第18話 死神対策が発動

 そんなこんながあっての今日である。


「おはよう。カッサンドラ。少しは眠れたみたいね」

「え?」

「昨晩はずっと考え事をしていたでしょ?」

「な、なんで?」

「ふふふふ。カッサンドラはわかりやすいもの」


 そう。私はベッドに入ると、窓の外を見るフリで、ナタリアちゃんには背を向けて横になっていた。

 答えがなかなか見つからず、うんうん唸っていたのかもしれない。





 朝の身支度を終えたのに、鏡からなかなか目を離さない私に向かって、ナタリアちゃんが、「ふふふ」と笑いながら声をかけた。


「ねえカッサンドラ。もしかして魔物が出るっていう噂を信じているの?」



 今日の予定は、学園の敷地にある森での演習なのだ。

 視界が悪く足元がおぼつかない中で戦う訓練などを行う定番の森。


 上級生が行う雨の中の訓練は、脱落者が出るほど過酷だという噂だけど、今日は晴天。

 心配する要素はないはずなのに、私が気落ちしているものだから、魔物が出たらどうしようと悩んでいると思ったらしい。



 こんなエリートの集うお坊ちゃま学校の森に、魔物が出るはずがない。

 だって、魔物と戦うシーンなんて見たことないし。

 王都のど真ん中に魔物が湧くはずもない。



 私が悩んでいたのは、感知はできても対処する手段が用意できていないことなのだ。

 だって、何が起こるかわからないんだもの。

 対処のしようがない。



 あ、ミサイルが飛んでくることがわかりました。さあ、どうします? ――ってな状況になるのだ。

 加えて、私はという時に弱い。

 思考が麻痺して体が動かなくなるのだ。既に二回体験済み。



 ……ふう。

 まだ答えは出ていないけど、ナタリアちゃんを心配させたくないしなー。



「ちょっとだけ。ほんのちょっとだけよ。もしかしたらなって思っただけだから」

「もう、カッサンドラったら! 大丈夫よ。もしも魔物が現れても、マヌエル団長が退治してくれるから。ああ、あと、うちの班のリーダーが黙っちゃいないはず」

「確かに。シルヴァーノは飛び出しちゃいそう。でもあっという間に団長に退治されて悔しがるんだろうなあ」


 ほんと、目に浮かぶわ。


「うふふふ。ほらね。万が一のことが起こっても大丈夫でしょ」

「うん!」


 そうよ。この世界はラブラブ乙女ゲームの世界。アクション物じゃないんだから。


「よっし。じゃあ。シルヴァーノに負けないように頑張らなきゃね」






 ナタリアちゃんと、そんな会話をしながら女子寮を出たのが一時間前。


 今、私たち一班の四人は、方向感覚を失って森の奥深くで孤立している。

 どうしてこうなった?



 もちろんわかっている。

 きっかけは私が、「出たー!!」と叫んで闇雲に走り出したせいだ。

 センサーが五百メートル先で、を検知したのだ。

 文字通り大きな生物で、遭遇すれば危険だというアラートが鳴った。

 


「カッサンドラ! 待って!」


 走り出した私をナタリアちゃんが追いかけてきて、その後をロレンツォが、「何やってんだ」と追いかけてきた。

 メンバー全員が走って行ったのだ。リーダーであるシルヴァーノが追いかけて来ない訳がない。 

 

 結局、森の奥深くに迷い込んだところで、息を切らした私の足が止まった。



「おい! いったい何の真似だ?」


 結構走ったはずなのに、息一つ切らせていないロレンツォに、涼しい顔で尋ねられた。


 「だって急に大きな音楽が流れたから」とは言えない。



「な、なんか嫌な予感がして。あそこにいたらまずいっていうか」

「はあ?!」


 ちょっ、ちょっと。

 そんな風に眉を吊り上げて睨まないで。美形ならではの凄みが増すから。



「あれか? あれだな! 不幸が続いたせいで、次に来る不幸を察知できるようになったんだな!」


 ……すごい。マジか、シルヴァーノ。

 とんでもない意見だけど助かる。

 ナタリアちゃんもロレンツォも、「理解に苦しむ」と顔に書いてあるけれど。

 ここは乗っからせてもらいます。



「そう! そうなの! なんかそうなの! ああこれはヤバいかもって」


 慌ててそう言った私に、ロレンツォが、「そんな訳ないだろ。冗談抜きで、俺たち一班だけが勝手に――」と言いかけた時だった。


 ドドドドドドドドと、遠くの方で重たいものが地面を揺らす音が聞こえた。

 立ち上った砂煙が移動している。



 なんかどえらいモノが近づいて来ている!

 マジでヤバいよ。どうしよう。ものすごいスピードなんだけど。



「なんだ? なんの音だ?」


 と、シルヴァーノが音のした方へ目を凝らしている。

 ナタリアちゃんも同じ方向を見つめてつぶやいた。


「何かがこっちに来るみたい……」

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