第25話 ニコレッタ先輩の計画

 ニコレッタ先輩の部屋は、寝室と応接室に分かれていて、私とナタリアちゃんが通された応接室には、五、六名の来客にも対応できるような応接セットがあった。


 なんとも贅沢な作りだ。

 ソファーセットは、男子寮の談話室の物よりも高級な感じがする。



 話を聞いてくれたニコレッタ先輩はナタリアを見て、「あなたが特異魔法の使い手だったの」と驚いてから、キューブを手に取って繁々と見つめていた。


 中身よりも結界魔法の方に興味を引かれている。

 ――ってことは、やっぱり呪い袋とは無関係のいい人だ。よかった。


 光のキューブにうっとりと見惚れているようにも見えるニコレッタ先輩の瞳は、怪しく輝いていて、見ているこっちはなんだかソワソワしちゃう。



「話はわかったわ。それにしても、これは大変なことよ。対処の仕方を間違えると、大騒ぎになるわ」

「はい。こんな面倒ごとを持ち込んでしまって、申し訳ありません」


 言い出しっぺの責任を取って、私が謝罪する。


「あら。責めたんじゃないわ。心配になっただけ。報告すべき相手については少し考えさせてもらえるかしら。そうね……夕食後にもう一度話しましょう。これは私が預かっていてもいいかしら?」

「はい。先輩が持っていてくだされば安心です。では、夕食後にまた来ます」

「ええ。待っているわ」






 夕食後にもう一度ニコレッタ先輩の部屋に行くのだと思うと、いつもの倍のスピードで食べてしまった。


「ちょっとカッサンドラ。気持ちが急くのはわかるけど。あなたがいくら早く食べ終えたって、ニコレッタ先輩が食べ終わるまで待たなきゃいけないでしょ」

「わかってる。わかってるけど止められないの」

「はあ」



 結局、食べ終えてからも、「もういいかな?」「まだでしょ」「結構待ったよ」「早過ぎるってば」と、ナタリアに随分と引き留められた。


 食事を終えて一息ついたと思われた頃合いで、ようやくナタリアの許可が下りた。






 ニコレッタ先輩は、私たちを、「楽にしてね」とソファーに座らせると、一通の手紙を持ってきて座った。


「この件について相談できる人物を見つけたわ。既に引退された方だけど、今でも王宮に影響力を持つ方よ。夕食前に急ぎ面会の依頼をお願いしたら、すぐに話を聞きたいと返事が来たところなの」

「いったいどういう方なのですか?」


 ナタリアちゃんの問いかけに、ニコレッタ先輩は「うふふふ」と笑うと、「そう簡単には口に出せない方なのよ」と、やんわり断った。

 そして私をまっすぐに見た。

 綺麗な人に見つめられると緊張しちゃう。



「ねえ。カッサンドラ。この後、ある場所でその方に会うことになっているんだけど、あなたに行ってほしいの」

「え? 私ですか?」

「そうなの。というのも、学園の外で待ち合わせをしているから。本来は外出禁止なのだけれど、今日ばかりは規則を破っても仕方がないわ。そのために、三年生が行っている就寝前の見回り当番を代わってもらったの。だから、私があなたを外へ出してあげる」

「先輩……」


 そこまでしてもらえるなんて。思わず涙ぐんでしまった。



「あの。私も一緒に行きます。二人の方が安心ですし、私を狙ったものなら、当事者である私が行くべきだと思います」


 ナタリアちゃんもありがとう。


「気持ちはわかるわ。でもあなたは外に出るべきではないわ。私がカッサンドラに頼んだのは、こんな夜更けに外に出ても、あなたより安全だと思ったからよ」


 ポンと手を打って、「わかります!」と叫びたいところだ。

 ナタリアちゃんは全然ピンときていないようだけれど。



「この髪ですね」

「そうよ。初めて見た時は驚いたけど。ふふふ。でもこういう時には好都合だわ。暗がりの中であなたを見たなら、きっと男性だと思うでしょうね」

「はい。ナタリアのような女性が夜、出歩くのは危険ですから。私が一人で行きます」

「でも……」


 ナタリアが、私一人に押し付けるのは嫌だと考えていることはわかる。


「大丈夫。私に任せて」


 だって、夜の一人歩きならぬ一人走りなら、経験があるからね!




