第18話 安全な場所

<前回のあらすじ>

 自分の従兄いとこ海斗かいとに待ち伏せされ、野球部に出ることになった幸喜。

 渋々ながら、幸喜は野球部のメンバー三人で楽しく(?)キャッチボールすることになった。

 

 だが海斗は千鶴ちづるのことは聞いていることが分かり、そのことが幸喜の心に安心をもたらすのだった。


 また千鶴の入部したことで張り切る海斗は、地道に部員を集めると言う。


 幸喜は無理だろう高をくくるが、果たして……。



 

           1


 千鶴が野球部に電撃入部を果たした次の日の昼休憩時間。

 俺たちは今、昼飯を食べるため野球部の部室にいた。

 

 以前は教室で食べていたのだが、千鶴ちづるが来てからは人目のつかない場所を探して食べていた。

 もちろん千鶴のあーん癖のせいだ。

 あんなのクラスメイトに見せられるか。


 校舎の裏、グランドの隅、教室から離れた場所の階段、あらゆる場所に行ったが誰かしら人がいた(トイレも浮かんだが、さすがにやめた)。

 結構需要あるらしい……。


 だがそんなことを気にしない千鶴は、何でもないように弁当を食べさせてくる。

 やんわりたしなめるが、他の人間にとってはイチャイチャしてるようにしか見えないだろう。

 睨みつけられるたびに申し訳なくなる。


 そして長い旅の末、野球部の部室で食べることになった。

 千鶴は部外者だったので、ここを使うのをためらっていたのだが、昨日晴れて(?)野球部員になったので使わせてもらっている。

 部外者が入ってこないという一点において、ここはいい場所だ。


幸喜こうきさん、あーん」

 そんな俺の気持ちを知らず、千鶴は催促してくる。

 俺はおとなしく口を開ける。

 どうせ抵抗しても、最後には食べさせられるのだ。


「聞きしに勝るイチャイチャっぷりだね」

 そう言うのは従兄のカイだ。

 正直いて欲しくはないのだが、部室を借りてるので無理矢理追い出すわけにもいかない。

 だが一応言うことは言っておく。


「カイ、見て面白いものじゃないだろ。

 他のとこで食べててもいいんだぞ」

「僕はここでいいよ。コウ君が困ってるところを見るのは楽しいしね」

「俺になにか恨みでもあんのか」

「あるよ。部活にでないじゃないか」

 カイの反論に、言葉が詰まる。


「いやあ、ご飯がおいしいよ。

 コウ君って、器用だから困ることあんまりないでしょ。

 珍しいものが見れて楽しいよ」

 ここぞとばかり、嫌味を言うカイ。

 腹立たしいが、言わせておくことにする。

 そのうち飽きるだろう。


「幸喜さん、困っているのですか?」

 千鶴が今気づいたように質問してくる。

「何度も言ってるだろ」

「そうでしたか。善処します」

 そう言って千鶴は、唐揚げを俺の口まで運ぶ。

 全然分かってないじゃん。



          2


 昼飯を食べて、少し眠たい時間帯。

 とはいえ、部室は昼寝するには寒い場所である。

 教室まで戻るか?


 今後の事を考えていると、カイが話しかけてきた。

「コウ君、今日は部活出るよね」

「出ない」

 俺は即答する。

「どうしても?」

「どうしても」

 だが、カイは食い下がる。

 さて今回はどうやって切り抜けるか。


「代わりと言っては何だが、千鶴は置いていくよ。

 やる気あるからな」

「幸喜さんが出ないなら私も帰ります」

 千鶴は即答する。

 うん、知ってる。


「え、千鶴さん、帰るの?」

 だがカイは千鶴の答えに驚いたようだ。

「てっきりコウ君を練習に出すために賛同してくれるものだと……。

 四番でエースにするんでしょ」

 あのの話、まだ続いているのか。

「本当はそうしたいのですが、今日はちょっと……。

 私、全身が筋肉痛で、幸喜さんが出ないなら帰りたいのです」


 俺とカイはお互い目を合わせる。

 昨日のアレで筋肉痛だと。

 なんか今日、おとなしいと思ったらそういうことか。

 昨日の練習、別にハードじゃなかっただろ。

 こいつは別の意味で練習に出るべきかもしれない。


「仕方ない。千鶴さんは休んでていいから、コウ君は出てね」

 なんとしてでも俺を部活に出そうとするカイ。

「出ない」

「理由は?」

 俺の答えは分かり切ったことだろうに、カイは俺に質問してくる。

 なにか裏があるのか、かなり不気味だ。


 少し考えるが、特に気の利いた言葉も思いつかないので、そのまま思ったことを話す。

「……キャッチボールしかしないからだよ」

 するとカイはニヤリと笑った。

「じゃあ、キャッチボール以外もするなら来てくれるって事だね」

 一瞬耳を疑う。

 キャッチボール以外の事?

 まさか!?


海斗かいとさん、他にも部員がが入られたのですか?」

 俺の代わりに千鶴が質問する。

「その通りさ」

 カイは嬉しそうに肯定した。


「昨日、僕たちが楽しそうにキャッチボールをしているのを見て、ぜひともやりたいっていう人が来たんだよ」

「言うほど楽しそうだったか?

 お前、千鶴にボールを投げてもらえないからちょっと泣いてたじゃん」

「泣いてないから!」

 そうだっけ?


「まあ、そうだな。なんにせよ、部員が増えてよかったな。

 これで俺は野球部に出な―」

「キャッチボール以外するなら出るって言ったじゃん。

 言質取ったんだからね」

 カイは食い気味に詰めてくる。

 さっきのはやはり罠だったか……。

 一言も言ってないのだが、これは今日も逃げられそうにないな。


「それにしても新入部員ね。

 でも一人増えたくらいで、変わることあるか?

 千鶴も今日はこんな感じだし」

「大丈夫だよ。三人入ったから」

「三人!?」

 おかしいぞ。

 なんで三人もこの時期11月中旬に入部するのか。

 三人が同時に、『楽しそう』なんてふんわりした理由で入部するわけがない。


「カイ、三人の本当の入部理由はなんだ?」

 そう聞くとカイは、気まずそうな顔をする。


「……千鶴さん目当てだよ。

 可愛い女の子に世話してほしいんだってさ」

 下心かよ。

 千鶴の入部は阻止すべきだったかもしれん。

 そんな権利ないけど。


「私は幸喜さんの世話しかしませんよ」

「それは野球部のマネージャーの発言としてどうかと思う」

 千鶴の空気を読まない発言に、思わずつっこんでしまう。


「と言うわけで、千鶴さんと一緒に出てね」

「それ聞いて、余計に出たくなくなったよ」

 俺はため息をつく。


 放課後になったら、部活のことを忘れたふりをしてそのまま帰ろう。

 寄り道もせず、まっすぐ家に帰る。

 その決意を胸に放課後を迎えるも、今日もカイに待ち伏せされ、部活に連行されたのであった。


 ていうか、あいつ待ち伏せに来るの早すぎない?

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