第17話 3人だけのキャッチボール

<前回のあらすじ>

 部活のことを忘れ、そのまま帰ろうとした幸喜こうき千鶴ちづる

 だがそれを見越した野球部の部長、海斗かいとに待ち伏せされしまう。

 出たくないと拒否する幸喜だが、なぜか張り切る千鶴が野球部に入部。

 そのまま野球部に出ることになってしまったのだった。

 


           1


 妙に燃えている千鶴と一緒に部室に向かう。

 本当は帰りたかったが、あのまま粘っても出ることになったと思うから、それは別にいい。


 問題は千鶴である。

 ここまで燃えあがっている理由がわからない。

 アイツがやる気を出すのは、俺か怪獣絡みだ。

 野球じゃない。


 よくもまあ、毎回悩みの種を増やしてくるやつである。

 なにか悪いものでも食ったか?

 心当たりと言えば、昨日折ってやった折り鶴くらいだ。

 ……まさか、食べてないよな。

 考えても仕方がない。


「千鶴、いいか?」

「はい、なんでしょうか」

「なんでそんなにやる気なの?」

「幸喜さん、こういうの野球部のマネージャー好きですよね」

「んー、まあ、そうだけどさ」

 相変わらず、千鶴には好みがバレてる。

「なんかいつもと違う感じだから、気になって」

「それは―」

「二人とも、まだここにいたの」


 カイの言葉で会話が中断される。

 カイは俺達の少し前にいた。

 なんで職員室に寄ったアイツのほうが前にいるんだ?

 職員室は逆方向だぞ。


「早く行って野球しようよ」

 俺の心の内を知らず、カイは嬉しそうに笑うのであった。



           2


 まずは準備運動して軽くジョギング。

 それから二人でキャッチボール。

 それがいつものメニュー。

 だが今日のキャッチボールは、千鶴が加わり三人でやっている。


 千鶴はマネージャーをするとは言ったが、別にやってもらうことなんてない。

 水筒や蜂蜜レモンは必要ない。

 のどが乾いたら自販機に行くし、腹減ったらコンビニに行って腹ごしらえ。

 俺達は自由だ。

 

 スケジュール調整も、大会に出る予定なんてないから、やらなくていい。

 せいぜい打撃練習で、バッティングセンターにいつ行くか決めるくらいだ。

 それもほとんど気分で決めていたし、まあ必要ない。


 そして二人が三人に増えたところで、やることは変わらない。

 カイは野球は詳しいが、他二人はド素人。

 出来るのはキャッチボールだけ。


 それでも周りで練習している運動部員が何事かとこちらを見てくる。

 当然だろう。

 いつもは男二人で寂しくキャッチボールするだけだというのに、今日は三人いるのだ。

 あ、ガン見しているたヤツがに怒られている。

 怒ってる人もチラチラ見てるけど……。

 練習している人たちを邪魔をして、申し訳ない限りである。


「幸喜さん、行きますよー」

 だが千鶴はそんな周りの反応にまったく気づかず、楽しそうに球を投げてくる。

 最初は楽しいだろうが、そのうち飽きるだろう。

 

 千鶴が何日持つか楽しみだな。

 と思うのは、さすがに趣味が悪いか。


「幸喜さーん。投げてくださーい」

 千鶴の声に思考が中断される。

 目の前のことに集中しよう。


 俺はカイの方にボールを投げる。

 千鶴は不服そうな顔をするが、仕方がない。

 だって千鶴は俺にばかり投げてきて、カイが寂しそうな顔してるんだもの。

 一回くらい投げてやれ。



          3


 三十分くらい投げて、今日の部活は終了。

 暗くなるのが早いのもあるが、もう一度言うけど他にすることがない。


 着替えた俺達は、ジュースを飲みながら部室でくつろいでいた。

 部室は先週掃除したばかりで、汚す人間もいないので、かなりキレイに保たれている。

 運動部の部室じゃないな。

 ちなみに、ジュースは部員が増えてご機嫌のカイが買ってくれた。


「そうだ。言いにくいかもしれないから、僕から言うね」

 運動後の気だるい雰囲気に、カイが切り出してくる。

「千鶴さんのこと。おばさんから聞いてます。

 ここにあった千羽鶴の付喪神だって」

 母はちゃんとカイに伝えていたらしい。

 どう切り出したものか、悩んでいたから助かる。


「カイ。それで思い出したんだけど、俺達が陰陽師の家系だって知ってた?」

「それは小さい頃に親から聞いたけど……。

 え、知らなかったの?」

「最近知った」

「えぇ?」

 カイがちょと驚いている。

 そんな大事なこと伝え忘れる親なんていないと思うだろ。

 俺も最近までそう思っていたよ……。


「まあ、それはともかく、何かあったら言ってね」

「助かるよ」

 事情が分かるヤツが何人かいれば、何かあれば対応しやすい。

 ……やらかす事が前提なのが嫌だなあ。


「そういうことなら、ここで気兼ねなく千鶴のことを話せるな」

「幸喜さん、そんなに私のこと想って―」

「さっき部室に来るときに話してた事だけど……」

「うう、無視されました」

 お前に付き合うと、話進まないんだよ。


「えっと、なんでやる気なのか、ですよね」

「千鶴さんが、野球が好きだからじゃないの?」

「可もなく不可もなくです」

「そっか」

 千鶴の答えにカイは少し落ち込む。

 カイも忙しいやつだ。


 千鶴が俺を見て、口を開く。

 さてどんな理由が出てくるか。

「4番でピッチャーの幸喜さん、きっとカッコいいだろうな、って思って」

 ……なんて?

「試合で強豪相手に完封する幸喜さんを想像したら、居ても立っても居られず、入部を決めました」

「お前の願望かよ。

 しかも俺は素人だぞ」

「やだなあ、幸喜さん。それがいいんじゃないですか」

 コイツ俺の部屋の漫画読んだな。

 カイから今借りてる漫画で、そういうのあったわ。


「俺はそこまで野球に入れ込む予定はない」

「大丈夫です、幸喜さん。

 そこは私の力で―」

「簡単に願い事を叶えようとするな」

 そんなにポンポン叶えて大丈夫なのか。


「待ってよ、千鶴さん」

 カイが止めに入る。

 よしお前からも言ってやってくれ

「それって部員増やせる?」

「カイィィ」

「冗談だよ」

「本当だな。

 千鶴も俺に聞かずに願い事叶えるなよ」

「はい」

 油断も隙もない。

「部員は地道に集めるよ」

「当然だ。そこでズルをするな」


 それから、とりとめのない話を少しして解散となり、千鶴と一緒に帰路につく。

 サボりにくくはなったけど、千鶴がいるから少しは楽しくなるかなと、呑気なことを思いながら……。

 

 だが俺は気づいていなかった。

 千鶴が入部するということがどういう意味なのか。

 そして大抵の男は可愛い女の子に弱いということに……。


 野球部はこの日を境に少しずつ騒がしくなるのであった。

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