第22話 呪い袋が仕込まれた
森の演習でグリンブルスティが出現した件は、騎士団上層部を驚愕させ、騎士たちを総動員して侵入経路の調査が行われたらしい。
が、依然として、その手口も誰の仕業かも掴めていないという。
――というのは、あくまでも生徒たちの噂だけど。
親兄弟に騎士がいる生徒も少なくないので、大まかには合っていると思う。
まあ、そんなことを気にしたところで、もう済んだ話だし。
私は、そういうアクション系ではなく、ラブラブなロマンス系のストーリーを追っていかないといけないのだ。
森での一件で懲りた私は、馬鹿みたいにセンサーの範囲を広げるのを止めた。
今は十メートルくらいに狭めている。
そもそも私がアレに気がつかなければ、おそらくマヌエル君が最初に発見して、討伐して終わっていたはずなのだ。
余計な真似をして事を大きくしてしまった。
ここ数日は、反省して大人しく学園生活を送っていた私だけど、授業が終わって寮に戻った途端に、久しぶりに大好きな曲が脳内に流れた。
「え?」
私が会話の途中で急に足を止めて、「え?」って言ったものだから、隣にいたナタリアちゃんが驚いて顔を向けた。
「何? 急にどうしたの?」
「いやあ。えーと」
私がしどろもどろになる時は、決まって何かある時だと学習してくれたナタリアちゃんは、「また何か感じ取ったんでしょ?」と、心配してくれた。
……本当にもう。
ナタリアちゃんは心配する側じゃなくて、みんなから心配されるヒロインのはずなのに。
「なんていうか。なんか変な感じがするとしか言えないんだけど」
するとナタリアちゃんが、私の手を握ってくれた。
「二人一緒なら大丈夫よ」
そう言って微笑むナタリアちゃんは、正真正銘のヒロインだ。
金色の瞳で見つめられると、女の私でもドキドキしちゃう。
薄桃色の柔らかそうな髪を撫でたい衝動に駆られてしまうよ。
「うん。そうだね。ありがとう」
そうして、「せーの」で部屋に入ると、センサーの反応している箇所がわかった。
私は、ほとんど使っていないデスクの一番上の引き出しを、丸っと引き抜いた。
途端にドス黒いオーラのようなものが辺りに広がった。
それは引き出しの隅に置かれた小袋から放たれている。
明らかに私の持ち物じゃない。
「こんなもの誰が……」
よく見ようと小袋に伸ばした私の手を、ナタリアちゃんが掴んで止めた。
「触っちゃ駄目! それって――。おそらく呪い袋だわ」
え? なんですって? 何? その恐ろしげな名前。
ナタリアちゃんは、胸の前で組んだ両手に力を込めた。
「聖なるものたちよ。我に力を貸し給え。結界包囲」
ひょえっ!
ナタリアちゃんが呪文のような言葉を唱えると、彼女の両手が輝き始めた。
光は彼女の手を離れて小袋を覆っていく。
あっという間に、光り輝く小さな三センチ四方のキューブになった。
「これで大丈夫のはず」
ナタリアちゃんはそう言って、黄色く輝くキューブを手に取った。
「……ナタリア。今のって」
「私の特異魔法なの。邪なものを閉じ込める結界魔法」
「す、すごい。本当にすごいわ。ナタリア」
「う、うん」
あれ? あんまり嬉しそうじゃない?
「……もしかして。人に見られちゃまずいものなの? 私、見なかったことにしようか?」
「あ、そんな。確かに入学前の面接で、『むやみに使用しないように』とは言われたけど、『隠しておけ』とは言われなかったもの。それに、こういうことって、どのみちバレるものだし」
あー。ごめーん!
私が本編をちゃんと把握していたらわかったことなのに。
ナタリアちゃんは、その特異魔法とやらを使える特別な存在で、それが誰かの目に留まって、「騎士にするにはもったいない」とかなんとか言われて、聖女学園に転入することになるのね。
それにしても特異魔法か。さすがヒロイン。ナタリアちゃんにはそんな能力があったんだね。
「それよりも。こんなものが私たちの部屋に置かれていたなんて」
そうだ。
これにセンサーが反応したけど、狙いはナタリアちゃんだったのかも。
私も道連れになるくらいの危険だったから感知したんだろう。
だって、私たちがどっちのデスクを使っていたかなんて、犯人は知らなかっただろうし。
チート能力を持つヒロインは、嫉妬の対象に違いないし。
……となると、この対処を間違うとナタリアちゃんに危険が迫るのかもしれない。
「ねえナタリア。この部屋に入れる人間って限られるよね。――っていうか、私たちがこの部屋を使っているって知っているのって、生徒か教官だけだよね。その中に私たちに悪意を持つ人がいるとなると、誰に相談すべきか、よく考えないといけないわ」
「……確かに。でも、生徒か教官の中に私たちを害そうとする人がいるなんて」
そうだよね。これ、普通の高校生にしてみたら、とてつもなく恐ろしいことなんじゃない?
いくらゲームキャラとはいえ、つらすぎる。
シナリオ書いた人って、ドSなんじゃない?
カッサンドラみたいなモブを簡単に殺すし。
「誰かに嫌われているなんて悲しいよね。でも、まずは敵か味方かをはっきりさせておかないと。今後も何か仕掛けてくる可能性があるし」
ナタリアちゃん。私がついているからね。
「そう……だよね」
「こんな遠回りな方法を取ったってことは、毎日一緒にいる人間じゃないと思わない? だから、同じ一班のロレンツォとシルヴァーノは信用できると思うんだけど?」
どう? 私の推理は?
「ふふふ。あの二人については、別に毎日一緒にいなくても、人柄がそのまま信用できると思うわ」
「だ、だよね。あは。あははは」
ナタリアちゃんたらっ!
そういう人たらし発言をしちゃうのね。二人が聞いたら喜んだだろうな。
私は居ても立っても居られなくて、ナタリアちゃんを引っ張って、早速相談のために男子寮に向かった。
おっかないキューブはナタリアちゃんがポケットに入れてくれた。
女子が入れるのは男子寮の談話室だけで、夕食前の限られた時間しか利用できない。
つまり、あと三十分ほどで退室しないといけない。でも三十分あれば話はできるはず。
「どうした? こんな風に呼び出すとは。明日まで待てない話っていうことだな」
シルヴァーノが談話室に入ってくるなり開口一番そう言ったが、まさにそうなのだ。
このままだと絶対に気になって、夜、寝られそうにない。
「明日になったら、女子二人が男子寮に殴り込みに来たとか噂されているかもな。そんな風に鼻息荒く乗り込んできたところを大勢に見られていたみたいだから」
「はあん? 誰の鼻息が荒いって?」
興奮状態の私を更にイラつかせるロレンツォに、シルヴァーノが、「ははは。確かに鼻の穴が膨らんでいるな」と同意した。
「ちょっと! シルヴァーノまで――」
「ねえカッサンドラ。一刻を争うんじゃなかった?」
「そ、そうだった」
思い詰めたようなナタリアちゃんの顔を見て、ロレンツォとシルヴァーノは即座に真面目モードに切り替わり、私とナタリアちゃんの向かいに座った。
「わかった。手短に頼む。あまり時間がない」
シルヴァーノに促されると、ナタリアちゃんはポケットからキューブを取り出して、ローテーブルの上に音もさせずに置いた。
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