第25話 甘い誘惑

<前回のあらすじ>

 幸喜こうきは時間を忘れて漫画を読んでいたせいで、昼ごはん当番をすっぽかしてしまう。

 昼ご飯の用意が出来ていないことを、千鶴ちづるに伝えるため、千鶴の部屋の扉をノックする幸喜。

 だが千鶴は責任と言う名の既成事実を作ろうと、幸喜に部屋を覗かせることを試みるも、すぐに真意を見抜かれ部屋を覗くことは無かった。


 だが、それでも諦めない千鶴は言い放った。


「幸喜さん、今の私は下着姿なんですよ。清楚な下着、好きですよね」



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「幸喜さん、やっと覗いてくれたんですね」

 扉を開けた先で、千鶴が優しく微笑んでいた。

 彼女は言葉通り、白い下着だけを身にまとい、肌を露出させていた。

 普段服を着ている時には見ることが出来ない白い肌は、どこか神秘的な雰囲気をまとっている。

「綺麗だ」

 思わず口から言葉がこぼれ、それを聞いた千鶴の頬が赤く染まる。


「幸喜さん、責任取ってくれますか?」

「責任?」

「はい。幸喜さんが覗いてしまったので、を取ってもらわないと……」

 『責任』と言う言葉に頭をガツンと殴られる。

 そうだ、覗いてしまったからには責任を取らないと……


「どうすればいい?」

「そうですね。じゃあ、この下着を脱がしてもらってもいいですか?」

「え?でも、似合ってるよ」

「ふふ。気づかないふりですか?

 それとも私から言わせたいだけ?」

「それは……」

 千鶴の指摘に言葉が詰まる。

 考えていることはお見通しらしい。


「別にいいですよ、幸喜さん。責任さえ取ってもらえれば、私はそれで……」

「……」

 俺は千鶴の言葉に応えず、部屋の中に入る。

 千鶴は何かを期待するような顔で、こちらを見ていた。

 そんな千鶴を見ながら、俺は責任を取るために彼女の下着に手を掛け――



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「あああああー」

「幸喜さん!?」

 恥ずかしさのあまり、目の前の壁に頭を打ち付ける。

 気付けば、千鶴の部屋の前。

 どうやら妄想の世界から戻ってこれたらしい。

 描写が具体的だったのは、さっきまで読んでいた漫画のせいだろう。

 危ないところだった。


「あの、幸喜さん大丈夫ですか?」

 千鶴が心配そうな声をかけてくる。

「ごめん、足が滑って壁にぶつかった」

「滑って?でもそんな感じでは――」

「滑ったんだ」

「でも……んー」

 あまり突っ込まれたくないため、ごり押して誤魔化す。

 千鶴は納得できない様子だったが、気にしないことにしたらしい。

 「コホン」と咳ばらいをして、再び話し始めた。


「もう一度言います。

 今、私は下着姿です。

 どうです、幸喜さん?覗きたくなってきませんか?」

 ゴクリ、と思わずつばを飲み込む。

 さっきの妄想の中の千鶴を思い出す。


 俺も年頃の男の子だ。

 正直な話、女の子の下着姿は見たい。

 だけど『こういうのは段階を踏んでから』だ。

 自分でもビビっているとか、キモイとか思わないでもない。

 けれど突然の展開に何一つ心の準備が出来ていないのも事実。

 覚悟も度胸も何も持ち合わせていない。


「幸喜さん、どうしましたか?

