第10話 好きなところ
1
ハカセと相談を終えて、教室に戻ってくると、
「お、男どもが帰って来たぞ。千鶴ちゃんの彼君も一緒だ」
「本当ですか!」
千鶴は振り返って、俺を見つけると、トテトテ走ってきて俺の手を握る。
「ちゃんと手を洗った?」
日高が失礼なことを言い出す。
「当たり前だ」
「ホントに?」
「疑うなよ」
日高が挨拶代わりに軽口をたたく。
気づくと千鶴が心配そうにこっちを見ている。
「
「洗ってるからな」
千鶴まで疑ってくる。
日高に悪い影響を受けたか…。
「そうじゃなくて、えっと、
千鶴が言い澱む。
千鶴の言いたいことも気になるが、茜って誰だ。
「茜って私の名前だからね」
俺の疑問を見透かしたように、日高が答える。
ああ、そんな名前だったか。
千鶴に目線を戻すと、まだ踏ん切りがつないようだったが、意を決したようにこちらを見る。
「あの、ハカセくんと付き合ってるって本当ですか?」
「日高ぁぁぁぁ」
日高はゲラゲラ笑い、日高とは対照的に千鶴はキョトンとしていた。
「あの千鶴ちゃん。それ冗談だからね。
バンジョーもオレも女の子が好きなの」
「へ?」
ハカセから説明されても、事情が呑み込めてない千鶴はオロオロしている。
千鶴と日高は近づけるべきではないのかもしれない。
こんな事考えていると、まるで俺は千鶴の保護者みたいだなと思った。
2
2時間目が終わって、少し長い休憩時間。
千鶴と話をするためだろうか、日高がこちらに歩いてくる。
昨日、千鶴と俺は席が近いほうがいいということで、揃って後ろのほうに移動させられ、結果的に日高から席が離れることになったのだ。
日高は何事か千鶴とアイコンタクトを交わす。
意図が分かったのか千鶴は頷いて席を立ち、流れるように俺の膝の上に乗る。
あまりにも自然な動作でまったく反応できなかった。
羞恥より驚きが勝る。
そして日高は空いた千鶴の席に座る。
「よし、じゃあ朝の話の続きをしようか」
「お前と話すことなんてないよ」
「うわ。なんか嫌われてる」
日高は落ち込むふりをする。
「お前と絡むと、
「ああー。アレは反省してるって言ったじゃん」
「反省した結果、ハカセとデキてるって千鶴に吹き込むのか?」
「困るの?でも積極的だったじゃん」
「困る!千鶴は疑うということ知らないから、そのまま信じるんだよ」
「ええー。千鶴ちゃんの保護者みたいなこと言うなあ。千鶴ちゃんは立派な女性ですよ」
「本当にそう思ってるのか?」
「うん」
「目を見て言えや、コラ」
コイツ何にも反省してないな。
「ていうか。
「俺も日高がこんなにタチが悪いとは知らなかったよ」
「じゃあ、お互い様ってことで」
「何がだ!」
俺は日高を睨みつける。
「幸喜さんと茜ちゃんって、今まであまり話されなかったのですか?」
俺たちの様子を見て、千鶴が聞いてくる。
「うん、千鶴ちゃんが来てから話すようになったの。今まではただのクラスメイトだったね」
「今は楽しいおもちゃぐらいにしか思ってないがな」
「えへ」
最悪だ。否定しなかったぞコイツ。
「ウォーミングアップは済んだから、本題に入ろうか」
「いやだよ。帰ってくれ」
「なんで?私が用事あるのは千鶴ちゃんだから、万丈君に決定権はないよ」
「…分かった。千鶴、離れてくれ」
「いやです。私はここを離れません」
千鶴がわがまま言うんだけど…
「だって、定期的にくっついていないと、幸喜さんが死んじゃうって…。茜ちゃんが」
「また、お前かよ。いいか千鶴。日高の言うことは信じるな。あいつの言うことは全部嘘だ」
「千鶴ちゃん、騙されないで。万丈君の言ってることは、心配させないための嘘よ」
