第30話 悪役令嬢は二度死ぬ

<前回までのあらすじ>


 野菜の準備が終わるまでくさむら農家の待合室で談笑するすることにした、幸喜こうき千鶴ちづる緑子みどりこの三人。


 緑子のコスプレについての話題で、三人は賑やかに歓談する。

 だが、突如緑子が『悪役令嬢として二人の仲を引き裂く』と宣言し、幸喜の腕に抱き着く。

 それを見た千鶴も幸喜をとられまいと反対側の腕に抱き着き、引っ張り合いに発展してしまう。


 始めは浮かれた幸喜だが、やがて腕が悲鳴を上げ始める。

 しかし振りほどこうとするたびに、締め付ける力は強くなってしまい、振りほどくことが出来ない。

 果たして幸喜の両腕はどうなってしまうのか?

 彼の命運はいかに……



           1


 『悪役令嬢は二度死ぬ』


 緑子が半年前にハマり、コスプレをした原因となったアニメである。

 名前こそ某スパイ映画のタイトルを連想させるが、まったく関係が無い。

 よくある名前だけ拝借したタイトルだ。


 ストーリーは、主人公であるバーバラが処刑台に登るところから始まる。

 罪状は、第二王子レオンの殺害未遂。

 あろうことかバーバラは国の未来を担う王子を殺そうとしたのだ。

 彼女は裁判にかけられ、これまでの行いもあり死刑が確定する。


 バーバラは、裁判から今までの間、頭の中でなんども『なぜ』を繰り返す。

 だが答えはいつも同じ。

 『あの女のせいだ』


 ちょうど一年前、学園の入学式の日。

 学園のバラ園で散歩していた時、バーバラはレオンと出逢う。

 その才覚と美貌に、バーバラは一目で恋に落ちる。


 だが彼には婚約者がいた。

 庶民出身の聖女、シンシアである。

 シンシアの聖女の力を欲した王室は、他の貴族たちからの反対を押しきり、二人を婚約させたのだ。


 これが気に食わないバーバラは、シンシアに嫌がらせをし始める。

 勝算はある。

 元々強引な婚姻だ。

 シンシアが音を上げて婚約解消を申し出れば、ほかの貴族の反対もあり、簡単に婚約解消となるだろう。

 そして別れた後、何食わぬ顔でレオンに近づき、彼を射止める。

 完璧な作戦だった。


 しかし嫌がらせは効果が無かった。

 それどころかレオンとシンシアは、さらに親密になっていく。

 嫌がらせはエスカレートするが、さらに彼らを結束させる結果となる。


 そして運命の日、学年末の舞踏会でバーバラの嫌がらせが告発される。

 それを持ってバーバラは、学園を退学を通告される。

 もちろんレオン、シンシアの両名の接近禁止令も含めて。


 それに怒り狂ったバーバラは、シンシアに襲い掛かろうとして――間違ってレオンを傷つけてしまう。

 あくまでも不幸な事故。

 だが国の王子を傷つけたとして、死刑を宣告される。

 かくしてバーバラは断頭台のつゆと消えた――



 ――はずだった。

 死んだはずのバーバラは、一年前の学園の入学式の朝に戻っていた。

 なぜかは分からないが、幸運にも二度目の生を謳歌できることになったバーバラ。

 だが彼女は反省することもなく(厳密にはもっとうまく苛めようと反省した)、今度こそシンシアを絶望させるために、意気揚々と学園に登校した。


 だがバラ園で、レオンとシンシアが密会している場面に出くわす。

 とっさに物陰に隠れるが、衝撃的な光景を目撃してしまう。

 二人が寄り添い、慈愛で満ちた目で互いに見つめているのだ。


 これを見たバーバラは全く勝ち目がない事を悟り、身を引くことを決意する

 そして邪魔者がいない二人は、このまま順調に結ばれるかと思われた。


 しかし、そうはならなかった。

 貴族からの有形無形の圧力を受け、公の場に二人でいることは少なくなっていく

 さらには身分の差から、お互いに踏み込めずにいた。


 だがそれは前回の時もあったものだ。

 嫌がらせ、身分の差、今回が特別なわけではない。

 では何が違うのか?


