第36話 記憶の中に迷い込んだよう
いや、絶対にバレているって。しっかりバレているって!
だって、入場時に大々的に名前を呼ばれたんだから。
無事に御前試合を終えた私たち四人は、ホールの端の方にいたマヌエル団長に呼ばれた。
ダフネは今もきっと、高いところから私を見ているに違いない。
そんな状況に気が気じゃない私は、とてもマヌエル君の寸評なんか聞いていられなかった。
「そうだな。俺の思い描いていたような試合運びにはならなかったが。よくやった方ではあるか――。カッサンドラは少し固さがあったが、逃げることなく思いっきり踏みこめていたし、シルヴァーノの剣は、離れたところからでも、その重さを感じ取れた。まあ、お前たちの無骨な試合とは対照的に、ナタリアとロレンツォの試合は美しくて、会場内からため息が漏れていたがな」
ええと、どっち?
褒められたの? それともダメ出しされてるの?
どっちにしろ、今日一番の山は越えたってことだよね。
もう早退してもいいかな……?
「……カッサンドラ。なんだその顔は? 何か不満があるのか? 俺からの褒賞が不足だと文句を言いたいのか?」
「げっ」
「げ?」
「いや。いえいえ。お褒めに預かり光栄です」
「いつ俺が褒めた?」
褒めてなかったんかーい!
「お前ならもっと華麗な剣技を披露できたはずだがな。ただ受けるだけで、お前からは一度も攻撃を仕掛けなかったな?」
……ば、バレてる。
「ふん。お前はいつになったら本気を出すんだ。これだけの舞台でも駄目なのか」
マヌエル君は、「はあ」と大きなため息をついて項垂れた。
え?
なんかいつもと違う。
私、マヌエル君をものすごく失望させちゃったみたい。
「みんな、よくやった。素晴らしい試合だったぞ」
ああ、カストさん! いいところへ!
今ちょうど、どうしていいかわからなくて困っていたところなんです。
「君たちにはこの後、思う存分、舞踏会を楽しんでもらいたいところだが、四人とも実行委員だったね」
ああそうだった。まだ仕事が残っていたんだ。
「はい。俺は、両学園のダンス相手を呼び上げる仕事がありますので、リストの確認をしてきます」
なんだよ、ロレンツォ! 優等生かよ!
「オレの担当は終わったから、ロレンツォの補佐にまわろう」
シルヴァーノも働き者だね。
リーダーとして全体を把握しているから出来ることだよね。
「じゃあ、カッサンドラ。私たちも会場の準備状況を確認しにいきましょう」
「そ、そうね」
そうだ。何でもいいから早く移動したい。
ダフネの視界から姿を消したい。
「仕方がない。反省会は後日改めて行うとしよう」
マヌエル団長はそれだけ言い残して、苦笑するカストさんと来賓席の方へ歩いて行った。
舞踏会の会場に向かっていると、長い廊下の先に、着飾った令嬢たちが待ち構えているのが見えた。
……なるほど。
私が実行委員をやっていることは、当然ダフネの耳にも入っているはず。
舞踏会会場の前で待っていれば、確実に捕まえられるとふんで、モブたちを寄越したに違いない。
……でも何で?
今更、何の用?
面倒臭いな。
「ねえ、ナタリア。あそこにいる聖女学園の生徒は、どうやら私に話があるみたい。少しばかり旧交を温めてから行くから、あなたは遠回りだけど、反対側から会場に入ってくれる?」
「いいけど。一人で大丈夫?」
「うん。平気平気。知り合いだしね」
だから余計に心配なのだと顔に書いてあったけれど、ナタリアちゃんは私を信じてくれた。
「じゃあ、後でね」と、天使のような微笑みで私にエールを送ってから、反対側の廊下へ向かった。
口では敵わないかもしれないけれど、いざとなったら私の得意魔法でなんとでもなるはず。
そう思ってドシドシと大股に歩いていくと、令嬢たちはニヤニヤと薄気味悪い笑みを浮かべ始めた。
……え? 何? 何?
なんか罠でも仕掛けてあるの?
よく考えたら得意魔法なんて発動したら超目立つじゃないの。
どうしたものかと考えながら、私は歩くスピードをノロノロにまで落とした。
……あ! 右に曲がれる廊下がある。
何もわざわざ相手をする必要はないよね。
私は右に曲がって全力で走った。
令嬢たちは廊下を走るなんてこと絶対にしないだろうから、追いつかれる心配はない。
念の為二回ほど向きを変えて廊下を走り抜けると、一際広い廊下に出た。
そこから先は、絨毯も壁紙も豪華仕様に変わっていた。
「うわっ。これって――。多分、この先は貴賓エリアなんだ」
――直感的にそう思うのと同時に、何かが脳裏に閃いた気がした。
それは一瞬光った後にすぐに消えてしまった。
捕まえ損ねた私には、もどかしさだけが残った。
……え?
今、何かを思い出しかけた気がする。何だろう?
自然と貴賓エリアへ足が向いた。
宮殿内とは思えないほど、人の気配がしない。
今は使用されていないのかな?
……この誰もいない広い廊下。紺色の絨毯。
……その先にある大きなドア。
……金色の縁飾りのあるドア。
記憶の中の世界に迷い込んだように、ふらふらと歩きながら、私はたどり着いたドアに手をかけた。
これを開けると――。
『いいえ。開けちゃ駄目』
私の中の誰かが、必死に私に訴えかけている。
それなのに私は、ドアを開けずにはいられない。
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