第35話 交流会の日を迎えてしまった

 華やかな儀式用の制服を着て、私は今、宮殿の控え室にいる。


 交流会って、てっきり聖女学園で開催されるのだと思っていた。


 「国王陛下も臨席」って、学園にやって来られる訳じゃなくって、国王陛下がいらっしゃるところで、っていう意味だったのね。






 つい今し方、聖女学園と士官学園の全生徒がホールに並ぶ中、王族方や来賓の前で、交流会の開催が宣言された。

 なんと総合司会は、士官学園の入学式の司会をしていた教官だった。声と喋り方の癖でかろうじてわかった。


 御前試合に出場する私は、すぐに移動できるようにと最後尾に並ばされていたため、王族や来賓の姿を拝めなかったのだ。

 要注意人物である王子の顔を見ておきたかったのに。




 そして開会宣言の直後に、いきなりの御前試合である。


 うん。これはシナリオライターが横着をしたな。絶対にそうだ。

 ――ってか、本編だとこんな感じで進んでいくの?

 詳細は割愛されて、見せ場だけが続くのかな。



 ――などと、あれこれ考えても仕方がない。

 代表発表時のマヌエル君の言葉を思い出すと冷や汗が出る。






「士官学園の評価はお前ら四人にかかっている。未来の騎士となる腕前を存分に見せつけてやれ。お前たちは近年稀に見る逸材だ。『瞠目に値する試合だった』と、語り継がれることだろう。喜べ。俺の折り紙つきだ」


 喜べるかっ!

 私は器用に、というか、いい感じに魔法を使って、居並ぶ観客らに、「うおおっ!」とか、「今年はいつもと全然違うっ!」みたいな歓声を上げさせなければならないのだ。

 それがマヌエル君からのオーダー。

 マヌエル君ってば、なんちゅうミッションを課してくれてんの!



 御前試合の一試合目が、私 VS シルヴァーノ。二試合目がナタリアちゃん VS ロレンツォ。

 これ、この世界じゃ、二試合目がメインのドリームマッチだよね。

 モブ同士の前座って必要?


 私のオープニングアクトから始まるなんて。

 とにかく、「沸かせて来い!」ってことでしょう?






「準備はいいか? そろそろ行くぞ」


 まさかのマヌエル君が、控え室に呼びに来てくれた。

 今日のマヌエル君はオフィシャル仕様なのか、めちゃくちゃ格好いいっ!


 ツンツン尖った毛先は相変わらずだけど、いつになく真剣な表情が男らしい。

 なのに、大きな青い瞳はクリっとしていて、乙女心をくすぐられてしまう。



「多少の緊張は仕方がないが、実力を発揮せずに終わることだけは許さないからな。相手は何度も戦ったことのあるシルヴァーノだ。アイツは緊張などしないだろう。むしろ、お前に勝つことだけを考えてがむしゃらに立ち向かってくるはずだ。不安要素があるとすればお前だ。学年代表として剣術を披露するのだということを忘れるなよ。お前の代わりに出場したかった者たちを、選ばれなかった十二人の気持ちをよく考えるんだな。……ふう。まあ今更か。ほら立て!」


 ……いいえ。今更だなんて。

 あまりの懐かしさに泣きそうです。そのセリフ……。



「選ばれた奴は、選ばれなかった奴らの分まで、ちゃんと気持ちを背負って実力を発揮する義務がある」

  


 コーチも言っていたなー。

 そんなこと言われたら、手抜きできないじゃない。どうしよう。


 でもだからといって、王族の前で私のチート魔法を見せつける訳にはいかないし。

 こんなところで目立つのはリスクでしかない。

 モブらしく誰の印象にも残らないのがいいに決まっている。

 ……困った。




 そうして気持ちの定まらないまま、先ほどのホールまで連れていかれた。

 ドアの向こうで私の名前が高らかに呼ばれたのを確認してホールに入る。


 大きな歓声の中を、「ふんっ」と、胸を張って中央まで歩く私。

 ……なんか、プロレスラーの入場みたい。




 ホールでは、聖女学園と士官学園の生徒が両側に分かれていた。

 歓声を上げているのは士官学園の生徒だけ。

 まあ、お嬢様たちはそんな下品なことできないか。



 うわっ。まさかの審判がカストさんなんですけど!

 贅沢過ぎるー!!