 答えは簡単だ。

 前回との違い、それは『自分バーバラが嫌がらせをしてない』ということ。

 レオンとシンシアの二人は、強大な敵バーバラがいたからこそ結束し、どんな障害も乗り越えることが出来た。


 『分かりやすい敵』。

 それが彼らに足りない物。

 それは、という証明でもある。


 答えを得たバーバラだが、彼女は再び悩むことになる

 このまま何もしなければ、おそらく婚約解消になるだろう。

 そうすれば、自分がレオンの隣に収まる可能性もある。


 だが一度は諦めた恋。

 バーバラは、以前よりもレオンに対する執着がない。

 さらにシンシアについても、失恋の際慰めてもらった事もあって悪感情を抱いておらず、今では友人だ

 レオン友情シンシアか、バーバラは究極の選択を迫られる


 そして悩んだ末にバーバラは決意する。

 愛する人と友人の幸せのため、立ち上がることを。

 邪魔者として、『悪役』として彼らの仲を引き裂くことを。

 そうすれば二人は結束し、再び結ばれるだろうという確信を持って……


 だがこの方法は欠点がある。

 それはバーバラ自身が白い目で見られるという事。

 それが回りまわって、自分が死刑にならない可能性も否定できない。


 だがそれでも構わない

 バーバラは、二人のキューピットになることに決めたのだ。


 ――たとえ自分がことになろうとも。



           2


 と言うのがアニメ『悪役令嬢は二度死ぬ』の一話目のあらすじである。

 そして千鶴と緑子は、テレビのすぐ前で座り、アニメを食い入るように見ていた。

 小さい子供かよ

 だけどそれ以上に、二人の注意がアニメに向いたことに心底ホッとする。


 30分前、限界であった俺の腕を救うため、俺はアニメを見ることを提案しあt。

 その場しのぎの提案だったのだが、結果は上々。

 見事俺の腕は救われた


「うう、バーバラさんの決意……

 感激です!」

「そうでしょう!

 自らを犠牲にして、大切な人の仲を取り持つ……

 誰でも出来る事ではありません!」


 千鶴と緑子はは感動したのか、目がうっすら潤んでいている。

 千鶴は分かるが、緑子もかよ。

 何回見ても感動する緑子の感性は、少し羨ましくはある。


 俺はというと、このアニメは十回目なので特に感想はない。

 面白いとは思うのだが、緑子に散々見せられ、さすがに飽きた。

 緑子ほどこのアニメに入れ込んでないんだよ、俺……


 それにしてもアニメ一話見ただけで、よく仲良くなれるものだ。

 千鶴が一方的に突っかかっていたとはいえ、さっきまで険悪なムードだった。

 なのに、今では仲の良い姉妹の様に寄り添っている。


 その様子を見て、『女の子の仲がいいのは良い事だ』と友人ハカセに言われたことを思い出す。

 奴が言うには、女の子だけで完結する世界は、完璧で完全なのだと……

 平和で汚れたものがない世界なのだと……

 その時は鼻で笑ったものだが、今なら理解できる。


 二人だけで完結するということは、俺は巻き込まれなくて済むと言う事。

 つまり、俺の腕は巻き込まれない!

 平和万歳!

 ずっと二人でイチャイチャしてくれ。


「このアニメ、素晴らしいしょう?」

「はい!

 感動しました」

「千鶴様にこのアニメの良さを分かっていただけて嬉しいですわ。

 これで私が悪役令嬢を目指すのも分かっていただけましたね?」

「はい!

 緑子さんの事、誤解してました」

「素晴らしい!

