第10話 編入試験(入学できないと困るんです)

「コホン」


 カストさんが静かに咳払いをした。


 はっ!

 見惚れている場合じゃなかった。



「し、失礼しました。私はカッサンドラ・ウルビーノです。編入試験を受けにやって参りました。よろしくお願いします」


 カストさんは、「うんうん」と優しくうなずいてくれたけど、マヌエル君は、「けっ。お前みたいなのが何しに来やがった?」とでも言いたげに、露骨にブスッとしている。


 うん。第一印象が最悪なのは私のせいなので、そう思われるのも無理はありません。はい。



「マヌエル団長。先程は大変失礼いたしました。心からお詫びいたします」

「ふん」


 あ、マヌエル君が横向いちゃった。


「まあ。君ほどはっきり言葉にする者も珍しいが、よく間違われるのだ。今後、気をつけてくれればいい」


 うわあ。上役なのにフォローしてくれるなんて。カストさんは本当にいい人だなあ。人間ができているわ。

 顔良し。性格良し。言うことないなあ。もしかして攻略対象だったりする?


 あれ? でも、マヌエル君みたいな変わり種も攻略対象にいておかしくないよね。

 バラエティに富んでいるはずだもの。


 もうほんと、ちゃんと攻略対象の顔を思い出せないものかねー、私。



「ところで。少々妙な始まり方をしてしまったが、試験を始めてもよいかな?」


 カストさんの声はとっても心地いい。


「は、はいっ。よろしくお願いします」

「いや。そんな風に構えなくていいから。今回は珍しいケースだったので、本人に志望の確認とその動機を聞きたいと思ってね」


 し、志望動機!

 時間があったのに、体を鍛えることに夢中で試験対策はやっていなかった。

 馬鹿! 私の馬鹿!!

 でもここは熱意で押し切らねば!



「俺は反対だ! 見てみろコイツを。こんな貧弱なヤツが騎士になれると思うか?」


 私が口を開こうとしたら、先にマヌエル君がいきなり過激な発言をした。


 「反対」ですって?

 それはまあ、ドレス姿に大判ストールという出で立ちの私は、騎士を目指しているようには見えないかもですけど。


 でもでも!

 ここで言い負かされる訳にはいかない。



「私は――。私は、心の底からこの王立士官学園に入学したいと思っています。私が自分で考えて自分で決めたことなのです。士官学園の授業にもついていけるように自主的に練習もしました。そうだ。練習の成果を見ていただけますか?」


 なんか――なんかないかな。

 私が剣道の得意技を披露すれば、「おっ!」と見方を変えてくれるかもしれない。


 あー。特注した剣が出来上がっていればなー。


 見渡しても部屋には棒状の物がない。

 ――いや、あった!

 部屋の隅にモップが立てかけてある。


「すみません。これをお借りしますね」


 モップを手に取ってみると、ヘッド部分が重くて、ちょっと振りづらい。

 ここは、思い切ってヘッドを取って、長い柄だけを使わせてもらおう。

 壊しちゃうことになるけれど、これくらいは我が家でも弁償できるはず。


 思い切って、ブーツでヘッドの上を踏んづけた。

 想定では、バキッと折れるはずだったのに、ジーンと足が痛いだけに終わった。



「はん! モップを折ったぐらいで評価されると思ったのか? 出来もしなかったが」


 マヌエル君はそういうと、私からモップを奪って、チョンと蹴った。

 本当に、ヘッドの上をチョンと蹴っただけなのに、ポキンとヘッドが床に転がった。


「ふえぇー!」


 情けない声が出ちゃったけど、そう、それ!

 私もそれがしたかった。


 私の驚愕した様子に満足したのか、マヌエル君の機嫌は直ったみたいで、「ほら」と、細長い柄を私に向かって放った。


 こっからです。こっからなのですよ。


「で、では」


 うん。ちょっと太いけど、大丈夫。やれる。



 二人の試験官のちょうど真ん中あたりに立って、長い柄を頭上に持ち上げる。

 そして一気に正面に振り下ろすと、すかさず右横へ払って、仮想敵を想像しながら小手こてを決める。

 間を空けずに左の仮想敵の胴を打つ。


 ふふふ。決まった!

 どう? 結構やるでしょ?



「そんなんじゃ駄目だな」



 マヌエル君っ!!

 そんなっ。嘘でしょう!

 あれですよね。思った以上にすごくて驚いたから、それを隠すために、わざとそんな風にけなしているだけですよね?


「それでは、ここで手合わせ願えますか? 実技試験ということで」

「もちろんだ。本来ならばそういう選別をしているのだからな」


 私とマヌエル君が互いに睨み合って火花を散らしていると、カストさんから「待った」がかかった。


「まあまあ。二人とも落ち着いて。実技試験は平民が受けるものでしょう。君がこの学園に入りたい熱意は受け取りました。もう十分です。結果は三日後に通知します」



 ……へ? 何それ?

 結果って、まるで試験の合否を通知するみたいな言い方。


 え? ええっ!

 それって――不合格もあり得るっていうことですか!


 思わず膝から崩れ落ちた。



「こ、困ります。そんなの困ります!」


 私は、立ち上がるとストールを取って、二人に向き直った。



 一仕事終えたとばかりにお茶を飲んでいた二人は、揃って「ブーッ」とお茶を吹き出した。



「き、君!」

「お、おまっ、お前っ」


 いくらイケメンでも、私の命を脅かす行為は許さない。


「この通り、髪を結うという規則を守れないので、もう聖女学園には入学できません。私には士官学園に入学する道しか残されていないのです! これが私の決意です! どうか、どうか! 何卒貴校への入学をお認めください!」



 マヌエル君は目を剥いたまま、「あわわ」と言葉にならない何かを発していたけれど、カストさんはすぐに我に返って、「結果は三日後に通知します。本日はご苦労様でした」と締めくくった。






 嵐のような編入試験が終わり、生き地獄のような三日間が経った。


 私以上にソワソワする家族と共に、応接室で、今か今かと知らせを待っていた。



 その知らせは昼前に届いた。

 使用人が封書を両手で持ってきて、恭しく父親の前に置いた。

 

 父親は封を切ると、少し思案してから私の方へ封書をよこした。


「自分で開けてみなさい」

「は、はい」


 皆がゴクリと唾を飲み込む。

 中から書類を取り出し、目で文字を追う。



「ご、合格ですって!」


「よかったな」

「まあ!」

「おめでとうございます。お姉様!」


 合格! やったー! 合格だー!!




 これでダフネとは違う道を行ける。カッサンドラは本編から逸脱した。


 今日を境に、決定的に運命が分かれたんだ。

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