モブとして覚醒したからには 〜ヒロインはサポートキャラのようで何故か私が全ての出来事の中心にいる〜

もーりんもも

第1話 乙女ゲームのモブ令嬢に転生してしまった

「あー。気持ち悪ぅ」


 数合わせで呼ばれた合コンで飲みすぎた……。


 居酒屋のトイレの鏡に映る私はひどい顔をしている。

 針金のような剛毛ストレートをかき上げて自分の顔を睨む。

 ほんと、いやんなっちゃう。



 陶器のようなスベスベお肌に、ふんわりとウエーブのかかった綿菓子みたいに柔らかい髪の毛だったらなあ。


 そうそう。こんな風に――。



「は!?」



 あー。やばい。今、幻覚が見えた。

 自分の願望を鏡に映すとは。大丈夫か私?


 そうそう。薄ーい茶髪で、ふんわりと揺れるような、こういう髪質が憧れだった――はあっ!?




 鏡には、見知らぬ少女の顔がはっきりと映っている。



「うっ。うう」


 ものすごく気持ちが悪い。吐き気とかじゃなくて、何だろう? この感覚……。



 ……あ。


 ……体が。


 ……ああ。もう駄目だ。



 ガッシャーン。







 ……は!


 やだ。いつの間にか寝ちゃってた。




 ……は? ……はあ?


 ……何、この部屋?


 ……うう。体が重――くない。




 ちょっ、ちょっと! どこなの、ここ!


 バタッと体を起こすと、正面に見たことのないドレッサーがあった。

 三面鏡の一枚が板だけになっている。


 そういえば、居酒屋のトイレで鏡を見て……。そのまま倒れて……。


 ……うぅ。頭がズキズキする。



 それからどうなったんだっけ? まさか前のめりになって鏡にガンって、頭をぶつけたりしていないよね?

 まあ、どこも痛くないし。大丈夫みたいだけど。

 そこまでの記憶しかない――って、どんだけ飲んだの!




 ベッドから下りると、すんなり起き上がれた。体は異常なし、っと。

 そのまま目に入ったドレッサーのスツールに座ると、正面の鏡に顔が映った。



 透明感のある、ふんわりと柔らかそうな茶髪。緑の瞳。シミひとつない真っ白でスベスベな肌。

 すごい美人だ。



 ……へ?


 ……誰?


 「ふう」と息を吐いて、一度鏡に背を向けて立つ。

 落ち着いて座り直して鏡を見ると、さっき見た美人が見返してくる。


「おいっ!」


 馬鹿みたいに自分につっこんでみる。

 鏡の中の西洋人が、「おいっ」と言い返した。



 これは――。もう一回眠るべき?




「お姉様!」


 勢いよく開かれたドアから、これまた愛くるしい女の子が入ってきた。

 金髪の縦ロールだ。うわあ。青い目のお人形みたい。



「お姉様。お気づきになられたのですね」

「お姉様?」


 私がこの子のお姉様? えーと。えーと?


「大丈夫ですか? お姉様は二日間眠られていたのです。その――」


 と、妹と名乗る少女は、ドレッサーの鏡に視線を移して言い淀んだ。


「そちらの鏡に頭をぶつけられて」



 おやおや。この板はそういう訳ですか。お姉様なる私がドレッサーの鏡に頭をぶつけて割ってしまったと。

 ほうほう。それで二日間眠っていたと。



「――で? お姉様って誰?」

「うっ。お姉様。うっ。うっ」




 泣かれてしまった。

 私が泣かしてしまったみたい。

 おそらく、頭を打って記憶が曖昧になったと解釈したのだろう。




 泣き止んだ美少女によくよく話を聞けば、妹だと名乗った少女の名はジーナ。ここはウルビーノ男爵の家で、私ことカッサンドラはジーナの姉で、二人姉妹だという。


 このカッサンドラは、男女共学の王立貴族学園の中等部を卒業したばかりで、一月後に王立聖女学園に入学する大事な時期だということを教えてくれた。



 王立聖女学園!



