第11話 入学式はイケメン祭り

 王立士官学園の入学式は、学園内にある大聖堂で行われる。

 

 立派な大聖堂に見惚れながら中に入り、何の構えもなしに新入生の列に並んだ私は、危うく心臓が止まるところだった。



「ああ、失礼。お先にどうぞ」


 背が低いから前に、という親切心だろうか。

 前に並んでいる男性が私に気づいて、後から来たのに譲られた。


 「ありがとうございま――」


 ひょえっ!

 誰だっけ? こんなイケメンいたっけ?

 サラッサラの青い髪をなびかせたイケメンが、ニッコリ微笑んでいた。


 攻略対象か? そう思って周囲との差を確認しようとして仰天した。


 ――違う。

 全員だ。全員が強烈に美しい顔面をしている!

 攻略対象以外もここまでイケメンにする?


 きゃあー! キャラデザ万歳!!

 ゲームに登場する人物はモブも含めて全員、気合の入ったイケメンにしたんだ!


 何この状態? このイケメンだらけの空間。もう暴力的な圧に押されて潰れちゃいそう。


 アニメだと、主要キャラの背後にぼんやりと映り込むくらいの存在なのに。

 生きている彼らの破壊力ときたら!


 もう一回言わせてほしい。


 キャラデザ万歳!! 誰だか知らないけど、神っ!





 新入生は十六名で、うち女性は二人。私とヒロインのナタリアだけ。

 十四名の男子生徒の眩しいことと言ったら!


 右も左も、もう一人残らず全員が攻略対象でもいいくらい。

 メインキャラとサブキャラの区別がつかない。



「そんなことってあるー!?」


 叫ばずにはいられない。でも叫ぶ訳にはいかない。


 イケメンたちを瞳に映す度に、ドックンドックン血液が体内を駆け巡る音が聞こえる。

 氾濫する暴れ川のように、私の体を内側から破壊しようとしていた。



 死因:血流大暴走とかなんとか。



 本当にそうなりそうなほど、美しい顔に酔ってしまった。

 隙を見せると鼻から血を吹き出してしまうところだ。

 でもまあ、そうなったらなったで、いっかー。もうどうにでもなれー!




 ヤバい。これはかなりヤバい。もうここまで色んな種類のイケメンが揃ったら、あとは好みの問題なんじゃ……。

 じゃなくて。ちゃんと普通にしていられる?

 それも違う。目的を忘れている。



 ――ヒロインであるナタリアと仲良くなること。



 そう。それが一番の目的。だからまずはナタリアを探さないと!

 

 眩しい笑顔をかき分けて、私は先頭までしゃしゃり出た。


 ナタリアを探そうとするとイケメンが目に入る。

 ナタリア、イケメン。違う違う。ナタリア、イケメン、違う違う――と、気持ちを揺らしながら周囲を見ては、ニヤニヤして頭を振るという謎の行為を繰り返していた。

 


 そんな私を正気に戻してくれたのは、このゲームのヒロイン、ナタリアだった。


「あのう。私、背が低いので『前の方へ』と皆さんに言われて……」


 おずおずと私に話しかけてきたナタリアは、私と同じくらいの背格好だった。



 私の襟元を見て、彼女がハッと緊張するのがわかった。


 私たちに支給された制服は、貴族出身か平民出身かが一目でわかるように、白を基調にした制服の襟の色が異なっている。

 平民のナタリアの襟は白、私の襟は黒だ。



 体格的に劣っている私を平民だとナタリアは思って、気安く話しかけてきたに違いない。


「も、申し訳ございません。私はナタリアと申します。貴族の方とお見受けいたしますが、お名前を伺うことをお許しいただけますか」

 

「もっちろん!」


 ああ! ナタリアちゃん!

 薄桃色の髪の毛はふんわりとカールしていて、金色の瞳とすごく合っている。

 実物はこんなにも可愛かったのかー。


 あなたは私の救世主! 救世主なんですよ。あなたが幸せになってくれさえすれば、もう言うことはありません。 

 なので、二人三脚でエンディングまで頑張りましょう。



 ――って。言いたかったけど、そこはグッと堪えた。


「初めまして。私はカッサンドラ。よろしくね。身分のことは気にしないで。私の家はしがない男爵家だし。女性同士、助け合いましょう!」


「女性……?」



 ナタリアちゃんも驚いてポカンとしているけれど、周囲からも、「え?」とか「なんだって?」という言葉が漏れ聞こえた。



 ……あ。この髪ね。



「あのね。この髪は――うっかり切っちゃって。あは。あははは」


 うーん。全然誤魔化せていないな。



「そ、そうだったのですね。それでは――。はい。こちらこそ、よろしくお願いします」


 素直に私の言うことを受け止めて、そう言って微笑むナタリアちゃんの愛らしいことよ。

 



「あれ? 背の順に並んでんのか?」


 キョロキョロと周りを見ながら私とナタリアちゃんの後ろにやって来たのは、黒の貴公子こと、ロレンツォだった。


 この人、知ってる! やっと攻略対象発見!


 攻略対象の中で唯一の黒髪イケメンだったから覚えている。

 自分にも他人にも無関心で、その癖、誰に対しても偏見なく親切に振る舞うのだ。

 確かナタリアちゃんも不意打ちをくらって、キュンキュンしていた場面があったはず。


 無自覚なところがいい! たまらん! と、ファンが多いキャラだ。

 ほー。

 ロレンツォと同期になるのか。



「えっと。私たちだけ皆さんと比べて小さいので、前に行かせてもらったのです」

「ふーん」



 うぉー。ロレンツォ。ナタリアちゃんの笑顔を見ても平気なんだ。

 そりゃあ、攻略しがいがありますね。

 ね? ナタリアちゃん?



 ロレンツォの登場で、一瞬だけ私の動悸がヤバいことになったけど、どうやらナタリアちゃんと友達になれそうだと思ったら、気持ちが落ち着いてきた。




 ようやく壇上に目がいき、教官たちが並んでいる様子が見てとれた。

 壇上には私たち新入生と同じ制服を着ている生徒もいた。

 生徒代表かな。優秀なんだろうな。

 あ。女性の先輩もいる。すごーい。


 編入試験の時に会ったカストさんやマヌエル君の姿を見つけて、つい手を振りそうになった。

 彼らのお陰で入学できたんだもんね。


 あ! マヌエル君と目が合った! 

 え? 渋い顔で目を逸らした?

 悲しい。まあ特別扱いは出来ないものね。いくら珍しい女性でもね。




 入学式の司会は、神経質そうな学科担当と思われるヒョロリとした中年男性だった。


「ただいまより、王立士官学園の入学式を執り行います。まずは学園長より――」


 その辺りから、もう聞いていなかった。


 私の真後ろに立つナタリアちゃんと、どんなお話をしようかとか、同級生イケメンたちとの交流とか、あんなことやこんなこと、この先の楽しい学園ライフにずっと想像を巡らしていたから。



 入学式が終わるまでイケメンを愛でながら妄想に耽っていた私は、壇上からじっとりとした視線を向けられ、蛇のように舌なめずりをされていたことには全く気がつかなかった。

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