第27話 お土産

<前回のあらすじ>

「部屋を覗いてはいけませんよ」

 千鶴ちづるの一言から始まった、一連の騒動。

 部屋を覗かせたい千鶴と、部屋の外に出させたい幸喜こうき

 千鶴は自身が下着姿であることを告白し幸喜を追い詰めるが、途中反撃を許してしまう。


 激しい攻防の末、千鶴は下着すら脱ぎ捨てようとするが、そこに母親が帰ってきた。

 『エッチな事は駄目って言ったわよね』


 二人は母親から説教され、勝負は喧嘩両成敗になったのであった。



          1


 数年ぶりの特大の説教が終わったあと、これから飯を作るのも面倒だと言うことで、カップ麺と相成った今日の昼飯。

 ちょっと気まずい雰囲気の中、麺をすすっていると千鶴が口を開く。


「お母さま、出張はどうでしたか?」

 千鶴が、昼食前の説教など無かったかのように、母に尋ねる。 

 あの説教の後、よく聞けるな。

 本当に、大物だよコイツ。


「うん。楽しかったわよ」

「それは良かったです」

 しかし、母は出張の事を話したかったのか笑顔で応じ、千鶴も満足そうに頷く。

 母は思っていたより怒っていないようだ

 少し安心する。

 だが藪蛇やぶへびもあれなので、母の話し相手は千鶴に任せて、俺は大人しくしておこう。


「お金払いもよかったし、そこそこいいホテルも用意してくれたしね。

 ああ、少し観光したわ」

「仕事が楽しいとかじゃないんだ?」

 大人しくしようと思っていた矢先、思わず突っこむんでしまう。

 仕方ないじゃん、仕事で行ったのに仕事以外の話をするんだから。

 だが俺の予想に反し、母は睨みつけるどころか、悲しそうな目をしていた。

「仕事が楽しいね……」

「母さん?」

 なぜかしんみりしする母。

 えっと、何が始まるの?


「幸喜、覚えておきなさい。

 仕事って言うのはね、仕事が楽しいと感じたら危険なのよ」

「えっと、それは何で?」

 俺の問いに母は真剣な顔をする。

 今から何お話をされるのだろうか?


「確かに母さんも、最初は仕事が楽しかったわ。

 けどね、ある時気付いたの。

 体よくおだてられて、安くこき使われているだけだって……

 私は早めに気付けたけど、気づけないで体を壊した子も多かったわ。

 しかも上もピンハネしたお金で豪遊しているし……

 さすがに上層部に文句を言ったけど、無視されてね。

 だから私は、今の体制に不満を持った人を束ねてクーデターを――」

「ちょっと待って」

 なにその話。

 世間話でするには重すぎるんだけど。


「止めないで、幸喜。

 あなたが聞きたいって言ったのよ」

「俺はそこまで聞きたいわけじゃないし、普通の高校生が聞く話でもないだろ」

「うーん、まあ確かにこういうドロドロした話を、ご飯の時に話すものじゃないわね。

 次の機会に話すとしましょう」


 母は不満そうだが、話すべきではないと判断して、それ以上何も言うことは無かった。

 社会の闇なのか母の闇なのか分からないが、正直これ以上深入りしたくない。

 次の機会が存在しないことを願いたいものだ。


 

           2


 下手なホラーより怖い話をしていると、千鶴がソワソワしていることに気づいた。

「千鶴、どうした?」

「えっと……」

 俺が聞くと、千鶴が迷ったそぶりを見せる。

 あんまり聞いちゃいけないこと聞いたか?

 そんな不安に駆られる俺をよそに、千鶴は決意した顔で母を見据えた。


「あの、お母さま。それで例の物はありますか?」

「例の物?」

「はい、留守番した人間にはお土産がもらえると聞きました」

 お土産。

 母はマメにお土産を買う方だ。

 千鶴は欲しがっているようだけど、俺は……あんまり欲しくない。


「ちゃんと用意しているわ、千鶴ちゃん」

「やった」

 お土産がもらえることに、これ以上ないほど喜ぶ千鶴。

 そんな歳でもないと思うのだが、千鶴の場合人生(?)初のお土産なので嬉しいのかもしれない。


「あら、期待されて嬉しいわ。

 はい、これね……」

 母の手から差し出されたのは――

「竜が巻き付いたキーホルダーよ」

 竜が巻き付いたキーホルダーだった。

「ありがとうございます」

「待てい」

 さすがに見過ごせないので止めに入る。


「なによ、幸喜。あなたの分もちゃんとあるわよ」

「そういう事じゃない。

 普通、女の子への土産にそれはない」

 女の子に対する気遣いというものが分からない俺でも、これは分かる。

 それだけはない。

 前々から母のお土産のセンスを疑っていたが、今回の件でおかしいことを確信する。

「でも幸喜も喜んでたじゃない。若い子はこういうのがいいんでしょ」

「小さい時の話だ」

 確かに小さいころは嬉しかったのだが、今はいらん。


「幸喜さん、このキーホルダーカッコいいですよ」 

 ところが、俺の抗議とは逆に、千鶴は嬉しそうだ。

「ほら、千鶴ちゃんも喜んでいるじゃないの」

 ううむ、喜んでいるのならいい、のか……

 たしかに本人が良いと言うなら、他人が口を出すべきとは思わないが……


「じゃあ、次は幸喜の分ね。

 はい、竜が巻き付いたキーホルダー」

「話聞いてた?」

 確かに明言こそしてなかったけど、いらないって話してたよね?


「いいじゃない

 母さん、知ってるのよ。

 幸喜は、こういうの好きよね」

「いらねえ。

 これ部屋に30個くらいあるんだぞ」

「あら大事にしてくれてるのね」

「扱いに困ってるだけだ」

 よし、この会話が終わったら捨てよう。


「待ってください、幸喜さん」

 俺がゴミの分別について考えていると、千鶴が何やら興奮した様子で叫ぶ。

「さすが千鶴ちゃん、気が付いたようね」

「やっぱりですか」

 気づいた?

 このキーホルダーになにかあるのか?

 ぱっと見、何も分からない。

 実は霊験あらたかなキーホルダーなのだろうか?

「幸喜さん、このキーホルダー、合体します!」

 どうでもよかった。

 合体するから何?


「ええ、せっかく二人に買って帰るんだから、ひねりを加えようと思ってね」

「そんなサプライズいらん」

 千鶴の手によって、合体させられた二つのキーホルダーを見る。

 よく見つけてきたなと感心する。

 いらんけど。


「千鶴ちゃんと幸喜は婚約者だからね」

「意味が分からん」

 意味が分からん。

 本当に意味が分からん。

 婚約者だからなんなんだよ。


「幸喜さん、これつけて付けて学校に行きましょう」

 千鶴がいい事を思いついたとばかりに、胸の前でポンと手を叩く。

 提案されたのであれば、俺も意見表明しよう。

「嫌だ」

「付けなさい、幸喜」

「付けましょう」

「幸喜、多数決で付けていくことが決まりよ。少数派は大人しく従いなさい」

 くそ、だから多数決は嫌いなんだ。

 いつも俺の希望は通らない。


「じゃあ、来週からペアキーホルダーですね。 楽しみです」

 千鶴が満面の笑みになるが、俺はそれを見て胸がチクリとする。

 そんなに嬉しそうにされたら、付けるしかないじゃないか……

 適当に『無くした』ということにしようと思ったが、その目論見はもろくも崩れ去る。


 クラスメイト達にはやし立てられるんだろなと思いつつ、せめて目立たない所につけようと決めたのだった。

 

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