 それでは幸喜様と千鶴様の仲、引き裂いてもよろしいですね?」

「はい!」

「そこは『はい』じゃねえよ!」


 千鶴のとぼけた発言に思わずツッコミを入れる。

 お前、それでいいのかよ。

 誘導尋問ぽかったが、さすがに拒否れ。


「緑子も変なこと吹き込むな。

 さっきも言ったが、千鶴は信じやすいんだよ」

「過保護ですわね……

 しかし良いではありませんか。

 二人の仲を深めるため、わたくしが犠牲になろうと言うのです。

 なにが不満なのですか?」

「不満しかねえよ!」

「あら、照れ隠しですか?」

「違う!」


 『普通に迷惑』という俺の主張は聞き届けられない。

 そりゃそうだ。

 他人をからかうことは、それはもう楽しい。

 俺もそんな経験がある


 だが許容できるものではないので、断固として拒否する。

 というか婚約者の件、まだ俺の中でまだ消化できてないから、マジで勘弁してほしい.


「いいから!

 これ以上は禁止!」

「仕方ありませんね」


 不承不承とため息をつく緑子。 

 しかし言葉とは裏腹に、緑子の顔は全然残念そうじゃない

 どうしてもおもちゃ俺と千鶴を手放す気が無いらしい。


 『次はどんなことをしてやろうか』

 そんな事でも考えているのか、緑子は不敵な笑みを浮かべていた



           3


「緑子よ、結局野菜はいつになるんだ?」


 これ以上状況を引っ掻き回されても嫌なので、強引に話題を変える。

 ほとんど忘れかけていたが、今日は野菜を取りに来たのだ。


「野菜?」

「まさか忘れて……」

「おほほ、そんな訳ありません事よ」


 急に変なお嬢様言葉で目を逸らす緑子。

 こいつ、マジで忘れてたな。


「あとどれくらいで準備出来るんだ?

 アニメ見終わったのに、おじさんたちが戻って来る気配が無いぞ」

「……さあ?」

「『さあ?』ってお前!」

「連絡とっておりませんので」

「じゃあ、俺たちが来ているの知らないんじゃ……」

「それは無いでしょう。

 家の前で、私が幸喜様のお名前を叫びましたよね?

 それが聞こえているはずです」


 それ、気づいているかもしれないけれど、気づいていない可能性もある奴じゃん。

 ここまで来て、何の準備もされてないって言われたらさすがにヤバい。

 俺の精神が持たねえよ。


「おい緑子、今すぐ連絡をとれ。

 これ以上は待てない」

「うーん、仕方がありませんねえ……」

「ほら早く!」

「分かりましたわよ、もう……」

 緑子は渋々スマホを取り出して、連絡を取り始める。

 これで一安心だ。


「幸喜様が来ていることは気づいているそうです。

 準備もほとんど終わっているとのこと」

「それは良かった」

「もう少しでこちらに来るそうですが……」

「なんだよ」


 緑子が含みのある笑いをする。

 嫌な予感がした


「幸喜様、まだ時間があるので二話目を見ましょう」

「すぐ来るって言ったろ!」

「幸喜さん、ここはお言葉に甘えて見ましょう」

「千鶴!?」

「二対一の多数決で見ることに決まりました」

 異論は認めません。

 少数派は従ってください」


 緑子は一方的に宣言し、再生の準備をする。

 俺二話目も、さんざん見たからもう見たくないんだけど。


 俺だけだったら適当に切り上げて帰るのだが、千鶴が乗り気なので無理そうだ。

 ……千鶴を置いて帰るか?

 適当に時間が経ってから迎えに来れば問題ないだろ。


 そんな事を考えていると、二人は示し合わせたかのように俺の両隣に座る。

 俺が驚いて固まっている間、二人は俺の両腕に自分の腕を絡め始めた。

 また引っ張り合いが始めるのかとヒヤッとするが、腕を絡めただけで特に何もなかった。

 きっちり俺の腕に体重をかけて、逃げられないようにしてたけど。


「「では見ましょうか逃がしませんよ」」


 女の子の仲が良すぎるのも考え物だな。

 こうして何度目か分からない、アニメ2話の鑑賞会虚無の時間が始まるのだった。

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