第2話 あーん

幸喜こうきさん、あーん」

「やめてくれ。恥ずかしい」

「私、知ってます。こういうの好きですよね」


 千鶴ちづるは俺の口もとに熱々の唐揚げを運んでくる。

 俺のために美少女が作ってくれた唐揚げである。

 嬉しくないわけがないけど、さすがに恥ずかしい。

 しかも親の目の前だ。


「母さん。止めてくれよ」

「いいじゃない、別に。私もよくあの人にやってあげたものよ」

 むしろ、ほほえましい光景を見ているように言う。

 だめだ。頼りにならない。


「そういうんじゃなくて―」

「隙あり」

「もがっ。熱っ」

 しゃべろうとして、千鶴に熱々の唐揚げを口に放り込まれる。

 やべぇ、熱い。

「仕方ないわね。だめよ千鶴ちゃん。熱々は口の中を火傷してしまうわ」

「はっ。確かにそうです。私、舞い上がってました」

「ふふ、ちゃんと反省できる子はモテるわよ」

 母が満足そうに言う。

 止めてほしい理由そこじゃない。

 抗議しようとするも、口の中にある唐揚げでうまくしゃべれない。

 水を飲んで、唐揚げを冷ましてから飲み込む。


「あの、幸喜さん。大丈夫ですか?もしかして火傷しましたか?」

 千鶴が心配そうに、俺の顔を覗き込む。

 たしかに火傷の感触はあるが、こんなもの怪我のうちに入らない

「いや、大丈夫。そのうち治るよ」

「だめです。じっとしててください」

 そういうと、千鶴は自分の両手を俺の頬に当てて、こちらをまっすぐ見る。

 千鶴の触れている部分が熱を持ったように熱い

「火傷、直したいですか?」

「そりゃ、まあ直したいけど」

 そう言うと千鶴の手が光りだした。

 しばらくして、千鶴は手を放す。

「どうですか?」

「どうですかって、あっ、火傷の感触がない。直したの?」

「はい。私は千羽鶴ですから。このくらいの願い事は簡単に叶えることができます」

 たしかに、人間になることに比べたら簡単なことなのだろう。

 千鶴が満足そうに微笑む。

 その笑顔に見とれそうになるも、心の内を悟られないよう慌てて目をそらす。


 その様子を見ていた母が口を開いた。

「あのね、幸喜。千鶴ちゃんとも話したんだけど、幸喜の婚約者ってことにするから」

 いつのまにか“ちゃん”付けしてる

「そんなこと勝手に決めるなよ」

「いいじゃない。“あーん”するほど仲の良い年頃の男女。くっつけないと罰が当たるわ」

「しらんわ」

 自分の知らないところで事態が進行している。

「あら、嫌なの?」

「あの、私は幸喜さんとずっと一緒にいたいです。駄目ですか」

 千鶴が目を潤ませながら、上目遣いで聞いてくる。

 男はこういうのに弱い

 だが、ここでビシッと言わないと、これからも主導権を握られるだろう

 深呼吸し俺の思いを告げる


「駄目じゃないです」

 ビシッと言えなかった。

 いや、無理だってこんなの。

 しかしそれを聞いた千鶴が幸せそうに微笑む。

 千鶴の笑顔が眩しい。


「良かったわ。婚約成立ね」

 母が安心したように笑う。

「ご近所さんに千鶴ちゃんのこと、どう話せば悩んでたの。そのまま話すと、息子が自分好みの女の子を、家まで有無を言わせず連れ帰って、家の中で自分の世話をさせていると思われるわ」

「言い方があるだろ」

 何が癪に障るかって、嘘を言っていないところである。

「というか、婚約者だって言っても、事情聴かれるだろ」

「そこは母さんの巧みな話術でごまかすわ」

「不安しかないんだが…」

 聞かれてないことまでしゃべりそうだ


 あと少し気になったことを聞いてみる。

「ちなみに婚約って具体的に何がどうなるの?」

「…さあ?」

「考えなし、ここに極まれりだな」

 今日の母はポンコツすぎる。

 おそらく千鶴がかわいいのだろう。

 俺の都合より、千鶴のことを優先させている。

 俺より愛されてないか?


「幸喜さん、私にあーんしてください」

「なんでだ」

「婚約したのだから当然の行為です」

 千鶴がどや顔をする。

 あれ?母に似てきてない?

「あら、母さんは息子を貸しを作って返さない人間に育てた覚えはありません」

 母が口を出してくる。

 黙っててほしい、割とマジで。

「別に返すのは今日じゃなくてもいいだろ」

「お小遣い」

「くそ、卑怯だぞ」


 俺は小遣いを人質に取られ、二人の言うことを聞くしかなくなった。

 結局、千鶴に唐揚げを食べさせて、逆に食べさせられたり、最終的には母にもあーんする羽目になった。

 恥ずかしくて顔から火が出そうだったが、楽しい食卓だった。


 千鶴と一緒にいるのは楽しい。

 自分の好みの女の子だというところもあるが、そうでなくとも千鶴は面白い。

 正直な話、千鶴と一緒に暮らすことに浮かれている自分がいるのだ。

 絶対に口に出さないけどな。

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