとそうだったのでは?
「そういう決まりなので私たちは納得していますけど? そもそも私は舞踏会用のドレスを作っていませんから、準備のしようもありません」
「……! そんなことですか」
今、コルラード殿下が私の方を向いて、何かを言いかけたように見えたんですけど。
ミケーレさんて従者なのに、ご主人様のセリフを奪ってない?
……それと。
そのいかにも腹黒そうなニヤニヤ顔は、やめてもらえませんか。
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