第6話 入学前の自主練(髪型をなんとかしよう)

 家庭科の授業でステテコを作ったことがあるから、型紙の形を覚えているもんねー。

 確かヒップの分だけ、後ろ側の幅を広くしていた。

 

 切り取った型紙を体に当ててみる。うん。よさそう。

 あとは、裁縫用のハサミに、針と糸とゴムね。


 完成形がイメージできたから、これはもう出来たも同然だわ。ふっふー。家庭科よありがとう!




 不思議そうな顔をした使用人から裁縫道具一式を借りてきて、いざ!


「ハサミ入りまーす」


 ジョギ。ジョギ。

 我ながら器用に、ハサミでドレスの布地を切っていく。


 一応、大は小を兼ねるということで、大きめに裁断した。

 しかも贅沢に布を斜めに使う。こうすると伸縮性が出るって聞いたことがあるから。


 ベッドの上に、前身頃と後ろ身頃を並べてみる。

 くぅー。なんかアガるー!


 ミシンがないので、五ミリ間隔でザックザックと縫っていく。一応、二重に縫う。

 縫い合わせて、ウエストに紐を通すと出来上がりっ。

 ゴムがないって言われた時はガックリしちゃったけど、紐でもオッケー。


 すごいわ、私。何て器用なの。

 どっからどう見ても、くるぶしまであるロングステテコだ。


 履いてみると、ちょっと大きいくらいで問題なし。紐で縛れば大丈夫! 出来たー!!



 上は、Tシャツの代わりに父親のボタンダウンのシャツを借りようかと思ったけど、あまりに大きくて断念した。

 結局、頭から被れるように、襟元を丸襟にしてボタン二つ分開くようにした。

 袖は幅が広くて、ほぼラグラン袖。でもいいじゃない。ふっふー。



 これで走れる格好にはなったけど。

 問題は――――――――顔だな。


 夜中にこっそり走るにしても、髪を振り乱して走る令嬢って。なんかシュールかも。

 人目を引かないようにするにはどうしたらいいんだろう……?


 まあ、このウエア自体もこの世界じゃ妙ちきりんだし。

 ストール巻くと余計目立つだろうし。


 ――となると。






「ジーナ。お願いがあるんだけど」

「はい。お姉様。何でしょう?」


 相変わらずまっすぐ私を見つめる可愛いジーナちゃん。


「お庭でお話ししましょう」


 そう言って庭に連れ出した。

 私は用意していた椅子に座ると、頬の左横の髪を一房つかみ、ハサミで十五センチほど切った。

 短くなった髪の毛は、肩にかかるくらいの長さだった。


「これくらいの長さに切り揃えたいの。横は自分で切れるんだけど、後ろが切れないからお願いしたいの」


 そう言って、私は鼻歌まじりに右側の房もジョキジョキと切る。


「じゃ、後は――――ええっ!?」


 ジーナちゃんが。

 ジーナちゃんが、両手で顔を覆って肩を震わせている。


「ど、ど、ど、どうしたの?」


 「お姉様」と、絞り出すように声を出したジーナちゃんは、声を上げるのを必死にこらえている。

 それでも瞬きする度に、ボタボタと大粒の涙がこぼれ落ちていく。


「聖女学園に通われなくても、成人女性には変わりないではありませんか。お姉様は、この先もずっと髪を結われないおつもりなのですか?」


 ……もしや。

 私、タブーを犯したっぽい?

 この世界じゃ、大人になると髪を結い上げるものなの?


 やっばーい。

 思わず椅子から立ち上がって、「違う違う」と手を振っちゃったけど、何て言えばいいの?


「ええとね。これは……」


 うわあ。どうしよう。


「こ、これはね。驚かせてごめんね。でもね。決意表明というか、頑張るぞっていう気持ちを表したかっただけなの。ちょっと切りすぎて失敗したけど。一年待てば十センチくらい伸びるし。ね? 心配しないで。お願い」


 ジーナちゃんがとうとう、「わーん」と泣きながら抱きついてきた。

 嫌だー。泣かないで。本当にごめんなさい。迂闊でした。



 それでも何とか泣き止んだジーナちゃんは、ガタガタになっていた毛先を切り揃えてくれた。



 ジーナちゃんの反応を見て、急に恐ろしくなった。

 もしかして、とんでもないことをしでかしちゃった?




 家の中に入ると、案の定、母親が目を剥いて失神しかけた。

 本当にごめんなさい。ふつつかな娘ですみません。



「そ、そんな。いくらなんでも、そんな……。士官学園に入学するからって、十五歳の成人した娘が髪を結わないなんて。聖女学園と違って、士官学園にはそういう規則もないのでしょうけど……」


 へ? 聖女学園だと「髪を結うこと」みたいな規則があるの?

 うわー。他にもブラック校則がありそうな学校だな。


 などと、どうでもいいことを想像している側で、母親が泣き出した。

 母親が大粒の涙を流したせいで、自分を律していたジーナちゃんの我慢が吹き飛んだらしい。


 母娘二人が抱き合って号泣している。


 使用人が何事かと見にきて、私に気がつくと、怪物でも見るような目で固まってしまった。

 はい。もう、よくわかりました。この辺で勘弁してください。




 その日から私は、大判のストールを三角巾みたいに頭に巻いて、まるで長い髪を包んでいるかのような格好で生活することを余儀なくされた。

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