 扉にカギはかかってませんよ」

 だが俺とは逆に、千鶴は覚悟が決まっているらしい。

 千鶴が俺を逃がすまいと、言葉を重ねてくる。

 このままじゃじり貧。

 なんとか事態を打開すべく、俺からも打って出る。


「いいや、違うな。オレの好きなのは黒い妖艶な奴だ」

 とりあえず意味のない嘘をついてみる。

 千鶴には俺の趣味がバレバレなのだが、牽制けんせいとしてあえて向こうの言い分を否定してみる。

「へえ、そうなんですか」

 しかし、どこか余裕気に応える千鶴。

 予想外の反応に戸惑う。

 てっきり、『誤魔化しても、こういうのが好きな事、知っていますよ』みたいなことを言うと思ったんだが……


「安心してください。幸喜さん。黒い下着もありますよ。

 そうだ、今着替えますね」

 と扉の向こうからかすかであるが物音がする。

 え、もしかして着替えているのか!?


「ふふ、さあ、幸喜さん。今私は妖艶な――かは分かりませんが黒い下着をつけています。幸喜さんの好きな、ね」

 千鶴がなまめかしい声で誘惑してくる。

 俺は千鶴の返しに開いた口がふさがらなかった。

 妖艶、かもしれない黒い下着をつけているだって!?

 先ほどの妄想の中の千鶴の黒い下着バージョン……

 案外悪くない――

 いかん!

 頭を振って思考を切り替える。

 

 先ほどから、どうにもこちらの分が悪い。

 話の流れを変えよう。

「へえ、それにしても、知らなかったな。千鶴、そんな下着を持っていたなんてな」

 これセクハラでは?という疑問は頭の隅に押しやる。

「この前、お母様にやり方を教えてもらって、密林?で買ったものです」

 千鶴はセクハラの可能性に気づかなかったのか、普通に俺の質問に答える。

 うわ、親に知られているのかよ……

 聞かなきゃよかった……


「ふふふ、迷っているんですか?

 でも大丈夫。

 だって私たちは婚約者同志。

 すでに責任を取っていると言っても過言ではありません。

 さあ、過ちを犯すのです」

 千鶴はさらに畳みかけてくる。

 落ち込んでいる俺は、一瞬納得しそうになるが正気に戻る。

 展開の速さに頭が追い付かない。

 このままでは、気づけば『覗いていた』みたいな状況もありうる。

 さすがになんとなくで責任(?)を取らされるのは避けたい……

 一体どうすればいいんだ。

 


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 こちらの旗色が悪い。

 今までの千鶴では考えられないような勢いで、俺はいつになく押されていた。

 千鶴らしからぬ発言の数々に、調子が狂って仕方がない。

 いったい何が千鶴をあそこまで変えて――

 ん?

 千鶴らしくない?

 もしかして……


 頭にちらつくのは日高ひだかの姿。

 あいつがまた何かを吹き込んで……

 いやこの感覚は、多分電話かメッセージかなんかでリアルタイムでやりとりをしてる。

 母が千鶴に『高校生の必需品』と言っていつの間にか持たせていたが、そのことが俺を苦しめるとは……


 だが、事態がよくなるわけじゃないが、頭は少し冷えた。

 『下着で誘惑してくる千鶴』という、ありえない存在にアタフタした俺だが、原因さえわかれば冷静になれる。

 だからと言っていい考えがあるわけじゃない。

 それでも目の前の事で手一杯だったが視界が少し広くなり、気が楽になった。


 ここからの打開策、なにかないだろうか

 千鶴にこちらの思惑を悟られないよう気を付けつつ、打開策を考える。

 その時天啓てんけいが下りてきた。

 『逆に考えるんだ』

 俺の中にネットでよく見る名言が頭に響く。

 元ネタは知らないけど、たしかにいい考えだ。


 つまり――

 『逆に考えるんだ。

 覗いちゃってもいいさ』と。


 ……却下。

 それを回避するために悩んでいるのに。


 だが『逆に』というのはいい発想だ。

 逆に……

 そうだ、逆に千鶴に扉を開けてもらうのはどうか?


 俺は思わずニヤリと笑ってしまう。

 コレで行こう。

 向こうが飛び付きそうなアイディアならある。

 思いつきなので、うまくいく確証はないがやらないよりましだ。

 この状態を打破するため、俺は反撃に打って出るのであった。


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