第15話 【SIDE】マヌエル団長

「……ふう。強烈な女性がいたものだな。平民の女性の中にも必死にアピールする者がいるが、あんなアピールは初めてだ」


 編入試験を終えて、カスト総司令はどこか嬉しそうに、そう感想を漏らした。


 ……カッサンドラ・ウルビーノ。



 試験が始まる前に廊下で声をかけてきた時は、またいつものやつかとムカついたが、嫌味な感じはしなかった。

 俺を見下そうとする奴らは、顔を歪ませて、さも可哀想にと言いたげな態度を取るものだ。

 彼女は単に、俺の外見から勘違いをしただけだ。



 ……それに。

 実技試験を申し出たことは買ってやってもいい。

 まあ、独自の変な型を披露して悦に入っている姿は、間抜けでしかなかったが。

 あれのどこが攻撃なのだ。

 ……全く。



 入学を認めようというカスト総司令の意見に、異議を唱えるだけのマイナス要素もないので賛同したが。

 ……それにしても。

 彼女はどうしてそこまで士官学園の入学にこだわるのだろう。

 たかが編入試験でのアピールのために、髪を切るとはどういう神経をしているんだ。

 確かにものすごい決意だと一目でわかるが、士官学園の入学を認められなかったらどうするつもりだったのか。



 ……いや。

 あれはおそらく、後先のことなど考えていないな。無謀にも程がある。

 ストールを取った彼女を見て、思わずお茶を吹き出してしまったが、あれからしばらくの間は、事ある毎にあの時の彼女を思い出してしまった。



 ……それにしてもあの髪。

 よくあそこまで惜しげもなく切れたものだ。

 あまり見ない薄茶色の髪は、伸ばしていれば柔らかく女性らしい雰囲気を作っていただろうに。

 そのほうが彼女には似合っているはずだと、そんな女性らしい彼女の姿を見てみたいとすら思った。




 ――これが私の決意です!


 髪を切って聖女学園に入学する道を断ったと、必死に訴えかける緑色の瞳。



 ……はあ。わからない。

 いったいどういう人間なのだろうと、編入試験の時の彼女を思い浮かべては頭を振ってばかりの日々を過ごし、入学式の日を迎えた。


 普通、新入生は式典が終わるまで緊張しているものだが、彼女は壇上の俺を見つけて笑いかけてきた。

 まるで親しい友人に手でも振るかのような人懐っこさに、ほだされそうになって思わず横を向いてしまったが。



 全く調子が狂う。

 このままでは彼女に振り回されてしまうのでは――。

 そんな嫌な予感がして、班分けの日は、必要以上に彼女に対して厳しい態度を取ってしまった。


 彼女に対しては他の生徒以上に、「完膚なきまでに実力を思い知らせてやる」と、内なる闘志を燃やして臨んだ。

 彼女は、そんな俺の前に、重そうに剣を引きずってやって来た。


 いやしくも騎士を目指す者が、剣先を地面に付けたまま引きずるとは!

 それだけで懲罰の対象にしてもいいくらいの不敬で粗暴な行為。

 その姿を見て吹っ切れた。

 何を悩んでいたのかと馬鹿らしく思え、思いっきり剣を振ることができた。



 ……それなのに。

 彼女は、俺の攻撃を見切り、二度も剣を打ち返してきた。



 ……信じられない。

 とても昨日今日、剣を握った者とは思えない。

 俺は驚いたことを生徒たちに悟られないよう、必死に感情を殺した。

 試験の時に披露した妙な型ではなかった。

 実力を――隠していたのか?

 家柄のせいで? いや、女性だからか……?



 もう少しで、その場で彼女を問い詰めてしまうところだった。

 そのせいか、実力上位の四人をバラけさせるつもりだったのに、四人を同じ一班にしてしまうというミスを犯した。

 何をやっているんだか。



 こんなことは――今まで一度たりともなかった。

 カスト総司令の前でも、いや国王陛下の前でも、俺は自分を見失うことはなかった。

 緊張したり動揺したりすることなど、俺とは無縁のことだと思っていた。



 それなのに何故だ。

 すっかり彼女に振り回されている気がする。

 多分、あの試験で、彼女がストールを取った時からだ。



 ……カッサンドラ・ウルビーノ。

 ……お前、俺におかしな魔法をかけたりしていないよな?

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