第1話 出会い 後編
4
「待ちなさい」
声の方を見るとそこには、ドヤ顔をした母が立っていた。
なんでいるんだ。
「話は全て聞かせてもらいました」
「いや、聞くな」
思わず突っ込む。
「もし俺たちがいい雰囲気になったらどうするつもりだよ」
「心配ないわ。その時は赤飯をたくだけよ」
嫌な気遣いだった。
母は千鶴のほうに向き直った。
「千鶴さん。何事にも段取りというものがあります」
「段取り‥」
彼女が俺の母親を真っ直ぐ見る。
母のことを無視するのが俺の切実な願いなんだけど、彼女は叶えてくれそうになかった。
母は続ける。
「そう、デートをたくさんして、思い出をたくさん作り、絆を深めるのです。そして夜景の見えるレストランで息子からプロポーズ。結婚はそれからですよ」
「なんで勝手に人生設計されてるの」
「なるほど。私は結論を急ぎすぎたようです」
「無視しないで」
彼女がなんか納得した。
「待て待て。本人不在で話を進めるな。俺はー」
「なら恋人は必要ないと、今ここで断りなさい」
母の正論に、俺は一瞬言葉に詰まる。
正論だが、俺はもう少し考える時間が欲しいのだ。
しどろもどろになりながら反論する。
「でも、あれだ、お互いの気持ちというか」
「あら、それなら問題ないわ。この子、あなたの好みなんでしょ」
母親に理想の彼女のタイプがばれてる。
死にたい。
「それに、この子あなたのこと好きよ。きっと一目惚れね」
驚いて彼女の方を見ると、彼女は赤くなっていた。
「だって恋人役、自分じゃなくて、他の女性でも良いものね。彼女、あなたを独り占めしたいの」
唐突に来たモテ期に頭が真っ白になる。
母はこほんと咳払いした。
「ところで、あなた住むところはあるの?」
彼女は首を横に振る。
「分かりました。ではここに住みなさい。さすがに遅いから、すぐあなたの部屋は用意できないわ。
「ちょっと待て。俺も布団で―」
「あんまり、グダグダ言うとお小遣いなしよ」
「私が間違ってました、お母様」
俺は無力だった。
「明日は休みよね。では、千鶴さんの日用品を買いに行きなさい。一緒に、です」
「ワカリマシタ」
「分かりました」
オレたちは同意する。
「ただ、千鶴さん。デート以外にもすることはたくさんあります。花嫁修業です。まずは息子の好きな唐揚げを作れるようになりましょう」
「分かりました、お母様」
そう言って二人は部屋を出ていく。
二人の間にはすでに信頼関係ができていた。
5
あまりの展開の速さに頭が追い付いてこない。
落ち着いて整理していると、台所から母親の楽しそうな声が聞こえてきた。
そういえば娘が欲しいと言ってきたような気がする。
思えばいつもより強引だった。
なら俺が何を言っても、気が変わることはないのだろう。
気持ちが整理できてくると、のどが渇いていることに気づいた。
紅茶を飲もうしたが、カップの中身は空だった。
いつの間に飲んだのだろうか、まったく覚えてない。
キッチンに行こうと思い立ち上がろうとすると、紅茶の香りが漂ってきた。
顔を上げると、部屋の入口には彼女が立っている。
手には二つ、紅茶のカップを持っていた。
「幸喜さん、お母様は食材の買い物に出られました。それで紅茶を入れてみたのですが、待つ間一緒に飲みませんか」
初めて女の子が入れてくれた紅茶の味は、緊張でよくわからなかった。
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