第3話 母シャツ
1
今俺は、自分の部屋の掃除をしていた。
遅まきながら自分の部屋に女の子が泊まるという事実に気が付いたのだ。
男子高校生として、誰にも見てほしくない物がたくさんある。
特に
そこで、
可愛い女の子が我が家でシャワーを浴びているのというのは、男なら狂乱すべきイベントであろう。
だが今の俺にはそんな余裕はない。
悠長に唐揚げなんて食っている場合ではなかった。
とりあえず、ヤバそうなものはひたすら押し入れに放り込む。
押し入れを開けるなと言っておけばいいだろう。
一通り片づけが終わり一息ついていると、ドアがノックされた。
「
ドア越しに千鶴の声がする。
「いいぞ」
そう言うと千鶴が恐る恐る部屋に入って、用意してあった座布団に座る。
俺は千鶴の姿を見てドキリとする
千鶴は風呂上がりだからなのか頬が上気して赤く染まっており、とても色っぽい。
そしてパジャマにダブダブのシャツを着ており、庇護欲を掻き立てられる。
体に対して大きすぎるので、彼女の私物ではないだろう。
俺のTシャツを着ているのかとも思ったが、柄に見覚えがないので違う。
いや、見覚えならある。
「そのシャツ、母さんから借りたのか?」
母は女性にしては大柄なほうで、平均身長くらいの俺よりも少し背が高い。
なので小柄な千鶴が着るとかなりブカブカになる。
「すみません。本当は幸喜さんのシャツを着たかったんですけど、お母さまに止められてしまいました。まだ早いと」
「何に対してのすみませんなの、それ?」
「彼シャツ出来なかったことです」
直球だった。
「そういうの良いから」
「私、知ってます。そういうの好きですよね」
そういうと千鶴は、悪戯っぽい笑みを浮かべ服のすそをつまんで少し上げる。
そういうの好きです。
思わずそう言いそうになる。
母シャツの状態でこれなのだから、もし彼シャツだったら危ないところだった。
また大きめのシャツを着ているので、女性らしい部分が主張してなくて俺の精神状態に大変よろしい。
母はそれを見越して自分のシャツを着せたのだろう。
新しくできた娘にお下がりのシャツを着せて喜んでいるとか、そういうのではないはずだ。
そう信じたい。
くだらないことを考えていると、千鶴がシャツを掴んでいた手を放して、真剣な顔をしてこちらを見た。
「幸喜さん。私はもう一つ謝らないといけないことがあります」
「謝ること?」
「はい」
千鶴の話を聞きながら、俺はあることが気になっていた。
自分のシャツを着ていなくても、大きい服を着ている女の子は可愛いと。
「私が幸喜さんの部屋を取ったせいで、ソファーに寝ることになってしまいました」
「ああ」
そういえば、彼シャツコーデなる概念があることを友人に聞いた覚えがある。
彼氏のシャツを着ているからよいのだと思っていたが、存外そうでもないらしい。
「私は幸喜さんの婚約者というのに、ご迷惑をかけてしまっています」
「ああ」
そうすると母のシャツを着ている女の子というのは、魅力が増すのかもしれない
「私がソファーで、とも思ったのですが、お母さまに強く反対されてしまいました」
「…」
次、友人に会ったら、母シャツの概念について話し合わねばなるまい。
あいつなら何か知っているはずだ。
「あの、聞いてますか?」
ふと鼻にいい臭いがする
意識を戻すと、千鶴の顔が目と鼻の先にあって驚く。
「悪い。考え事していた」
「仕方ありませんね」
そういって千鶴は顔を離す。
「不安なのはわかります。私たちの将来のことはゆっくり考えていきましょう」
そうじゃない、と言いたいのをぐっと堪える。
それを言うと、意味不明な思考を説明しないといけなくなる。
今日はいろんなことが起こったので、どうやら疲れているようだ。
現実逃避をし始めている。
というか冷静になって考えれば、母親のシャツを着たからと言って、何がどうなるというのか。
そうだ、人との会話の最中に余計なことを考えるべきではない。
頬を軽くたたいて、カツを入れる。
千鶴ときちんと話をするため、彼女をまっすぐ見る。
千鶴は、俺を待っている間、体を前後に揺らしていた。
体を揺らしている?
「千鶴」
「なんですか?」
「お前、風呂のあと水分取ったか?」
「…いえ、お風呂のあとそのまま、こっちに来ました」
脱水症状かもしれない。
「ここで待ってろ。すぐ戻る」
急いでリビンクへ行き、冷蔵庫から500㎖のポカリをもって、部屋に戻る。
「ほら飲め」
千鶴はおとなしく受け取り、飲み始める。
体が水分を欲していたのか、すくに飲み干した
「もう一つ聞くけど、お前風呂熱いの大丈夫なのか」
我が家の人間は全員熱い風呂が好きである。
よく考えてみれば、こいつはずっと千羽鶴としてロッカーに放置されていた。
風呂に入るのがは初めてで、熱い風呂に慣れていない可能性を考慮すべきだった。
「幸喜さん、熱い風呂すきですよね」
「いや、お前のことを聞いているんだ。俺が好きでもお前のほうがもたないかもしれない」
「うーん。自分のこと考えたことなかったです。なれるよう努力します」
千鶴の返答にどう返せばいいか考える。
多分、やめろと言ってもやるだろう。
なら、無茶をさせないようにするしかない。
「まあ、ほどほどにな。いきなり熱いのじゃなくて、少しずつ慣れるといい」
そう言うしかなかった
2
寝る時間になるまで雑談をした後、一人でリビングに戻る。
ソファーの上に横になり、掛け布団をかぶり考える。
千鶴は人間の姿をしているので勝手に思い込んでいたが、どうやら一般知識に穴があるようだった。
行動基準は俺準拠らしいが、俺と彼女は違う存在である。
彼女の行動はよく見とかないといけないのかもしれない。
これからのことをいろいろ考えているうちに、意識は沈んでいった。
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