第31話 脆い友情
<前回のあらすじ>
訪れた二人をもてなす、くさむら農家の娘、
野菜の準備の間、アニメを見ることにした三人。
『
始めは警戒心を抱いていた千鶴も、アニメに感激して緑子と意気投合。
二人は、仲の良い姉妹の様に仲良くなる
そしてアニメで絆を深めた二人は、当然の様に(幸喜を無視して)二話目を見始めるのだった。
1
「いーえ!
「千鶴様、それは違います!
隣にいるべきなのは
異論は認めません」
「意味が分かりません!」
「意味が分からないのはそっちです!」
「なんですって!?」
「そっちこそ!!!」
俺の目の前で、千鶴と緑子が言い争っていた。
アニメの二話目の感想会をしていたと思ったら、途中から雲行きが怪しくなり、こうして口げんかに発展してしまった。
言い争いの原因は、俺にとって心底どうでもよく、本人たちにとって譲れないもの。
『
かつて俺は、オタクの友人に『解釈違いは戦争になる』と聞いたことがあった。
その時の俺は『ホントかよ』と半信半疑でまともに信じていなかった。
たしかに『自分と違う考えは受け入れがたいが、戦争というのは言い過ぎだろう』と……
だが、実際に目のあたりにすれば、友人の言葉には頷くしかない。
目の前で起こっているのは、まさに戦争。
さっきまで本当の姉妹の様に仲良くしていたというのに、今では親の仇の様に憎み合っている。
殺し合いを始めてもおかしくない有様だ。
仲良くなったきっかけがアニメなら、喧嘩している理由もアニメ。
愛は人を狂わせる。
世界から戦争が無くならないはずだ。
「どうしても間違いを正そうとしないのですね?」
「間違いですって!?
間違っているのはそちら!
それ以上の侮辱は許しません!」
そのうち沈静化するだろうと思っていたが、二人の言い争いはますますヒートアップ。
殴り合いの喧嘩になりそうなので、さすがに見て見ぬフリが出来ず仲裁することにした。
「なあ、落ち着けって。
二人とも同じアニメが好きなんだろ?
仲良く、な?」
俺は二人を落ち着かせるために声をかける。
だが一瞬で間違いだったことに気づく。
二人から憎悪のこもった目線を向けられたからだ。
なんだよ、その目で人を殺せそうな目は。
知り合いを見る目じゃねえよ。
「幸喜さんは何も分かっていません」
「まったくですね。
たとえ同じものを信仰しても、譲れないものがあるのです」
「いや、同じだろうよ!」
「「はあ、これだから違いの分からない人は……」」
急に結託して俺を責め始める二人。
お前らさっきまで喧嘩してたよな……
「まあいいです。
幸喜さんはどう思いますか?」
「何が?」
千鶴が、俺をまっすぐ見て尋ねる。
突然ふられた質問に何も分からず訊ね返すと、千鶴は恐ろしく鋭い目線で俺を睨んだ。
だから怖いって。
「幸喜さんは察しが悪いですね。
いいですか?
よく聞いてくださいね?
その瞬間、俺は悟った
うかつに仲裁に入ったばかりに、不毛な戦争に巻き込まれてしまったと……
非常に面倒なことになってしまったと……
「幸喜さんも
千鶴は、据わった目で俺を見る。
「わたくしは、幸喜様が
幸喜様も同じですよね?」
緑子も、暗く濁った眼で俺を見る。
やばい。
これはどっちを答えても、碌な未来にならない。
本音をいえば『どうでもいい』だが、そんな事を言った日には、いったい何が起こるのか……
ブルりと全身に鳥肌が立つ。
ここにいてはいけない。
すぐに逃げないと!
だが部屋の出口までの逃げ道をふさぐように、二人は俺を取り囲んでいた。
さっきから妙なところで連帯する奴らである。
「幸喜さん、お答えを」
俺の目を覗き込んで、答えを催促する。
時間は残されていなかった。
一か八か、賭けに出ることにした。
「あっ!
あそこで、シンシアとバーバラがレオンを取り合ってる!!」
「「えっ」」
俺は二人の気を逸らせようと、明後日の方を指さす。
引っかける自信はなかったが、どうやら成功したようだ。
……なんで引っ掛かるの?
俺の心は、二人の残念さを嘆き始める。
だが考えるのは後!
気がそれている隙に、部屋の出口に走る。
「「逃げないで下さい!」」
だが二人もすぐに気づく。
俺を捕まえようと、二人は俺を追ってきた。
だが俺は運動部(幽霊部員)!
