第27話 信じたくない現実を突きつけられている

 ガタゴトと馬車の揺れに身を任せて、金髪の男性二人が無言で向かい合って座っている。


 黄色味が強い金髪の男性は、カッサンドラにメガネイケメンと呼ばれていることなど知る由もなく、向かいで頬杖を突いている主人に粘っこい視線を絡ませていた。


「いやー。森で会ったあの令嬢だと、よくわかりましたねー。まさか士官学園の生徒だったとはねー。制服も似合っていましたねー」

「……」


「あの時も、恐ろしく強大な魔法を感知して思わず飛び出しちゃったんですけど。無警戒な子どもたちの練習場で、奴らが極秘裏に訓練でも行っているのかと誤解したくらいすごかったのに。さっきは、あんな下っ端相手に、剣も抜かず魔法も使わず睨み合っていて。とても同一人物とは思えないですよねー」

「……」


「まあ、今日のところは彼女に言葉をかけなかったのは致し方ないとして。せめて優しく微笑みかけるくらいはなさってもよろしかったのでは?」


 陽光で色付けしたような透き通る金髪の青年は、窓の外を見ながらずっと無言を貫いていたが、一瞬だけ目の前の相手をしかと見て、ゆるりと目を逸らした。


「何故?」

「何故って――。絶対に誤解されましたよ。プイッて顔を逸らしたみたいに見えましたからね。彼女も絶対に同じように思ったはずです」


「……絶対。お前はどうしてそう『絶対』という言葉をみだりに使うのだ」

「それは絶対に絶対だと思うからですよ」


 窓の外を見ている主人は、他人に表情の変化を読み取らせることはない。

 今も物憂げに、見るとはなく窓の外を見ているように見える。


「心配したのなら、そう言えばよろしいのに。彼女、喜んだと思いますよ。私ですら拝見したことのない必死の形相で、『止まれ! ミケーレ、あれを見ろ! 不逞ふていやからに襲われているではないか!』などと叫ばれて」


 主人は返事をしないのかと思ったが、一拍おいて返ってきた。


「――そのように叫んだ覚えはない」

「あー。やだやだ。すぐそれなんだから」


 ミケーレはそう言ってむくれているが、ただのポーズということくらいわかる。

 二人きりの時にだけ使う砕けた口調は、彼なりの気遣いなのだ。

 まあ確かに心配したが、あの噂に名高い青団長が来たのだから、彼に任せておけば大丈夫だろう。


    ◇◇  ◇◇  ◇◇  ◇◇  ◇◇  ◇◇   


 マヌエル団長。それからロレンツォ。いやロレンツォは顔が怖いだけか。二番目は――ナタリアちゃんだな。うっ。ごめんなさい。それからロレンツォとシルヴァーノか。


 何がって――怒っている順番。



 メガネイケメンさんの言っていた救援は、一班のメンバー全員と上官であらせられるマヌエル団長だった。



 マヌエル団長の青いオーラは、夜なのにはっきりと見えていて、その先端が尖っているのが何とも恐ろしい。


「いったい何を考えている! どういう基準で報告相手を決めたのか、是非とも聞かせてもらいたいものだ」


 ピシャリッ。


 私の心臓が一瞬で凍りつく音が聞こえた。

 あ、肺も一緒に凍ったようで息ができません。



「そう言えば、お前は身長で人を判断する癖があったな」


 ピキッ。


「うっ」


 凍った心臓に楔が打ち込まれた音がした。


「それともあれか。入学してほんの数週間で、もう俺の力量を推し測り、取るに足らぬと判断したのか?」


 ピキキキキ。


 とうとう氷の心臓にヒビが入った。

 多分、マヌエル君の次の一言で、私の心臓は砕け散ってしまう。



 死因:心臓粉砕爆発とかなんとか。



「団長! 申し訳ありません! カッサンドラは全て話してくれました。ちゃんと俺たちに共有してくれたのです。こうなったのは、リーダーである俺の判断ミスです。カッサンドラ一人が突っ走った訳ではありません」


 シルヴァーノ! ああシルヴァーノ!! なんていい人なの。

 メラメラとたぎる怒りのオーラを全開にしているマヌエル君を遮ってくれるなんて。


 女性特有の嫌な感じがわかるとか――もう二度と言いません。

 なんなら女を捨てて男泣きしたいくらいです!



「まあ。お前が無事で何よりだが。いや。死体が転がっているのだから無事とは言い難いか……」



 感激していた興奮がスーっと冷めた。

 ……そうだ。


 ついほんの今しがた、私は危うく命を落とすところだった。

 私の命は救われたけれど、一人の男が命を落としたのだ。


 その事実を前に、身体中の力が抜けていった。

 へなへなと地面にへたり込む体ですら、支えられそうにない。


 「大丈夫?」と、私に駆け寄ってきて支えてくれたのは、ナタリアちゃんだ。


「カッサンドラ。大丈夫なの? 怪我は? どこも怪我していないよね?」






 ――入学前のあの日。


 この橋の下にいたあの男とフードの人を見て、私は最初、逢い引きだと思った。

 フードの人が小柄な女性だったから。


 一瞬だけ見たフードの人の顔が、今頃になって頭をよぎる。

 あの時――フードからはみ出した髪の色は黒く見えた。

 でも実際は紫だったのだ。




 ああ嫌だ――。


 それじゃあ全部、今までのことは全部――肖像画も彫像も猪の魔物も呪い袋も全部。

 全部が私の命を狙ったものだったんだ。




 ……でも。

 ここまで徹底的に私の命が脅かされるって、どういうことなの?


 アナザーストーリーを気ままに楽しんでいるつもりが、そんな私を目障りだと本編が拒絶しているとか?

 このゲーム世界の強制力の方が、私の自由意志よりも強かったらどうなるんだろう。

 私は――この世界から排除される運命なのかもしれない。



 そもそも、この体の持ち主のカッサンドラちゃんはどうなったの?

 鏡に頭をぶつけて生死の境を彷徨ったみたいだけど。

 私がこの体から追い出したんじゃなきゃ……いいな。





「カッサンドラ! ねえカッサンドラ! 聞いてる?」


 私は、「うん。大丈夫」と言いたいのに、口が動かない。

 せめて首を縦に振れたらいいんだけど。

 ちゃんと動いているかな……。



 ……あれ? なんだろう。

 ああ、泣いているのか。すごい。涙がどんどん出てくる。

 止めようと思うのに言うことを聞いてくれない。

 自分の意思ではどうにもできない涙が溢れてきて、私は嗚咽していた。




「まあ。そうだな。襲われて、あまつさえ人が亡くなっているんだ。ショックを受けたのはわかる。シルヴァーノ。第二陣が来たら、馬を借りてそいつを連れて帰ってやれ」


 どうやらマヌエル君は、私が泣いている理由を誤解して、振り上げた拳を下ろしてくれたらしい。






 学園に戻ると、私は報告を免除され部屋で休ませてもらうことになった。

 泣き崩れて相当ひどい有様だったと後から聞いた。


「ナタリア。ごめんね。私のせいで――」

「しー。いいから今は休んで。また明日話しましょう」




 誰の口からもまだ聞いていない。この事件の犯人のことを。

 そして、おそらく不在であろうニコレッタ先輩のことを。



 あの時――橋の向こうから攻撃された時、確信してしまった。

 センサーが反応しなかったから。


 殺気を持った攻撃の感知対象外は、五人だけ。

 だから――。

 あの攻撃を感知できなかった時点で、犯人は絞れてしまったのだ。




 この日の夜から、ニコレッタ先輩は行方不明になった。

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