 シルヴァーノも入場し、私たちはいったん横に並ぶと、カストさんとも呼吸を合わせて、王族方の席、来賓席、最後に建国王の像の三方向に、それぞれ一礼する。

 御前試合の礼儀とその重要性については、マヌエル君から、しこたま叩き込まれている。


 私はただただ順番を間違えないように、心の中で、「真ん中、左、右」と唱えていた。

 人の顔なんか見る余裕はない。



 礼が終わると、カストさんを真ん中に、私とシルヴァーノは距離をとって離れる。



「騎士は国の礎を守りし者なり。誓いを立て弱き者を庇護する者なり。騎士たる覚悟があるのなら己が剣を抜き、その剣で示すがよい。いざっ!」


 カストさんが、いにしえより伝わる伝統の言葉で、試合開始を高らかに宣言した。


 「いざっ」という号令を聞いた瞬間、シルヴァーノの唇が動いた。

 最近の彼は、相手に一太刀浴びせる前に、魔法で剣に加重するのがお気に入りなのだ。

 これ、何の対策もせずに彼の剣を受けちゃうと、どえらいことになるからね。

 マッシュルームカットの無惨な姿が脳裏に蘇るけど、私は大丈夫。


 なぜって、「大丈夫」って思っているから!


 私は、彼の剣を自分の細い剣が受け流すところを思い描く。

 力の限り真剣に戦っている自分の凛々しい姿を想像する。



 そんな風なイメージを得意魔法で具現化して、時にシルヴァーノの剣を受け流したり、正面から受け止めたりして戦った。

 手に汗握る戦いを演じていると、要所要所で周囲から歓声が上がった。


 ……よかった。ちゃんとマヌエル君のオーダーをこなせているみたい。



 一安心したところで、試合の終わらせ方を考える。


 もう少しだけ対等に打ち合ってから、ジリジリとシルヴァーノに追い詰められていく自分を想像するか。




 そろそろ適当なところで、シルヴァーノに私の剣を吹っ飛ばしてもらおうと思った時、は起きた。




 どこに剣を飛ばせば安全かなと、ホール内を見渡していた私は、アニメで見た顔を見つけてしまったのだ。

 絶対に出会ってはならない天敵――ダフネを。


 その瞬間、私は無意識下で拒否反応を示してしまったらしい。



 シルヴァーノの重たそうな剣が、ビュンと物凄いスピードで飛んで、ダフネの頬を掠めた。

 ダフネは咄嗟の出来事に、ただただ驚愕し、無様に目を見開くことしかできなかった。




 私ってば、よっぽどダフネが怖いんだ。いや憎いのか……。

 高い席から見下ろしているダフネが許せなくて、彼女の恐怖に歪んだ顔を思い描いたに違いない。

 そのせいで、シルヴァーノの剣は、彼女めがけて飛んでいってしまったのだ。



 さっきまで歓声に包まれていた会場が、水を打ったように静まり返った――というか、凍りついた。


 フランコ王子の婚約者であり、未来の王妃候補と言われているダフネ。

 そんな彼女の頬を掠めて飛んだ剣が、壁に突き刺さっている光景は、シュールを超えて恐怖を呼び起こしたらしい。


 

 ……ええと。

 まあ。なんだかんだで、度肝を抜くことには成功したと言える……か?


 できれば、これはシルヴァーノが勢い余って手を滑らせた結果だと思ってもらいたい。

 だからマヌエル君も、そのオーラの尖った先端を、私にけしかけるように向けないで!



「勝者、カッサンドラ・ウルビーノ」


 カストさんが、会場の雰囲気に呑まれることなく、さも当たり前だと言わんばかりの顔をして、私の名前を告げた。


 その顔には、普通の試合運びの結果、勝敗がついただけだと書いてある。

 ありがたい!



 誰かが、パチ、パチ、パチと、ゆっくり拍手した。

 ホールにいる全員が、拍手をした人間を探した。

 ……その人は、いや、その方はすぐにわかった。


 数段高い席の中央にいたその方は、立ち上がって拍手をしていた。


「ほう。今年の一年生の実力は大したものだ。ずば抜けていると言うべきかな。これは卒業後が楽しみだ」


 ……瀟洒な服を着て、わかりやすく王冠を戴いているなんて。

 もう絶対に王様ですよね?


 王様って優しい人なんだ。

 私たちに賞賛の言葉をかけることで、「騒ぐでない」って、この場を収めてくれたんだよね?



 国王陛下に倣って、観衆たちも拍手を始めた。


 大勢が一斉に手を叩くとこんな音になるのか。

 ……などと感心していたら、目の端に映ったマヌエル君から圧が飛んできた。



 そうだった!

 ハッとしてシルヴァーノを見ると、彼は「遅いぞ」と言いたげに、試合終了の作法待ち状態だった。

 ごめん!



 カストさんと私たち選手は、もう一度三方向に礼をして、大仰に剣を収める。




 ……終わった。

 けど。ダフネが座っている方に顔を向けられない。



 ダフネに喧嘩を売ったと思われていませんように。

 できればシルヴァーノに対して怒りをぶつけてくれますように。


 いやその前に……。

 カッサンドラだってバレていませんように。

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