自慢の足で、出遅れた二人を一気に引きはがし、部屋を出る
そして出てこれないよう、扉を押し込める。
こうすれば、二人はドアを開けることは出来ないだろう。
根本的な解決には程遠いが、時間が経てば二人の頭を冷えるはずだ
もしかしたら、頭が冷めずに殴り合いの喧嘩もするかもしれない。
だが知ったことではない。
もともと俺には関係ない話だったのだ。
勝手にやれ。
ドアを開けようとする振動を背中に感じながら、俺は盛大なため息をつくのであった
2
部屋を出てから数分。
未だに二人は、『開けろ』とドアを叩く。
諦めの悪い事だが、俺はここから動くつもりはない
絶対に開けないと、決意を固めていたその時だった。
「幸喜くん?」
廊下の奥から突然声を掛けられ、驚きのあまり体が跳ねる。
心臓がバクバクしながら目線をやると、そこにはおじさん――緑子の父親がいた。
「幸喜くん、何をしているんだい?」
「
「……それ、ウチの娘も入ってる?」
「むしろ主犯ですね」
そう言うと、おじさんは気まずそうに頭を掻いた。
どうやら心当たりがあるようだ。
いつもあんな感じなのか、緑子……
「ところで、おじさんは何しにここへ?」
「野菜を持って来たんだけど……
取り込み中だよね?」
「取り込んでおります……」
「そっかあ……」
おじさんは、またしても困ったような顔をした。
いや、『そっか』ではなく。
助けて欲しいんですけど。
「あの、こういう事言いたくないんですけど、緑子の事どうにかしてください」
「おじさんたちも、あの子には手を焼いていてねえ。
最近は諦めているよ」
「そこをなんとか。
千鶴と一緒に暴れて手が付けられないんです。
俺は千鶴の方を何とかするんで、おじさんは緑子を!」
「無理だね。
言えば言うほど暴れるんだ。
反抗期だよ」
と、おじさんにバッサリと切り捨てられる。
おじさんが緑子に対処してくれるならなんとかなると思ったが、現実は甘くない。
二人の頭が冷えるのを待つしかなさそうだ。
「けど、良かったよ」
「何がですか?
今めちゃくちゃ大変なんですけど!」
非難を込めておじさんを睨むと、また頭をかいた。
この人、頭をかいてばかりだな。
「緑子と千鶴ちゃんが仲良くやってるからさ。
娘は、意外と人見知りする子だからね」
「……さっきまで喧嘩してましたよ」
「喧嘩するくらいには仲がいいんだろ?
嬉しい限りさ」
嬉しい?
喧嘩してるのに?
不思議に思っていると、顔に出ていたのかおじさんは説明し始めた
「実はアニメにハマって以来、学校の友達と上手くいってないみたいでね……
緑子の熱量に付き合える子がいないみたいで、喧嘩にもならず疎遠になったみたいなんだ。
ああしてアニメを語れる子が来てくれて、本当に良かったよ」
親心という奴だろうか。
たしかに学校がうまくいってない娘に、趣味の友達が出来たら嬉しいだろうけど……
でも、アレどう見ても健全じゃないぞ。
それに付き合える千鶴もおかしいが……
「それにも今日は張り切ってたんだ。
ようやく夢が叶うって」
「ああ、緑子の奴、悪役令嬢に憧れてますもんね……」
緑子の『婚約者の二人の仲を引き裂かせていただきます』の言葉を思い出す
普通の生活してたら『知り合いに婚約者がいる』知り合いなんているわけがない。
千載一遇のチャンスに、そりゃ張り切るってもんだ。
「でもその夢、俺にとって大分迷惑なんですよ。
さっきもかなり引っ掻き回されました」」
「まあ、適当に相手してあげてよ。
限度を超えたらおじさんに言ってね。
おじさんから注意しておくよ」
「今まさに限度を超えてます」
ははは、とおじさんは笑う。
頼りにならないなあ……
3
それからも、おじさんと取り留めのない話をしていた
どれくらい経っただろうか。
後ろのドアが叩かれていないことに気づく。
諦めたか?
俺はドアに耳を当てて部屋の中を探る。
「――――」
「――、――――」
「――」
「――――――」
中から話し声が聞こえてくる。
会話の内容は聞き取れないが、喧嘩している様子ではない。
仲直りしたのだろうか?
「中の様子はどうだい?」
「喧嘩はしてないみたいですが……」
俺は自信なさげに答える。
ようやく落ち着いたかと思いつつも、罠かもという疑念が頭から離れない。
だから慎重に判断して――と言いたいところだけど、そうもいかない。
そろそろ、寒さが限界だからだ。
廊下だから屋外ほど凍えるわけではないが、寒いものは寒い。
しかも慌てて部屋を出てきたため、防寒着や手袋は部屋の中。
指もかじかんできて、部屋の暖かさが恋しい。
はやく暖かいストーブに当たりたい……
俺は今の状況と、罠の可能性を天秤にかける。
そして決断する。
部屋に入ろうと……
罠かもしれないが、今はおじさんがいる。
いざとなれば囮にして逃げよう。
……だっておじさん、そのくらいにしか役に立たないんだもの。
「部屋に入りましょう。
では、おじさんからどうぞ」
「幸喜くん、おじさんを盾にする気かい?」
「もとはと言えば、緑子が原因なので。
責任取って下さい」
「そう言われたら断りづらいなあ……」
おじさんはぶつぶつ言いながら、部屋のドアを開ける。
そしておじさんの背中越しに、見た光景とは――
「おおー、三話も目が離せませんね」
「分かりますか?
三話は、神回ですよ、神回!」
千鶴と緑子の二人は仲良くアニメを見ている光景だった。
テレビで流れているのは……
アニメの三話か?
とにかく二人並んで仲良く見ている。
さっきまで喧嘩していたことを微塵も感じさせないほど、二人はイチャイチャしていた
俺が呆然と眺めていると、気配を感じたのか二人は同時に振り向く
さっきまでの
「「幸喜さん(様)、早く座って下さい。
もう始まってますよ」」
二人の様子を見て、俺は何度目から分からない大きなため息をつく。
「本当に、お前らは俺を振り回すなあ……」
俺の言葉を聞いて、二人は不思議そうに首をかしげるのだった
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