第1話 出会い 後編

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「待ちなさい」

 声の方を見るとそこには、ドヤ顔をした母が立っていた。


 なんでいるんだ。

「話は全て聞かせてもらいました」

「いや、聞くな」

 思わず突っ込む。

「もし俺たちがいい雰囲気になったらどうするつもりだよ」

「心配ないわ。その時は赤飯をたくだけよ」

 嫌な気遣いだった。

 母は千鶴のほうに向き直った。

「千鶴さん。何事にも段取りというものがあります」

「段取り‥」


 彼女が俺の母親を真っ直ぐ見る。

 母のことを無視するのが俺の切実な願いなんだけど、彼女は叶えてくれそうになかった。


 母は続ける。

「そう、デートをたくさんして、思い出をたくさん作り、絆を深めるのです。そして夜景の見えるレストランで息子からプロポーズ。結婚はそれからですよ」

「なんで勝手に人生設計されてるの」

「なるほど。私は結論を急ぎすぎたようです」

「無視しないで」

 彼女がなんか納得した。


「待て待て。本人不在で話を進めるな。俺はー」

「なら恋人は必要ないと、今ここで断りなさい」

 母の正論に、俺は一瞬言葉に詰まる。

 正論だが、俺はもう少し考える時間が欲しいのだ。

 しどろもどろになりながら反論する。

「でも、あれだ、お互いの気持ちというか」

「あら、それなら問題ないわ。この子、あなたの好みなんでしょ」

 母親に理想の彼女のタイプがばれてる。

 死にたい。

「それに、この子あなたのこと好きよ。きっと一目惚れね」

 驚いて彼女の方を見ると、彼女は赤くなっていた。

「だって恋人役、自分じゃなくて、他の女性でも良いものね。彼女、あなたを独り占めしたいの」

 唐突に来たモテ期に頭が真っ白になる。


 母はこほんと咳払いした。

「ところで、あなた住むところはあるの?」

 彼女は首を横に振る。

「分かりました。ではここに住みなさい。さすがに遅いから、すぐあなたの部屋は用意できないわ。幸喜こうきの部屋で寝なさい。でも幸喜はリビングのソファーで寝なさい。まだ男女一緒に寝るのはだめよ」

「ちょっと待て。俺も布団で―」

「あんまり、グダグダ言うとお小遣いなしよ」

「私が間違ってました、お母様」

 俺は無力だった。

「明日は休みよね。では、千鶴さんの日用品を買いに行きなさい。一緒に、です」

「ワカリマシタ」

「分かりました」

 オレたちは同意する。

「ただ、千鶴さん。デート以外にもすることはたくさんあります。花嫁修業です。まずは息子の好きな唐揚げを作れるようになりましょう」

「分かりました、お母様」

 そう言って二人は部屋を出ていく。

 二人の間にはすでに信頼関係ができていた。



           5


 あまりの展開の速さに頭が追い付いてこない。

 落ち着いて整理していると、台所から母親の楽しそうな声が聞こえてきた。

 そういえば娘が欲しいと言ってきたような気がする。

 思えばいつもより強引だった。

 なら俺が何を言っても、気が変わることはないのだろう。


 気持ちが整理できてくると、のどが渇いていることに気づいた。

 紅茶を飲もうしたが、カップの中身は空だった。

 いつの間に飲んだのだろうか、まったく覚えてない。

 キッチンに行こうと思い立ち上がろうとすると、紅茶の香りが漂ってきた。

 顔を上げると、部屋の入口には彼女が立っている。

 手には二つ、紅茶のカップを持っていた。


「幸喜さん、お母様は食材の買い物に出られました。それで紅茶を入れてみたのですが、待つ間一緒に飲みませんか」

 初めて女の子が入れてくれた紅茶の味は、緊張でよくわからなかった。

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