「え、え」
千鶴は見え見えの嘘にオロオロしている。
千鶴は迷った末、俺にくっつくことを選んだ。
「千鶴、俺の事信用してないのか?」
「信用してます。でも万が一本当の事だったら!」
「だから嘘だって言ってるだろ」
「万丈君、諦めなよ」
「くっ」
悔しいが、日高の言う通りかもしれない。
―千鶴ちゃんは不安なのかもな
さっきのハカセの言葉を思い出す。
もっと千鶴のことを考えるべきかもしれない。
3
「じゃあ、本題に入ろうか」
「さっきも言ってたじゃん」
「さっきは万丈君が邪魔したじゃん」
日高が睨む。
「で、朝の話の続きね」
「何話してたんだ?」
「うん、千鶴ちゃんが、万丈君どこが好きなのか」
「ブフッ」
思わず吹き出す。
「汚いよ。万丈君」
「千鶴、気が変わった。ここから離れるから、今すぐどいてくれ」
「逃がしちゃ駄目だよ、千鶴ちゃん。
千鶴ちゃんがどれくらい万丈くんのこと好きなのか分からせてあげるのよ!」
日高のやつ、ノリノリである。
千鶴も若干引いているが、俺が逃げられないように体重をかけてくる。
「いつも膝に千鶴ちゃんを膝にのせている奴が、何を恥ずかしがるのさ」
意識しないようにしてたのに、改めて女の子を膝の上に乗せていることを意識してしまい、体が火照ってくる。
日高め、覚えてろ。
「じゃあ、千鶴ちゃん。言ってあげなさい」
「手です」
「「手?」」
俺と日高はハモる。
「はい。
幸喜さんの手は素敵なのです。あの頼りがいのある大きな手。握ると暖かくてしっかりとしてドキッとします。見て下さい、この手をとても頼りがいのある手なんです。そして幸喜さんの指は細く爪も綺麗にに手入れされていてとても素敵だと思いませんか。いつかこの手でぜひとも私のために折り鶴を折って欲しいものです。手を握ったときはこの指が私の手をしっかりと握り締めてくれるのです。ここの前商店街に行った時も、この手で私を引っ張ってくれて私は―」
めちゃくちゃ喋り始めた。
聞いてると段々体が熱くなってくる。
俺の手がとんでもない勢いで褒められるという初めての体験には、どうしたらいいのか分からない。
聞けば聞くほど恥ずかしくなってくる。
耳を塞ごうにも、千鶴が手を取り熱弁しているため、塞ぐことが出来ない。
なんだコレ、拷問かな。
千鶴の怒涛のトークに、
「お、おお。そうなんだ」
日高が引いていた。
「あ、私用事思い出したから…」
そう言って、日高はこの場から逃げようとする。
お前が始めた話題だろうが!
だが立ち上がる前に千鶴に制服を掴まれる。
「まだ話は終わってませんよ。」
逃げるのに失敗してやがる。
こうなれば死なばもろともだ。
「千鶴。日高はもっと聞きたいそうだ」
「万丈君、あやまるから許し―」
「どこまで話しましたっけ。仕方ありません。最初から話しましょうか」
4
そのあと休憩時間終わりまで千鶴はずっと話していた。
さすがに堪えたのか、日高はフラフラしながら席に戻っていった。
俺はというと、途中から心を無にしてダメージを最小限に抑えた。
心頭滅却って、意外とやればできるもんだな。
もしかしたら、この事態に慣れ始めているのかもしれない。
まあ、千鶴が俺にではなく、日高に向かってしゃべり続けていたのもあるのだろうけど。
肝心の千鶴はというと、まだしゃべり足りなさそうな顔で、隣の席に戻っていった。
あの怪物はまだ満足していないらしい。
次の休憩時間はすぐに逃げよう。
そう誓うのだった。
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