  


 一人では行かせられないとごねるナタリアを押し切って、私はニコレッタ先輩の手引きで学園の外へ出た。


「じゃあ。気をつけてね。ああそれと。待ち合わせの場所にいる下男に、この手紙を見せてね」

「はい。行ってきます!」


 ニコレッタ先輩から手紙を受け取ると、私は足早に学園を離れた。






 待ち合わせの場所は、土地勘のあるところだった。

 意外にも、懐かしいランニングコースの途中だったのだ。



「あー。夜のお忍び外出って久しぶり。そういえば、こんな風にランニングするのも入学してから初めてかも」



 約束の場所は、川沿いの橋のたもと。

 目当ての場所に近づくと、月明かりに照らされて立つ黒ずくめのシルエットが見えた。

 おそらく約束の相手である下男だろう。

 


 徐々にスピードを落とし、歩きながらその男に近寄ると、向こうも私を認識したらしく、私に対して一礼した。



「あの。私――」


 ニコレッタ先輩の名前を出してもいいのかな?

 下男は何も知らされず、ただ案内するようにとだけ言いつかっているかもしれない。


 私が束の間逡巡していると、男は「ククッ」と笑って言った。


「おや? 私の顔を見て口ごもりましたね。そうですか……。やはり覚えていたのですね」


 「は? 何を?」と答えようとして、フラッシュバックに襲われた。

 ……そうだ。この男の顔を知っている。



「……あ! あの時の。橋の下でヤバい物を売っていた……」

「ええそうです。私は、暗かったし、あなたがこちらを向いたのはほんの一瞬だったので、バレてないって言ったんですけどね。どうやらあの方が正しかった」


 あの方? 誰?

 それよか、私、待ち人を間違えてる?



「いやちょっと。お互いに人違いじゃないですかね。あなたがここでどんな商売をしているかなんて興味ないんです。私は大事な約束があって、人を待たないといけないんです」


「まさか話が通じていないとは。あなたの待ち人は、間違いなく私ですよ。まあそんなこと、どうでもいいか。あなたに話したところで何の意味もない」


 男が「ふっ」と笑うのと、大音量で曲が流れるのが同時だった。

 ほとんど脊髄反射で後ろに下がったのを、男は戦闘開始の合図と受け取ったらしい。


 え? 急に殺意を発した?

 間合いに入るまでは微塵も敵意を感じさせなかったのに。

 凄腕の暗殺者とか?


 待って。待って。待って。ちょっと待ってー!

 つまり、私を殺そうって思っているってことー?!



 頭の整理が追いつかないうちに、男は隠し持っていた剣を抜いていた。

 

 とりあえず、鳴り響く音楽を止めて考える。でもわからない。



「まあ、見てはいけない人を見てしまったのが運の尽き。諦めるんだな」


 男の剣が月明かりを反射して鈍く光った。


 見てはいけない人? 


「それって、もしかして、あの時のフード?」

「はは。よく覚えているじゃないですか」


 そう言いながら剣を上段に構えて飛びかかってきた。



「いやーー!!」


 私は両腕で頭を抱えるとしゃがみ込んだ。


 嫌だ嫌だ。そんなので切られたら――めっちゃくっちゃ痛いじゃん!!

 

 当たらないで!!

 何がなんでも当たらないで!!

 とにかく死にたくな――いっ!!



 ……多分。

 数秒後に起こりそうなことを拒絶する際、色々と想像したんだと思う。


 私は岩のようにびくともしないんだとか。

 どんなものが降ってきても全部跳ね返してしまうんだとか。

 絶対に大丈夫なんだとか。

 痛い思いをしてたまるかとか。


 

 パキーン!



 何も感じなかったけど、何かが折れるような音が聞こえて目を開けた。

 男が唖然とした顔で立ち尽くしている。

 手には、折れた剣があり、刃先は数メートル先に転がっている。



「あ。もしかして……」


 想像力バンザーイ!!

 私の想像が魔法となって具現化したんだ。私の特殊能力だね。

 あ、特異魔法ならぬ得意魔法って名付けてもいいかも。

 本物の特異魔法を使うナタリアちゃんの結界みたいに強固な守りではないけれど、なんとか身を守ることができた。


「ふう」


 でもどうして?

 ここにはニコレッタ先輩の手筈で、力になってくれるある方の下男がいるはずだったのに。

 それがいつの間に、私の死亡フラグに変わってんの?

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る