 ――知ってる。私、知ってるんですけど!!


 でもアニメに出てきた学園の名前なんですけど?




「は? 聖女の学園なの? それとも聖なる女学園なの?」


 と、アニメを見ながらつっこんだから覚えている。

 でも、そのアニメにカッサンドラなんて女の子いたっけ? 私が忘れているだけ?

 だいたい、そのアニメも途中までしか見ていなかったし。


 もうちょい、ヒントちょーだい。




「えっとー。ねえ、私のお友達を覚えている? 何人か名前言ってみて」

「お、お友達ですか? ええと」


 あれ? あれれ? このカッサンドラちゃんたら、お友達いない感じ?



「ええと。ダフネ様。ロンバルディア公爵家の。それから――」

「待って!! ダフネ? え? ダフネ? あの、金髪の?」

「は、はい。金髪ですが。あのお姉様。呼び捨ては――」

「うわっ。ロンバルディア公爵。くー!」



 間違いない。あの悪役令嬢のダフネだ。

 ――ということは。


 今いるこの世界は、私が見ていた乙女ゲームの世界なんだ。

 正確には、乙女ゲームが原作のアニメを見ていたんだけど。



 えー!! 待ってぇー!! 私、あの居酒屋で死んだの?! まさかあのまま意識を失って、鏡にバーンってなって。

 ええっ!! そんな死に方ってあるー!? それで乙女ゲームの世界に転生したってー!?



 ――あ。

 クラクラする。このまま意識を失えそう。どうしよう。もう倒れちゃおうかな。



「お姉様!」


 あ、そうだった。こんな子どもの前で駄目よね。

 ちょっとにわかには受け入れ難い現実なんですけど。


 いや待て。待て。受け入れたとしてよ? 

 だとしたら私のキャラは? カッサンドラって誰? 知らないんですけど!



 まず、間違ってもヒロインじゃない。あの子は、可憐な桃色の髪で、金色の瞳だったもの。

 悪役令嬢のダフネでもないとすると――。すると――。



 ――ただのモブ。



 ガーン。せめて役が欲しかった。




「あの。お姉様」


 私が両手で頭をかきむしっていると、ジーナちゃんが少しだけ泣きそうな顔で声をかけた。

 こんな小さな子を心配させちゃ駄目よね。


「あは。あははは。ごめんね。みっともないところを見せちゃって。コホン。それで? なあに?」

「あの。先ほどダフネ様って答えましたけど。やっぱり違います。ダフネ様はお姉様のお友達じゃないと思います」


 はて? なんでジーナちゃんはそんな思い詰めたような表情をしているの?


 ああそうか。公爵家と男爵家。そりゃあ力の差が歴然だわ。このカッサンドラは、いいとこダフネの太鼓持ちかな。



「ふえっ」


 い、嫌なことを思い出した。

 ま、まさかね?


「ねえ。ジーナ。ジーナが知っているダフネの取り巻きの中に、私以外に茶色の髪の令嬢っていたかしら?」

「おりません! お姉様のように、光が透けて見えるような見事な茶色の髪の方はいらっしゃいません!」


 ジーナちゃん。ありがとう。ものすごく褒めてくれたんだよね。

 でもね。でも、それって――死刑宣告ですから!



 カッサンドラって、ダフネにいいように使われていた、あのモブキャラだ。

 地味な茶髪の子が、使い捨てられたことは覚えている。




 私――この世界でも、すぐに死ぬんだ。

 しかも、王子に毒を盛ろうとした犯人として。


 ちょっと待って。そんな大罪、私一人の命で済むかしら。

 私に連なる家族もろとも罰せられるんじゃ……。

 この可愛いジーナちゃんまで?


 こんな風に姉を慕っている幼気いたいけな少女が……。


 そんなこと――。

 絶対にさせるもんですか!

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