第34話 モブ相手なら容赦しないからね

 リーダーのすぐ隣に座っている女性がナタリアに目を留めた。

 さすがにヒロインを無視することはできないんだね。


 ――と思ったら、不躾な視線を這わせた後、唇の端をニヤッと上げて言い放った。



「ただの噂だと思っていましたけど、本当に士官学園には平民の方が、それも女性が入学なさるのですね」


 出たー!

 ヒロインへの攻撃。

 モブ令嬢たちにすら敵認定されるんだね。


 それにしても。

 今日は襟の色が違う制服じゃなくて、四人とも同じ儀式用の制服を着ているのに。

 どうしてナタリアちゃんが平民ってわかったんだろう。


 ……あ。そっか。

 ナタリアちゃんを中等部で見かけたことないものね。

 それに貴族令嬢は、ほぼもれなく聖女学園に行くのだし。

 聖女学園ではなく士官学園に通っている時点で、平民ってわかるのか。



「それが何か? 実行委員に女性が二人いる方が、そちらとの協議には都合がよいと思うのですが」


 シルヴァーノが務めて冷静に言い返してくれた。


「女性が二人ですって?」


 あぁ。私か。

 そうなんです。こんなに髪が短いけど女性なのです。



「まさか。その小柄な方が? まあ!」

「平民の女性は髪を結い上げる習慣がないとは聞いたことがありますが……」

「そちらの代表に平民の女性が二人含まれるということは、よほど平民が多くいらっしゃるのね」


 聖女学園の生徒たちって、平民もいるっていう理由で士官学園を下に見ているのかな?


 おっと。今、私も平民と誤解されたようだけど。

 うーん。別に誤解されたままでもいいか。

 どうしようかな。一応言っておく?



「確かに平民だが、ナタリアは優秀だ。剣術でも俺と互角にやりあえるほどの腕前だしな。将来、護衛騎士を探す時が来たら、彼女のことを思い出すといい。……それに。端に座っているカッサンドラはれっきとした貴族だ。平民だと決めつけた発言を詫びてほしい」


 ロレンツォったら!

 ナタリアちゃんのことをベタ褒めじゃないの!


 ……え? ロレンツォ、え?

 じっと私の方を見ているけれど、そのアイコンタクトの意味は、「ナタリアのことは俺に任せろ」っていう意味?

 ついに恋心が目覚めたの?



「え? 今なんて……? まさか……」

「嘘……でしょう?」

「あなた……本当にカッサンドラ?」

「まあ! 本当だわ」


 四人が一斉に私を見ている。


 ええと? 私たちって、友達だった?

 まあ、そうか。

 貴族の子女は、子供の頃からずっと一緒な訳だから、当然知り合いか。


 リーダー令嬢が私に話しかけてきた。



「……あなた。中等部卒業と同時に、ダフネ様に切り捨てられたと聞いていたけれど。まさかそれで士官学園に? もう聖女学園にはあなたの居場所はないものね。それにしたって、その格好は何ですの?」


 ムカつく!

 その哀れみを浮かべながらも馬鹿にしたような顔、マジでムカつく。

 そっちだってモブキャラのくせに!

 

 ……やっぱ。

 なんか腹が立ってきた。どうしよう。言い返しちゃう?

 ああ、でもな。令嬢たちに上からこられても我慢しろって言われていたっけ。

 

 でも、ここはカッサンドラちゃんのために、一矢報いてやりたい。

 こういう人たちの中にいたのなら、きっと子供の頃から、何かにつけて意地悪されていたに決まっている。

 今の私なら、彼女の代わりに思いっきり言いたいことを言えるもんねー。


 ええと。何だっけ? 居場所――志望動機か。また聞かれているよ。



「お久しぶりですね、皆さん。私、体を動かすことが好きなので、思い切って新しい世界に飛び込んでみたのです。こーんな素敵な同級生に囲まれて、毎日楽しくて仕方がありませんわ」


 あなたたちが見惚れているロレンツォと毎日一緒で楽しいよーんと煽ってみたら、まあ、わかりやすく火が付いた。


 リーダー令嬢の顔が鬼のように醜く変化した。



「そんな強がりを私たちが信じるとでも?」


 リーダーが口火を切ったので、他の三人も一気に参戦した。


「私は、必要なドレスを準備できそうにないから入学を辞退したと聞きましたわ」

「まあ! おかわいそうに!」

「あら嫌だ。言ってくだされば一度袖を通したドレスをお譲りしたのにぃ」


 四人揃って、「おっほっほっほっ」と高笑いを始めた。


 くぅー。向こうの方が上手だったー!

 悔しい。口喧嘩で負けている!

 カッサンドラちゃんて、中等部時代は、こんな風にずっといじめられていたのかな。

 許せん!



「君たちの中等部時代の様子が垣間見れて、色々とわかったよ」


 私より先に、ロレンツォがたしなめてくれた。

 私のことを嘲笑していた四人は、「いっけね。ロレンツォの前だったー!」とでも言いたげに、一斉にお淑やかな仮面を被り直した。

 その様子ですら、彼は冷ややかな目で見ていたけれど。



「わ、私たちは別に。ただそういう噂を聞いただけで……」


 リーダーが慌てて取り繕おうとしているけど、もう遅い。

 私が無防備に見せた、あまりに美味しそうな攻撃材料エサに、ヨダレを垂らして食いついてしまった後だ。 



 ロレンツォはむっつりと押し黙って視線をテーブルに落としている。

 ナタリアちゃんは失言をしないよう口を閉じているのかな?

 まあ、初めて見る貴族令嬢たちの意地悪な性格にドン引きしたのかもしれない。

 

 向かいの四人も、ロレンツォの前でうっかり本性を出してしまったことを死ぬほど後悔しているみたいで、顔を引き攣らせて黙り込んでいる。



 凍りついた空気の中、シルヴァーノが口を開いた。

 リーダーらしく淡々と、今後のスケジュールや確認事項について話している。

 マジでいてくれて助かった。



 それにしても、「カッサンドラがダフネに切り捨てられた」ってどういうこと?

 私がカッサンドラとして覚醒する前の話だよね?

 私があれこれ動く前に、本編が歪んじゃってない?

 うーん。わからん。



 あーでもないこーでもないと物思いに耽っていたら、シルヴァーノがもう締めの挨拶をしていた。


 リーダー令嬢がロレンツォを見て何か言おうとしたのに、彼は先んじてそれを遮り、「見送りは結構」と言い放って立ち上がった。


 やるじゃん! ロレンツォ!


 「では失礼する」とだけ言って部屋を出るロレンツォを先頭に、私たちは聖女学園を後にした。





 士官学園に戻ってからというもの、シルヴァーノは、後で言った言わないと揉めないように、相手の言質を取るためか、決定事項を記した書簡をせっせと送り続けた。

 悲しきモブの定めかな。

 ほんと普通にイケメンなのに、まめなモブ男設定だったんだね。

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