第9話 持つべきものは

           1


 家族会議の次の日。


 教室に来た俺は真っ先にハカセを探す。

 ハカセに相談があるのだ。


 本当は昨晩のうちに電話かラインで相談したかったのだが、母から厳格に就寝時間が決められているため出来なかった。

 前に夜中に電話した時、話が盛り上がりそのまま徹夜、翌朝寝不足でフラフラして、お互いの親にかなり怒られたのだ。

 もうあんな怖い思いはしたくないし、ハカセの方もそうだろう。


 教室を見渡していると、教室の中の方でだべっているハカセを見つた。

 ハカセのほうに歩いていくと、ハカセが俺に気が付いて俺に声をかける。

「おう、バンジョー、千鶴ちゃん、おはよう。朝から手を繋いで仲がいい―

 どうした、恐い顔して」

「ハカセ、トイレ行くぞ」

 俺は千鶴の手を離し、ハカセの手を取ってトイレに連れていく。


「えっ。なんで」

「いいから」

「ちょ、分かったから手を離せ」


 俺はハカセと一緒に教室を出る。

 千鶴もついて来ようとしたが、行く場所が男子トイレであることを思い出したのか、少し迷ってそのまま自分の席に向かっていった。

 千鶴には悪いけど、ハカセの相談とは千鶴抜きでやりたいのだ。



           2


 トイレに入った直後、ハカセは口を開く。

「まったく、あんな無理矢理だったら、デキてるって誤解されるだろ」

「何を誤解されるんだよ」

「意味深な男同士の友情とか」

「大丈夫だろ。お前女好きだってみんな知ってるし」

「お前も婚約者いるしな。で何の用だよ。まあ、千鶴ちゃん絡みだろうけど…」


「そうなんだ。今晩は両親が出張で家にいないんだ。泊りに来ないか?」

「は?」

 ハカセは驚いた顔をした後、少し考えたそぶりを見せて口を開いた。

「…そういうのは女の子に言ってやりな」

「は?何言って…ちがう!」

 言葉の意味が一瞬分からなかったが、すぐに気づき否定する。


「落ち着け。何の話だ。最初から言え」

「えっと、昨日聞いたんだけど、母親が今晩から出張で今週居ない」

「ああ、言ってたな。ヤバい妖怪出たからみんなで集まって退治しに行くって。オレの親も行くんだ」

「そうなのか」

「聞いてないのか?」

「いちいち出張の理由聞くか?

 けど、そんなにヤバいやつ、母さんたち大丈夫なのか?」

「全く強くないんだけど、被害がえげつないから、時間をかけずに速攻で倒しにつもりらしい」


「なんて妖怪なんだ?」

「妖怪冬着隠しだ。冬用の服をどこかに隠して、衣替えを邪魔する妖怪。毎年出るんだが、今年は冬が遅かったから、発見するのが遅れて被害が拡大したんだ。オレは土井さんからもらったセーターをやられた」

「うちはヒートテックを、ていうか土井さんコンビニのお姉さんからだって!?詳しく聞かせろ」

「バンジョー、早く話を進めないとホームルーム始まるぞ」

「くそ、後で問い詰めるからな。

 えーっと、それで父親も出張でいないから、今週は千鶴と二人っきりなんだ」

「なるほど、それで気まずいから誰かにいてほしいと。

 …別にいいじゃん。二人きりでも」

 ハカセは不思議そうな顔をする。


「俺の気持ちがいろいろ整理できてないんだよ。何かあったらどうする?」

「今までも一緒に暮らしてたんだろ。大丈夫だ」

「ハカセ!」

「分かった、悪かったよ。だけど、どっちにしても無理だ。オレ、今週忙しいんだ。オレの親とかバンジョーの母さんとか出て行って、この地域の人員がいないから、いつでも出れるよう待機しろって言われてるんだ」

 ハカセが来れない?

 俺はこの案にかけていたのに…


「そんに千鶴ちゃんと二人きりが怖いのかよ。別にオオカミになって襲ってくるわけじゃないだろ」

「…オオカミじゃなくて、怪獣になって襲ってきそうなんだよ」

「なんだそれ」

 俺は本気で言ったのだが、ハカセには伝わっていないようだ。


「ほかに誘える友達はいないのか?」

「さすがに、千鶴がやらかしそうで怖いから、事情を知っているハカセが都合がいいんだよ。

 同じ理由で、どっちかが他の家に泊りに行くのはNG」

「そうだろうな。付き合いの短いオレでも分かるくらい危なっかしいもんな」

 ハカセも同じ意見ということに安堵するが、事態は何も解決していない。


「まあ、何とかなるって。いくら千鶴ちゃんでもそんないひどいことにはならないさ」

「俺もそう信じたいけど、放っておくと何をするのか、心配で心配で…」

「まるで小さい子供の面倒を見ているかのように言うなあ」

「実際子供だと思うぞ」

 あいつは昨日姉ぶっていたが、それも含めて子供っぽい。


「子供ねえ。だったら、こっちから行動するとかはどうだ?

 バンジョーって、前々から受け身すぎると思ってたんだよな」

「どういうことだ」

「子供ってかまってほしいから、大人に悪戯することもあるんだ。

 だから、こっちからアプローチしたすれば、少しは落ち着くんじゃないか?」

「それ恥ずかしいんだけど」

「それで千鶴ちゃんは不安なのかもな。

 アプローチっていっても好きな物を先回りして用意するとかでもいいんだ。

 自分に関心があるって分かるだけで安心するもんさ」

 そう言われて、母が言っていたことを思い出す。

 俺が記憶にないほど小さかった時の事、忙しいときに限って悪戯されたと母は言っていた。


「なるほど。やってみるか」

「決まりだな。何か心当たりあるのか」

「怪獣映画が好きだ。いつも怪獣って言ってる」

「それだけ?いや、初めて会ったの何日か前って言ってたな。そんなもんか…」

「助かったよ。なんとかなりそう」

「ああ、それは良かった」

「戻るか。そろそろホームルームだ」



           3


「なあ、バンジョー。昨日の千鶴ちゃんの自己紹介思い出したんだけどな」

「うん。なんだ」

 昨日の自己紹介。思い出したくない出来事だ。

「あの時、好きなもの聞かれてバンジョーと怪獣って言ってただろ?」

「ああ」

 オブラートに包まず好きと言われて、かなり恥ずかしかった。

 思い出したら、顔が熱くなってきた。


「だから難しく考えなくても、バンジョーが何かしてやれば、暴走することはないと思うぞ」

「だから―」

「恥ずかしいって言うんだろ。でもさ、バンジョーの方から何か行動すれば何かわかることもあるんじゃないかな。

 気持ちの整理ができてないっていってたけどさ。

 考えこむより何も考えずに行動したほうが、考えがまとまることもある。そうだろ?」

 なるほどな。ハカセの言うことも一理ある。

「そうだな。さすがはハカセだ」

「あんまり、褒めるなよ」

 そのどや顔に少しイラっとしたが、昨日俺は一回分だけハカセに優しくしようと決めたことを思い出した。

 ここは、感謝に優しさを加えた賞賛を送るとしよう。


「そうだな。やっぱり、持つべきものは友達だな」

 オレの言葉をを聞いて、ハカセは気持ち悪いものを見たような顔をした。

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