第20話 うっかり活躍してしまった
ご機嫌斜めのマヌエル君と、私たち四人だけで演習……。
不安でしかない。
「みんな、ごめんね」
涙目で謝ると、シルヴァーノが不思議そうな顔をして言った。
「何を言う。君には逆に感謝したいくらいだ。マヌエル団長の大技を見られた上に、個人的な指導まで受けられるのだからな」
へ?
今から始まるであろうシゴキを、「
……ああリーダー。素敵だわ。斜め上を行くポジティブさ。
「まあそうだな。騎士になって上を目指すなら、団長とやり合えるくらいでなくっちゃな。いい経験になる」
え?
演習って言っていましたけど。
団長とやり合うって、どこから出てきた発想?
でも意外。ロレンツォって、上昇志向があったんだ。
「私も概ねお二人に賛同しますけど。そんなことよりカッサンドラ。あなたも剣を抜いた方がいいと思うわ」
「え? なんで?」
見れば、三人はすでに剣を抜いて構えている。
答えは明らかだった。
なぜならマヌエル団長が剣を抜いて、ものすごい怒気を放っていたから!
マヌエル君の髪の色と同じ色のオーラが、メラメラと彼の体から立ち昇っている。
「どうした? 剣を抜いたなら、さっさとかかってこい。お前ら全員でかかれば、万が一ってこともあるかもしれないだろ。四人のうちの誰かが、俺と剣を一太刀でも打ち合えたなら終わりにしてやる。ほらハンデをつけてやろう。さあ来いっ」
なんとマヌエル君は剣を鞘に収めた。
そんな風に挑発されても、いきなり切り掛かるやつなんているはずが――あ。一人いた。
「うおおおおっ!!」
シルヴァーノが叫び声を上げながら突っ込んで行く。
彼がそうすることは計算済みとばかりに、ナタリアちゃんが右から、ロレンツォが左から同時に向かって行った。
え? え?
いつの間にそんな連携を?
私は? 私が動かないことまで計算済みですか?
それでも、三人の剣は空を切った。
――いや。
正確には、周囲の木の枝をことごとく切り落とした。
「ひぃ」
三人とも本気でマヌエル君に斬りかかったのだ。
マヌエル君がひらりと身を翻していなければ、あの枝のように切られていたはず。
剣を振るう三人を
「どうした? そんなものか? 俺に剣を抜かせてみせろ」
マヌエル君は軽口を叩く余裕があるけれど、三人は必死の形相で挑んでいる。
それでも互いにアイコンタクトを取っているのだろう。
重なり合うことなく、まるで剣舞のような美しい連携を見せている。
シュッシュッと剣を振る音は聞こえても、剣と剣が交わる音は聞こえてこない。
「それで? お前は何の役なんだ?」
少し離れたところで突っ立っているだけの私に、マヌエル君が声をかけた。
「ううぅ」
悔しいけど、あの三人のスピードにはとてもついていけそうにない。
多分、私が加わっても邪魔にしかならないと思う。
何か、ここから援護できればいいんだけど。
不意に剣道部のコーチの声が聞こえた気がした。
――見取り稽古を馬鹿にするんじゃないぞ。特に試合だ。俯瞰して見るからこそ多くの情報が得られるはずだ。
「確かに」
一人つぶやいて四人の動きを目で追う。
落ち着いて観察できたからか、あることに気がついた。
「ん? どういうこと?」
誰かがマヌエル君に攻撃を仕掛けると、マヌエル君よりも一瞬だけ早く、彼の体を取り巻くオーラがそちらに流れている。
もしかしたら、私のセンサーみたいに、あのオーラが攻撃を察知しているのかもしれない。
この仮説が正しいならば、オーラを消せば、三人の攻撃が一瞬だけ早くマヌエル君に届くはず。
ふっふー。お得意の想像力を発揮する時がきましたよ。
……ええと。
マヌエル君の、あの青味がかった銀色のオーラが消えるところを想像して――っと。
煙を吹き飛ばすみたいに、「ふー」って。
マヌエル君の頭上から順に、オーラを吹き消していくところを想像していたら、本当に彼の頭の周囲にあったオーラが消えた。
「嘘っ! マジで?」
シュンと鳴ったロレンツォの剣が、マヌエル君の耳をかすめた。
「惜しい!」
マヌエル君はハッとして何かに気づいたようで、ナタリアちゃんがすかさず反対側から切り込んできたところを剣を抜いて受け止めた。
カーーン!!
マヌエル君の剣とナタリアちゃんの剣が交差した。
「やったー!」
やったのはナタリアちゃんだけど、私が勝利の雄叫びを上げた。
それがマヌエル君の癇に障ったのか、瞬間移動並みの速さで私の真ん前に来ると、グイッと顔を上げて私を睨みつけた。
「……お前。何をした?」
「な、何って。ええ? いやあ。あは。あははは」
まさか馬鹿正直に、「オーラを吹き消してみました」などとは言えない。
「え? カッサンドラが何かしたんですか?」
ナタリアちゃんも駆け寄ってきて、難しい顔をしたマヌエル君と、あわあわと慌てている私とを交互に見て言った。
「い、いやあ。参戦し損なったなーって思っていたら終わっちゃって。あは。あははは」
「最後のは明らかにおかしかった。団長がコンマ一秒くらい逡巡したせいで、ナタリアの剣が届いたんだ。でもその隙が生じたことに、団長自身は驚いていたみたいだった。だとすると、その隙は、外的要因で強制的に生じさせられたと考えるのが妥当だ」
ロレンツォまでが真顔で、
ちょっと! 余計なこと言わないでよね。
頭のいい人の意見って、反論の仕方がわからないんだから。
「そういうことか! 離れたところにいたカッサンドラが何かするんじゃないかと団長が気にすることで、陽動になったという訳だな! よくやった! 俺たち四人の勝利だ!」
シルヴァーノがそう言って笑ってくれて助かった。
ここは乗っかっておこう。
「いやあ。まさか勝手に深読みしてくださるとは。あは。あははは」
「あっはっはっ!」
私とシルヴァーノが馬鹿みたいに笑っていると、ロレンツォが「はあ」と大きなため息をついて言った。
「とりあえず、俺らも講義棟に戻っていいですよね?」
マヌエル君は、厳しい表情を崩さないまま許可した。
「ああそうだな。今日のところはこれ以上追及しないが。……まあ。何があるにしろ、いずれわかることだ」
へ? こっわ。何ですか、その予言じみた捨てゼリフは。
「よっし。講義棟まで競争だ!」
シルヴァーノは勝手にそう叫んで走り出した。
私も、「負っけないぞー」と後を追う格好で逃げる。
もうここは逃げの一手だ。
冷静なロレンツォとナタリアちゃんからは、じっとりとした視線を投げかけられていたかもしれないけれど、そんなの知ったこっちゃない。
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